GⅡー31 危険な狩り
武器屋のカウンターに短剣が並んだ。
「これも使ってくれないか?」そう言って、2本の採取ナイフを取り出した。幅の狭い採取ナイフには見覚えがある。
2つのナイフを打ちつけて、練度を確認する。ほとんど先代作と変わらないぐらいだな。
「何を狩るのかわかるの?」
「全て肉厚の短剣だ。リスティンなら普通の槍で十分だろうし、イネガルならそれ程の数はいらん。肉厚の短剣6本ということならグライザムってことだろう? 前に採取ナイフでグライザムを狩ったと聞いたんで、俺にも出来るかと作ったやつだ」
たぶん、酒場のウワサで聞いたのかもしれないな。それで、ひょっとしたらと私が来るのを待っていたのかも知れない。
「使わせてもらうわ。全て、柄を取ってガードを半分に切ってくれないかしら?」
「ああ、いいとも!」
8本あれば十分だろう。彼らだって、狩りに合わせて槍ぐらい作れるはずだ。
皮ひもをオマケに貰って、武器屋を後にする。
ギルドに行くと、暖炉傍にダノンとクレイ達が集まっていた。
私の定位置にしていたベンチに座ると、クレイ達が私に軽く頭を下げる。ハンターに身分差はない。狩りの腕に差があるだけだ。そんなわずかな差であれば、相手に軽く頭を下げれば良い。
「ミチルさんが狩りを教えてくれるとダノンさんから聞きました。グラム達も一緒ですから、イネガルの群れという事でしょうか?」
クレイの言葉に、ダノンがクスクスとパイプを咥えて笑ってるぞ。まだ教えていなかったようだな。
「レベルは黒になったんでしょう? イネガルも既に狩っているから、今更教える必要はないと思うわ。あなた達の獲物はグライザムよ」
11人が一斉に顔を上げて私を見た。驚いた表情をしているけど、十分に資格があると私には思えるんだけどね。
「ハンター殺し!」
「確か2頭が尾根の向こうにいると酒場で聞いたぞ!」
「俺達には……」
シガレイを取り出して暖炉で火を点けた。ダノンも興味深々でパイプを楽しみながらクレイ達を見守っている。さて、もう少し待ってみるか……。
「出来るでしょうか? まだ黒の低レベルです。仲間を失うことなく狩る自信はないのですが……」
一応、狩ることはできるが仲間を失う事を危惧しているという事か……。それでも、狩れるだけの自信はあるわけだ。
「そうね。ハンター殺しの名に恥じない獣だわ。でも、以外と簡単に狩れるのよ」
「待ってくれ! グライザムが簡単に狩れるなんて聞いたこともねえぞ。そんな方法があるんなら、どのハンターもやってるはずだ」
やはり、ハンター側の視点で物事を見ているな。
「そうでもないのよ……」
簡単に、狩りという事を少し離れた視線で彼らに説明をしてあげた。
グライザムを狩る難しさは、グライザムの毛皮に可能な限り傷を付けないことが原因となる。ここで、もしグライザムの毛皮を諦めたら、どんな狩りになるのか……。
「なるほど、確かに俺達は毛皮が目的だ。確かに、毛皮を最初からあきらめれば違う狩りができるわけだな」
「でも、それを狩りと言うのでしょうか? 少なくとも、ハンターであれば無用な殺生はするべきではないと思うのですが……」
その違いが分かれば十分に一人前、いや、ハンターとして他者を率いることが出来るだろう。ここまで彼を育てたダノンは尊敬に値するな。
「その違いが分かれば十分だわ。私達の狩りはあくまでギルドの依頼の中で動いているという事を忘れないでほしいわ。まあ、野犬とガトルは暗黙の了解という事で納得できるでしょうけどね」
「と言う事は、今回の狩りはミチルさんの狩りの補助という事になるんでしょうか?」
クレイの言葉に、私は微笑みを返しながら首を横に振った。
「いいえ。あなた達が狩るの。私が初めてグライザムを狩ったのは青の時代よ。あなた達は黒でしょう? エルフに出来て人間に出来ないとは言えないでしょう?」
私の言葉に無言になった彼らの前にバッグから包みを取り出してテーブルに並べる。
握りの上にあるガードが半分にも満たない、肉厚の短剣を見てその使い方を直ぐに理解した表情を私に見せる。
「槍の穂先?」
「グライザムを長剣で倒すのは、ガリクスでも無理だわ。私の狩り方をあなた達に教えます。その狩りの仕方でグライザムを倒せないようなら、私が介入します」
マリーを呼んで、紙と鉛筆を貰う。
テーブルの上に紙を広げて、狩りの段取りの説明を始めた。
「誘導して、罠にはめる!!」
「簡単に言えばそうなるわ。この柵はロープを張れば出来るし、ウザーラ狩りの罠を覚えてるでしょう? あれと同じ罠をいくつも仕掛けるの。ウザーラより力があるから、ロープは皮を編んだものを使う事になるわ」
革のロープがどれだけ持つかで勝負が決まる。罠に掛かって身動きが取れない状態になった時、皆で槍を打ち込むことになる。数本が刺さればしめたもの。矢が目に食い込めば即死させることだって出来る。
「魔導士は【メル】をグライザムの顔に放って! それで投槍を打つ余裕が出来るわ。あなたの斧を頭に当てれば脳震盪を起こすことも出来るわよ」
少しヒゲが伸び出したドワーフの顔を見ると、納得するように大きく頷いていた。
「最後に、一番大事な事。長剣で相手をしようなんて絶対に考えない事! 私のパーティは全員が黒5つ以上の時にグライザムを相手にして2人亡くしているわ。長剣でグライザムに挑むのは自殺行為に等しいと覚えていなさい」
「前にミチルさんはガリクスさん達とグライザムを狩りましたよね。やはり、同じ方法ですか?」
「基本は同じかな? 少し違ってたのは、次期侯爵に止めを刺させることに苦労したのを覚えてるわ。グライザムに脳震盪を起こしたところを、ライナス君が槍で胸を一突き。そのチャンスを作るのに苦労したわ」
クレイは私のM29を知っているはずだから、それで狩ったと思っていたようだ。
実際にはしっかり使っているけど、その話をすると私を頼るからな。来秋には、クレイ達だけでし止めてもらわねばなるまい。聡明な青年だからそれ位は分っているのだろう。
「分かりました。参加させてもらいます!」
「俺達だって、参加するぞ!
「そう。では明日、ここに集合よ。クレイ、これで雑貨屋で一番太い皮のロープを買ってきなさい。1M(150m)が2本必要よ。グラムは狩りで使っているロープを持ってきなさい。この短剣はあなた達に渡しておくわ。途中で枝を取って槍にするのよ。革紐は持っているわね?」
さて、これで話は終わりだ。クレイに銀貨を3枚与えておく。
すっかり暗くなった通りを小走りに家路をたどる。
「ただいま!」
そう言って、ミレリーさんの家のリビングに入った。
既に食事が終わっているらしく、私の席にだけ食器が布巾を掛けて残っていた。
「お帰りなさい。食事はまだでしょう? 今、準備をしますから……」
ミレリーさんがそう言いながら、暖炉から鍋を運んできた。
今夜はラビーのシチューに黒パンだったらしい。
盛り付けられた料理を頂きながら、明日からしばらく留守にすることを告げた。
「グライザムですね。クレイとグラム達を連れて行くと聞きました。ですが、だいじょうぶでしょうか? グラム達はまだ黒1つですよ」
「危険と判断したら即座に介入します。どれだけ危険な獣かを一度は経験させませんと……」
私の言葉に小さく頷てくれた。ご主人をグライザムに殺されてるんだからさぞかし一緒に付いて来たいとは思うけど、ここは自制してもらおう。
「教えて貰える人がいるだけ、クレイ達が羨ましく思えますわ」
「教えられると判断した時には教えます。この先、どんなことがあるか分かりませんからね。自分達だけでグライザムを狩るとなると……、やはり、犠牲者を出すことになるのではと思えます」
ちょっとした心のゆとり。それが強敵を相手にした時にどれだけ役に立つか。ミレリーさんは知っているようだ。
食べ終えた皿を下げると、カップにお茶を注いでくれた。
シガレイを取り出して火を点ける。ミレリーさんも自分のカップにお茶を注いで、シガレイを取り出す。
互いに言葉は交わさないけど、その脳裏にはクレイ達のグライザムを狩る光景が浮かんでいるのだろう。
「槍ですか?」
「長剣は命取りです。基本はウザーラ狩りと同じと話しています」
「20年早く、ミチルさんと知り合えたらと思っています」
そうすれば、ご主人を亡くすことは無かったかも知れない。だけど既に過ぎ去ったことだ。今更どうにかなるものではない。
「あちこちの村を仲間と訪ねてましたから……。それに、そんな旅を終えてパーティを解散したのもそのころですわ。ほとんどの仲間は既にこの世を去っています」
エルフ族というのは、仲間を次々と失う定めなのかもしれない。エルフが寡黙な種族で、あまりこの世界の人達と交流を持たないのも、そんな出来事が背後にあるためだろう。
「私の仲間は、グライザムに止めを刺そうと、長剣を持って近づいた時に……。腕の一振りでしたわ」
「私の夫もです。やはり長剣を過信したためだと今でも悔いています」
そんな経験が埋もれてしまう。長剣は見た目が良いから皆が憧れるけど、極めて使いどころが難しい武器だと分かってほしいものだ。
クレイとグラム達はともに長剣使いが前衛に立つ。狩りに応じて武器を変える事がどれだけできているかを確認したいところだな。
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あくる日、キティとリトネをミレリーさんに託して、私は家を出る。
途中、雑貨屋によると、片手程のノコギリとクギを一掴み、それに革紐を手に入れた。革袋に納めて、武器屋に寄る。
カウンターで簡単な絵を描いて、ちょっとした便利グッズを作って貰う。狩りから戻るころには出来上がっているだろう。
ギルドの扉を開けると、既に参加者が集まっている。
昨日のお釣りでお弁当を全員分買い込ませると、いよいよ出発だ。
クレイ達男性は前を歩き、女性は後ろを歩く。私は最後尾を守ればいい。




