GⅡー29 目標は正宗
久しぶりにスラバの串焼きを堪能して、何日か過ぎると三つ首スラバの話もギルドの話題から遠ざかる。
季節は夏でかなり暑くなってきた。ハンターの多くが革の上下の代わりに、綿の上下に革の少し長めのベストに着替えている。私は革のホットパンツに短いベストを着て、キティとお揃いの麦藁帽子だ。プレセラの連中も蓄えを使って夏の装いに変えている。リトネは私に合わせて衣装を作ったみたいだけど、魔導士なんだから長めのベストで十分じゃないのかな。
プレセラの連中は相変わらず薬草採取だけど、午後はラビーを狙わせている。かなり弓の腕も上がったようだ。罠猟は教えずに小型の獣狩りを始めても良さそうだな。
キティ達も同じような感じで薬草トラビー狩りをしているけど、プレセラ達と違って、ハンターとして長く暮らすことになるから薬草は全て覚えさせねばなるまい。いつの間にか赤の3つになっていたけど、無理せずに上を目指せばいいだろう。
そんなある日の事。日が暮れる前にギルドに帰り着くと、ガリクスが待っていた。傍に背中に長剣を背負った少年がいる。ラクス達と同じような服装にやや長髪だな。少しやせて見えるが、彼が前衛の候補生になるんだろうか?
報酬を分配したところで、キティ達を先に帰すと、プルセラの連中を連れてガリクスのところに向かう。
「こんにちは。彼がそうなの?」
空いた椅子に腰を下ろすすと、早速聞いてみた。
「そうだ。前衛ならば長剣使い。エイドネス男爵の長男だ。ケイネル師範の推薦もある」
「条件はラケス達と同じになるけど……」
「貴族会議、国王も了承している。今は一介の見習いハンターが、ベクトネンの身分になる。条件は全て、前の4人に同じだ」
ガリクスの話が終わると、ベクトネンが口を開いた。
「ベクトとお呼びください。ケイネル師範に長剣を習いましたが、この町に行くならと、この長剣を頂きました。一応【アクセル】を使えます」
背中の長剣を抜こうとしたので、慌ててカウンターに抜刀の許可を得る。ギルド内での抜刀はご法度だからな。だけど許可さえあれば問題ないし、よほどのことが無ければギルド側は断らない。
「ギルド内で、無断で抜刀はできないのよ。それだけでハンターシ資格を取り上げになることもあるから注意しなさい。それで、どんな長剣なのかしら?」
私の言葉に頷くと、ゆっくりと長剣を引き抜きテーブルの上に乗せた。
なるほど、私の持つ長剣をまねたらしい。片刃で少し反りがある。これは、教えがいがありそうだ。
「道場の皆がこの長剣を見て驚きました。ですが、ケイネル師範はこの長剣ならば貴族の中で一番の使い手になれると言っておられました」
私の剣技を伝承させようというのだろうか? はたして可能かどうかは、ベクトの心掛け次第って事になりそうだな。
「という事よ。教会暮らしについてはラケスが教えてあげなさい。プレセラの前衛が彼になるわ」
「でも、私達は薬草採取ですよ。野犬にもたまにしか会うこともありません」
「この季節だからね。でも晩秋には今薬草を採取している場所は野犬の縄張りよ。山奥から大型の肉食獣が下りてくるから、野犬が春から秋にかけている場所は、ガトルの群れが縄張りを作るわ」
季節ごとに獣の縄張りが異なると知って少し驚いているようだ。ハンターなら、誰もが経験で知る筈なんだけど、一応教えておこう。
「では、冬には薬草を採取するのは町の直ぐ近くになりますよ!」
「それも、教える必要があるわね。薬草は晩秋には採取出来なくなるし、冬はこの辺りは雪に覆われるわ。それまでに、ラズーとアンには弓をもっと練習しないといけないわ。資金に余裕があれば2人に【メル】と【クリーネ】を購入しなさい。それで、冬のハンター暮らしが出来るわ。冬は罠猟と小型の草食獣狩りを中心に行います」
とはいえ、装備が問題だな。野犬相手を考えねばなるまい。リトネの武器も何とかしなくちゃならないから、黒レベルになれるまで使えそうな武器を作ってやるか……。
「それじゃあ、明日からは私も一緒になるわ。何時もの時間で良いでしょう。ラケス、頼んだわよ」
私の言葉に、プレセラの連中とベクトが席を立ってギルドを出て行く。
「これは、公爵殿からだ。彼らの親が出すわけではないから問題は無かろう。ラケス達の武器をマシにしてやってくれ」
そう言って、テーブルに金貨を1枚差し出した。
確かに、問題は無いのだが……、受け取るわけにはいかないな。
「預かった以上、私が責任を持ちます。確かにもう少し武器を何とかしなくちゃとは思ってるけど、それは私の方で何とかするわ」
「そうか……。なら、ミチル殿の名で教会に寄付するぞ」
そう言って、席を立つ。ガリクスもそれなりに忙しそうだ。
ガリクスがギルドを出たところで、私も席を立つ。武器屋に寄って少し品を見てくるか?
武器屋に行くと応対に出てくれたのは、妻の方だった。片手剣と弓、それに魔法の杖を見せてもらう。
やはり標準品だな。鉄の錬度はかなり上がっているから、先代のドワーフの腕を超えるのも時間の問題のようだ。あの時の槍の穂先も先代と顕色が無かったのを思い出した。
「やはり、特注になりそうね。ご主人は忙しいのかしら?」
「いや、今終わったとこだ。誰かと思ったら、姫さんか。やはり標準品ではダメって事だな」
そう言って、粗末な紙を綴じたメモ用紙と鉛筆を持って、カウンターの扉を開けて出てきた。私をカウンターの反対側にあるテーブルに誘うと、パイプを咥えてドカリと腰を下ろす。
「それで、何を作るんだ?」
「そうね……。前に作った組み立て式の弓が2本。矢は12本でケースを付けてね。後は、魔導士の杖だけど、長さは4D(1.2m)。少し太めに作って、1.5D(45cm)の短剣を仕込んでくれる? 最後に、片手剣はこの形に作れないかしら?」
話を終えたところで、バッグから魔石を2個取り出した。くすんだ色ではなく真紅の魔石は透き通ってはいない。俗にゆう中級魔石だ。
最後に腰の小太刀を鞘ごと抜き取ってドワーフの前に置く。
「魔石があれば魔導士の杖はそれ程難しくはないが、仕込み杖としても使えるとなると……、工夫がいるな。当然杖でガトル位は殴れるって事だろう。弓は問題ない。あれから数本売ることができた。移動するのに都合が良いと言ってたな。最後に、これが有名な黒姫の持つ片手剣か。天井からぶら下げた糸を揺らすことなく斬ったという噂は俺も聞いたことがある」
主人が手に取って押し戴くように、小太刀を抜いた。
途端に、咥えていたパイプがポトリと床に落ちる。
「お前……、急いで奥の弟子を呼ぶんだ。そして、お前も見ておけ。ドワーフ族の誰が鍛えた片手剣か知らんが、長老でさえこれを打つことはできん!」
バタバタと3人が主人の後ろから、私の片手剣を覗き込む。
「波紋が浮き出ていますね。こんな片手剣は初めて見ます。触っただけで指が切れそうです」
そんな弟子の言葉に、主人が小さく頷いている。
「昔、王都のドワーフに頼んで、これに似せた長剣を打って貰ったのがこれよ。あいにくと、ドワーフ最後の作になったけど飛びついて来たガトルを真っ二つにすることができたわ」
バッグの魔法の袋から長剣を取り出してテーブルに並べる。
小太刀を鞘に納めると、今度は長剣を主人が抜いて刀身を眺めはじめた。
「確かにドワーフ最後の作に違いない。だが、さっきの片手剣から比べると、違いが歴然だ。いったい、あの片手剣は、どこのドワーフが鍛えたんだ。知ってるなら教えてくれ!」
まるで子供のように私の手を握って訴えてきた。
「この片手剣は人間が鍛えたことは分かってるわ。でも、どうやって作ったかまでは私も知らない。この辺りでは無理だということもいろんな武器屋を巡ってきたから分かってるつもり。でも、この長剣のように似せて作ることはできるでしょう。この小太刀に近い片手剣を作ってほしいの」
主人が力なく、床に落ちたパイプを拾って口に咥えると、弟子が持ってきた炭火で火を点けた。
「少なくとも、目標が出来たという事だな。確かに、今すぐその片手剣と同じものを作れと言われても俺には無理だ。だが、人間族に作れて俺達ドワーフ族に作れぬわけはない。最初は、爺さんの腕を超えることが目標だったが、さらに上があることを知った以上、明日からの励みにもなる。お前らも見たな。あれが俺達の目標だ。良いか、今まで以上に鉄を鍛えるぞ。そうすれば、あの片手剣を超えることも出来るはずだ。先ずは2本打ってみる。それが俺達の今の力量だ。それを超えるものを次に作ればいい」
前向きだな。なら、知ってる事だけでも教えてやろう。
「聞いた話なんだけど……。そもそも鉄の質が違うらしいわ。後は、何度も何度も鉄を打つらしいの。最後は焼き入れのお湯の温度が関係しているって聞いたわ。ああ、それと、最後の研ぎは砥石を水で濡らして研ぐらしいわ」
「それは、貴重な話だ。やはり質が一番という事だな。それ以外に聞いたことがあるなら話してくれ」
「逸話があるわ。最後に真っ赤に焼いた剣をお湯に入れるんだけど、ある時弟子が間違ってそのお湯に手を入れてしまったの。親方はその弟子の腕を切ったらしいわ。お湯の温度を手で知ったと言ってね。もう一つは、ある鍛冶の弟子が2人いたの。どちらに後を継がせようかと、2人に長剣を作らせたの。出来た長剣を2つ小川に突き刺して、川上からワラを3本流したとき、1人の長剣は当たったワラだけ切り裂いたわ。もう1人の長剣は、3本のワラが吸い寄せられるようにして3本とも切れた戸いう話よ。鍛冶は1本だけ切り裂いた長剣を作った弟子を後継者にしたと聞いたわ」
そんな私の話を、4人がジッと聞いている。
「それはわからんこともない。むやみに切れるのも問題だ。自然に切れるのが一番だろうな。後ろの2人にそんな時が来たら俺もそうしたいものだ。だが、最後のお湯の温度にそれ程秘密があるとはな。試行錯誤でやってみることになりそうだ。幸い、俺達の寿命は人間族に比べれば遥かに長い。無駄な時間を作らずに済むというもんだ」
どうやら、村正ではなく正宗を目標とするようだ。将来が楽しみな武器屋のドワーフ達だな。