GⅡー27 3つ首のスラバ
先頭を歩くガリクスは何時もより速度を落としている。
油断なく周囲を確認しているけど、パメラ達が両翼に展開しているから、それほど心配しなくても良さそうだ。とは言っても、この辺りはガトルの縄張りだから、注意するに越したことはないけれどね。
「もうすぐ、林が切れるよ。ミチルさん、私は西側で良いのかね?」
「ええ、それでお願いします。でも、一休みした時に再度皆さんの攻撃地点を確認しますね」
林が切れると目の前に草原が広がる。その向こうに問題の葦原が見える。結構な葦原だな。あれを焼くことになるのだが、ちょっともったいないような気もしないではない。葦は色々と加工できるからだ。だけど……、さすがにここまで葦を刈りには来ないだろう。焼き払ってもクレームは来ないだろうし、ダノンを通してギルド長の許可は得ているからだいじょうぶだろう。
「ようし! ここでちょっと休憩だ。各自、一緒に戦う仲間は分かっているな。弓使いは忙しいが、スラバの2つの首の合わせ目を狙ってくれ。そこに3つ目の頭がある。魔導士は後方でスラバが他のスラバに近づかないように牽制するんだ。ミチル殿とテレサ殿が東西から火を葦原に放ってからがスラバ狩りの始まりだ」
ガリクスが話を終えて私の方に顔を向ける。外に注意点があるか? って事だろうな。
「1つだけ、注意してね。一応この辺りはガトルの狩場よ。盛大に葦原を焼くから寄っては来ないと思うけどね。一番外側は魔導士になるから、パメラは矢を半数撃ったらスラバ狩りの反対側を警戒して欲しいの」
「分かったにゃ。5本撃ったら後ろを見てるにゃ!」
軽い感じの娘かと思っていたけれど、パメラは至って慎重派だ。静と動の落差が激しいが監視要員としてはグラム達のパーティには過ぎた存在にも思える。まあ、それだけグラム達が上を目指せることになる。
「良いかい? 相手にあまり惑わされるんじゃないよ。ガトル2頭を同時に相手にすると思えば気も楽さ。首は斬りおとすんだからね! さて、ミチルさん。始めようかね」
「そうですね。いつまで休んでいても片付きませんし」
互いに笑みを浮かべて頷きあう。
私は左の西側に、宿屋のメタボな夫婦は得物を担いで右に歩いていく。
ガリクス達も立ち上がって、それぞれの場所に動き始めた。
5分ほど歩いて、葦原の西の外れに着く。東西1kmはあるだろう。小川から草原に向かって300m以上の見事な葦原だ。たくさんの小動物の隠れ家になっていると思うと、焼くのはもったいない気もするんだよな。
そんな思いに囚われながらも銀のパイプをベルトから掴み取って合図を待つ。
シガレイを咥えて、火を点けると周囲に注意しながら東に目を向けた。
東の上空で、ドン! と炸裂音がしたと思ったら煙りが上りはじめた。みるみる煙の帯が広がっていく。テレサさんの【メルト】が葦原を焼き始めたようだ。
「【メルト】!」
呪文を呟くとパイプに似せた私の魔導士の杖が一瞬鈍く光り私の魔法を増幅して杖の上部にバスケットボール程の火炎弾を作る。
杖の動きに合わせて葦原に飛んでいくと、着弾と同時に火炎が数m四方に広がって葦原を焼き始めた。
【メルト】を3発放ったところで、長剣を抜いて葦原の動きを眺める。
小動物が火事から逃げるように次々と飛び出してきた。だが、スラバの葦原をなぎ倒すような動きは見られない。
風は西から少し吹いてくる。あまり勢いよく燃え広がらないのはそのためなんだろう。東の方から声が流れてきているけど、距離があるから内容までは分からない。だが、スラバとの戦いが始まったのは確かなようだ。
こっちも、早いところ始めないと、彼らのところに全てのスラバが集まりかねない。私はさらに、3発の【メルト】を葦原に放った。
突然、葦原から大蛇の首が伸びる。数は……、5つ! 3匹なのか? それとも突然変異種が混じっているのだろうか?
東に向かって動き始めたところに、【メルト】を1発放ってこちらに注意を向ける。頑張ってスラバを相手にしている連中のところにこいつらが現れたら収拾がつかなくなるだろう。、
奴らの目の前で火炎弾の炎が広がると、5つの首がこちらを向いて進行方向を変えるのが分かった。草原にいる私の方向に向かってくる。葦原の火勢を増すために、2発の【メルト】を放ったところで長剣を引き抜きスラバに向かって駈け出した。
【ブースト】の魔法を使って身体能力をさらに上げる。葦原から抜け出そうとしている最初のスラバに駆け寄ったところで大きく体をジャンプさせる。
落ちてきた勢いを使って首を刎ねる。ドンっと地面に着地した勢いを、膝を曲げて吸収すると、立ち上がりながら長剣を下から振り上げた。
ズン! と鈍い手ごたえが伝わってくる。頭上から首が大木のように倒れてくるのを避けるようにスラバの胴体に移動して2つの首の付け根に長剣を差し込んだ。えぐるようにして抜き取るとスラバの体がブルっと震える。
先ずは1匹……。次の頭を見ながら素早くその場を後にする。
拳銃が使えればいいんだが、右手にはたくさんいるからな。44マグナムの流れ弾なんてシャレにもならない。
やがて、ブスブスと燃え始めた葦原から姿を現したのは、3つの首を持つスラバだった。
頭の目がゴーグルのような複眼を持っているのが毒の牙を持つ。
このスラバの3つ目の頭にはカタツムリのような飛び出した目を持っていた。こんな頭でよくも1つの胴体を共有できるものだ。ひょっとして、本当の頭は首の付け根にある頭なんじゃないか? 首の上に乗っている頭は、胴体の頭によって支配されているのかも知れないな。
ともあれ、ここで倒す外に手はない。
一気に間合いを詰め、私に向かって伸びてきた首を落とそうと長剣を振ろうとしたとき、殺気を感じて体を回すようにして移動する。私の体すれすれに他の首が通り過ぎた。
バックステップで距離を取る。
2つの首の連携だけでもいやらしいのに、3つとなるとほとんど隙が無いぞ。長剣ではかなりきつい相手だな。
3つの頭が私を睨んでいる。ズリっと音がして胴体が葦原から姿を現した。
長剣がダメなら……。
素早く首の攻撃をかいくぐり、首の付け根に長剣を突き刺して後ずさる。首の付け根が2つあるからどちらに胴体の頭があるか分からないが、まるで変化がないところを見ると、どうやら違っていたようだ。
腰の小太刀を抜き取る。長剣と違って隙が小さいからこっちの方が戦い易いだろう。
【メルト】を真ん中の頭に放ったと同時に駈け出した。
胴体まで近づいた時には、3つの頭が大きく離れている。素早く小太刀を振って30cmはある首を根本付近で刎ねると、そのまま隣の首に切りつけた。3つ目の頭が襲ってきたところを体を回すようにして避けながら。その勢いを利用して首に小太刀を叩きつけた。
その場から離れて状況を見る。かなり深い傷を負っているようだ。それでも私に頭を向けてくるから、致命傷には至っていない。
東からの声も小さく大きく聞こえてくる。向こうも激戦のようだな。早いところ始末を付けねばなるまい。
【メル】の火炎弾を意識して圧縮する。ボール程の大きさの火炎弾をビー玉程の大きさに変えるとゆっくりとスラバに近づいていく。
スラバの攻撃範囲に入った途端、2つの頭が時間差で私に向かってくる。
その大きく開いた口の中に火炎弾を放って後ろからくる頭に回り込む。小太刀を下から振り上げるようにして首を刎ねると、私に襲い掛かろうとした最後の頭が私のすぐ横で破裂した。小さく圧縮した火炎弾が奴の頭の中で炸裂したようだ。
首を始末したところで、胴体のもう1つの付け根に小太刀を差し込んで捻る。ブルっと胴体を震わせてスラバは動きを止めた。
小太刀に【クリーネ】を掛けて鞘に戻すと、胴体の長剣を抜き取る。
周囲を眺めると、葦原の火事はだいぶ東に進んでいる。他の連中はどうなったかな?
その場を後に、助太刀に向かって走り出す。
50mも走ったところで、アレクが長剣を振って頑張っている。後ろでメリエルが【メル】を放ってアレクの攻撃を援助しているようだ。2つの首には無数の傷があり、その内の一つは首を上げるのやっとのようだ。
「手伝う?」
「何とかなりそうです!」
後ろを振り向きもせずに、アレクが応える。数歩素早く駆け寄ると重症の首を力任せに切り取った。長剣は叩きつけるもの……。王都の剣術指南の教えを忠実に守っているぞ。残り1つの頭なら今のアレクならそれ程難しくはない。数分で決着が着くだろうな。
アレクを後にして走り出すと今度はグラム達だ。
私が彼らを見つけた時には、ちょうどグラムが首の付け根に長剣を突き刺すところだった。近くに2つの頭が転がっている。だいぶ傷がついているが、首そのものは一刀のもとに切り取られている。私の教えをちゃんと自分のものにしたようだな。先が楽しみだ。
グラムに手を振って次に向かう。
草原で一休みをしているのはレイナス君達だな。東からテレサさん達もこっちにやってくる。
「どうやら倒したが周囲に他のスラバがいると厄介だな。3匹まとって出てきたから、結構骨がおれたぞ」
「ご苦労さま。もう、出てこないようね。皮を剥ぎながら、数を確認してくれないかしら?」
「俺達がやります!」
グラム達がカゴを担いで、東に走っていく。湖の方から始めるんだろう。
「温い相手だねぇ。小さかったから直ぐに終わってしまったよ」
そんなテレサさんの言葉を微笑みながらミレリーさんが見ている。ミレリーさんの方はだいじょうぶだったんだろうか?
パメラ達が焚き木を拾ってきて焚き火を作る。ポットを乗せたところだからお茶が飲めるのはグラム達の仕事が終わってからだな。
クレイも西から歩いてきたから、この狩りもどうやら終わったという事だろう。
焚き火の傍に座り込んでシガレイに火を点けた。
それにしても3本頭のスラバは初めてだ。ハンターを50年続けても、まだ見ぬ獣はいるって事なんだろうな。




