GⅡー26 スラバ狩りへ出掛けよう
あくる日。早朝のギルドには、そうそうたるメンバーが集まってきた。今日はプレセラの4人とキティ達をダノンに頼んであるから、私も参加できる。他のハンター達が狩りや薬草採取に出払っても、ホールのテーブルにはスラバ狩りの参加者でいっぱいだ。
「……以上が私からの話よ。前衛は日頃の剣の腕を発揮して頂戴。気を付けるのは、さっきも言った通り、スラバには頭が3つあるという事。2つの頭を斬り落としても動き回るからね。魔導士と弓使いは首の付け根の3つ目の頭を攻撃してね」
皆、真剣な表情で聞いている。
「それじゃあ、弁当を配るぞ。1人2個で夕食分もあるんだから、腹が減ったと言って昼に全部食べるんじゃないぞ!」
そんな事を言いながら、ダノンとマリー達がお弁当を配り始めた。
私も2個を貰って、バッグの魔法の袋にしっかりと納める。水は大型水筒に入れて、野営道具と一緒にグラム達3人が担いでいくようだ。
「後を頼んだわよ!」
「だいじょうぶだ。精々森の手前で狩りをする。ネリー達が一緒だから、他の連中はその斜面で薬草採取をすれば心配ねえ」
ダノンは無理をしないから安心できる。私がダノンに頷いたところで、ガリクスが出発の合図を出した。
先頭はアレク達のようだ。その後ろをガリクス達、グラム達が続いて、最後は宿のご夫婦と私にミレリーさんになる。
のんびり世間話をしながら狩場に行くのは何年ぶりだろう。
「昔を思い出すねぇ……」なんて呟いているテレサさんの言葉を聞いてカインドさんが頷いているのが面白い。思わずミレリーさんと顔を合わせて微笑んでしまった。
まだ、メタボな体形でない若いテレサさんとカインドさんは何時も一緒に狩りをしていた筈だ。そんな遠い昔の喜怒哀楽のハンター暮らしを色々と思い出しているのだろう。
2時間ほど歩いたところで、休息をとる。先はまだ遠い。湖を挟んでほとんど反対側なのだ。今日中に目的地近くまでたどり着きたいものだ。
シガレイを1本楽しんだところで、ガリクスが休息の終わりを告げた。
1時間ほど歩いて、10分程度休む。2回繰り返したところで、昼食を取る。既に森は抜けて、草原に雑木が林のように点在する場所までやってきた。
途中の沼地は大回して避けているから、危険な獣には今のところ遭遇していない。先頭にネコ族の女性が2人もいるから、危険を上手く回避しているのだろう。
お弁当を頂き、お茶を飲みながら周囲の風景を3人の引退したハンターが眺めている。夢に見る風景なんだろうな。ジッと眺めて言葉も発しない。
「再びこの風景を見るとは思いませんでしたよ。ミチルさんに感謝ですね」
「そうだね。あの大岩は覚えてるよ。あの下で良く野営をしたものさ。ずっと上に森が広がってるだろう。あの辺りが夏場のガトルの狩場さ」
ガトル狩りを主にしていたと聞いたけど、そんなに遠くまで狩りをしてるとは思わなかったぞ。確かあの森の辺りでグライザムを狩ったんじゃなかったか?
短い休息が終わると、再び私達は歩き始めた。
日が暮れる1時間ほど前になって、私達の行軍がようやく終わる。まだ目的地に達してはいないけど、カインドさんの話では、湖の東にある小川まで1時間ほどの距離らしい。
直ぐに、男達が焚き木を取りに走り、私達は食事の準備を始める。人数が多いから、テレサさんが宿で使う大鍋を用意してくれたようだ。調理器具と食材に私が【クリーネ】を掛ける。後は食材を切り、鍋に次々に放り込む。水筒の水を入れて、具だくさんのスープは火に掛けるだけになった。
2つ作った焚き火の1つに鍋を掛け、もう一つににはポットを乗せる。ロープで簡単な柵を作り、その内側に天幕を2つ作っているのを、焚き火の番をしながら眺めている。
結構手際よく作業をしている。ライナス君も一緒になって働いている。将来は伯爵様なんだけど、気さくな伯爵になりそうだな。
食事の準備を若い娘さん達に任せて、焚き火の1つに私達は集まって明日の作戦を考える。
ダノンが書いてくれた状況図では、湖から1km程南にある葦原に集まっているらしい。大きな葦原だが、焼いてしまっても構わないだろう。もうすぐ初夏のこの季節なら草原に燃え広がることはない。草木は十分に水を吸って茂っているからだ。逆を言えば葦原を焼き払う方が難しいのかもしれない。
「この葦原全部を焼き払うんだろう? 私が東から、ミチルさんが西から焼き払えば良いじゃないか。燃え残ったら、また【メルト】を放てばいいし、ちょっとした燃え残りなら【メル】で十分さね」
「出てきても、直ぐに攻撃しないで数を確認してからよ。一番北の1匹はガリクスに任せるわ。私は南の2匹を何とかする」
「後は僕達が2人1組で相手をすればいいんですね」
「魔法使いは、なるべく他のスラバと連携しないように【メル】で牽制して頂戴。パメラ達には2つの首の付け根にある第3の頭を攻撃してね」
具だくさんのスープにグラム達は大喜びだ。夕食のお弁当と合わせて皆がお腹一杯になったんじゃないかな。
お茶を飲みながらシガレイを楽しんでいると、カインドが水筒を持ってやってきた。お茶を飲んでしまえという言いつけに従って一息に残りのお茶を飲むと、空になったカップに水筒が傾けられる。
「お酒じゃないの! 飲み過ぎないようにしてね」
「分かってるさ。カップに半分のワインでは酔っぱらうことなどないぞ」
それはそうだろうけど、今夜にだって襲われないとも限らないのだ。確かに焚き火を囲みながらのんびりお酒を飲むのはハンターならではの事だろうけどね。
「それで、あいつらは真面目にやってるのか?」
「ぬるま湯で育ってるから、あまり期待はしないでね。それでもこの間野犬を倒したわよ。こっちのカインドさんが彼女達の監督をしてくれたんだけど、その夜はまるでミイラのように包帯でグルグル巻きだったわ」
「ほう、それは将来性があるかもしれんな。お気の毒だった」
そう言いながらカインドに頭を下げるガリクスを私達は笑いながら見てる。
「まあ、逃げなかったのは偉いというか、微妙なところだ。赤1つなら全員で逃げるべきだったかもな。俺の方は狩りでは無傷だったんだが……」
「言われたことが出来ないようなら子供と同じで体に叩き込むことになるね。明日は、アンタに頭を譲るんだから、グラム達の手本になるんだよ!」
テレサさんの言葉に、思わずカインドさんが首をすくめる。これは難しい注文かも知れないな。そうなるとテレサさんは乱入予定ってことか?
「私はグラムのところから1人借りることにしますよ。翻弄するのは得意だけど、仕留めるのはあまり得意じゃないですからね」
片手剣の辛いところだ。ガトル相手なら思う存分斬り伏せられるが、大型が相手となると少し心許ないことも確かだ。私も長剣を使おうとしてるからな。
誰と誰を組ませるか……。結構楽しい話題だな。
そんな話が1段落すると、焚き火の番を残して私達は横になる。ネコ族の女性が3人もいるから安心して横になれる。
不意に体を揺すられた。透かし目で相手を見定めると、どうやらパメラが起こしてくれたようだ。
ゆっくりと体を起こすと、お茶のカップをグラムの仲間が渡してくれた。誰だったかな?
「ありがとう。変わったことは?」
「特にありません。もうすぐライナス様も起きてくるはずです」
4人での焚き火の番になるようだ。
時間経過を知る手段は、30cm程の長さの線香を使う。晴れてれば星や月が見えるんだけど、深い森の中や、曇りや雨の夜には、この線香の燃焼時間を使って時間経過を知ることになる。1本で10時間程かけてゆっくりと煙りを上げて燃えていく。蚊取線香としても使えるみたいで、初夏から初秋にかけて野宿するハンターには必携みたいだな。私も持っているけど、周りの人が使うから使った試しがない。数年以上経過してる事は確実だろうけど、果たして薬効があるかどうかは疑わしい限りだな。
「この印までが役目にゃ。そしたら次の番に交代するにゃ」
私達に線香の印を見せて、自分の隣に置いているぞ。真鍮の箱に細かな金網が貼ってあり、その上に鉛筆より細い線香が鎮座している。蹴飛ばしても折れるという事は無さそうだ。
ライナス君やパメラ達の暮らしぶりを聞きながら、シガレイを楽しむ。
パメラは小さな鍋で簡単なスープを作って振る舞ってくれた。
ライナス君の最初の子供は女の子だと教えてくれた。伯爵の奥方が『シルネスティ』と名付けたそうだ。
「皆はシスティと呼んでます。妻に似て美人になるでしょうね」
親ばか状態だな。まあ、それだけ子供が可愛いのだろう。嫁がせる時に大泣きするのは確実だぞ。
そんな話をしながら私達の焚き火の番は終了した。ガリクス達を起こして、私は再び横になる。
辺りの騒がしさで目が覚める。
きょろきょろと眺めている私をミレリーさんが微笑みながら見ていたようで、顔が合うと小さく頷いてくれた。
「さあ、今日はいよいよスラバ狩りですよ。早く朝食を食べてくださいね」
テレサさんがカップに入ったスープと野菜が挟んである平たいパンを渡してくれた。
もしゃもしゃと食べながら辺りを再び眺めると既にテントは畳まれている。アレク達が柵代わりのロープを回収していた。
朝食を終えるのを待っていたようにミレリーさんがお茶をカップに注いでくれる。
「早ければ2時間後には戦闘開始になりますよ」
「そうですね。たぶん狩れることは確かだと思いますが……」
「【デルトン】と【アクセル】はここを発つ前に全員に掛ける手筈さ。メリエルが2つとも覚えたと言ってるし、ガリクスさんが連れてきたレイチェルも使えるらしいから十分さね」
メリエルが覚えたのは、それだけ収入が得られるようになったからだろう。私も使えるから少しは協力してあげよう。メリエルは人間族だから、私やレイチェルよりも使える回数が遥かに少ないはずだ。
焚き火の始末をして、全員が揃ったところで私達3人で【デルトン】と【アクセル】を皆に掛ける。今度は先頭をガリクスが行くようだ。そのすぐ後ろをネコ族のアネットが続く。パメラは周囲を監視するため中間位置に下がっている。
目的地までそれ程距離が無い。林が尽きればそこは湖から流れ出る小川が流れる河原が広がるはず。昨日のおしゃべりしながらの歩みがうそのように誰も口を閉ざしている。