GⅡー22 ミイラ男?
細い2本の木を切り取って、元を結んで途中の枝を互いに絡み合わせれば簡単なソリになる。そろそろ初夏になる季節だが、3人で引けば十分に荷を運ぶ事が出来る。そんなソリを2つ作って、1つにはトラ族の若者を乗せ、もう一つには彼らの獲物であるイネガルが積まれていた。
足を噛まれたエルフの娘さんは、私が作ってあげた杖を頼りに歩いているが、全員に【アクセル】を掛けているから、普段よりマシに荷を運べる筈だ。
「まだ痛むの?」
「それ程ではありませんが、足を付く時に……」
片足を痛そうに引き摺っているのはちょっとかわいそうだけど、私は後方の監視をしながら歩いているから、肩を貸すことは出来ない。それでも倒れるようなら、オンブして歩かねばなるまい。まあ、今のところはだいじょうぶのようだ。
【アクセル】を掛けて3時間ほどで走ってきた道なのだが、怪我人が歩くと結構な時間になるようだ。森を抜ける頃には既にお日様が傾き始めたのが分かる。後、2時間は掛かるまい。
「それで、貴方は明日からどうするの?」
「しばらくは静養します。王都で知り合った魔道師は死んでしまいましたから、村で仲間を探すつもりです」
一時的なパーティだから、報酬を分け合えばそれで終わりになる。知り合いはかわいそうな事になってしまったけれど、ハンターである以上、仕方がないと諦めるべきだな。
そんなエルフの娘さんは、名前を『リトネイア』と私に告げた。低級魔法は一通り使えるらしいが、年齢はまだ20歳ということだ。エルフ族では子供って事だろうな。普通なら30を過ぎてから、里を出るものだが早くに里を飛び出したらしい。
「魔法力を全て使ってしまったんです。杖で殴りましたけど……、折れてしまいました」
「短剣は持ってなかったの?」
「まさか、魔法が全て使えなくなるなんて考えてもみませんでしたから」
そんな事だろうな。それ以外の武器は調理用の小さなナイフと、採取用ナイフだけだったらしい。
採取用ナイフでも、使い方次第では十分な得物になるのだが、リトネにそんな事は望んでも無理な事は直ぐに分かる。エルフ族は非力だからな。
「帰って、私の連れが了解してくれたら、私のパーティに入れてあげるわ。でも、あまり狩りはしないわよ。毎日が薬草採取だから」
「子供達を指導してるんですよね。私も一緒に指導を受けたいです!」
足を止めると、私に振り返って懇願してきたけど、キティ次第だからね。あまり期待を持たせてはかわいそうだ。
まだ、魔石は持ってたかな? ネリーちゃん達と同じようなバトンがあれば私のパーティには丁度いい。キティと一緒に後衛の良いパーティ要員になれるはずだ。
ギルドで報酬を受け取ると、その場で即席のパーティメンバーは報酬を分け合うと、トラ族の若者を教会に連れて行った。
マリーにキティ達を聞いてみると、まだ戻っていないようだ。
ここで待っていようか? 慣れ親しんだ暖炉脇の椅子に腰を下ろすと、ダノンが私を目聡く見つけて歩いてきた。
マリーが2人分のお茶を運んで来たので、銅貨を数枚トレイに乗せてあげる。
「どうやら、狩りの失敗らしいな」
「イネガルを群れで狩ろうなんて、彼らには数年早いわ。でも、トラ族の筋肉は素晴らしいわ。イネガルの牙を腹筋で止めてるのよ」
「まあ、奴等の筋肉は特別だ。それでも、重症には違いねえ。姫さんがいなかったら、奴は死んでたろうよ」
そんな事を呟いて暖炉からパイプに火を移している。
ダノンの言葉に微笑むと私もシガレイに火を点けた。
「ところで、キティ達に付いて行ったのはミレリーさんなの?」
「いいや、誰に聞いたか知らないが宿屋の親父の方だ。奴が一緒なら、心配はいらねえさ。ガトルだって避けてくに違えねえ」
そういえば、ご主人には薙刀を贈っておいたんだっけな。おかみさんの方にはネリーちゃんのバトンを大型化した棍棒なんだけど、今では食堂の壁にバッグと一緒に飾ってあるらしい。何かあればそれを引っさげて行くんだと話しているとダノンが教えてくれた。
それならば、心配は無さそうだ。
たぶん、一日中、周囲を見張っていてくれたに違いない。さぞや頼もしい助っ人だったに違いない。
夕暮れ近くになると、ハンターが次々と帰って来る。
カウンターに袋を傾けた時の表情で今日の狩りの成果が見えるようだ。皆、頑張ってるようだ。
ネリーちゃん達が戻ってきて、カウンターに獲物を並べている。ちょっとした山になっているところを見ると、弓の腕が上がったんだろう。
グラム達のパーティと一緒になってパメラがネリーちゃん達の頭を撫でているから、今日の獲物の殆どはやはり弓によるものらしい。
バタン!と大きな音をを立てて帰ってきたのは宿屋のご主人だ。その後ろから5人が歩いてきた。カウンターのザルにラクスとキティが成果を袋から出している。……ん? あれは野犬の牙じゃないか。
直ぐにダノンも気が付いたようだ。宿の主人を手招きして呼んでいる。
「まだ野犬は早いんじゃねえのか?」
「すまん。少し森に近付き過ぎたようだ。森でロディ達が野犬狩りをしていたようで、その群れの一部が俺達のところにやってきた。2匹はキティが弓で倒して、1匹はあいつ等が魔法と弓と片手剣で倒した。俺は奴等の前で数匹を倒したんだが、ミレリーに『野草採取だけにするんだよ』と、念を押されていたんだ。帰ったら何を言われるか心配だ。ダノン、1杯奢るから一緒に来てくれ」
そういうわけだったのか。結果的には申し分ない。逃げる子供はいなかったという事だな。中々度胸が良いと褒めてあげたいくらいだ。
「ダノン、一緒に行ってあげて。ミレリーさんには私から説明しとくけど、あのおかみさん相手ではご主人がちょっとお気の毒だわ。それに、結果的には私は満足してるの。誰も逃げないで向かって行ったわけだしね。これで逃げ出すようなら、私が彼らを王都に叩き出すところだったわ」
そう言って、ダノンに銀貨を渡す。
「そういう事か! なら、話がしやすいってもんだ。あのおかみさんだからな。あの棍棒を持ち出されたらと思うとゾッとしてたんだ」
そんな所にキティがやってきて、宿のご主人に34Lを渡している。野犬の収入もあったからいつもよりも多いようだ。
「これは貰えねえな。俺は自分の好きでお前達に付き合ったんだ」
「今日1日は仲間にゃ。分配は皆で分けるにゃ!」
私が頷いてるのを見たのか、ご主人はその分け前をポケットに押し込んだ。今度はガトル狩りが簡単に思えるほどの強敵を相手にするのだ。ダノンと頷きあって、ギルドを出て行く。どんな事になるのか見てみたい気もするけど、私もそろそろ帰るとしよう。キティと連れ立って、ギルドを後にする。
「「ただいま!」」
「お帰りなさい! さあ、こちらに。大変だったでしょう」
ミレリーさんが私達をリビングのテーブルに案内してくれる。「お帰りなさい」と言いながらネリーちゃんがお茶を運んでくれた。
「今夜はシチューですから、もう少し待ってくださいな。それで、頼まれた件なんですけど、どうしてもとカインドが言うものですから……。ネリーから野犬に襲われたと聞きました。申し訳ありません」
そう言って、ミレリーさんが私に頭を下げる。慌てて私はそんな行為を止めさせた。
「結果論ですが、私はそれで彼らが逃げなかったのを喜んでいます。それに誰も怪我をしたわけではありませんし……。一つ心配なのは、宿屋のおかみさんがご主人を許してくれるかって事なんですけど」
「たぶん、今頃は……、でも、最後には許してくれますよ。テレサは優しい娘ですからね」
最後と言うところが気にはなるんだけど、命までは取らないって事だろうな。あの棍棒をプレゼントしたのは早待ったかな。今夜も骨折の治療をするなんて事になったら、私が休む暇がなくなってしまうぞ。
「それで、怪我人は何とかなったんですか?」
「イネガルの群れを狙ったようですけど、まるで準備が出来ていなかったみたいですね。1人は亡くなりましたが、トラ族の若者が牙で腹を抉られていました。でも、驚いた事に腹筋で止まってたんです。さすがトラ族という事でしょうね。撥ね飛ばされたので手足を骨折していましたが、あれなら一ヶ月で動き回れるでしょう。もう1人、エルフの娘がガトルに足を噛まれていましたが、骨に達していませんから10日程静養すれば元に戻れるでしょう」
「まったく、ミチル様様ですわ」
そう言って、カップを別に取り出して蜂蜜酒を注いでくれる。
確かに、名にも処置しなければあの若者は死んでいただろう。でもそれは彼の運不運ではなかろうか。たまたま私がいたに過ぎない。
ミレリーさんの美味しいシチューを堪能し、私とミレリーさんは食後の酒をシガレイを楽しみながら飲んでいる。キティ達はお風呂に入って騒いでいるぞ。
そんな時、扉を小さく叩く音がした。
ミレリーさんが席を立って玄関の扉を開けると、何か驚いてるぞ。やがて招き入れた客は、宿のカインドさんにテレサさんだった。
包帯でぐるぐる巻きの頭は顔も見えない程だ。ギルドでは怪我したように見えなかったんだけど……。ひょっとして、宿でやりあったってことか?
ダノンは無事だろうか? ふとそんな事を考えてしまった。
「ミチルさん。ホントにすまないね。あれほど危ないところに連れてってはダメだと言っといたんだが、色々と弁解するから、ちょっときつく言い聞かせといたよ。今度は私が行くから心配しないでだいじょうぶさね」
ちょっとであれか? 少し気の毒になってきたな。
「いいえ、気にしないでください。誰も逃げなかった事が私には嬉しいんです」
「そうかい? まあ、私だったら逃げようなんて考える奴を最初に叩き潰しとくからだいじょうぶだよ」
明日、連中に会ったら最初に言い聞かせておこう。テレサさんは言業が完全に一致するから、もし逃げたら宿のご主人と同じになるよと言っておけばだいじょうぶだろう。
「まあまあ、テレサもカインドも席に付いて、少なくともハンターが1人助かった事を祝いましょう」
そんな言葉をミレリーさんが告げると、4人で酒盛りが始まった。
テレサさんも、未熟なハンターを野犬から救ったご主人を頼もしく思っているようだけど、それならミイラ見たいになるまで折檻しないでも良いような気がするな。
そんな2人をにこにこしながら微笑んでいるミレリーさんは幼い頃からの友達なんだろうな。