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GⅡー21 腹筋は鍛えておこう

 10日も過ぎると、ネリーちゃん達は森の小動物を狩れるようになってきた。と言っても、3回狙ってあたるのは1回らしい。

 3割なら良いんじゃないかな? 将来性も有るから、今年中には5割を越える可能性が高いと思う。


 それに引換え、プレセラの2人は命中率が2割にも満たない。キティが8割程の命中率を誇ってくれるから、まあ、何とかなってるけれども、2人が同時に矢を放っても命中するのは5回に1回ってところだ。弓の性能が悪いのだろうか?


 薬草をたっぷり採って、ラビーが2匹。初心者だからこんなものかも知れないな。ギルドで報酬を受け取り、5分割すれば1人22Lになったようだ。

 まだ、日があるので、裏庭の練習場で弓の練習をさせると、ラクスに片手剣を教える。私が教えるのは片刃の剣の動きだから、かなり違和感があるようだけど、だいぶマシになってきたように思える。フルーレだって片手で扱う剣なのだが、突いて傷を負わせる事と斬る事ではだいぶ体の動かし方が異なるようだ。

 まだまだぎごちない動きだが、教えた事はキチンと覚えてそのように動こうとしているのは良いことなんだろう。フルーレの使い方を叩き込まれているから、注意して動かないと私の教えを守る事が出来ないようだ。まあ、2年もすれば体が自然と動くだろう。


 「どうだ? 連中は」

 「先が長いわ。こればっかりは適性だってあるんだし……」


 パイプを咥えながらダノンが2人の弓を見ている。ダノンの目で見ても、先が長いという事だろうな。

 

 「まあ、明日からガトルを狩るわけではないんだから、のんびりと練習させるこった。姫さんが薬草を採ってる場所には精々野犬が出るぐらいだし、野犬が数十でも出ない限りは死ぬ事はねぇ」


 そんな事を言って、ギルドの中に入って行った。確かにそれはそうなんだが、もう少しってところなんだよな。そこが過ぎれば彼らの技量が大きく伸びるのが分かってるから私も期待してしまうのだろうか?


 「はい、今日はここまでよ! 最初に比べたらだいぶ上達したわ。この調子で行けば来春には狩りが出来そうね」

 「来春ですか?」

 ちょっと残念そうにラクスが呟いた。

 

 「貴族のハンターならば、高レベルのハンターに同行して一気にレベルを上げるという裏技を使う者が多い事は確かなんだけど、貴方達には普通のハンターと同じように基礎をしっかり身につけて貰いたいの。そのためには地道に経験を積む事になるけど、イザという時にはその経験が貴方達の運命を左右するのよ」

 

 そう言っても、実感は無いだろうな。それが分かってくるのは青レベルを過ぎた辺りだろう。獣の反撃を受けて数mも吹っ飛ばされ、朦朧とした目で目の前に薬草があると分かった時の嬉しさは感動にも似ていた気がする。そのまま食べた薬草の苦さが私に反撃を決意させたようなものだ。混濁した意識の中でも薬草を分別出来るだけの技能が、1年程続いた薬草採取で養われたような気がする。

 そんな事態にならないようにする事が一番だが、万が一という事もありえるのがハンター稼業だ。それが出来るように彼女達には頑張って貰わねばなるまい。


 彼女達とギルドで分かれると、キティと明日の薬草採取の依頼を探す。町の小さな子供達も薬草採取をしているから、彼等の依頼分は残しておかないとね。

 

 「蜜蜘蛛の依頼があるにゃ!」

 「それは、町の子供達が頑張るわよ。ネリーちゃん達が狩りの仕方を教える筈だわ」

 「それなら、こっちの薬草依頼にゃ!」


 キティが選んだのはジギタスという薬草だ。細くて長い3本の葉が特徴だから、1度見れば直ぐに分かるだろう。心臓の弱った老人達がお茶代わりに飲んでいるけど、狩りの前に高ぶった気持ちを抑える働きもある。ハンターの中にはこの薬草をお茶の中に雑ぜている者もいるようだ。

 

 「良いわよ。それにサフロン草で行きましょう」


 私の言葉にキティが2枚の薬草採取の依頼書を掲示板から剥がしてカウンターに持って行った。

 マリーと何か話してるようだったが、互いに笑っているところを見ると、女性同士の他愛ない世間話のようだな。

 依頼書に確認印を押して貰って、私達は家に帰った。


 「「ただいま!」」

 「お帰りなさい。ごくろうさまでしたね。さあ、お掛け似成ってください。まだ、ネリーは戻らないんですよ」


 ミレリーさんの入れてくれたお茶を3人で頂く。今日の出来事をキティが話してくれるので、ミレリーさんは微笑みながら聞いている。

 

 突然、ドンドンと乱暴に扉が叩かれた。

 ミレリーさんが真直ぐ扉を睨んで席を立つ。扉の横には60cmほどの棒が置いてあるから、強盗ならばあれで撃退出来そうだ。


 「何方ですか?」

 「ミチルさんがいるんだよな。1人やられた。もう1人もかなりヤバイ状態だ。森の南なんだが一緒に来て貰いてえ!」

 

 「キティ、明日はミレリーおばさんと一緒に行って貰いなさい!」

 心配そうに私を見ているキティにそう告げて立ち上がると、ミレリーさんも私に頷いてくれた。

 「キティちゃん達は私が何とかするわ。ミチルさんは急いで行ってあげなさい!」


 軽く頷くと、通りで待っていた男達と夕暮れの通りを駆け出した。

 「ギルドから手術道具を入れた箱を渡された。それは俺のバッグに入っている。結構遠いんだが、あんたはだいじょうぶなのか?」

 「ちょっと、止まって!」


 男がもうすぐ北の門と言うところで急停止した。

 「【アクセル】を掛けるわ。少しは急げるし、息切れもしないはずよ」

 2人に【アクセル】を掛けて自分にも掛けておく。ついでに【シャイン】で光球を2つ作り前方を照らすことにした。

 

 斜面を駆け下り、森を走る。

 かなり遠いな。森を抜けたところを見ると罠猟では無さそうだ。


 「あそこだ!」

 男の指差した先には焚き火の明かりが見える。その明かりを黒い影が何度か横切るのが見えた。


 「襲われてるじゃない! 急ぐわよ」

 駆ける速度を一段と上げて、腰の小太刀を確かめる。

 一体、こいつ等は何を狩ったんだ? 仲間が狩りで倒れて、その後にガトルの襲撃を受けるとなると……。


 焚き火の傍に飛び込むようにして、ガトルの横腹を小太刀で薙ぎ払った。

 私に向かってくるガトルを舞うように刀を振るって倒していく。

 数匹倒したところで、どうやらガトルは引き上げたようだ。小太刀を2、3度強く振って腰に収めた。


 「一体、何を狩ったの?」

 「イネガルだ。群れを見つけて狩る事にしたんだ……」

 

 イネガルを狩るのはそれほど難しくはない。だが、それは1頭であることが前提だ。複数になると指数関数的に狩りが難しくなる。そんな事が、彼らに分かっていたんだろうか?

 

 「それで、怪我人は?」

 「焚き火の奥だ。1人は一撃でやられた」


 焚き火の奥の草叢に、トラ族の男が倒れている。光球を男の上に移動させると、掛けていた【アクセル】を解除した。


 革の上下が血塗れだ。かなりの外傷ってことになる。

 呼吸は浅いが、しっかりしているから肺と肋骨に異常は無いらしい。

 

 「箱を広げて、ハサミを取ってくれない。ポットにお湯をたっぷり沸かしておいて!」

 

 渡されたハサミで革の服を切り取る。どうやら、腹を牙で刺されたようだな。足は弾き飛ばされた時に骨折したようだ。骨が飛び出しているけど、砕けてはいないようだ。

 右腕が折れている。足よりは、単純だな。


 「他に怪我した人は?」

 「先程のガトルの襲撃で、魔道師が足を噛まれた」

 

 少し離れた場所で若い娘が足を抑えている。出血が酷そうだから、圧迫包帯で足を縛っておく。こっちは今すぐどうって事は無さそうだ。

 

 箱の中から、パラニアムのビンを探すと、酒に雑ぜてトラ族の男に無理やり飲ませる。

 このまま手術なんてしたら、私が撥ね飛ばされそうだ。

 度数の高い酒のスキットルを取り出して、男の腹に掛けて傷の様子を確かめた。

 咄嗟に突進を避けたんだろうが、片方の牙で腹を抉られたようだな。左腹に縦に傷が走っている。ヘラで傷口を探って見ると、こいつの腹筋で止まっているぞ。トラ族は頑丈だと聞いたが、これほどとはな……。

 腹の内部には傷が達していないから、縫うだけで十分だろう。10cm近く裂けているから出血もそれなりだったんだろうな。

 素早く傷口を縫いあわせて、包帯で硬く縛っておく。これで腹部は終了だ。足は切り開いて飛び出した骨を元に戻して縫い合わせると、その上に添え木をして縛っておいた。一ヶ月もすれば歩けるようになるだろう。うでは単純骨折だから、引き伸ばして元にもどすと添え木を当てておく。失血量が多いのが問題だが、その外はダノンよりも軽傷と言えるだろう。

 最後に足を齧られた魔道師の女性の様態を見ておく。

 腿を噛まれているが、肉を食いちぎってはいないから、傷薬で十分だろう。牙が深くまで食込んでいるから、【サフロ】で傷を塞ぐのには抵抗があるな。数日様子を見て、腫れが酷くならないようなら、自分で【サフロ】を掛ければ良いだろう。


 「とりあえずは終了よ。使った道具をお湯で洗って箱に戻して頂戴」

 自分の体に【クリーネ】を掛けて血を払いながら男達に告げた。

 

 「すまねえ。8人のパーティだから何とかなると思ってたんだが、1人失ってしまった。彼を明日には動かせるだろうか?」

 「動かすほか無さそうね。担架で運ぶにはガタイが良さそうだから、ソリを作りなさい。獲物を運ぶソリならそれ程衝撃が掛からないと思うわ」


 差し出された、カップはワインだった。

 焚き火の傍でワインを傾けながら夜を明かすのは一体何年ぶりのことか。

 シガレイに焚き火で火を点けると、ゆっくりと味わう。

 明日は、怪我人を運ばねばならないし、彼らにしても獲物を運ぶ事荷なるだろう。

 焚き火を眺めると無事な連中は5人というところだ。魔道師のエルフは1人で歩けるだろうか? まあ、その時にはせっかくの獲物を諦める事になりそうだけどね。

 

 「あのう……。エルフ族ですよね」

 痛そうに時々顔をしかめながら、魔道師が聞いて来た。

 「一応、ギルドの種族分類ではエルフになっているけど、私は自分の里の記憶すらないの。あまり自覚はないわ」

 「そうですか。ガトルの襲撃を受けていた時、貴方が飛び込んで素早く対処してくれたんでどうにか助かりました。ありがとうございます」

 

 「気にしなくても良いわよ。北の村で子供達を指導してるから、人助けは仕事みたいなものだしね」

 「では? ひょっとして、黒姫様!」

 「その名はあまり好きじゃないわ。ミチルで良いわよ」

 

 どうやら、私に憧れてエルフの里を出てきてハンターになったらしい。散々探したらしいのだが、それは私の責任範囲外のことだ。

 このパーティにも一時的な参加らしいのだが、私のパーティに是非入れて欲しいと懇願されてしまった。

 まだ若いエルフだから、キティと将来はいいコンビになるかもしれないな。それはキティと相談して決めよう。

 先ずは、村に無事に帰ってからだ。

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