GⅡー20 ネリーちゃん達の弓
だいぶ日が高い内に薬草採取を終えると、ギルドに引き上げる。
ラクスが代表してカウンターに採取した薬草を広げているのを、私達は奥のテーブルで見守った。
マリーの指示で、若い娘さんが掲示板に走っていく。まだ見習いなのかな? ネリーちゃんと同じ年頃に見える。
どうやら、終ったらしく私達のテーブルの開いた席に坐ると、ラクスが軽く溜息を漏らす。
「全部で125Lになりました。全員で採取して、ようやく銀貨1枚になるんですね」
「そんなものよ。そしたら、それを5等分にしなさい。一緒に採取したなら分け前は平等が原則よ。私は既に御隠居から頂いているから協力はしても分け前はいらないわ」
1人25Lだから、子供達の薬草採取と比べればだいぶ高額になる。その内、10Lは教会への寄付という事で良いだろう。残りの15Lがあれば、明日の朝食と今夜の食事代には十分だ。
各自に分配が終ったところで、ギルドの裏手にある練習場に向かい弓の練習をさせる。ラクスには片手剣の使い方を教えたけど、私の片手剣は片刃だから、片刃の使い方を教える事になってしまうけど、これはしょうがないとあきらめて貰おう。
軽く汗をかいたところで、ハンター初日は終了となる。
かなり疲れただろうから、今夜はぐっすりと眠れるだろう.私も、キティを連れて家に帰る事にした。
「「ただいま!」」
「あら、お帰りなさい。だいぶ早いお帰りですね」
リビングのテーブルに着いた私達に、ミレリーさんがお茶をいれてくれた。
一口飲むと、シガレイを1本取り出して指先で火を点ける。
「子供達を連れて湖への斜面に向かいましたが、平穏そのものですね」
「クレイ達がその先の森で狩りをしてるとネリーが言ってました。その森の際がネリー達の狩場だそうですから、ミチルさんの目の届く場所という事になります。トビーの母親も安心ですね」
「ネリーちゃんの狩りは順調なんですか?」
「罠猟が基本だから、当たり外れが極端ですね。春も半ばですから、そろそろ罠猟と小型の獣を狩るようになるんでしょうけど……」
ネリーちゃんのパーティは4人なんだけど、確か前衛と後衛のパーティのはず。野犬ぐらいは十分何とでもなるだろうが、小型の獣を狩るとなれば弓が必要になる。ネリーちゃんともう1人の女の子が弓も使えれば良いんだけどね。
「ネリーちゃんに弓を教えますか?」
「弓使いは弓以外にもう1つ使えるものを……。そんな話を聞いた事があるけど、既にあの子達は魔法と、フレイルを使えるからね。身を入れて練習しないんじゃないかしら?」
確かに2つの武器を持つ事は正しいと思う。魔法が切れたり、矢が切れたら後は隠れるだけ何てことは、許されないからな。そんな意味でフレイルとしても使えるバトンを持っているのだが、魔法で小型の獣を倒すにはそれなりの経験が必要だし、何といっても上手く命中させるのが難しいのだ。
「パメラに頼んで2人に教えて貰いましょう。ちょっと出掛けてきますね」
止めようとしたミレリーさんに構わずに家を出る。
どうせ作るんだったら、少し改良しても良いだろう。それにミレリーさんのところには少し長く厄介になりそうだしね。
武器屋の店に入ると、扉の開く音に気が付いた奥さんが出て来た。
「あら! ミチルさんですね。お久しぶりです。ダノンさんから帰ってきたとは聞いてました」
「実は、作ってもらいたい物があるんだけど……」
私の言葉を聞くと、直ぐに店の奥にある仕事場に出掛けて行く。仕事場の扉の奥から鎚音が聞こえてくる。槌音が2つ聞こえてきたところをみると弟子をとったんだろうか?
「久しぶりだ。また変わった武器なら歓迎するぞ」
「3つ、弓を作って欲しいの。でも、ちょっと希望があるんだけど……」
髭を蓄えたドワーフは壮年に見えるな。まだ若い青年なんだけどね。
彼が差し出した紙に鉛筆で簡単な図を描く。
「折畳めるのか? それに、この部分はネジで半回転するんだな?」
「使うのは17歳の人間族の女の子達だから、弓の強さは加減してね。100D(30m)でラッピナが狩れることが条件よ」
「それは何とかなるが……。これは何だ?」
「照準器で分かるかなぁ。この部分とこの部分の重なりで獲物を正確に狙うの。当然、何度も撃って調整しないといけないんだけどね」
「この部分が可動するのはそう言う理由なのか……。あんたの依頼は俺の勉強になる。あんたのおかげで弟子を持つ事も出来たようなものだ。遥々遠い場所から買いに来る者までいるのだ。あんたの頼みだけは断われないよ」
グリップだけが特殊になるから明日の昼には出来上がると言ってくれた。
ついでに、矢筒を2個とそれぞれに矢を6本入れてもらう事で、金額は銀貨4枚。ちょっと安すぎないか?
「何、心配は無用だ。あんたが贔屓してくれるおかげで、俺のところには特注の注文が結構入るんだ。十分に元は取れてるしタダでも良いんだが、それはあんたが嫌がるだろう?」
「そうね。『タダより高い物はない』って言葉もあるからね。じゃあ、ついでにガードを10個作ってくれないかしら。こんな形で、弓を持つ腕に付けるのよ」
不思議な顔をしていたけど、ガードは必要だろうな。たまにキティも痛い! って声を出す時があるくらいだ。
要求された金額の倍の銀貨をカウンターに重ねて、急いで家に戻ってきた。
既にネリーちゃんも帰宅していたようだ。夕食は私を待っていてくれたみたいで申し訳なく思ってしまう。
質素な食事が終った後で、お茶を飲みながらネリーちゃんの狩りの状況を皆で聞くのが恒例行事になっている。
「……ということで、私の狩りは罠猟で獲物が1匹だけだったの。【メル】でラッピナを狙ったんだけど、上手く当らなかったわ」
まあ、私でどうにかってところだろうな。相手が大きければ苦労はしないんだが、20m離れた10cm程の的に確実に【メル】を当てるのは、エルフ族でさえ黒レベルは欲しいところだ。
「ネリーちゃん達に弓を注文しておいたわ。明日の狩りの帰りに武器屋に寄ってきなさい。キティではまだ教える事が出来ないけど、パメラに頼んでおくから、夕方にギルドに来ると良いわ」
「本当! でも、高かったんじゃ……」
「それが、格安だったの。なんでも、色々と注文が増えたのを恩義に感じてるらしいのよ」
私の言葉に、ミレリーさんが頷いている。
「ドワーフ族は義理に厚いと聞きました。あの武器屋には王都からも注文が来るようですし、今年の冬には隣国の高名なハンターが遥々やって来たようです。ミチルさんに恩を感じるのは当然なんでしょうね。それでも、わざわざありがとうございます」
「そうなると、あの円盤が使えるのね。獲り過ぎないように注意しなくちゃ!」
そんな、ネリーちゃんの言葉に私とミレリーさんは微笑んだ。弓は意外と奥が深い武器だ。そう簡単に使えるなら皆が弓を使うとは思わないようだな。
・
・
・
次の日、ギルドに少し早めに出掛けて、グラム達のパーティを待つ事にした。
やってきたグラム達からパラムを呼び出すと、ネリーちゃん達に弓を教えて欲しいとお願いする。
「わかったにゃ! 私が戻ってきたときにギルドにいれば裏の練習場で教えるにゃ」
「ありがとう。お礼におもしろいものをあげるわ。たぶんパメラが欲しかったものよ」
その後にやってきたネリーちゃん達に、パメラが弓を教えてくれると話しておく。
「狩りの帰りに武器屋に寄れば、弓が手に入るわよ。ちょっと変わった弓だから使い方を最初に私が教えるわ」
嬉しそうに罠猟に出掛けて行ったのをテーブルで見送っていると、プレセラの連中がギルドに入ってきた。
今日も1日、頑張って薬草採取をしないとな。
まだ、だいぶ日が高いけれど、依頼分を大幅に上回る薬草を手に村へと帰ってきた。
1人分が27Lは昨日よりも高い配当だ。今のところは晴天が続いているが、雨が数日続いても、教会に宿泊費を支払える位はとりあえず持たせて置きたい。
銀貨数枚は持っているが、それはなるべく使わせたくないな。
嬉しそうに、ギルドを後にした4人を見送って、ネリーちゃん達が帰って来るまで、裏の練習場でキティの弓の練習を眺めることにした。
中々の腕になってきたな。30mほどの距離では殆ど的の中心に矢が集まっている。今日も、1匹ラッピナを仕留めているが、プレセラ達に持たせたから、教会では久しぶりにシチューが夕食に出されるんじゃないかな。
「ミチル姉さん、武器屋から荷物を預かってきました!」
ギルドの裏扉が開いてネリーちゃんが顔を出して教えてくれた。
「ありがとう。少し待っててね」
キティが矢筒の矢を全て射つくしたところで練習を終える。
ギルドのいつものテーブルに戻ると包みが3つテーブルに乗っている。後は、パメラの帰りを待つだけだ。
30分も経たずにグラム達のパーティが帰って来た。狩りの成果をテーブルに広げているが、どうやら野犬狩りをしてきたらしい。報酬を分け合ったところで、パメラが私の所にやってきた。
「教えるにゃ! でも弓が無いにゃ?」
「ここにあるわ」
テーブルの荷物を広げて、矢筒を2個取り出す。矢は8本だな。4本サービスしてくれたみたいだ。
「これはベルトに付けるのよ。付ける場所はどこでも良いんだけど、矢が一番取出しやすい場所を探してね」
人によるからな。パメラは装備ベルトの背中に斜めに着けているし、キティはベルトの真横よりやや後ろだ。弓兵なら腰の真横になるが、あれは整列した時にきちんと見えるからだろう。
「次に弓を渡すわ。この弓は少し変わってるの。こんな感じで組み上げて、最後に弦を張るのよ」
「小さく畳めるにゃ!」
「パメラにもあげるわ。これが私からの報酬よ」
「十分にゃ!」
弓を常に持つのは意外と面倒だからな。パメラの場合は短槍を使うからなおさらだ。
「最後はこれになるわ。付け方は、こうするの」
キティの左腕の内側にアームガードを付けてあげる。
「私の国では皆がこんな防具を着けてるんだけど、この国では見たことが無いわ。パメラなら何故必要か分かるわよね」
「弦が腕を弾くと痛いにゃ。弓を使う連中は皆、弓を持つ手にアザが出来るにゃ。これで防げるなら皆が買うにゃ!」
一番喜んでるのはパメラみたいだな。ネリーちゃん達の指導をパメラに任せて、残った6個をバッグに仕舞い込みギルドを後にした。