GⅡ-19 プレセラ
「それじゃあ、行って来ます!」
「お気を付けて!」
朝食後のお茶を飲み終えて、テーブル越しにミレリーさんに挨拶して玄関を出た。キティは背中に弓を背負って、私の前を歩き出した。
同族の子供はいないけど、ハンターのネコ族は結構いるから、彼らがすれ違いざまに、キティに声を掛けてくれる。そんな彼らに私も頭を下げた。彼らなりに気を使ってくれるのが嬉しく思う。
ギルドのの扉を開けると、私を目聡く見つけたマリーが、ホールの置くのテーブルを指差した。既に来てるって事だ。一応ハンターの初歩は身に付けてるって事か……。
メンバーは少し年齢差があるが、これは仕方がないな。
彼らのテーブルに空いている椅子に腰を下ろし、キティには隣のテーブルから椅子を運んで坐るように言付けた。
「私が、貴方達を指導するミチルよ。こっちが私の妹分のキティ。さて、早速だけど、貴方達の名前と、得意な武器を教えて頂戴」
キティが席を離れてカウンターに向かう。たぶんお茶を頼んでくれるのだろう。帰りに灰皿を持って来てくれたので、シガレイを咥えて指先で火を点けた。
「私は、ラクシーナ、ラクスとお呼びください。得意な武器はフルーレです」
「ラザニアムと言います。ラズーでいいです。弓を使います」
「レントスです。魔法を覚えました。片手剣は持っていますが、使ったことはありません」
「アントリュージュ。皆はアンと呼びます。弓を持って来ました」
これで、狩りをするとなると獲物は小さな小動物だな。野犬も10匹出たらどうなるか分からないぞ。
「そうね、少し武器を替えなくちゃならないわね。ラクスは片手で剣を操れるのなら、片手剣で良いわね。弓はそれで良いかも知れないけど腕を知りたいわ。ところで、【サフロ】と【デルトン】は誰が使えるの?」
レントスとアンが両方、ラクスとラズーが【サフロ】のみらしい。驚いた事にラクスは【アクセル】が使えるらしい。確かにフルーレは素早さが大事だろうな。
ラズーとアンを裏庭に連れ出して、弓の腕を見てみたが、初心者クラスって感じだな。一応前には飛ぶが、15mほどの距離で直径60cmの的に当たる矢の数は半数だった。アンの矢はどうにか刺さるって感じだな。牽制には使えるだろう。
ラクスのフルーレの腕は、一応道場に通っていたらしく様にはなっている。だけど型を重視したらしく綺麗ではあるが、野犬相手だと逃げられてしまいそうだ。
これは先が長いぞ……。
ホールに戻って細々した装備を確認する。
食器類、水筒、携帯食料、それらを入れる魔法の袋と皮の袋に布の袋。小さなナイフとロープに革紐と風呂敷ぐらいの布に薬草採取用のスコップナイフ。
この辺りは、ガリウスが手を打っていたようだな。特に過不足はない。
そんな私をにこにこと見ているダノンに気が付いて、手招きする。
「だいぶ小さいのまでいるが、何とかなるのか?」
「何とかしないといけないわ。これで、片手剣と魔道師の杖を1本ずつと薬草採取用のカゴを4個買ってきてくれない。武器は数打ちで十分よ」
「わかった」と、私の手の中の銀貨を受け取りギルドを出て行く。
キティに、薬草採取依頼を3件受けるように頼むと、ラクスの方に振り返って、ハンターに係わる簡単な話を始める。
「これから、貴方達のパーティの名を決めなさい。ずっと、貴方達に付いて回るからあまりふざけた名前はダメよ」
「それなら、馬車の中で皆で決めました。『プレセラ』にします」
確か、星座の名前だった筈。私のプレアデスに似てるけど、まあ、問題は無いだろう。
問題があるとすれば、この連中なんだけど……、どうやって、鍛えようかな?
「ラクス以外は、装備はそのままで良いでしょう。ある程度資金に余力が出たら自分に合ったものを購入すれば良いわ。ラクスには申し訳ないけど、フルーレをギルドに預けて、片手剣を使いなさい。理由は簡単、フルーレが折れてしまうわ。使い方は教えるから、だいじょうぶよ。レントスは魔道師の杖を持ちなさい。【メル】の威力が1割上がるわ。それにしばらくは薬草採取になるからね」
「獣を相手にしないんですか?」
「追々はそうなるわ。でも、最初はどのハンターも薬草を採取するのよ。薬草を採取して赤2つになってから、簡単な狩りを始めるわ。でも、薬草採取にも危険はあるのよ。基本は全員で逃げる事になるけど、それが出来ない場合は狩りの時間になるわ。薬草を採取する前に簡単な陣形を教えるから、その通りに動いて頂戴。一応、リーダーはラクスで良いんでしょう? 私とラクスが前衛になるわ。キティが中衛で後は後衛ということで対処しましょう」後衛の3人は薬草採取の合間に弓と攻撃魔法の練習をして貰うわ。後ろから矢を射られたく無いでしょう?」
キティの受けてきた3件の採取依頼を眺めながら、基本的な薬草の見分け方を図鑑を使って説明していると、ダノンが帰ってきた。
買い込んだ品物をテーブルに広げて、私にお釣を返してくれた。
「ありがとう」
「ああ、何でもねえ事だが最初から狩りをするわけじゃないよな?」
「もちろんよ。でも準備は必要だわ。湖の北の斜面で薬草を探すつもりよ」
私の言葉に納得したようだ。
確かに薬草は多いのだが、たまに野犬が出没する。
子供達なら絶対に行かないが、赤3つぐらいになると、デビューする場所なのだ。私とキティがいれば特に危険はないだろう。
「それじゃあ、ラクスはこれを持って、レントスはこれね。後は、このカゴを1人1個持てば良いわ。このカゴに集めて、後で袋に詰めるのよ」
ラクスがカウンターに言ってフルーレを預けている。片手剣は私と同じように腰の後ろで、ラズーに手伝って貰ってベルトに取り付けている。
レントスは、腰に棍棒のような魔道師の杖を差し込んだ。皆でカゴの取っ手を腕にして、私達の後についてギルドを後にする。
ラクスが16歳で、一番小さいアンはキティと同い年という事だ。キティも同年代の仲間が出来て嬉しいのだろう、2人一緒に手を繋いでいる。
北門の番人さんに挨拶をしながら広場から南の斜面を目指す。広場周辺には町のちびっ子達が2組薬草採取をしていた。
私に気が付いて手を振る子供達に私とキティが手を振ってあげる。たぶんもっと南ではネリーちゃん達が小さな獣を狩っているんだろうけど、見知ったハンターがさらに彼らの近くで薬草を採取するのであれば、ちびっ子達も安心できるに違いない。それでも、必ず1人は見張りを立てているのだから感心してしまう。あのやり方はロディのやり方を真似しているんだろうけど、ロディも教えを受けるだけでなく、ちゃんと後輩を指導していたようだ。
「ネリーお姉ちゃんが、森の周辺で狩りをしてると教えてくれたにゃ」
「だから、子供達が少し斜面に移動しているのね。私達が斜面にいれば、子供達も安全だわ。キティも回りを気にしてちょうだいね」
そんな私の注意に、うんうんと頷いている。
弓はパメラが時間を見つけて指導してくれてるから、20mほど先のラビーなら殆ど命中する腕前だ。腕力を滑車のついた弓でカバーしているから、早く通常の弓が使えるようになってほしいけれど、こればっかりは練習というだけでは無理だ。それでも、「いつでも私のパーティに入れるにゃ!」とパメラは言ってるけど、あれは妹贔屓の姉の言葉だとダノンも言ってたな。
ダラダラとした斜面が湖を取り巻く森に続いている。
広さは、東西に4km、南北に1kmほどの斜面だが、ぽつりぽつりと潅木や、ちょっと大きな岩が点在しているような場所だ。
それらを目印にして、毎年町の住民が春先に薬草を採取する場所でもある。
そんな斜面の岩の1つで、足を止めるとキティが直ぐに焚き木を集めに出掛けた。
ポットを取出し、バッグの大型水筒から水を入れて置く。
「これ位で良いかにゃ?」
「ええ、十分よ。次ぎは皆に集めて貰うからね」
焚き火を作ってポットを火の傍に置いてお茶を作る。1時間以上歩いてきたのだ。まだ歩くのに慣れていないのが彼らの後姿で良く分かった。薬草最初の前に休ませないと、斜面を転げ落ちる可能性だってありそうだ。
お茶を飲みながら今回採取するサフロン草の採取方法を簡単に教えてあげる。
ヨモギのような草の根元から少し離れた場所を茎の両側から2箇所斜めに突き刺した後に、手元から深く突き刺して抉るように持ち上げて球根をとる。 球根の少し上の部分を採取ナイフで茎を叩いて、球根をとり。球根だけをザルの中に入れてから次の薬草に取り掛かる。 「まあ、簡単に言うとこんな風になるわ。注意点は2つ。球根を傷つけない事、商品価値がなくなるのよ。それと、薬草は同じところにたくさん生えているけど、全てを採取しないこと。半分を取るぐらいに考えておきなさい。そうすれば来年も同じぐらいその場所で取れるわ」
お茶を終えて、早速薬草採取を始める事にした。先ずは見つける事。次に採取方法に問題が無いかを私とキティで確認する。
全員に1回だけ私が見守りながら採取をさせたところで、回りを歩きながら周囲を見張る事にした。キティは自分の分を採取しながら、彼女達の指導をしている。
キティも両親に教えてもらったはずだから、キチンと手順を踏んでいるな。力任せに掘り出す輩もいるんだけど、そうなると球根の痛みが出てしまう。ギルドに納品できる数が少なくなったり、納入できたとしても報酬が削減されてしまうのだ。
どんな仕事でも基本は忠実にの典型的な事例なんだうな。
歩くついでに焚き木を集める。この辺りはしばらく誰も焚き木取りをしていなかったようで、直ぐに両腕一杯になった。そんなことを2回繰り返すと、そろそろ1時間ほど経過したようだ。どんな具合か確認しながら、一休みさせよう。
「みんな。集まって!」
私の大声に、ぞろぞろと焚き火の回りに集まってきた。キティがポットで彼女達のカップにお茶を注いであげている。
「要領は分かったかしら? 数を取るのはあまり考えずに、先ずは丁寧に球根を採ることを考えてね」
「10個ほど採取しましたが、今日の目標は?」
「全部で70個にゃ。5人で採取すれば一人14個で良いにゃ」
キティが指で数えながら答えを出した。掛け算があるとは思えないから、どんな方法で計算したか興味が出て来たぞ。
「そうね。それだと昼食前に終ってしまうでしょう。だから、今度の休みに昼食を取って、もう1度採取をするわ。後2回ってことね。それで目標を上回る数が採取出来るから、ギルドに戻ってからもう1度依頼をこなせる筈よ。ギルドの依頼はパーティであれば1度に2件まで。貴方達とキティで依頼を受けたから3件になったの。私のパーティ名を出せばもう1件受けられたんでしょうけどね。キティ、次ぎはプレアデスの名を使っても良いわよ」
ちょっと気が引けたのかな?
私のパーティ名を使えば、殆ど何でも出来るようだ。キティなりに考えてくれたんだろうけど、キティのギルドカードには、しっかりとパーティ名をプレアデスと記載されているんだからね。