GⅡ-18 ガリウスの知らせ
さすがに森の中には人が少ない。
それでも、1組のハンターが私達の視界に入った。私達にとっては都合が良い。
ネリーちゃん達が直ぐに薬草採取を始めたので、私は周囲を見渡しながら焚き火を作るために焚き木を集め始める。
一休みした時にお茶が飲めれば、その後の採取も楽になるだろう。春とは言ってもまだ肌寒い季節だから、温かなお茶は何よりのご馳走だ。
夕食まで作れそうな焚き木を集めたところで雑木の1つを切りとって杖を作っておく。この季節に一番多いのは野犬だから、杖で十分な筈だ。
焚き火の脇にたっぷり水を入れたポットを置いておく。沸騰したらお茶の葉を入れておけば良い。
1時間ほど過ぎたところで3人がやって来る。ミレリーさんが腰のバッグから金属製のカップを取り出して、ポットのお茶を注いでくれた。
「やはり森は薬草が多いね。私なんかもう少しでカゴから溢れそうだった」
美味しそうにお茶を飲みながらネリーちゃんが話してくれる。
キティのカゴを見るとちょっと少ないかな? 彼女も少し気にしているようだが、こればっかりは得手不得手があるからね。
キティのカゴからグリルを1つ摘んで良く見ると、丁寧に蕾の下で切り取ってある。これならどこに卸しても問題は無いな。キティは几帳面なところがあるから、1個ずつ丁寧に採取したんだ
ろう。少しばかり作業が遅くなっても、全体としては採取した量が少し少ないくらいだ。
「綺麗に摘まれているわ。これなら、このまま薬剤ギルドに卸しても少しお小遣いを上乗せして貰えそうよ」
「そうですね。量を多く考えているハンターもいますが、後の事をちゃんと考えて採取すべきです」
私達の会話を聞いて嬉しそうにネリーちゃんと顔を見合わせている。
「良かったね」とネリーちゃんに褒められてはにかんでるな。仲の良い姉妹に見えるぞ。
「……あれは?」
特徴ある連中はグラム達のようだ。森の中を薬草を採取しながら周囲を見ていたんだろう。
私達の焚き火に気が付いたようだ。こちらに足早に近付いてくる。
「今日は。こっちで採取してたんですね」
「ハンターが少ないと聞いたものだからね。春の薬草解禁は町の住人が多いから……」
私の話を聞きながら焚き火の周りに腰を下ろしたところに、ネリーちゃん達がグラム達のカップにお茶を注いでいる。
「報告がまだでしたね。ガドラーはちゃんと退治出来ましたよ。帰りに王都を見学してきました。やはり大きいですね。でもギルドの賑わいは俺達にはちょっと……」
「依頼書の奪い合いも見てきたの? レベルの低い間は、あんな感じで仕事を得ることになるわ。その点、ここは良い所でしょう?」
グラムが頷きながらパイプにタバコを詰めている。焚き火で火を点ける仕草はサマになっているな。いつの間にか、良い青年に育ったものだ。
「ところで、ミチルさんが貴族の子弟を育てると聞いたのですが?」
「仲間を見捨てるようなハンターでは問題だわ。見捨てた本人達は私だってイヤだけど、その兄弟ならと思ってね。貴族の資格を失った状態でやってくるはずだから、貴方達も気遣い無用よ」
仲間を見捨てると聞いて、グラム達の顔が厳しくなる。信じられないって感じだな。
「貴方達のように、小さい頃から仲間と一緒に依頼をこなしていれば仲間を見捨てるという事は無いはずよ。貴方達に長剣を教えた時にも言った筈よね。逃げると言う選択を剣を抜いてからしてはいけないとね。
でも貴族の子弟の中では、数人の私兵が獲物を瀕死の状態にして、とどめを貴族に刺させるという事で、レベルを上げる場合があるの。そんなことでレベルを上げた連中が集まって狩りをすると……」
「本人のレベルと見合わない狩りが出来る。そんな狩りに出掛けたら、たちまち獣に反撃を受けるって事ですか。確かに命からがら逃げ出すでしょうね」
困った連中だ。と小さく呟いている。
確かに、困った連中だけどそれなりに役立つ時もある。私にとって貴族と言うのは必要悪にも思えるけどね。
「昔のグラム達ぐらいには仕上げたいわ。あまり苛めないでね」
そんな私の言葉にグラム達が笑い出す。
苛めはしないだろうが、それなりに介入したいと思ってるのかな? それなら手伝って貰おうと、私も笑顔を返しておく。
パイプから灰を叩き落して、お茶のお礼を言うと、彼らは再び森の奥に消えて行った。
パメラがキティの頭を撫でながら「頑張るにゃ!」と声を掛けている。同族同士の励ましって感じだな。そんなパメラの姿が見えなくなるまでキティが手を振っている。
「さて、私達も始めましょうか?」
ミレリーさんの言葉に、私達も焚き火から腰を上げた。
今度は私も頑張って薬草を採取する。見張りはミレリーさんだから、安心できる。
夕暮れにはだいぶ間がある時間に、私達は薬草採取を終えると町に戻っていく。
北門の外にある広場から湖に続く荒地の斜面にはたくさんの人達が薬草を採取している。今年も例年並なんだろうな。ダノン達はもう少し南の方にいるんだろう。
家に着くと、今度は大鍋にお湯を沸かす。
私とネリーちゃんで沸かしている時に、ミレリーさんとキティで薬草の千切れ掛けた葉を取り除いている。ネリーちゃんよりも、キティの方が役立つ事を、今日の採取でミレリーさんは気付いたようだ。
私が火の番をしていると、大きなザルや水桶をネリーちゃんが運び込んでいる。
最初に採れるグリルは1度茹でて乾燥させる必要があるのだ。そんな処理をするかしないかで、値壇が倍近く違うのはちょっと問題なような気もするけれど、ハンターとその土地の住人の違いって事でハンター達は納得しているのもおもしろい。
「これが最初です!」
ミレリーさんからカゴを受け取って、煮え立った大鍋にカゴごと入れると、傍にあった砂時計をひっくり返す。
既にテーブルの上には、浅くて大きなザルが用意されている。時間が経ったら、水切りをしてザルに広げて天井に吊るすのだ。
そんな作業は面倒だけれど、皆で分担すればお喋りしながら楽しくやれる。今日の採取の感想を話すキティやネリーちゃんの話に相槌を打ちながら、2時間程の仕事が終った。
夕食は簡単なスープを私が作る。作り置きの薄いパンにハムを挟んで夕食を取った。
食器を片付けて、ネリーちゃんはキティを誘ってお風呂に出掛けた。
私とミレリーさんは、蜂蜜酒のお湯割を飲みながらシガレイを楽しむ。
「森で薬草を採るなんて、随分と久しぶりな気がします」
「小さな子が一緒では仕方が無いですよ。でも、粒揃いのグリルですね」
「森と荒地の違いでしょうね。かなりの上物として取引してくれると思います」
一応、1個の値段として取引されるのだが、そこには薬剤ギルドに参入している薬剤師達の思惑もある。出来るだけ良品を手に入れようとして、良品を持って来ればそれだけ高値で取引してくれる。
そんな薬草採取が、薬草の種類を変えながら20日ほど続き、私達は1人辺り125Lをミレリーさんから受け取った。
やはり森で採取した薬草は、通常よりも2割ほど高値で取引して貰ったようだ。
「ちょっとした臨時収入ですね。それを目当てに王都から雑貨屋の屋台もやってきてました」
「町の雑貨屋では、晴着をたくさん置くわけにはいかないでしょうね。その辺りの商売の重なり合いが起きないように屋台の商人達も気をつけてるんでしょうけど」
町で不評が立つようなら、次の年にはやってこれない。町の住人が臨時収入を得た状態で何を欲しがるかをキチンの把握出来ないようでは商人としては先が無いと思わざるを得ないな。
薬草採取に参加する町の住人が日ごとに少なくなると、私達ハンターだけが薬草を採取する事になる。
ネリーちゃんのパーティは小さな草食獣を狙い。私はキティを連れて薬草を採取する。冬には昼間活動していたラビー達の活動が夜になったから、あまり昼間の荒地では遭遇できなくなってきたのだ。森ならば、まだいるんだけどね……。
そんなある日のこと。サフロン草30個をカウンターに渡した後で、明日の依頼を探そうと掲示板に振り返ると、テーブルでお茶を飲んでいるガリクスの姿を見つけた。
キティを連れてガリクスのところにいくと、テーブルの反対側に坐る。キティも私の隣に腰を下ろした。
「一時期は凄い騒ぎだったが、御隠居様の発案という事でどうやら収まったぞ。明日の荷馬車でやってくるはずだ」
「ガリクスまで動いてたの?」
「伯爵からの指示では動かざるを得まい。それなりに貴族内の動きには気を配っている。ミチル殿の話を一番喜んでいるのは、俺のところの伯爵じゃないのかと思っているぐらいだ」
そう言って小さく笑っている。貴族内の無益な争いを好まないという事だろう。次期当主も場合によっては交替を余儀なくされるのかも知れないな。腰抜けのレッテルが貼られれば現行当主も地位を譲るのに躊躇するだろう。まあ、それはその貴族のお家の事情という事になる。表面上は、不評をかった貴族の名誉回復という事になるんだろうな。
「送り出す方としても、一時期は貴族の称号を無くす事を渋っていたが、御隠居の考えという事では納得せざるを得なかったようだ。精々、良い得物を持たせる程度という事だったな」
「それよりは、剣術道場に通って貰いたかったわ。クレイは赤でも十分に獣を倒せたしね」
私の言葉にガリクスが頷く。表面を繕うのが貴族達だ。中身が伴わないのはどこも同じらしい。
「それで、依頼金だが……」
「いらないわ。あくまで私の気まぐれだし、御隠居様からいらないと言ったのにたっぷりと持たされてるから」
ガリクス私の言葉に頷く。
と言うことは、依頼金の出所は御隠居様ってことか?
「そう言うだろうと言ってたぞ。ということで、これはミチル殿の名で教会に寄付して置く。半額は護民官に渡しておこう。彼も中々様になってきたからな」
そのバックアップをガリクス夫妻がしてるんだろうけどね。まあ、悪い事ではない。それだけ底辺の人々が暮らし易くなるはずだ。
帰ろうとすると、キティがガリクスに頭を下げている。
ちゃんと挨拶が出来れば、誰からも後ろ指を差されずにすむだろう。キティの両親もその辺りはキチンと躾けたんだろうな。
やってくるのは世代的にロディより少し下というところだろう。私とキティがいれば野犬狩り辺りから初められそうだ。
とは言え、先ずは連中の顔を見てからだな。得意な武器も確認せねばなるまい。