GⅡ-14 動滑車の使い方
リスティンを乗せたソリ8台が湖近くの林を進んでいく。
昨夜のガトルの総数は100匹を越えていたそうだ。牙だけでも1500Lになるから皆の顔は明るいものになっている。その上ガドラーの魔石は50L以上で売れるだろう。赤の中位魔石は魔道師の杖にするために需要が高いからな。
ダノンがはやるハンター達を御しながら短い頻度で休憩を取らせる。今夜も襲撃が無いとは限らないのだ。狩りはギルドに戻るまでが狩りだと言い聞かされたのは何時だっただろう。
「さすがはテレサさんだ。妖炎の2つ名はやはりだてじゃねぇ。あれだけ派手に【メルト】を使った日にはガトルの毛皮はあきらめるしかないかと思ってたんだが、80枚以上も取れたぞ」
休憩で一息入れていたダノンがパイプを咥えながらご婦人方を褒めている。
「あらヤダよ。あれぐらいは当たり前さね。折角向こうから毛皮が来てるんだから、なるべく毛皮を傷めちゃもったいないじゃないか」
同じくパイプを楽しんでいた宿屋のおかみさんが片手でイヤイヤをするような仕草をしながら答えてる。
まったくこの2人のご婦人の底が知れないな。ある意味、天才的な技量を持っていたんだろう。それでも1人はご主人と一緒に宿屋を始め、もう1人は2人の子供を育てる為に危険な稼業から遠ざかったということだな。
ハンター達の自慢話にさぞや腕がうずいたに違いない。たまに誘ってみるか。この2人がいるならロディ達でもかなり上の狩りが出来そうだ。
朝食をたっぷりと取ったから昼食は無い。少し長めの休息とお茶で我慢だ。
湖の周囲を取り巻く森を過ぎれば、町までは荒地の坂を登るだけになる。
そんな荒地に出る森の外れで今夜は野宿だ。
明日は皆で力をあわせて荒地の斜面を登らなくてはならない。平時では初心者ハンターの薬草採取日帰りコースなのだが、雪が積もっているし、ソリには200kgを越える大型のリスティンが乗っているのだ。疲れた状態で夜間斜面を登るのは危険以外の何ものでもない。
「姫さん。準備は終ったぜ。だけど、精々が野犬だ。これはちょっとやりすぎじゃねぇか?」
「用心深いと言って欲しいわ。ちびっ子もいるし、昨夜はガドラー付きだったのよ。何時も通りに野犬とは限らないわ」
とは言え、私が指示した野宿場所にロープを張り巡らした柵は、普通で考えればやりすぎである事は確かだ。
もし、野犬だけならという条件は付くが、今夜はネリーちゃん達に頑張って貰うつもりでいる。数が多ければロディ達が加われば十分だろうし、万が一の場合にはグラム達がいる。
ロディの手を借りるようでは、しばらくはダノンと狩りを続けたほうが良いだろうな。
そういう意味での卒業試験なんだけどね。
早目の夕食を取りながら今夜の配置を告げると、ネリーちゃん達の目が輝きだした。
「そういうわけだから、今夜の前衛はネリーちゃん達よ。相手の数が多ければロディ達が介入するわ。野犬10匹を目安で良いでしょう。万が一、野犬以外の獣が来た場合の用心にグラム達は近くで待機してね。クレイは周囲の状況を把握をお願い。私達は、皆を見てることにするわ。だけど、ガトルが20匹を越えるようなら素早く参戦するからね」
「ネリー達の実力を見ようってことだな。それなら直ぐ後ろで見守ってるよ」
私の言葉にロディが了解を告げる。自分達もやってきたことだ。自分達のパーティでどこまで出来るかを確認するいいチャンスだと彼も思ったに違いない。
ネリーちゃん達が武器を手に焚き火の傍に集まっている。キティ一緒だけど、まあ、中衛志望だから丁度良いかな。トビーともう1人の男の子の得物はちょっと太目の杖だった。
野犬は棒で叩けと散々ロディに教えたから、ロディに教えてもらったのかな? そんな心構えがちゃんと伝授されているのを確認出来て少し嬉しくなる。
「キティちゃんも一人前にゃ。私よりも深く矢が刺さってたにゃ」
パメラにキティが褒められて目を細めている。同族からヨシヨシと頭を撫でられているのを見ると微笑ましくなるな。
「パメラより深く刺さるわけがねえだろう? キティちゃんはまだ小さいんだ」
そんな声にダノンが疑問を向ける。
「本当にゃ。指1本分は深かったにゃ。取るのに苦労したにゃ」
ネコ族の言葉に嘘は無い。ダノンが私に顔を向けた。
「本当だと思うわ。キティちゃん。弓をダノンに見せてあげて」
私の言葉に、傍に置いた弓をダノンに手渡す。
ゴテゴテした感じの弓をダノンが引いた途端、彼の顔が驚愕に変わった。
「魔道具なのか?」
「そんなわけ無いでしょう。ただの弓よ。でも、その上下にある滑車を上手く使うと引く力が半分になるの。今は非力だからそれを使わせているけど、将来はパメラの持つ弓のように通常型にするわ。武器は簡単な作りが一番なのよ。それだと、弓が重くなるし、矢をつがえる弦を取り違えないようにしないといけないから撃つのが面倒なの。パメラが4本撃つ間に2本がいいところね」
「良し悪しってわけだな……。確かにちょっと重く感じるな」
「もし、私が同じような物を使うなら、もっと深く刺さるのかにゃ?」
「そうなるわね。でも、1矢で倒すような中型の獲物は少ないわよ。ラビーでは突き通してしまうだろうし、イネガルやリスティンでは、まだまだ不足だわ」
「確かにそうにゃ……。やはり、私はこれでいいにゃ!」
ある事にはある。クロスボウなら、今パメラが望んだ弓矢になるだろう。太いボルトが刺さればイネガルでさえ1矢で倒せるだろう。だが、クロスボウは次ぎの矢が素早く撃てないのが難点だ。それに狩りは1人で行なうのではない。パーティの役目をキチンと考えながら狩りを行なうのだ。
「確かに武器は単純なのが一番さ」
そんな事を言ってテレサさんが棍棒を撫でている。やはり、テレサさんって前衛向きだよな。そんなテレサさんを後衛においた旦那さんの武器は何なんだろう? ちょっと興味が湧いてきたぞ。
狩りは今のところ順調に推移している。明日は町に帰って何時ものベッドで休めると皆が感じているに違いない。
そんなだから、何時も寄りおしゃべりに花が咲く。暖かいお茶を飲み、タバコやシガレイを楽しんでいた。
不意に、キティちゃんの耳がぴこぴこと動く。パメラの耳も同じだな。
「来たにゃ! あっちの方向からにゃ」
パメラが指差した方角は北東だった。
「距離はわからないの?」
「たぶん2M(300m)は離れてるにゃ!」
さて、もう1本シガレイを楽しもう。まだ狩りが始まるまで時間がありそうだ。
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「どうにか片付いたわね」
「野犬も少なくなったようだねぇ。昔は30は来たんだが……」
やってきた野犬は13匹。ちょっと多かったけど、トビー達は基本に忠実に群れを撲殺したようだ。
手持ち無沙汰に立っていたロディがちょっとかわいそうだったな。
それでも、トビーの頭をガシガシと撫でていた。自分達が教えた野犬の狩り方をキチンとこなしたと言うところなんだろう。
牙と毛皮を集めて、子供達が天幕に潜り込む。私達はのんびりと焚き火の番を続ける事にした。
群れが小さいから、場合によってはもう1回、野犬が襲撃してくる事も予想される。それは私達で対処しよう。
私が天幕の中で眠っているところを起こされた時には、既に朝日が辺りを照らしていた。
昨夜は冷えたから、今日の搬送は少しは楽になるだろう。
焚き火のところに行くと、ダノンが朝食を食べている。私と同じで今起きたところのようだ。
「今日はベッドで安心して休めるぞ。だがその前にあの坂を越えねばな」
「それなんだけど、これを使うわ」
食事をしながら、バッグから滑車を取り出した。動滑車として使えば半分の力で坂を引き上げられる。
「それをどう使うんだ?」
「キティの弓と同じように使えば楽にソリを引き上げられるわよ。坂の上と下の人員を割り振って頂戴。下の護衛は私達3人で良いわ」
「と入っても、そうだ。グラム達3人を下に置くぞ。だけど、滑車でそんなに簡単に引き上げられるのか?」
「だいじょうぶよ。ところで一番長いロープはどれ位?」
「1M半(約200m)だ。だが、姫さん達6人で引くにはソリは重そうだぞ」
「なに言ってるの。ロープを引くのは上の連中よ。ソリの先端にこの滑車を取り付けて、ロープを坂の途中の太い潅木に結び付けなさい。ロープを滑車に潜らせてその先を上の連中が引けば簡単にソリが坂を上がる筈よ」
動滑車を利用したことは無いのだろうか? 神妙にダノンが聞いているぞ。後ろでロディ達も聞いているからだいじょうぶだろう。
ものは試しって感じで、ダノンがスープを掻き込んで焚き火を後にした。
「早速始めるようですね。でも、ソリの重さは変らないんじゃないですか?」
「キティの弓と同じことが起こるんです。滑車を固定しないというところが肝心な点なんですけどね」
そう言いながら、焚き火の手前に燃えさしで簡単な絵を描いて説明をしてあげる。
固定滑車は吊り合いを考えれば天秤と同じだ。それに比べて動滑車は何かに片方を固定してロープを通す。両方で引く事になるから力は半減すると教えてあげる。
「こんな使い方になるんですが、重量物を動かす仕事に付いている人なら経験で知っていると思いますよ」
「石切り場や製材所でかね? 聞いてみるのもおもしろそうだね。もし知らなければ教えてあげるよ」
私達が焚き火から眺めていると、ダノンの指示で坂の上に皆が上っていく。トビー達が残っているのはロープと滑車の回収役なのかな?
坂の途中に点在している潅木にロープを繋ぎ足しながら結んでいるのが見える。さて、何人ならソリを上げられるんだろう?
「へえ~、3人で良いようだね」
「あのカラクリが無ければ数人で汗を流さねばならなかったでしょうね。引く人間は3人でも、それ程力を使って無いようです」
そんな感想を2人が話している。
どうやら思惑通り事が運んだようだな。1時間も立たずに8台のソリが引き上げられたところで、私達もこの場を後にして坂を登る。
そんな事を繰り返して、昼前にはきつい斜面をあがる事が出来た。後は平地みたいななだらかな場所だから、ゆっくりとソリを曳いて町に帰る事になる。
「リスティン1頭の半身を貰えないかしら?」
「まあ、姫さんが発起人だから誰も文句はねえが、どうするんだい?」
最後の休憩を取ったところで私が提案をする。
皆が私を見てるからその始末に興味があるんだろうな。
「テレサさんの宿に持って行って、今夜は美味しく皆でリスティンを頂きましょう。お昼抜きで運んでるんだから皆もお腹が空いてるでしょう?」
「良いのか? 俺達だけで食堂が満杯になっちまうぞ」
「かまわないよ。確かに良い考えだねぇ。ミレリーも手伝っとくれ。この人数じゃ私と旦那じゃ焼くのが大変だわな」
「いいですよ」
テレサさんの依頼にミレリーさんも嬉しそうだ。
皆もたらふく食べられると思って目が輝いてるぞ。リスティン半身なら6、70kgの肉が取れるはずだ。いくらなんでも1人2kgの肉は食わないだろう。
目を丸くしてる門番さんに挨拶しながら町に入るとソリを連ねて肉屋に向かった。後の始末をダノンとグラムに頼んで私達はギルドに向かう。テレサさんとミレリーさんも肉屋に残るようだ。この後、半身を持って宿に帰らなくちゃならないからな。その役目はグラム達3人で十分だろう。