GⅡ-13 ガドラーの追撃
下に着た綿の上下を交換したところで、【クリーネ】を掛けてバッグの魔法の袋に入れておいた。
さっぱりしたところで、焚き火の周りに集まる。
ロディ達やネリーちゃん達は天幕の中でお休み中だ。私達はもう直ぐやってくるであろうガドラー達の襲来に備える。
「テレサさんよう。あんた本当に魔道師なのかい?」
ダノンが、パイプを咥えながら棍棒の柄に細紐を巻き付けている、宿屋のおかみさんに聞いている。
それは私も聞きたかったことだけど、何故か聞くのがためらわれたのだ。
「私は魔道師だよ。だけど、魔法が使えなくなったら、これで戦うのさ」
確かに魔道師は後方で前衛の援護が主体になる。だけど、魔法力が切れたらお荷物でしかないのが普通なんだけどね。
テレサさんはそれを良しとしなかったようだが、外にも武器はあると思うぞ。棍棒を持って魔道師が乱入してきたら前衛は驚くだろうな。
私のパーティにも、色々な人物が入ってきたけど、さすがにそんな人物はいなかった。強いて言えば私だけど、私は最初から前衛だ。そして魔法が使えると……。ん?
ひょっとして、私と逆のポジションって事?
何となく、テレサさんに親近感が湧いてきたな。
「あそこの獲物の両側に私とテレサで立ちましょう」
「なら俺は獲物の前でロディ達と頑張れば良いな」
ミレリーさんのポジションが決まると、ダノンが俺もいるぞと自分のポジションを決めて焚き火の前に簡単な配置図を描き始めた。
「アレクは姫さんと一緒で良いのか?」
「そうね。私の真後ろをお願いしたいわ。その両脇はグラム達で十分でしょう。アレクの仲間も前衛担当はグラム達と並んで、中衛はダノン達と一緒で良いでしょう。剣を使えない弓使いと魔道師と弓使いは子供達のところから全体の援護をお願いしたいわ」
「了解だ。だが、そうなるとガドラーに姫さん1人で対峙する事になるぞ」
「ガドラーでは不足だねぇ……」
ダノンが吃驚して私を見てるけど、テレサさんはちょっと私の実力に合って無いと不満らしい。ミレリーさんも笑みを浮かべて頷いている。
「でも、テレサ。噂に高い黒姫さんの剣技が真近で見られるんだから」
「そうだねぇ。それで今回は我慢するしかなさそうだねぇ……」
これは、頑張らねばなるまい。クレイに獲物を取られては私の矜持にも係わるという事になる。
「しばらくは、この剣を振り回していませんから、ご期待に添えないかも知れませんよ」
「まあ、宿の食堂での話しの種に出来れば良いさね」
そんな話をしながらシガレイを楽しむ。
クレイ達も、私達の話をおもしろそうに聞いているだけで、話には加わってこない。
まるでハンターに見えない宿屋のおかみさんがそれなりの実力を持っていることを知って、考えるものがあるという事なのかな?
何時までもハンターで暮せない事は確かだ。何時ハンターから足を洗って次ぎの仕事をするかというのは、ある程度の実力を持ったところでどのハンターも考える事ではある。私のように生涯ハンターでいられる種族もいるのだが、それは極めて稀なケースなんだろうな。
「あっちから、何か聞こえたにゃ!」
立ち上がって、森の一角を指差しているのは、クレイのパーティの娘さんだ。旦那はドワーフだったか? まだ私には気配も感じられないから1M(150m)は離れているんだろう。
「子供達を起こして準備を始めて! 距離はあるようだから、配置場所を確認しておけば十分だわ。獲物の左右に小さな焚き火を作れば子供達も温まれるでしょう」
「そうだな。焚き火は俺が作ろう。ラムネス子供達を起こしてくれ」
ダノンが立ち上がって、天幕に向かって行く。ラムネスと呼ばれたのはさっきのネコ族の女性だ。隣の旦那に何事か告げるとダノンに付いて行った。
「それじゃあ、私達もロディ達の活躍を見る事にするよ。後ろは任せときな」
テレサさんとミレリーさんも立ち上がって自分の守備する場所に向かっていく。
後に残ったのはクレイとグラム達のパーティで前衛と中衛の連中だ。
「グラム達と私達で横に並んで対峙すれば良いですか?」
「横と言うより、こんな感じで円弧を描いて欲しいわ。中衛の人もいるから出来るでしょう。私は15D(約5m)ほど離れたこの位置に立つ事にするから少しは貴方達への負担が減る筈よ」
「それだと囲まれてしまいますよ」
クレイが心配げな顔で私を見つめてきたので、笑みを返してあげた。
「テレサさんが対応してくれる筈よ。それにそれ位離れていないと貴方達が巻き添えを被ることもありえるから、あまり私には近付かないでね」
一応念を押しておこう。ネコ族には劣るけどエルフ族も敏捷性は負けてはいない。魔道師達が私達に【アクセル】を掛けてくれているけど、この上にもう一つ、【ブースト】の魔法を私は自分に掛ける事が出来る。
「姫さん、だいぶ近付いてるとパメラが言ってるぞ!」
「分かったわ。さて、皆、狩りの時間よ!」
立ち上がって、マント取り去り焚き火の近くに丸めて置いておく。クレイ達も身軽になれるようにマントを脱ぎ去った。
革手袋をしっかりと手にはめこんでずれないように手首の近くで紐で結ぶ。
雪靴をその場に脱いで、ブーツだけになると、焚き火から北東に向かって歩き始める。
確かにかなり近いぞ。
私に殺気が感じられるという事は、既に50mほどに彼らが近付いているに違いない。
背中の長剣を左で抜取り、肩に担ぐ。
チラリと後を振り返ると、クレイ達が長剣を両手で握り締めている。
焚き火の火も先ほどよりも勢いを増している。
私が右手を上げると、上空に3つの光球が浮かび上がった。
周囲が明るく照らし出される。その光で、私達を追い掛けていた連中の姿が暗闇から浮かびあがる。
先頭はガトル、その数はどう見ても数十以上だ。ガドラー1匹とは限らないということだろうか?
ガウウゥゥ……。
ガトルの唸り声が広がって聞こえてくる。
これはミレリーさんに感謝だな。後衛方向にもガトルが群がってくるぞ。
ゆっくりとガトルが近付いてくる。低い唸り声は威嚇音だから、まだ危険はない。
それでも、キティ達は弓の弦を振り絞っているんだろうな。
そんな姿を想像して笑みを浮かべた時、ガオォォン!! と森の奥から一声大きな吠え声が聞こえた。一斉に、ガトルが雪原を走ってくる。
私の必殺圏内にガトルが入るのを待っていると、前方と左右に【メルト】の火炎弾が着弾した。ガトルが一瞬怯んで、その速度を弱めながら、私に近付いてくる。
2歩足を踏み込んで、長剣を片手でガトルに叩き込んだ。
相変わらずの切れ味だ。刃を引き抜かずともそのままガトルの体を斬り裂いた長剣は私の重心移動で次ぎの振り位置まで容易く移動してくれる。
次ぎのガトルは下から斬り上げる。上段から体の回転を伴った剣の振りで2匹のガトルを薙ぎ払う。
しばらく長剣は使っていなかったけど、体が使い方を覚えているようだ。
私を狙うガトルを次々と斬り払っていると、私の近くに【メルト】の火炎弾が2発炸裂した。
どちらかと言うと、外しているようなんだが?
そんな疑問は直ぐに理解できた。
ガトル数がさっきより増えている。テレサさんは【メルト】で群れを誘導しているようだ。そんな使い方が出来るとはな……。思わず笑みがこぼれてくる。
何時しか、私から数m離れてガトルが取り囲んでいる。とは言っても、後ろのガトルはレイク達が斬り払っているようで、気配が殆ど無い。
左右に広がったガトルには容赦なく矢と【メル】の火炎弾が襲い掛かっているようだ。そんな魔道師達に接近しようとするガトルはロディ達に叩き付けられている。
さて、そろそろかな?
森の奥から光球に照らされて大型の獣が現れた。ガドラーだが、かなりの大型だ。
ゆっくりと私の方向に近付いてくる。
周囲のガトル達を牽制しながら、私はガドラーから目を離さなかった。
すると、もう1頭のガドラーがその前に横から滑り込むように現れた。
2頭が重なるように私に近付いてくる。
「グラム、荷が重いけど周囲のガトルをお願いね。クレイ、場合によっては貴方のところに1頭が行くわよ!」
「だいじょうぶです。ガドラーは1度狩りましたから要領は理解しています」
後ろからクレイの返事が返ってきた。
ガドラーの倒し方は飛び掛かる時以外にはありえない。その時だけは彼らの動きは前方だけになるのだ。
だが、目の前のガドラーは2頭。先頭を殺った隙を付いて後続のガドラーが襲ってくる事になる。
10mほどに近付いた時、ガドラーが一気に私に襲い掛かった。
素早く前方に走って長剣を大上段から振り下ろすと、体を回転しながら後続のガドラーに思い切り長剣を振りぬいた。
ガドラーの突進に合わせて私に群がってきたガトルを舞を舞うように長剣を振リ続ける。
最後のガトルを横薙ぎに斬り付けて、殺気の消えた雪原を素早く見渡す。
血で染まった雪原には立っているガトルはいないようだ。
ふう……、と息を吐いて後を振り返ると放心したように立っているクレイ達がいる。
自分に【クリーネ】を掛けると、長剣の血糊も消える。背中のケースに戻したところで、彼らのところに歩いて行った。
「どうしたの? とりあえずは危機は去ったわ」
「いや、貴方を後ろから見てたんですが……、自分の技量の無さを痛感しました」
そう言って、ガドラーを指差した。。
最初のガドラーは体半分を両断されて、クレイの手前3mほどに横たわっているのだが、大型の方は頭だけだった。その頭に2本の長剣が指されて、クレイの足元に転がっている。
頭を切ったのは良いが、その頭はクレイ達に噛み付こうとしたんだろう。凄まじい執念だな。
クレイの肩をポンポンと叩いて焚き火のところに戻って座り込んだ。
ぞろぞろと皆が集まってくる。
ミレリーさんが素早くお茶を入れると、ネリーちゃん達が皆に配り始めた。
お茶を受け取り、シガレイに火を点けるとどうにか一服できる気分になれるな。
「やはり、一緒に来させて貰って正解だったよ。ガドラーの首が飛ぶのを見たのは初めてだよ。その首がまだ生きていてクレイ達を襲うところを素早くクレイとグラムが突き刺したんだ。グラムも一人前だね。おふくろさんに聞かせたいね」
ご婦人方はご機嫌だ。良いものを見せて貰ったというところだろうか? だけど、私も勉強になった。【メルト】をあのように使うとはね。『妖炎』と言われるゆえんだろうな。
「まったく、何で現役じゃねえんだか不思議なくらいだ。ミレリーさんの周囲にはガトルが山になってるし、宿屋のおかみさんの所は撲殺されたガトルで一杯だ。数匹の首が無いのもあの棍棒を見れば頷けると言うところだな。宿の酒場で揉め事だけは俺は起こさんぞ」
たぶん他のパーティもそう思ってるんじゃないかな。自分達よりも遥かに腕が上だとね。それでも2人は殆どハンターの仕事はしていない。引き際を見極めて狩りの現場を去ったんだろうな。
酒場でハンター達の話を聞いていると、歯痒くてしょうがなかったかもしれない。自分ならと考えた筈だ。そんなストレスを今回発散できたのなら良かったんじゃないかな?
「さて、明日は早くから出発だ。ガトルの皮を剥ぐぞ。ロディ達はちびっ子達と牙を集めてくれ!」
パイプを吸い終わったダノンが立ち上がりながら役目を言いつける。名指しをされなかったクレイ達も腰を上げた。私達はこのまま焚き火の番らしい。お茶を飲みながらご婦人方の昔話を聞いてみよう。




