GⅡ-12 私達を狙うもの
リスティン狩りは、もう一組のハンターとの戦いでもある。
クレイ達はそれに気が付いただろうか? グラム達はまだ無理だろうし、ネリーちゃん達は気が付きもしないだろう。リスティンだけに注意が向いている。
それでも、今回はダノンと2人のご夫人が彼らの後を守っている。出来れば誰も怪我をせずに町に帰りたいものだ。【アクセル】で身体機能は上昇してるとは言え、リスティンは、長く鋭い角を持ってるからな。油断できない相手ではある。
風向きを考えて、キティの後方に坐るとシガレイを咥えて時間を過ごす。
気配を読むならまだ私が上だけど、耳の良さは天性だ。キティがピコピコと帽子から飛び出した耳を動かして何かを探っている。
私の前にいる3人は、全員がネコ族だ。弓を手に持って、キティのようにやはり耳を使って山手の方向をうかがっているようだ。3人で矢をどれだけ射る事が出来るんだろう? ちょっと興味が湧いてきたぞ。キティには2本は期待したいところだな。
ダメもとで、ナイフを投げてみるか。スローイングナイフは教えて貰ったけど、3回投げて刺さるのは2回というところだから、ちょっとは期待出来るんじゃないかな?
昔仲間に貰ったナイフを魔法の袋から探し出す。
25cmほどの細長いナイフだ。先端だけが鋭く研いである。
左手でもて遊びながら、キティ達の発見の知らせを待つ。
「「来たにゃ!」」
彼女達が一斉に弓に矢をつがえた。私は、片手を上げてやってきた事を下の連中に知らせた。ダノンが頷いて手を振っていたから、後は彼らに任せる事になる。
1分もすると私の耳にも足音が聞こえてきた。重量感のある足音は、振動を伴って少しずつ大きくなってくる。
私は3人から少し離れて中腰でナイフを手にした。ナイフは1本だけだけど、彼女達が撃ち損じた時の保険ぐらいにはなるだろう。
視界にリスティンが見えてきた。ロープを張って群れを狭める手立ては、上手く行きそうだ。ちょっとした障害があると直ぐに方向を変える性格だからな。
段々と群れが密集してくるが速度はあまり落ちないようだ。雪の森を自転車以上の速さで駆けてくる。
ドドド……。
群れが目の前を通り過ぎようとした時に、3人が一斉に矢を放った。次ぎの矢も素早く引いて放つ。当たり所の悪かったリスティン目掛けて私は左手を一旋した。前に倒れこむかと思ったけど、そのままヨロヨロと下に歩いて行った。あれではネリーちゃん達の良い獲物になるだろうな。
下の方でリスティンの叫び声が上がる。手負いのリスティンに槍を打ち込んだんだろう。数十mにも満たない距離だが全力で駆けるから手負いのリスティンはそれだけ傷を深めることになる。
2人の弓使いは予想通りの本数を射掛けたけど、パメラが4本放ったのを聞いてちょっと驚いてしまった。
「弓に矢をつがえた状態で待機して。良く周囲を監視して頂戴。直ぐにもう一組のハンターがやってくるわ」
「ここはパメラと私らで十分さね。キティちゃん達はダノンのところで周囲を監視しておくれ」
ミレリーさん達がやってきて、2人を下に移動させた。下も注意しないとね。レイク達が仕留めたリスティンの解体をしてるはずだから、あっちの方も狙われやすい。
キティにネリーちゃんの傍を離れないように注意すると、キティは私に頷いて元気に下っていった。
「静かだねぇ。ちょっと気に食わないね」
「何を言ってるんだい。静かだからこそ怪しいんじゃないか? パメラさん、良く良く周囲を見ておくれよ」
ご婦人方は経験から、様子がおかしいと感じているようだ。私も少し気になってきた。今の内にと、魔法の袋から長剣を取り出して背中に背負う。私達の人数に驚いてるんじゃない。じっくりと私達を襲う方法を考えているような獣だとすれば……。
グラム達が手分けしてロープを回収し始めた。チラリと下を見るとダノンが天幕を畳んでカゴに入れている。簡易ソリに頭と内臓を落としたリスティンがロープで固定されている。クレイ達がその作業をしているようだ。
グラムがロープを回収したところで、私達もゆっくりとダノン達の所に下がった。
「姫さん、予想通り8頭だ。3人ずつで運ぶぞ。ネリー達は全員で運ぶんだ」
先頭をレイク達がソリを曳いていく。その後をロディ達が続き、ネリーちゃん達、グラム達、最後に私達だ。
獲物の残骸が見えなくなる頃に後を振り返ると凄い数のガトルが集まっていた。
今夜襲ってくるのだろうか?
「あれじゃ、ガドラーがいてもおかしくないわね。ミレリーはガドラーをやった事があるのかい?」
「主人が得意だったわ。私が注意を引きつけて主人が槍で一刺し。飛び掛ってくるのを待つだけでいいから簡単だと言ってたけどね」
昔話をしながら私と、2人の婦人が200kg近いリスティンをソリに乗せて曳いている。でも、このソリを軽々と曳いているのは宿屋のおかみさんだ。私は片手を添えているだけなんだけど、もう1頭ぐらい狩った方が良かったか? と疑問を持たずにはいられなかった。
2kmほど狩場から離れた場所で休憩を取る。
雪山で重量物を運んでいるのだ。汗をかかないようにしないと、寒さで凍死する可能性だってある。その辺りの頃合はダノンが心得ているのがありがたいな。先を急ぎたい連中を上手く手なずけて速度を落として進んでいる。
急ぐのは狩場が見えない場所まででいい。後はなるべく汗をかかないようにゆっくりとソリを曳けば良いのだ。後を追うハンター達の恐怖から、懸命にソリを曳く連中もいるのだが、その夜にさらに恐ろしいハンターがやってくるのを知らないのだろうか?
「姫さん、追い掛けてくるのか?」
「まだ姿を現さないけど、ガドラーを覚悟しなければならないかもね」
「どうします? このまま湖の岸辺まで曳いていきますか?」
心配そうにクレイが私に聞いてきた。
他の連中には不安げな表情は見せないけど、私には見せるようだ。それが出来るだけでも成長しているのが分かる。
「日暮前に森の外れに出たいわ。野宿は森の中よ。荒地でガドラーは私もちょっと自信が無いわ」
「確かに平原は具の骨頂だね。森の木々を味方にして、ガドラーを倒す事になりそうだね。ダノンさん、前を頼んだよ」
「俺だって分かってらぁな。だいじょうぶだ。この先で湖近くの森なら丁度いい場所がある。俺だって昔は罠猟でこの辺りを縄張りにしてたんだからな」
パイプを手に力説してるけど、ご婦人方は怪しい目付きで見ているぞ。
シガレイを楽しんでいると、ダノンが大声で出発を告げている。昼食は無しで早めに野宿場所を探す事も告げているから、日暮れのかなり前に食事が取れるんじゃないかな?
小刻みに休憩を取りながらひたすら山裾を目指す。
休息のたびにキティ達が周囲に耳をそばだてているが、今のところは異常が無いようだ。ネコ族のハンターが3人とは贅沢な感じがする。
これが全員とも人間だけだったらかなり不安になるだろうな。レベルが上がって少し気配に敏感になっても30m程度の殺気を感じられれば上等部類だ。ネコ族や犬族ならば周囲数百mの音を聞き分けられる。彼らが人間よりも非力だとしても、その能力だけで十分に優秀な狩人と言えるだろう。
先頭が少し進む方向を変えたのが分かる。
時間は昼近くだから、山裾を斜めに下って森を目指すようだ。早めに野宿を準備するという私の話をちゃんと聞いてくれたようだな。
森に入ると、少しソリの進みが遅くなる。
さらに頻繁に休息を取りながら進んでいくと、先頭のソリが止まったようだ。休息にしては? と周囲を眺めると、どうやらこの辺りがダノンが言っていた場所らしい。
密集した木々と疎らに生えた木々が対照的だ。森から林に変わる場所なのだろうか?ちょっと背伸びをすると南に凍った湖が見える。
「姫さん、ここだ。ここなら何とかなるんじゃないか?」
「そうね。今夜凌げれば、奴等は追ってこないでしょう。やり方は分かってる?」
ダノンが得意げに、杖を振り回して、天幕の設置場所、獲物の集積場所それに周辺のロープを張る場所を私に告げる。それだけ分かってれば十分だろう。
「それでいいわ。木を切るなら、先端の枝を獲物の左右に積み上げて。それも立派な柵なのよ」
「分かった。杭は打つ必要も無いが、枝を切り取って作ればいい。奴等も色々と経験を積めるな」
そんな事を言いながら、若いハンターを集めて指示を出している。
ダノンに育てられたような連中だから、真剣な表情でダノンの言う事に耳を傾けているぞ。
「ダノンさんは、若手の良い模範になりますね。ああやって娘が育っていくのを見ると安心できます」
「親が育てたハンターは大成しないからね。家の息子もハンターになれば色々と助かるのに王都に行っちまったからね」
話を聞いてみると、テレサさんの子供達は王都で暮しているらしい。王都の宿屋で修行しているとのことだから、将来は宿屋を継ぐ事になるんだろう。
あまり帰ってこないんだよと泣き言を漏らしてるけど、それだけ懸命に働いてるんじゃないかな。ハンターの子供が必ずしもハンターになるとは限らない。私はそれで良いんじゃないかと思うな。結局ハンターは命のやり取りをする職業なんだから。それ以外の方法で暮せるならそれで良いと思う。どんな人間でも向き不向きはあるんだから。
ダノン達が焚き火を作ったところで、私達は三脚を作り大鍋を焚き火に下げた。昼食抜きでソリを曳いてきたからかなりお腹を減らしているだろう。タダでさえ食べ盛りなんだから。
密集した木を後方にして天幕が張られ、その前にソリが並んでいる。獲物を積んだソリはそれ自体が柵にもなるからな。天幕から焚き火の方向に2本のロープが2重に張られている。焚き火の東側に向かって10m以上伸びているから、その開口部がネックだな。天幕の周囲には枝を使った逆茂木を作ったようだ。これで天幕に入ればかなり安全になる。ネリーちゃん達にはそこで援護してもらえば十分だ。
「姫さん、出来たぜ。今交替で下着を交換してるようだ。今夜も冷え込みそうだからな」
「私達は最後でいいわ。それ程汗をかいてないしね。焚き木は十分かしら?」
「ああ、問題ねえ。イザとなればこの焚き火を広げられるように、あっちに山を一つ作ってある。ところで、あのドワーフは何を作ってるんだ?」
私達の所にやってきてパイプに火を点けながら話していたダノンだが、焚き火の傍に腰を下ろしながら太い枝を片手斧で器用に削っている男を見て私に聞いてきた。
「あれは、私が頼んだのさ。今夜はお客さんが大勢やってきそうだからねぇ」
そんな事をテレサさんが言ってるけど、作ってるのはどう見ても棍棒だ。それも野球のバットほどの長さがあって太い。あんなんでガトルを殴ったら数mは飛んで行きそうだ。確かに体格にはあってるんだけど、本当に『妖炎』の2つ名を持ってるんだろうか?
段々と疑わしくなってきたぞ。




