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GⅡー10 遠足なのか?

 「それは、難儀な話だな。それに姫さんらしくもねぇ」

 

 雪が強くなってきたから、罠猟の連中がギルドのホールにある暖炉の周りに集まって、雪が止むのをお茶を飲みながら待っている。

 たぶん今日は休業になるんじゃないかな? それでも、低レベルのハンターにとっては貴重な収入源だから、近場に沢山仕掛けているに違いない。

 とはいってもこの雪だ。1度冷え込まねば歩くのに不自由する。スノーシューを履いても粉雪は足が潜ってしまう。

 

 「成り行きよ。それに少しは恩に感じてくれるならそれで良いわ。護民官達の仕事も楽になるでしょうしね」

 「ですが、カインドネスにマレイル。それにオリーナムとトワレルですか……。中堅貴族として有名な4家ですよ」


 困った顔の私に、クレイが教えてくれた。貴族を自負した連中だという事だな。ある意味一番貴族らしいと言えるのか?

 

 「姫さん。そんな笑いを浮かべると皆が脅えるぞ」

 

 ん? どうやら口元だけで笑っていたらしい。根が美人だからちょっとした動作が周囲に与える影響が大きいという事だな。まったく、転生させるなら男が良かったのに……。

 

 「ちょっとね。貴族相手なら私のいう事を聞かせる良い方法を思いついたのよ。マリー、筆記用具を貸してくれない?」


 マリーが運んできてくれた紙とペンを使って簡単な手紙を書く。背中から覗き込むようにダノン達が見ているけど、あまり気にしないでおこう。


 「姫さん、それを本当に出すのか?」


 ダノンの言葉がこの場にいる全員の疑問だろうな。

 中身はご隠居に宛てた、今回の経緯と平民が貴族を叱責出来るように、2年間の限定で許可を得るものだからね。


 「これだと、2年間彼らを貴族から平民に降格する事になりますよ?」

 「それで、良いじゃない。今回の原因は彼らの思い上がりよ。平民として2年も暮らせば自分達がいかに恵まれているか自覚出来るでしょうし、何より貴方達が彼らを叱責できるでしょう」


 「親達が何と言うでしょうか?」

 「国王からの宣言になる筈だから、文句も言えないわ。私に彼らの育成を頼んだ以上はある程度の覚悟を持って貰わないとね」


 ダノン達は呆れ顔だ。

 私は銀貨1枚を添えてマリーに商人に手紙を依頼する。

 これで少し気が済んだぞ。シガレイを取り出して指先で火を点けると、改めて彼らの顔を眺める。


 「まあ、少しは理解できなくもねぇな。姫さんが教えたと言う話が広がれば、このテーブルに金貨が積まれることは間違いねぇからな」

 「そんなミチルさんに色々と教えていただいた事を我等は感謝しています」


 「気にしないで、そこまでレベルを上げたのは貴方達の実力なんだから。私は狩りの仕方を教えただけよ」

 「それが分からずに死ぬ奴等も多いんだ。姫さんがいない間に亡くなったのは、皆余所者だったぞ。態度の大きい奴等だったな」


 山の狩りを始めてやった連中なのか? 誰かに聞けば答えてくれたろうに……。

 

 「それで、皆の懐事情はどうなの? 罠猟だけで冬を越せるのかしら?」

 

 私の言葉に皆が互いに顔を見合わせる。少なくともこの連中は下宿生活だから、1日の宿代は食事込みで10から15Lと言うところだろう。ロディ達は自分の家があるが、クレイ達は全員が下宿暮らしだ。ミレリーさんの話では、駆け落ちパーティの3組とも子供が出来たらしい。養育は大変だぞ。


 「罠猟だけでは不安が残ります。それに3人の幼児がいますから戦力が半減してるんです」

 「確かに、皆の狙いが同じだから獲物が少ない事も確かだ。……姫さん、やるのか?」


 皆が一斉に私に顔を向ける。参加するという事だな。


 「リスティン狩りをしましょう。そうね、明後日には雪も止むでしょう。ダノン、参加者をまとめて頂戴。キティちゃんも参加させるからネリーちゃん達も良いわよ。それに昔のハンターが1人参加するわ。中衛だからネリーちゃん達の護衛になるわ」


 「それだと、全員が出掛ける事になるぞ。運べるリスティは……、8頭は確実だ」

 「後はもう1つのハンターを何とかすれば1人50L以上は確実に配当出来るわ」

 「それ以上だ。銀貨は確実だな。お前達は全員参加で良いんだな?」


 クレイやグラム、それにロディ達も頷いている。動きが揃ってるのがおもしろいな。

 

 「グラムはリスティン狩りを覚えてるわね。皆の準備を手伝ってあげて」

 「分かった。クレイさん達と昨年も狩ったんだ。一緒に準備を手伝って貰うよ」

 

 クレイ達は良いハンターに育ったようだな。


 「クレイ達もお嫁さんを参加させたら?」

 「でも、まだ2歳ですから……」

 「子守りを頼めば良いんだよ。マリー姉さん、誰かいるかな?」


 グラムの言葉にカウンターでマリーが考え始めたぞ。何人か心当たりがあるらしい。

 そんな光景をクレイ達が見て頷いている。


 「喜びますよ。それに1軒に3家族が間借りしてますから、2人も雇えればありがたいです」

 

 どうやら、大きな冬のイベントになりそうだな。ダノンがいるから裏方は任せておこう。

 となると、私も準備しないとね。

 明後日の朝にここに集まるという事で、私はキティを連れてギルドを後にした。

 その足で武器屋に向かうとカウンターで呼び鈴を鳴らした。

 出て来たのは、鍛冶屋の妻だった。背中に子供を背負っている。


 「あら、貴方でしたか。しばらくお会いできませんでしたが、お元気そうでなによりです」

 「しばらこの町にいるから、また色々とお世話になるかも知れないわ。矢を24本と片手剣を見せてくれない?」


 私の言葉に頷くと直ぐに奥の扉を開けて旦那を呼んでいる。そのまま奥に消えたところを見ると、矢の束を運んでくるんだろうな。


 「おお! 本当に黒姫様だ。もう、戻ってこないんじゃないかと妻と話してたんだが、戻ってきてくれて嬉しいよ。それで、片手剣だったな?」

 「しばらくハンター稼業から離れてた人が、今回狩りに参加するのよ。使ってた剣は子供達が使ってるわ。それで、狩りに持っていく片手剣が欲しいんだけど……」


 「とはいえ、数打ちという訳にはいかないだろう。いまあるのは、これだけだ」

 

 カウンターに数本の片手剣が並べられた。

 1本ずつ抜いて確かめる。両刃の直刀が2本、片刃が2本だな。その内の1本は僅かだが反りがある。


 「これにするわ。いくらかしら?」

 「前に貰った金貨で十分だ。王都からの客も貴方のおかげと思っている。それは持って言ってくれ。それと、矢が24本だったな。だが、そっちのお嬢ちゃんに弓はまだ無理なんじゃないか?」


 「ありがとう。そうね、キティちゃん。貴方の弓を見せてあげて?」

 「分かったにゃ!」


 カウンターに取り出した弓をジッと見ていたが、手に取って引いてみると、ドワーフの顔が驚愕に変わった。


 「魔道具……なのか?」

 「いいえ。その上下に付いてる滑車のせいよ。カラクリが複雑だから将来は普通の弓を持たせるわ。でも今は非力だから」


 私の言葉に納得したのか、弓をキティちゃんに渡した。キティちゃんが大切そうに背中に背負う。お嫁さんが奥から持って来た矢を受け取ると、2人に礼を言って武器屋を後にした。

 ドワーフは義理がたいとは思っていたが、これほどとはな。でも獲物を渡せば受け取ってくれるに違いない。


 ミレリーさんの下宿に帰ると、既にネリーちゃんが戻っていた。親子で色々と話をしていたようだ。

 

 「お帰りなさい。今、ミチルさんの話をしていたんですよ」

 

 そう言いながら、テーブル席に坐る私達にお茶を入れてくれる。

 

 「ありがとうございます。それで、ミレリーさんにも同行してもらいますよ」


 お茶の礼を言いながらミレリーさんにいたずらっぽい目を向ける。どうやら、その話をネリーちゃんとしていたようだ。ネリーちゃんもお母さんに向ってうんうんと頷いている。


 「でも、私の装備はミラリィに譲っていますし、昔ほどは動けませんよ」


 一生懸命弁明し始めたけど、動けないとは言っていないな。あくまで昔を標準にしてだ。十分にグラム達の上を行くと思うぞ。何と言っても1度剣さばきを見せて貰ったからね。


 「これを使ってください。片刃ですが、ミレリーさんなら使えるはずです」


 テーブルの上に包みを広げる。ミラリィに渡した片手剣から比べれば少し落ちるかも知れないけど数打ちよりは遥かに上になる。

 ミレリーさんは剣に手を伸ばすとケースから引き抜いてジッと刀身を眺めていた。

 やがて、ふうっと息を吐くとケースに剣を戻す。


 「どちらかと言うと、お土産の付いた遠足と言う感じがしますね。私が参加出来るなら、宿屋のおかみをしているテレサも誘ってよろしいでしょうか?」


 宿のおかみ……。ふと、考え込んだ。確かご主人は元ハンターだと聞いたな。おかみさんの方は聞いてはいないけど、酔っ払いを軽く店から放り出してたぞ。今はメタボな夫婦だけど、黒レベルには到達したに違いない。


 「構いませんが、参考までに武器は何を使っていたんですか?」

 「テレサは魔道師よ。【メルト】を自在に使いこなしてたわ」


 頭が混乱してきたぞ。どう見ても大型の長剣か戦斧でも使いそうな体格だ。あれで魔道師は無いんじゃないか。

 人は、見かけで判断してはならないとは自分でも大勢の人に言ってきたけど、それでも見かけである程度の事が分かるぞ。

 私はアングリと口を開けてしばらくは虚ろな眼差しをしていたらしい。


 「良いですね。テレサも喜ぶでしょう。たまに昔を思い出して懐かしがってましたからね」

 「お姉ちゃん?」


 キティの声で自分を取り戻す。

 人生何があるか、死ぬまで分からないな。ここは了承する事にしよう。人生経験の豊富な2人が加われば、ヒヨッコ達も色々と得る物があるに違いない。


 次ぎの日には、皆であちこちとお店を廻って準備を整える。

 ミレリーさんもタンスの奥からかつての装備を取り出して手直しをしている。

 私はテーブルでとりあえずの買い物が済んでのんびりしているけど、ネリーちゃんはキティを連れて、雪靴とカンジキを買いに出掛けたようだ。全ての費用は誘った以上、私が出す。ミレリーさんは渋っていたけど、私の楽しみでもあるし、使い切れない程の金貨を御隠居様は渡してくれた。


 トントンと誰かが玄関の扉を叩いている。

 ミレリーさんが針仕事をその場に残して、玄関に出て行くと、客と共にリビングにやってきた。


 「帰ってきたとは聞いてたんだけどね。またあんたがこの町に来てくれて嬉しいよ」

 「ありがとうございます。まだ挨拶に伺わずに申し訳ありません」


 「良いって事さ」


 そう言って、自分の家であるようにミレリーさんの隣に腰を下ろすと、腰のバッグから酒ビンを取り出した。


 「誘ってくれて嬉しいよ。これは差し入れさ」

 

 相変わらずの気さくさだな。子供達に準備をさせて、俺達はのんびりと酒を飲む事にした。ミレリーさんも装備の手直しをしながらカップを傾けている。

 おかみさんの話では、旦那が羨ましそうに見るんで逃げ出してきたようだ。元ハンターだからな。今度は個人的に誘ってやるか。でないと、お客相手にウサ晴らしをしそうな感じに思えてきた。

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