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GⅡー08 怪我人を治療してみれば

 薬草採取とラッピナ狩りを日替わりでこなす。

 キティちゃんの弓の腕もだいぶ上がってきたようだ。1年後にはパメラと同じような弓を引けるかも知れないな。

 今の弓では付属品が多くて、野山を歩く狩りには向かない。それまでには体力もつくだろう。

 

 ラッピナを3匹狩ってギルドに行くと、掲示板を覗いてみる。やはり、依頼は無かったようだ。カウンターのマリーに獲物を渡して、標準価格で引き取って貰う。


 下宿に帰ると、ミレリーさんが入れてくれた。お茶を飲みながら、キティちゃんが今日の狩りの様子をミレリーさんに報告している。

 ミレリーさんはにこにこしながら頷いてその様子を思い浮かべているようだ。


 「ネリー達は今夜は野宿だそうです。ダノンさんがいますから安心できます」

 「杖が必要ないくらいに回復してました。岩山を杖を使わずに下りられるんですから、なぜ、昔の仲間と行動しないのか、不思議です」


 「たぶん、この町の住人と考えてるんでしょうね。片足を失っていますから、昔の仲間と野山を歩くのは無理があると思っているのでしょう。子供達の良き指導員としての地位はギルドも認めているようです」

 

 厳つい顔なんだが、性根は優しい性格をしているようだ。困っていれば見過ごせない性格でもある。クレイ達は立派なハンターに成長しているし、グラムやロディ達も一人前になっているみたいだからな。

 

 「麦の刈り入れが終れば、大型の草食獣目当てにハンターが集まるのでしょうが、まだまだ登録されているハンターは少ないようですよ」

 「ネリー達はまだ赤ですからね。ガトルは白になってからと言い聞かせています。でも、ミチルさんが必要と判断した時には使ってやってくださいな」


 咥えていたシガレイを灰皿に置くと、無言でミレリーさんに頷いた。

 私が無理をしない狩りを行う事をダノン辺りから聞いていたのかも知れないな。

 

 「それで、この冬には何を狩るおつもりなのですか?」

 「そうですね。グラムとロディ達を連れてリスティン狩りは1度はやりたいと思っています。クレイ達は一人前ですから、この冬にやってくるハンターを連れて狩りに望むでしょうから」


 「私も行きたいにゃ!」

 「そうね。なら、皆で出掛けましょうか。 ミレリーさんもどうですか?」

 「そうですね。皆で狩りに向かうのもおもしろそうです」

 

 そんな話に盛り上がってる時だ。玄関の扉をドンドンと激しく叩く音がした。

 直ぐにミレリーさんが席を立って玄関口に駆けていく。扉を開けて何事か聞いていたが……。


 「ミチルさん、重傷者がギルドに運び込まれたようです!」

 「キティ。ここで待ってるのよ!」


 私は、直ぐに駆け出した。

 通りを駆け抜け、ギルドの扉を乱暴に開ける。ホールを見て人だかりのあるテーブルに行くと、私に気付いたハンター達がテーブルを離れて私をテーブルに近づけさせてくれた。

 何だ? これでまだ生きているのか??


 全身が血で濡れている。相当な出血量だ。

 だが、呼吸はしっかりしているし、脈も乱れてはいない。


 「どうしたの?」

 「ガトルの群れに飲み込まれた。全身を噛まれてるんだ」


 既にカウンターからマリーが手術用の道具を小さなテーブルの上に開いている。

 

 「パラニアムは飲ませたの?」

 「担ぎ込まれてから直ぐに!」


 「マリーは道具を担当して、外に1人欲しいわ」

 「私が!」


 ハンターの1人が名乗りを上げた。


 「力自慢はいるの?」

 「俺でどうだ?」

 「俺もいるぞ!」

 「しっかり、体を押さえて頂戴。荒療治だから暴れては困るわ!」


 2人の男が頷いた。準備が出来たな。

 足から始めるか……。


 ハサミで革の上下を切り裂き下着だけにした。

 蒸留酒を先ず右足に注いで血を洗い流す。なるほど、深く噛み付かれてガトルに首を振れられたようだな。牙の跡だけでなく引き裂かれている。


 「針と糸!」

 

 マリーが私が伸ばした左手にそっと乗せてくれた。


 「沢山用意して。貴方は処置が済んだところから包帯を巻いて頂戴!」

 

 傷の深さはさほどではない。骨を折られてはいないようだ。筋肉が覗いている傷口を素早く縫い合わせる。

 右足の傷は4箇所だ。いずれも深い傷だが感染症は出血で予防出来るだろう。

 

 「右足終了! 包帯を巻いて頂戴!」


 テーブルを回るようにして左足に向かう。

 蒸留酒で血が洗われた後に見えた傷口の置くには白い骨が見える。

 牙の後が見えるが、砕けた様子はない。頑丈な骨だな。ダノン並かもしれないぞ。

 素早く傷口を縫い合わせて、次ぎの傷に取り掛かる。


 「左足終了。こっちもお願い!」


 続いて、両手を確認する。

 左手は、二の腕の筋肉を食いちぎられているぞ! これでは縫い合わせるのも困難だ。

 

 「急いで青カビを集めなさい!」


 左手を後にして右手を確認する。こっちは、2箇所を噛まれただけらしい。縫う必要もない。腕を視線で追っていくと……。掌が半分無くなってるぞ。小指と薬指が噛み千切られている。

 これは、残っている部分だけで繋げるしか無さそうだな。マリーから針を受け取って素早く縫い付ける。

 

 「右腕終了。次ぎはお腹ね」

 

 腹は、牙が食込んだ跡が2箇所見られるが、深く食い込んではいないこれなら腹筋で止まっている筈だ。

 これなら【サフロ】で傷口を塞いでもだいじょうぶだろう。

 

 「【サフロ】! これで、腹部は終了。次ぎは……」


 少しずつ、視線を頭に向かって移動する。首と顔は両腕で庇ったようだ。だが、右の肩口が大きく齧られた跡がある。

 酒で傷口を洗うと、男がうめき声を上げた。

 血糊が現れた傷口には折れた骨が見える。鎖骨か? ちょっと厄介だな。

 

 「糸だけ頂戴。骨が折れてるんだけど、割れたように折れてるから縛って様子を見るわ」

 

 マリーが渡してくれた糸に【クリーネ】を掛けて雑菌を取り除く。

 素早く骨を重ねて縛り付けて傷口を縫いつけた。


 「青カビを集めてきたぞ。どうするんだ?」

 「ヘラで皿に掻き落として頂戴。マリー、4つ折の布を用意して!」


 隣のテーブルで男達が言われたとおりに作業を始めた。こんなのどうするんだ? という思いで作業してるのが手に取るように分かるな。


 作業はしばらく続きそうだ。

 両手の血糊を【クリーネ】で取り除くと、バッグからシガレイを取り出して火を点けた。まったくどんな狩りをコイツはしたんだ?

 仲間がいれば、こんな姿にならなかっただろうに……。

 

 「やってるな」

 「あら? 特に何も起こってないと思うけど?」


 ガリクスが数人のハンターを引き連れて私の前に現れた。あの貴族の青年も一緒だ。


 「そろそろ、俺達も動こうとやってきたんだが、おかげで手術を見る事が出来るとは思わなかったぞ」

 「邪魔しないで見ていてくれればいいわ。もう少しで終るから」


 マリーが水で溶いた青カビを布に塗りつけたようだ。私に向かって布を差し出す。

 シガレイを近くの灰皿でもみ消すと、布に【クリーネ】を掛ける。青カビは汚れではない。布と水に含まれた雑菌が汚れであると心に強く念じる。


 最初の布を左手の傷口に巻いて、その上から包帯を巻く。

 右の肩口は先程縫い付けた傷口に布を被せて包帯を巻いた。

 

 ふう……と息を吐く。どうにか形になったかな。

 後は、この男の運を信じよう。怪我の程度は広範囲だが、ダノンよりはマシに思える。だが、出血量が問題だな。

 

 「終ったわよ。関係者はいるの?」

 「俺達が仲間です」


 ハンターの中から、青年2人が現れた。


 「ラスティーじゃないか? どうしたんだ」

 

 どうやら、次期レイベル公爵の知り合いらしい。

 

 「先ずは、この怪我人を教会に運びなさい。数日命を永らえれば助かるわ。教会ならば包帯を替えてもらえるけど、絶対に【サフロ】を掛けてもらわないこと。それは注意してね」


 ラスティーと呼ばれた青年は、周囲のハンターに頼んで教会に男の移動を頼んでいる。

 手伝って貰った男女には、私から銀貨を与えて礼を言う。

 「当たり前の事だ」と受け取らない男女に、無理やり渡したところで、暖炉傍に場所を移して怪我の理由を聞く事にした。


 「何ですって!」


 ラスティーの語った理由に私は思わず立ち上がって、青年を睨みつけた。


 「本当なのか? まあ、ミチル殿も、そう興奮するな。確かに彼の行動は問題だ」

 

 私は、青年2人を睨んだままゆっくりと席に着く。

 シガレイに火を点けると、心を落着かせるようにゆっくりと紫煙を吸い込んだ。

 

 「5年程前にこの村で2年暮して若いハンターの指導をしたわ。彼らが長剣を使って初めて狩りをした時に、彼らにこう言ったの。「仲間を見捨てるな」これはハンターとしての鉄則よ。逃げれば怪我もしないで助かるかも知れない。でも、見捨てられた仲間はどうなるのかしら。逃げた負い目は一生貴方に付き纏うわ。そして、見捨てられた仲間は一生貴方達を恨むでしょうね」


 「ガトル数匹なら何とでもなると思ったんです。野犬は4人で今までも狩っていましたから」

 「待て、今4人と言ったな。怪我人が1人にお前達は2人だ。もう1人は?」


 「死んでました。……2人で逃げ出して、通りかかったハンターに助けを求めたんです。ハンターは6人でした。彼らと一緒に仲間の所に戻ったら……」


 そう言うことか。

 だがコイツは、ライナス君の見知った人間だから貴族になる。これはちょっと面倒な事になりそうだぞ。

 

 「本職のハンターじゃないから、仕方がないなんて思わないでね。ハンターの資格を得た以上、ハンターの暗黙の了解もある程度は知っているでしょう?」

 「敵わぬ敵であれば逃げろと……」


 それを適用したと、2人は思っているようだ。

 

 「パーティ全員が逃げるなら、それでも良いでしょう。それも、問題はあるんだけどね。私が呆れていると言うか、怒ってるのは、仲間を見捨てて逃げ出した事よ!」


 自分でもヒートアップしてきてるのが分かる。

 この2人は仲間を何だと思ってるんだろうか?


 「それは俺も思うところだが、ミチル殿はそんな状況になった時にはどうしていたんだ? 参考までに教えて欲しい」

 「死に物狂いで戦うのみ。それによってパーティの絆は深まるわ。実際に狩りで倒れた仲間はガリクスが考えているよりも多いと思うわ。グライザムは正しくハンター殺し、ダイムラーなんて魔物はガリウス達が出掛けても毛皮を持ち帰るのはガリクス1人になるでしょうね」

 

 「でなければ、倒せないと?」

 「その通り。そうやってハンターは淘汰されるの。ご隠居様はそれを憂いて私にあんな依頼をしたのよ」


 無謀と勇気は紙一重ではある。誰かがそれを言ってあげれば、亡くす命も少なくなるだろうな。


 「では、私達も誰かに相談すれば良かったということですか?」

 「そうなるわね。カウンターの誰かに言えば、貴方達の実力では無理と判断すれば、私か信頼の置ける誰かに相談するように言う筈だわ」


 「次ぎはそれで良いだろうが、少し面倒な事になったな。まさか、ミチル殿がいる町で次期党首の1人が大怪我をした事になる。これは、一旦戻って公爵殿に耳打ちした方が良さそうだ」

 「まさか私が恨まれるって事に?」


 「その辺りをキチンと説明せねばなるまい。幸いにカインドネス公爵は聡明なお方だ。俺が説明する事になりそうだな」


 「そんな王国なら、さっさと出て行くわよ。どこに行っても暮しては行けるから!」

 

 そんな私の言葉にガリクスが苦笑いをしている。


 「それで、怪我人は何時動かせる?」

 「左腕と右肩の傷が深いの。一応手当てはしたけど出血量が多いからね。数日が山だわ。もし山を越えたら10日もすれば動かせるわ」


 さて、これからどうなるんだろう?

 貴族世界には、それなりの決まりがあるようだ。巻き込まれるとは思えないが、怪我の手当てをして恨まれるようでも困るな。

 

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