GⅡー02 少しの変化
昔取った何とかで、昼前には目的のサフロン草の球根を30個以上手に入れたぞ。
小さな焚き火を作って、少し干し肉が多目のスープを作って昼食を取る。
野菜と薄いハムが黒パンに挟んであった。
もしゃもしゃとおいしそうに食べるキティちゃんを見てるだけで、私のお腹が一杯になる感じがする。
2つのパンがキティちゃんのお腹に消えて、スープの鍋も底が見えたところで、私はポットからカップにお茶を注いだ。キティちゃんのカップにも注いでおけば食事が終る頃には飲める温度になるだろう。ネコ族だけあって猫舌らしい。
そんな私達の焚き火に数人の若者が近付いてきた。
背中に特徴的な長剣を背負っている3人の若者が先頭を歩いてる。
ひょっとして……。
「ミチルさんじゃないですか! お久しぶりです」
私の姿を見て吃驚したように一瞬立止まったが、ガトルのように荒地を駆けてくると私に抱きついた。
いつの間にか私より頭1つ分ぐらい背が伸びている。
「しばらくね。またこの町に住み着くわ。今度は私も外に出て稼ぐ事になるわ」
グラムの後を他の仲間が追い掛けてきた。
私と握手をしたところで、焚き火の周りに座り込む。
そんな彼らにキティちゃんがポットのお茶をカップに注いであげてる。
「今度はちびっ子が一緒にゃ? 何ていう名にゃ?」
「キティにゃ。お姉さんは?」
「私はパメラにゃ。この町にネコ族は少ないにゃ。仲良くするにゃ!」
そんな事を言いながらキティちゃんの両手を持ってブンブン振っている。同族が増えて嬉しいのかな?
そんな2人に微笑みながらシガレイに火を点けると、グラムに何の狩りかを聞いてみた。
「ガトルです。湖の北東に20頭ほど見掛けたとのことで2日前に依頼書が出たんです。22頭を狩りました。数が50を越えていたら、ガドラーが一緒と考えられますから、その時はクレイさん達を誘うつもりでした」
ちゃんと、先を見る目が出来てるな。ダノンの苦労が目に浮かぶぞ。
「良いハンターになったわね。パメラとケイミーがいれば十分黒を目指せるわ。これからも頑張るのよ」
「でも、ミチルさんは薬草採取なんですか? なんか勿体無い気がするんですが……」
「まだこの子に筋肉が付かないから無理ね。ワナぐらいは良いかも知れないけど、ダノンの楽しみを奪いそうで……」
「ダノンさんなら、若いハンターの指導をしてますよ。今はトビー……ネリーちゃん達のパーティの後見人になってます」
ちゃんと世代交代が上手く行ってるようだ。
また、長剣を教えてくださいと言いながらグラム達は町へと向かっていった。
ガトル20頭を狩れるなら十分一人前だ。1度マーシャ達のように王国を一回りしてくるのも良いのだけれど、マリーが反対するんだろうな。
「キティちゃん。もう少し探して帰ろうね!」
私の言葉に頷くと、ポットやカップを片付け始めた。私が【クリーネ】を掛けると、布袋に入れると、バッグの中から魔法の袋を取り出してしまい込んだ。
「終ったにゃ。今度はあっちで探すにゃ!」
そんなキティちゃんに微笑んで頷くと、私もその後を追う。
更に20個程の球根を手に入れて、私達は町へと戻っていく。
門番のお爺さんに挨拶をかわしてギルドの扉を開くと、結構な人数がたむろしている。
カウンターに行って、今日の戦果をマリーに手渡すと、55Lの報酬を頂いた。
このまま使わないで貯めておくつもりだ。たぶん、キティちゃんが私の元から旅立つ時には、かなり貯まってるだろうから、その金額で当座の生活費と装備を整えられるだろう。
ネコ族なら敏捷性が高いから片手剣と何かになるんだろうけど、まだまだ適正が分からない。まあ、しばらくは薬草採取だから、採取ナイフがあれば十分だと思う。
帰ろうとした時に私に声を掛けてきた者がいた。
「おおい、姫さん。こっちだ!」
振り返ると、テーブルの1つでダノンが手招きしている。
キティちゃんと一緒にテーブルに向かうと、ダノンの周りにいたハンターが椅子を用意してくれた。
「帰ってきてくれてありがたい。この町の皆がそう思ってるよ。ところで、そのチッコイのは?」
「義理の妹になるわ。御隠居と一緒の旅で託されたの。ハンターなら判るでしょう?」
たぶんそんな事だろうと、思っていたに違いない。優しい目つきで、キティちゃんに挨拶している。
「ダノンさん達と話があるんでしょう? 私が先に家に連れて行くわ」
ネリーちゃんが、人の後ろから顔を出してやってくると、キティちゃんの手を引いていく。
私よりも姉妹に見えるんじゃないかな。
「お願いね。私も遅くならないで帰るわ」
2人の背中にそう告げると、改めてダノンに顔を向けた。
「グラムに会ったわ。もう一人前ね。ダノンの指導の賜物よ」
「何の、クレイ達は俺を遥かに越えやがった。あいつらなら、いずれこの町の誇りになると俺は思うぞ。ロディ達だってそうだ。無理はしないがキチンと依頼をこなしている」
そんなハンター達の話を我が子のように誇れるのも、ダノンがそれだけ指導してきたからに外ならない。
「ところで、今度はいつまでいるんだ?」
「さっきの子が一人前になるまでよ。私がハンターで1人立ち出来たのもこの町だから、あの子もこの町で指導するつもりだけど……」
「姫さんが指導したネコ族のハンターなら、王都からでも勧誘が来るぞ。それで、できれば連絡が付く場所にいて欲しいんだが……」
「北門を出て湖に続く荒地を狩場にするわ。何かあれば連絡して頂戴」
たぶん怪我人を考えてるんだろう。
それ程遠くじゃないから、何かあっても半日あればギルドに駆けつけられるだろう。
「マリー! 姫さんが了解してくれたぞ。木箱を1度開いて錆びてるようなら武器屋に研いでもらうんだ」
そんなマリーが大きなトレイにお茶のカップを載せて現れた。
私達に配りながらも、私にありがとうと礼を言ってくれる。
やはり、何人かの不幸な人を見たんだろうな。
「それで、御隠居様は元気なのかい」
「ええ、王国内を2回りはしたんじゃないかしら。今は別邸でのんびりってところね」
そんな話を笑いながら聞いているのも、私が帰ってきたのを喜んでいるからなのだろう。
ハンターの数はそれ程変化がない。春の薬草採取時期は過ぎているし、秋に畑を荒らす小さな獣達はまだそれ程増えてはいないようだ。
「黒はクレイ達だけだ。後は青の中位と白、それにこの町のちびっ子共だな」
「クレイに負荷が掛かるわね。できればもう1つ黒のパーティが欲しいわ」
私の言葉にダノンは頷くとパイプにタバコを詰め込んでいる。
「全くだ。だが、姫さんも知ってると思うが、貴族のたしなみと言う奴で、貴族がハンターを欲しがってな。黒の連中はかなり王都に流れちまった」
貧困者の救済に貴族の私兵が狩りを行なうのは秋深くなってからだが、その季節だけ雇うと言うわけには行かない。
貴族側もそれなりの面子があるようで、ハンターを私兵代わりに雇い入れたようだ。おかげで、路地裏に住む貧者も冬を前にそれなりの食事が、何日かおきに頂けるようになってきたようだ。
だけど、黒のハンターがかなり減ってしまった。
山から大型の獣が下りてくる時期は問題はないのだが、そのほかの季節に大型獣が現れると困ったことになるわけだな。
「まあ、その時には手伝うわ。私にも少しは原因があるだろうし……」
「いや、姫さんに問題はないと思うぞ。俺はハンター達にとっても良いことだと思ってる。王都で名を上げられるし、それなりの待遇も期待できるしな」
あまり、名を知られるのも問題があると思うな。だが、1つ気になるな。弾き出された私兵はどうなっただろう?
「この頃盗賊が増えたと聞いたけど?」
「あぶれた私兵のなれの果てだ。徒党を組んでいやがる。運良くこの町には来ないが、他所から来たハンターから聞く限りじゃ、かなり広範囲に活動してるようだぞ」
だけど、御隠居と旅をしているときにはそんな話は聞かなかった。
間道を縄張りにしているのかも知れないな。
「王国軍は動いていないの?」
「動いてはいるが後手を取ってるようだ。ここに来ないのは姫さんに関係してるようだな」
そう言ってダノンが笑うと、周囲のハンターも頷いている。私がこの町にいないのは知ってると思うのだが……。
「ガリウス殿がやってくるんだ。正確に言うなら『レイベル騎士団』と言うパーティ達だ。どうやら、この町周辺を自分達の縄張りにしたらしい。大貴族同士で自分達のハンターの活躍の場を取り決めたらしいな」
「おもしろいわね。なら、その内ここに現れるってことね」
「王都でも、ガリウス殿の剣の腕は有名だからな。それにあの1件で、次期公爵様もやる気が出たようだ。今では青の中位になってるぞ。公爵を継ぐ時には黒になってるに違いねえな」
黒レベルの貴族というのも珍しいな。
あの4人組みなら十分グライザムを倒せるだろう。獲物にあわせてライネス君を使う事ぐらいガリウスなら簡単だろう。
そんな彼らが、不定期にこの町に訪れるから盗賊がやってこないんだな。
「ありがたい話ね。そんな盗賊達なら10年は続かないでしょうし、他の町や村もしばらくの辛抱になるわ。それより、御隠居さんがその噂を聞いたらまた出かけるんじゃないかしら?」
私の話に皆が笑い声を上げる。見かけは老人と2人の商人だからな。だけど、その腕はご隠居様も含めて十分黒レベルだぞ。
10人程度なら軽く相手にできるだろうな。
「姫さんの帰りは皆が待っていた。帰ってきてくれてありがとうよ」
「ここでハンターになったからね。帰るべき故郷はこの町よ」
そう言って席を立つ。
私を待っている人達が美味しい夕食を用意してくれていると思うと、そんなに長居はできないからな。
「昔通りとは行かないが、頼りにさせて貰うぜ」
そんなダノンの言葉を振り返らずに片手を上げて答える。
真直ぐに通りを歩き下宿に向かった。
玄関の扉をトントンと叩くと、ネリーちゃんが扉を開けてくれた。傍にキティちゃんがネリーちゃんの手を繋いでいる。
もう1人お姉さんが増えたみたいだな。
「ただいま。遅くなりました」
テーブルで夕食の準備をミレリーさんに声をかける。
私に笑みを浮かべると、坐るように言われた。
私の前に次々と料理が並べられていく。ネリーちゃんとキティちゃんも手伝っているみたいだ。
皆が席に坐ると、夕食が始まった。
決して豪華ではないが山里では中々食べられないものまで皿に乗っている。
「ミチルさんが帰ってきた話が広がってるみたいね。この半分以上は「食べて欲しい」と頂いたものよ」
「それほどの事はしていませんが?」
そんな私の言葉にミレリーさんは微笑むだけだった。
ネリーちゃんとキティちゃんは食べるのが忙しいみたいだ。
前にリスティンの肉をミレリーさんが分けたお礼なのかな? それとも足を怪我した農夫からかな? そんな昔の思い出がよみがえってきた。