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GⅡー01 妹を連れて

 

 「お姉ちゃん、待ってにゃ~……」

 

 後ろから聞こえてきた声に私は足を止めて振り返った。

 綿の上下に革のちょっと長めのベストをワンピースのように着込んだ女の子がトコトコと足を早めて歩いてくる。

 だいぶ疲れてるみたいだな。町はもうすぐだから、ちょっと休んでいこうか。


 「もう少しだけど、ちょっと休もうか? 疲れたでしょう」

 「疲れてないにゃ。でも、お姉ちゃんって歩くのがはやいにゃ」


 追い付いてきた女の子はネコ族の子供だ。

 御隠居様と一緒に旅をしていた時に、瀕死のハンターから託されたんだけど、ちゃんと一人前のハンターにしなければ亡くなった親に申し訳が立たない。

 少なくとも、数年は後見人を務めねばなるまい。

 それなら、かつてのあの山沿いの村が良いだろう。

 

 背中に父親の形見の片手剣を長剣のように背負っているから、あれだけでも重いだろうな。

 私の隣に腰を下ろすと、腰の水筒の水を美味しそうに飲んでいる。

 そんな女の子の頭を軽く撫でて、シガレイに火を点けた。


 あの村を御隠居様達と出て5年。結構おもしろい旅をしたと思う。隣国まで足をのばしたのだが、その国でも密貿易を暴いたから国王は喜んでいたな。

 正体を知っていたようだけど、「パイドラ国の木綿問屋の隠居じゃ!」と最後まで言い張ってたから、国王も面目が立ったに違いない。


 そんな御隠居様も、今では王族の別邸で静かに暮らしている筈だ。

 近隣の町村には出かけるかも知れないけど、スケさんやカクさんは安心するに違いない。御隠居様の行動に、いつもオロオロしてたからな。


 「そうか、あの町に帰るのだな。ならば、ワシの最後の頼みじゃ。この国を頼むぞ」


 そう言って、私に金貨を100枚託してくれたのだが、さて……、何に使おうかな?

 どう考えても、私の残りの人生に必要な金額は手に入れているし……。

 まあ、のんびり考えれば良いだろう。後100年以上も寿命はあるのだから。


 私に同行してるネコ族の女の子は今年11歳になる。ネリーちゃんよりも小さいんだけど赤2つだから、8歳ぐらいから薬草を採っていたんだろう。

 母親は早くに亡くなったようだ。覚えていないと言うのはかわいそうだな。

 名前はキティという元気な女の子だ。髪と尻尾は綺麗なプラチナブロンドだ。今は麦藁帽子を被ってるから、あまり目立たないけどね。


 「さて、出掛けるわよ。あの尾根を廻れば町が見えてくるはずだわ」

 

 私の言葉に頷くと腰を上げて私の出発を待っている。さて、後2時間は掛からないだろう。私達は、杖をつきながら歩き始めた。


 ナルミル町に着くと、直ぐにギルドに顔を出す。町や村に到着したハンターはギルドに滞在登録をするのが義務となっている。

 カウンターには、マリーがいつものようにハンターの応対をしていたが、私の顔を見た途端、片手で口を覆った。


 「ミチルさんですね!」

 「ええ、しばらく滞在するわ。私とこの子でね」

 

 カウンターから身を乗り出して私の隣を見て、ちょっとびっくりした表情になった。

 

 「お子さんじゃないですよね?」

 「まさか。……この子の父親に託されたのよ。ハンター仲間では良くある話なんだけど、私が後見人になるわ。赤2つのハンターで名前はキティよ」


 マリーが、私の告げる内容を分厚い帳簿に書き込んでいる。

 

 「ところで、どこかに泊まれる民家を知らない?」

 「長居するんですよね。でしたら、ミレリーさんの家が良いと思います」


 ミレリーさんの家なら安心出来るな。

 マリーに礼を言うと、ギルドを出てミレリーさんの家に向かった。

 2年世話になったから今でも場所は覚えている。

 雑貨屋の四つ角を曲って西に向かって4軒目の路地の外れだ。

 玄関先の植木鉢には小さな花が咲いている。ミレリーさんらしいな。


 トントンと扉を叩くと、奥から「は~い!」と声がした。

 玄関の扉が開き、私の姿を見た途端、ミレリーさんの目が丸くなった。


 「帰ってきたんですね?」

 「はい、それで宿をお願いしたいと……」

 

 返事もそこそこにリビングに通された。

 椅子に座ると、直ぐにお茶が出てくる。


 「私達を覚えていてくれたんですね。ネリーも大喜びしますわ。それで、そちらのお嬢さんは?」

 「ゆえあって預かりました。立派なハンターに育てたいと思います」

 「キティにゃ。11にゃ」


 帽子を取って挨拶したキティちゃんの言葉に、ミレリーさんが笑みを浮かべている。

 

 「ネコ族のハンターなら引き手あまたでしょう。しかもミチルさんが仕込んだとなれば尚更ですね」

 「その辺りはあまり期待できないと思います。自分の子供さえいないのですから情操教育ができるかどうか……」

 「私がその辺りは教えてあげられます。これでも2人の女の子を育てたんですからね」


 そう言ってくれるミレリーさんに私は頭を下げた。

 今回は2人だから、近所からベッドを借りるようだ。私達に留守番を頼んで出掛けたけど、どこに行くんだろうか?あの部屋ならベッドは2つ置けるだろうけどね。

 

 通りを走る足音が聞こえてくる。段々大きくなって玄関の扉が乱暴にバタンと開いた。


 「お姉ちゃん!」

 

 すっかり娘さんに成長したネリーちゃんが私に飛び掛るようにして抱き付いてきた。


 「大きくなったわね。レベルは?」

 「白の8つになりました」

 

 そう言って私達を眺めているキティに気が着いたようだ。

 

 「あら、かわいい子ね。名前は?」

 「キティにゃ。お姉ちゃんと一緒にハンターをしてるにゃ!」


 その答えにちょっと驚いたようだ。まあ、近頃では珍しくなったのかも知れないな。

 簡単にネリーちゃんにわけを説明してあげた。


 「そうなんですか。でも、私達もいるからだいじょうぶですよ」

 「お世話を掛ける事もあると思うから、その時はお願いね」


 ネリーちゃんが戻ってきたところで、ギルドの状況を聞いてみた。

 

 「そうですね。あれから5年ですか……。ギルドの筆頭はクレイさん達です。黒1つになっていますよ……」

 

 グラム達が蒼の7つ。ロディ達も青の2つにまで上がっているそうだ。

 さぞかしたくましいロディ達をいる事ができるに違いない。

 

 そん中、数人の若者がベッドを運んで来た。素の後ろからミレリーさんが歩いてくる。

 若者に指示を出してベッドを2階に運んでいった。

 

 やがて、荷運びを終えた若者を玄関で見送ったミレリーさんが戻ってくる。

 

 「近所の娘さんが王都に輿入れしたの。そのベッドを譲って貰ったのよ」

 

 ひょっとしてかなりな出費じゃないのか?

 慌てて、宿代の事を切り出した。


 「前と同じで良いですわ」

 「そうも行きません。今回は2人なんですから、毎月銀貨12枚という事に!」


 そう言って無理やり銀貨を渡した。今月は後20日あるのだが、それでも12枚渡しておく。

 以前と比べればネリーちゃんの収入はかなりの額だろう。それでも、2人の娘さんを嫁に出すのだから収入が増えるのは良い事だと思うけどな。


 夕食は久しぶりに柔らかなパンだ。キティちゃんも美味しそうに食べている。

 そんなキティちゃんをミレリーさんが笑顔で見詰めていた。


 「それで、お姉ちゃんは明日からギルドにいるの?」

 「そうも、いかないわ。今度はこの子と依頼をこなさないとね。しばらくは近くで薬草を探すわ。ところで、あれから重傷者は出たのかしら?」


 「毎年のように出ました。昨年は1人亡くなっています……」


 スープスプーンを止めて、ネリーちゃんが下を向く。


 「ミチルさんの治療を見ていたハンターの1人が処置をしたんですが……」

 

 重症で処置が間に合わなかったか……。

 

 「町の近場なら皆がありがたがるでしょう。何かあれば直ぐに呼ぶことができますからね」

 「門番さんに大まかな場所を教えておきます。北の門~出る事が多いと思います」


 食事が終ると、ネリーちゃんがキティちゃんを連れてお風呂に出掛けた。

 妹ができたみたいで嬉しいのかな。色々と世話を焼いてくれている。


 そんな私は、ミレリーさんと一緒に蜂蜜酒を飲みながらシガレイを楽しむ。


 「貴方の帰りは明日には町中に広まるでしょうね。明日の夜は皆が安心して眠れるでしょう。大怪我を負っても助かる可能性が出て来たのですからね」

 「私は治療院ではありません、ハンターですよ。あまり頼られても……」


 「それは、皆が知っていますわ。それでも、助かるチャンスが増えた事は確かです。雑貨屋の少年、話を聞いた者全てが首を振っています。ですが、今では元気に店の手伝いをしていますよ」


 卑屈にはならなかったようだ。

 本人の性格もあるのだろうけど、両親の愛情の賜物だろう。


 「あの事例はたまたまですよ。いつもそうとは限りあせん」

 

 そんな私の言葉に笑みを浮かべて首を振っている。

 あまり頼りにされてもな……。

 

 2人が風呂から出て来たので、ミレリーさんの勧めで私が次ぎに入ることになった。

 風呂があるのが嬉しい限りだ。

 のんびりと手足を伸ばして疲れを取る。


 風呂から上がってキティちゃんと昔の部屋に向かう。

 同じ部屋というのも何となく落着く気がするな。前と違うのはベッドがもう1つあって少し狭く感じるぐらいなものだ。


 あくる日。目が覚めると、窓のカーテン越しに外が明るいのが分かる。

 少し寝坊したかな。キティちゃんを起こして急いで着替えを済ませる。今日からギルドで依頼をこなすから、キティちゃんの背中の剣は置いていく。ベルトの採取ナイフと腰のバッグの道具だけで十分だからな。

 私はいつもの姿だ。念の為に薄手のマントを丸めてバッグの上に革紐で縛っておく。後は麦藁帽子で十分だ。私も麦藁帽子を用意した。初夏の日差しは強いからな。


 リビングに下りると、かつて知ったるということで、裏の井戸で顔を洗う。

 戻ってくると、テーブルに朝食が用意されていた。

 

 「済みません。いつまでも寝てしまって……」

 「ネリーは1時間ほど前に出掛けました。でも、来たばっかりで直ぐに仕事に掛からなくても……」


 「早く、この子のレベルを上げませんとね」


 そんな私の言葉を笑顔で聞き流している。

 簡単な朝食を終えると、お茶を急いで飲むとギルドに出掛けた。


 確かに少し遅い時間だな。

 ギルドのホールには誰もいない。キティちゃんと一緒に依頼掲示板に行くと、サフロン草の依頼書を手に取ってカウンターに向かった。


 「やはり、姫さんだ。しばらくだな。そっちが妹さんか。大変だろうが、ひめさんなら安心だ」

 「しばらくね。元気そうで何よりだわ。北の荒地で採取するつもりよ」


 「ああ、分かった。何かあれば連絡するよ。グラムやロディは少し遠くに行ってるが、明日には帰るだろう。クレイ達は夕方には戻るはずだ。話を聞いたら驚くぞ」

 

 そんな事を言いながら私の手を力強く握りしめる。

 依頼書の方はマリーが印を押して渡してくれた。


 さて、久しぶりに薬草採取だな。いったい何年振りになるのだろう?

 キティちゃんの手を取って通りを北門に歩いて行く。

 北門のお爺さんに挨拶して、直ぐに東に向かって歩くと荒地が湖に向かって広がっている。

 

 「ここがハンター成りたての頃に散々薬草を取った場所よ。さあ、がんばりましょう。夕方にはサフロン草を30本以上採らないとね」

 

 キティちゃんが私の顔を見上げて頷いている。

 さあ、薬草採取の始まりだ。バッグからカゴを取出してベルトから採取ナイフを引き抜いた。

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