G-063 狩りは工夫次第
冬がもう直やってくる。北に聳える山々は少しずつ白く化粧を始めているから、この町に初雪が降るのは時間の問題だな。
クレイ達は昨日、黒レベルのパーティと一緒にリスティンを狩りに出掛けたようだ。
次の冬には他のパーティを従えて狩りが出来るだろう。出来れば、グラム達を誘って欲しいものだが、それにはもう少しグラム達のレベルを上げなければなるまい。
そんなグラム達はガトルを狩りに出掛けたようだ。私のところにやって来なかったところをみると小さな群れを狙うようだ。
そしてネリーちゃん達は、私の前に集まってダノンに罠の作り方を教えて貰っているようだ。
本来ならグラム達に教えて貰うのだろうが、このギルドにはダノンがいる。
罠の作り方や仕掛け方、そして獲物の裁き方まで教えてくれる筈だから、正に初心者のガイド役になるな。
そのやり方は、ダノンがこれまでのハンター歴で培ったものだから、かなり実践的になるだろう。ある意味技の伝授なのだが、良く言えばダノン流ってことになるのかな?
その第1期生はグラム達になるのだが、将来的には自分達のアレンジも加えるだろう。とは言え、その底流には師であるダノンの技があることには変わりがない。
「ロディ達と狩場は一緒にならないんでしょう?」
「あいつ等は、林の中を狙ってる。そしてこいつ等は広場周辺だから大丈夫だ。まだまだ野犬は相手にできねぇからな。……そんな、顔をするな。俺が一緒だ」
ちょっと顔を曇らせたのを見たんだろうな。私の顔を見て言葉を繋いだ。
ロディ達は林に行ったのか……。一応、杖は持たせてあるし、3人が【メル】を使えると言っていたから、野犬が群れで来ても何とかなるだろう。ガトルは荷が重いが、林でガトルを見掛けた話は、まだ聞いていない。
そんな話を聞けばマリーが許可しないだろうしな。
ギルドの扉が開いて、ホールに入って来たのは武器屋の若いおかみさんだ。
私を見つけて、大きな包みを背負ってやって来た。
「依頼の品が出来上がりました。次も宜しくお願いします」
そう言って、目の前のテーブルに短剣を積上げた。
マリーに抜刀許可を貰うと、早速ケースから引き出して刀身を確認する。
中々の出来栄えだ。刀身は30cm程の片刃だが、数打ちとは明らかに異なる。これなら長く使って行けるな。
ケースの外側に付けた、、もう1つのナイフは小さな細工用だ。刃渡り数cmだが、罠を作るには丁度いい。
「皆に1個ずつあげるわ。ダノンも使って頂戴。罠猟にはこれ位で沢山でしょう」
「良いのか? 確かに役立ちそうだが」
「ええ、良いわよ。これで一応、関係者には武器を新調できたことになるわ」
ネリーちゃん達は嬉しそうだが、ダノンは私をジッと見詰めていた。
そろそろ町を離れることを悟ったようだな。
「出来れば、来春まで待って貰いてぇな」
「そう考えてるわ」
私の言葉に満足はしていないようだが、パイプに火を点けて新しいナイフを器用に使って罠作りを始めた。
かなり木の皮が余ってるな。
そんな材料を貰って私もちょっとした物を作り始めた。
皆興味があるようだが、何なのかは分からないようだ。
「姫さん。それって罠なのかい? だいぶ大きな輪だが、それだと締まらねえぞ」
「これは、誰も使ってないわ。ロディ達に上げようと思ってるんだけどね。一応、ラビーを狩る道具よ。ラッピナも行けるんじゃないかな?……出来たわ!」
うんうんと出来栄えに頷いている私に、ダノンが手を伸ばした。
ホイって渡して上げると、ジッと眺めてる。ネリーちゃん達も作業を止めて見ているぞ。
直径30cm、厚さは1cm。そして横幅は3cm程のドーナツ状の物が何なのかは、たぶん理解できないだろうな。
くるくると回したり、輪の中に腕を入れたりして考えてる。
「分からんな。どうやって使うんだ?」
「こうするのよ!」
返してくれた輪を横に持つと、カウンターに向かって投げた。
シュルシュルと小さな音を立てて真っ直ぐに飛んで行く。あまり落ちないな。十分使えそうだぞ。
「ギルド内で変なのを投げないでください!」
そう言って、マリーが投げ返してきた。説得力がないと思うな。
その飛び方を見ていたネリーちゃん達の目が輝いてるのは新らしいオモチャに見えたんだろうな。
「子供のオモチャか。確かに冬の遊びは限られてるからな」
ダノンまで納得している始末だ。
そんな時に、ぞろぞろとギルドに入ってくる一団があった。
ロディ達だな。ラビーを2匹下げているから、今年の冬は期待できそうだぞ。
報酬を受取り帰ろうとしているロディを呼び止めた。
直に、私のところにやって来る。
「おもしろいものをあげるわ。使ってみて!」
そう言って、先程の輪をロディに渡した。
ダノンと同じようにくるくる回したりしているぞ。
「ありがたく頂きますが……、何のために、どうやって使うんですか?」
一応、狩りの道具と考えたらしい。
「それは、ラビーやラッピナ狩りに使う道具なのよ。こうやって投げるんだけど、これで捕まえる訳ではないわ。これを獲物の上に飛ばしなさい。すると、おもしろいことが起こるわよ。そこを弓で仕留めなさい」
「荒地に沢山いましたから、ちょっとやってみます。獲物の上に飛ばすんですね」
「高さは10D(3m)位が良いかな? 取り合えず、やってみて……感想が聞きたいわ」
ロディ達が出掛けようとすると、ダノン達が急いで作業を中断し始めた。
一緒に見に行くようだ。
皆が出掛けたところに、マリーがお茶を持って来てくれた。
「さっきのオモチャを持って出掛けたようですけど……」
「あれはね、一応狩りの道具なのよ。でも直接あれで獲物が狩れる訳ではないわ。狩りをしやすくする道具なの。結果はロディが詳しく教えてくれる筈だから、後で聞いて例のノートに記録しておくと良いわ。初心者には向いてると思うの」
「あれでですか?」
マリーは信じられない様子だ。結果が伴なわなければ説得力はないだろうな。
そして、だいぶ日が傾いた頃に、6匹のラッピナを下げたロディが現れた。
だいぶ興奮しているようで、ダノン達は早速暖炉の前に天幕を広げて同じような物を作り始めたぞ。
カウンターで報酬を受取ったロディがやってくると、マリーもノートを持ってカウンターから出てきた。
「皆そろったぞ。姫さん、種明かしをしてくれ。あれを使えば初心者でも簡単にラッピナが狩れる。ラビーも行けるだろう!」
「ラッピナの上に輪を投げると、その場にうずくまるんです。あれなら簡単に弓で狩れます」
口々にそんな事を言い始めた。
ここは、ちゃんと説明しておこう。
「ラッピナみたいな小さな獣は私達が近付くと直に逃げちゃうでしょ。でも、あんな風にうずくまってジッとしている光景を見たことがある筈よ。特にダノンはね」
「ちょっと待ってくれ、今思い出すから……。あるとすれば、鷹に狙われたときか?」
「それが正解。あれを小さな獣の上に投げると、鷹かトンビに勘違いするみたいなの。それで、その場にジッとしちゃう訳。でも、獲物が少さいから弓の腕がある程度ないと意味がないけどね」
「だが、あの距離で当てるなら、1日も練習すればそこそこ行ける筈だ。こいつらにも教えてやれば冬の罠猟の片手間に十分な獲物が取れるぞ」
安物の弓矢でもそこそこって事だろうな。
専門にやれば罠猟よりも数が取れるだろう。狩場をあらかじめ定めておけば問題も起きないだろうから、その辺りはダノンの采配に任せても良さそうだ。
「それにしても不思議な話ですよね。何故誰もそんな事をしなかったんでしょうか?」
「たぶんその内、気が付くと思うわ。どんな人かは分からないけどね。押しえられたとおりに狩りをするのも大事だけど、工夫も大事なのよ」
「安物の弓矢があった筈だ。明日は罠を仕掛けながらこいつ等と一緒にやってみるつもりだ」
「俺達もやってみます。林の中なら問題ないでしょう」
今年の冬はかなりシチューが楽しめそうだ。ラッピナのシチューは美味しいからな。
・
・
・
「おもしろい狩りですね。確かにそんな光景を目にした事があります。『あれなら俺でも弓で狩れるぞ』なんて、主人が言って仲間に笑われてましたわ」
夕食時にネリーちゃんが、今日目にした不思議な話をミレリーさんに話していた。
吃驚した様子で聞いていたので、私が訳を補足してあげた。
明日の罠猟を楽しみにさっさとお風呂に向かったネリーちゃんをだったが、私達2人は暖炉の前で蜂蜜酒を飲みながらシガレイを楽しんでる。
「私の国では知らない者がいない程です。あいにくと、私はそんな狩りを飛ばしてしまいましたから……」
「きちんと普通のハンターであれば、今頃は皆に伝わったんでしょうね」
おかしそうに笑いながら私の話を聞いている。
「ところで、あんな立派な短剣を頂きありがとうございます」
「御隠居の依頼金の余りで作ったようなものですから、気にしないでください」
「でも、他のハンター達にも武器を新調してあげましたね。そろそろ、この町を去るおつもりですか?」
「来春には……と考えています。クレイ達も良いハンターに育っていますし、グラムやロディ達も中々です。ネリーちゃんが来春罠猟にデビューしても、ダノンがついていますし、荒地の先ではロディ達が罠猟をしていますわ」
ミレリーさんが蜂蜜酒をカップに注いでくれる。
そして、改めて私を見詰めた。
「でもね……ミチルさんは、あまり知らないようですけど、町の住人には人気が高いんですのよ。この2年間でこの町で命を落としたハンターはおりませんし、大怪我をした住人も何度か救って頂いてます。皆がずっといてくれるものと思っています」
「出掛けると言っても他国に向かう訳ではありません。それに、この町で私はハンターになって、最初の数年を過ごしたんです。
どうやって、この国に辿り着いたか定かでない私には、そう言う意味では此処が故郷です。どこへ行こうとも、必ずこの町に戻ってきますわ」
そう言うと、ミレリーさんは身を乗り出して私の両手を握り締める。
『きっとですよ』という言葉に大きく頷いた。




