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G-056 ぼっちゃん


 王女の様態は日増しに良くなっている。

 次の日には目を覚ましたし、3日後には軽い食事も出来たようだ。

 【サフロ】で損傷した臓器を直してるからな。全く、とんでもない魔法だと思うぞ。


 5日程過ぎたところで傷口に膿が出ていないことを確認したところで、再度青かびを塗した布を当てて包帯を巻いておいた。

 後5日後に確認して問題なければ抜糸して【サフロ】を掛ければ私の役割は終了だな。


 「さすが、黒姫様ですわ。我が王国の頂点に立つハンターですね」

 「いえ、所詮現場での話し。必ずしも直せるものではないのです。今回の件は、王女様の運が良かったものと考えています」


 王女の手当てが済んだところで、お妃様の招きで午後のお茶を頂いている。

 レリエルも私の隣で2人の会話をジッと聞いていた。


 「それにしても、何が薬になるかは分からないものですね」

 「私の国でも、あの発見は偶然だと聞いております。その後年月を重ねて今では青かびを使わずに作ることが出来るようになったと聞きました」


 「それでは、その方法を使えば多くの人を救うことができますわ」

 「この王国では不可能です。近隣の王国でもたぶん同じでしょう。その必要性をあまり感じないでしょうから、そんな薬剤を作ることを考えないのでしょうね」


 【サフロ】、【デルトン】それに各種の薬剤……。

 それなりに精練されているのだ。ここまでなら可能。その先は?というところで止まっているしな。そして、それに対するチャレンジが無い。

 ひょっとして、【サフロナ】とはそれが可能な魔法だったのかも知れないな。

 消えてしまった原因は不明だが、失ったものは大きかったということだろう。


 そして、また1つ失なわれてしまう魔法もある。

 【ブースト】を今でも使えるハンターは何人いるのだろうか?

 50年程前に諸国をさすらっていた老神官に授けて貰ったが、あの老人は人間族の筈だから今では亡くなっているだろう。


 ひょっとして、魔法は少しずつ廃れて行くのかも知れない。

 それが文化の発達に見合ったものであれば良いのだが……。


 「国王は今回の事柄を書き付けて軍医に読むように言い付けておりますの。それはお許しに成られますよね」

 「それ位はかまいません。でも、使い形を誤ると傷が余計に酷くなります。それに、軍医が欲しいのは壊疽の治療だと思います。そういえば、昨年は灼疹が王都で流行しましたね」


 「亡くなった方には気の毒ですが、冬前に薬が手に入って事なきを得ました。毎年ではありませんが、ごく稀に大流行するのです。前の流行時には姉を亡くしました」

 「今のところは薬で対処していますが、私の国ではそもそも罹りにくい体にすることで対処しています。それは……」


 「待て待て! 出来ればワシにも聞かせてほしい。今回は護民官と公爵の活躍によりあの程度で済んだのだが、回廊にもれ聞こえた話では罹りにくい体を作ると聞いたぞ。どのように体を作り変えるのだ?」

 「似た例をご存知の筈です。一度灼疹に罹かった者は、2度目は掛からない、発病しても軽くすむ……。それを利用する方法です」


 「確かに、その話は聞いた事がある。灼疹の患者の世話をさせたのは、一度灼疹になった者達を使うと公爵が言っていたぞ」

 「私の国には特効薬となるものがありませんでした。そこで開発された技術がこれです」


 革の上着を脱いで、綿のシャツをはだけると片方の肩を出した。

 傷が治った後で、この世界に来たようだからこの跡は【サフロ】で消すことは出来ない。


 「2箇所程、傷跡が残っておるな。【サフロ】でも消せんか……」

 「この傷が治ってから、私はこの国にやってきたようです。その辺の記憶はあまり定かではありません。ですがこの傷が何故付けられたのかは、覚えています。……これこそが、灼疹によく似た病に対する唯一の方法。同じ病を持った牛の吹き出物をナイフで傷つけて塗りつけた跡です」


 3人が驚いた表情で私を見た。

 ある意味、原始的な治療だと思っているようだな。


 「それで、病状が軽くなるのか?」

 「はい、生後1年の子供に全てこの措置を行ってからは、亡くなる者が殆どおりません。皆無と言っていいでしょう」


 服を戻しながら私は言葉を続けた。

 

 「乱暴な方法に見えるでしょうが、私の国ではそのような方法で病に対処してきました」


 国王が表情を元に戻して、お茶を飲む。

 持参した豪華な作りのパイプにタバコを詰めると、席を立って暖炉で火を点ける。


 「要は結果だ。ある意味我等より遥かに進んでおる。そのような事を考える場が無いのが残念だ」

 「ミチル様は薬剤ギルドをお叱りでしたね。ひょっとしたら、そのような事を考えるべきは薬剤ギルドとお考えなのですか?」


 それも、問題だな。薬の開発と外科的治療は相反するような気もする。

 大神官はある意味先を考えたという事になるが、薬剤ギルドは現状に満足しているような気がしないでもない。


 「怪我と病を同じに考えるか、それとも別とするかによって変わるでしょう。ですが、怪我に対する治療については、大神官が動いて私の元にレリエルを派遣しました。将来的にはレリエルが王都で怪我の治療を行えるでしょう。失敗するかも知れません。でもやらないよりは助かる者が増えることは確実です」


 「ふむ……。将来的には神殿に治療院を作るべきだな。良いことを聞いた。これはこの王国の将来を明るくする話となろう。……そこでだ。今回の褒美だが、本来であれば貴族に取り立てるのもやぶさかではない……」

 「おそれおおきこと。このまま山麓の町に戻ります」


 折角、自由気ままに過ごそうと思っているのに、貴族なんぞ願い下げだ。

 これは、早めに帰るに限るな。


 「そうもいくまい。では願いを申せ。金貨50枚は確定だ。その上の願いを聞くことにする」

 「頂けるものでしたら、金貨は半分を神殿に、もう半分を護民官に寄付してください。その上の願いであれば、長剣を3振りと短弓を1つ頂きたいですね。長剣は出来れば片刃が良いのですが……」

 

 3人が呆れたような表情で私を見ている。

 だが、ハンターならば必要な収入なら狩りをすれば手に入る。余分に持っていても良い事はない。長剣ならばグラム達への土産に丁度良い。

 

 「後、5日で王女の傷の抜糸を行います。【サフロ】で元の綺麗な肌に戻るでしょう。それが終れば私は、町に帰ります」

 「ゆっくり滞在せぬか……。色々と話を聞きたいものだ」

 

 私は頭を下げてその言葉に答えた。

                ・

                ・

                ・


 明日は抜糸という日に、近衛兵が私の部屋に駆け込んできた。

 どうやら落馬した者がいるらしい。

 直に、レリエルを連れて現場に走っていく。

 

 馬場に行ってみると、人垣が出来てるな。たぶんあの中なんだろう。

 

 「退いて、退いて!」


 人を掻き分けて中に入ってみると、若い男が膝を押さえて唸っている。

 落ちどころが悪かったみたいだが、足が曲っている様子はない。ヒビでも入れたか?


 「見せてみなさい!」

 「誰だ、お前は! そんなぞんざいな口を僕に言うのは不敬罪に当るぞ!」


 結構元気だな。放っておいても構わないかも知れない。

 男の様子を笑顔で見ていると、馬術の教官らしい壮年の男が座り込んでいる男に耳打ちしている。

 

 「何だと! 王女様のあの怪我を治したと言うのか? ならば、そこの女。僕の怪我を直ぐに治してみろ」

 「命令口調? 信じられないわね。さよなら」


 そう言って、私が去ろうとすると教官が慌てて押しとめる。


 「バリアヌス公爵の長男なのです。なにとぞ直してくださいませ」

 「私はハンターよ。別に相手が何様でも構わないけど……」


 「早く致せ! 父に言いつけるぞ」

 

 坊やだな。困った奴だ。

 

 「何て言い付けるの? 参考までに聞かせて欲しいものね」

 「僕に逆らった。そういえばいい。それで十分だ!」

 

 放っておけ。どうなっても知らん。人に頼む時の作法も知らない奴ならどうなっても構わないだろう。


 「レリエル、帰るわよ」

 「良いんですか? 後々困ったことになりませんか?」


 そんな事を言いながらもレリエルは私についてくる。

 後には呆然とした表情で私達を見ている近衛兵がいる筈だ。

 ほんとにこんな奴等が多いから王都は嫌いなんだ。

 早く、町に帰ろう。


 王家から与えられた部屋でのんびりくつろいでいると、近衛兵の隊長が訪ねてきた。

 どうやら、バリアヌス公爵から私の引渡しを要求されているらしい。

 今度は親がやって来たか。それにしても引渡しとは穏やかじゃないな。


 「国王のお耳にも入れましたが、当人同士の問題と申しておりました」

 「それで、結構よ。でも、1つお願いがあるんだけど……」

  


 「明日は王女の抜糸をしなくちゃならないから、問題はその後にします。そして、おう1つ。場合によってはバリアヌス家が無くなりますが、国政に支障が出ないかを確認してください」

 

 私の言葉の裏を知って、慌てて近衛兵は部屋を飛び出して行った。

 

 「公爵家の私兵なら20人はいるでしょう。無事に済むとは思えませんが?」

 「所詮、傭兵でしょ。私は売られた喧嘩は大好きなの」


 そう言って、にこりとレリエルに微笑む。

 そんな私の言動を呆れた顔で見ていたけど、やがてにこりと笑顔を見せる。

 

 「そうですね。私も嫌いではないです」

 

 あのフレイルモドキを使ってみたいのかな? それにレリエルって巫女だった筈だ。信仰上の問題はないのだろうか?


 「神も、悔い改める者には慈悲を与えるでしょうが、それが出来なければ罰を与えますからね……」


 そう言って、長衣の下からフレイルを取り出した。あのフレイル……、ひょっとして

天罰何て書いて無いよな?


 そして次の日、国王夫妻立会いの元で、王女様の傷の抜糸を行い、傷跡に【サフロ】を掛けた。


 「おぉ……、全く傷が無い。ありがとう、感謝に耐えぬ」

 

 国王がそう言って私の両手を握ると、御后様は王女様と抱き合って喜んでいる。

 

 「そうだ。忘れるところであった。近衛、例の物を!」


 パンパンと手を打って近衛兵に伝えると、直ぐに大きな袋を持ってきた。


 「約束の品だ。長剣が3振り、片刃だったな。それに、短弓を1つに専用の矢筒と矢が12本だ。金貨はミチル殿の名で神殿と護民官に25枚ずつ寄付をしておる。これで良いな。それと、なにやら通り付近におるようだが、我が招きによって来訪した客人に害を成すなら、殺さずに済めばそれで良い。公爵はが出張る事は無かろうが、前に立てば同じで良いぞ」


 そう言って長剣の入った袋を私に差し出した。

 

 「王都の通りを我が物顔は問題ですね。少し躾をしなければならないかもしれません」


 荷を押し戴いて、互いに笑顔をかわす。

 さて、国王の許しも出たことだし……、少し、気晴らしを使用かな。


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[気になる点] 「この傷が治ってから、私はこの国にやってきたようです。その辺の記憶はあまり定かではありません。ですがこの傷が何故付けられたのかは、覚えています。……これこそが、灼疹によく似た病に対する…
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