G-052 青かび
少しずつ日差しが強くなってくる。
春が終わり、夏が近づいて来た感じだな。
レベルの高いハンター達は、山に出掛けて食肉用の大型獣を狩っているようだ。
彼等にとっては狩るのは簡単なのだろうが、獲物を運ぶのは楽ではない。白レベルのハンター達が彼等に同行して獲物運びと狩りの手伝いをしているようだ。
白レベルの者達にとっても、狩りの分け前は均等割りだし、狩りの仕方を学ぶ機会でもある事だから、請われれば積極的に参加しているようだ。
そんな中で人気のあるパーティはクレイ達になる。今では、『レブナス』とパーティ名を名乗っているが、あれってハッピーエンドの恋物語の題名だったよな。
彼等の希望ってことになるんだろうけど、落ち着いたら一度は両親を訪ねた方が良いと思ってる。
彼等の両親だって最初は呆然としただろうけど、今では2人の無事を祈っているはずだ。何と言っても子供の幸せを願うのが親だからな。
マーシャ達は色々な狩りに挑戦しているようだ。その度に私に相談に来る。
10匹程度のガトルなら群れで狩れるが、20匹となると他のパーティの応援が必要みたいだ。その応援に参加するパーティはグラム達になる。
グラム達もそんな参加依頼があると喜んで参加しているから、今年中には白に成れるんじゃないかな。
そして、ロディ達のパーティは薬草を採取しながら。たまに森から荒地に現れる野犬を狙っている。おかげで、ネリーちゃん達ちびっ子達は安心して薬草採取ができるみたいだ。
「まぁ、近頃は何も起きないな。良い事なんだろうが、自分の存在価値が無いように思えてならねぇ」
「それで良いのよ。ある意味、私達が必用とされるのは、他人が不幸な事故にあった場合に限られるわ。他人の不幸が飯の種って考えると落ち込んじゃうわよ。私達が閑なだけ、皆が普通に暮らしている。と思えば良いのよ」
「私達の存在意義ですか……。そんなことは考えませんでしたわ。確かに他人に不幸が訪れた時に私達は活躍できます。でも、それは祈ることではなくて、積極的な不幸の除去になるのですから、不幸を少しでも軽くする存在なるのではないでしょうか?」
「まぁ、そうなるな。俺も、仲間から引導を渡されそうになったが、こうしてここでパイプを楽しんでいられる。一時的な不幸は姫さんが救ってくれたことになるな」
全てを元に戻すことは私には不可能だ。それに内臓の病気は対処できない。あくまでも外傷の手当てに過ぎないことも確かなんだよな。
それでも、春の終わりにあった石切り場の事故以来、町に大きな怪我人は出ていないようだ。
このまま1年が無事に済んでくれると良いのだが……。
扉がバタンと開くと男が子供を抱えてきた。
「子供の足が腫れてるんだ。何とかしてくれ!」
「こっちに来なさい!」
大声でギルド内に告げた男に、私が怒鳴り返す。
慌てて私達のテーブルにやってきた男に、子供をテーブルに寝かせるように言いつけた。
ダノンとレリエルが素早くテーブルを寄せて椅子を片付ける。そんなところにマリーが木箱を持ってやってきた。
「沢で遊んでいて足を切ったようだ。次の日から足が腫れてきた。教会で【サフロ】を神官に施して貰ったんだが、腫れはドンドン酷くなってる」
男の子のズボンを下ろして全身の状況と腫れを見てみた。
熱は高いし、意識は混濁状態だ。ちょっと呼吸もあやしいぞ。
「意識混濁、それに四肢が引きつってるわ。かなり病状が進んでるわね。レリエル、これが分かる?」
「いえ、初めて見ます」
「ガス壊疽という病状だわ。たぶん後3日は持たないわね。でも、意識はあまりないようだから、このままという選択肢もあるわ」
「何とかしてくれ! 金は何とか工面する」
男が私の両手を握って懇願してきた。
だが、致死率がかなり高いぞ。それでもやってみることになるのか……。
「治療しても、治るのは奇跡に近いですよ。そして、腫れている右足は切断します。五感に後遺症が出るかもしれません。それでもやりますか?」
「お願いだ。どんな事があってもあんたを恨まない」
男に私が頷くと、直にダノンを呼ぶ。
「町中を走り回って、青かびを集めて頂戴。出来るだけ沢山集めて!」
「何だか分からねぇが、青かびだな!」
遠巻きに私達を見ていたハンター達を引き連れて、ダノン達がギルドを飛び出していく。
「傷口そのものは【サフロ】で塞がってるから、場所が特定出来ないわ。……どの辺りですか?」
「この足首の外側だったと思う」
私の言葉に、少し首を捻った若い男が答えてくれた。
膝から下は全体が紫がかって腫れているからな。これは右足全部を切断しなければならなくなりそうだな。出来れば少しでも残してやりたいものだ。
レルエルに命じて右足の付け根を止血させる。これで残り2時間程度になるな。
腫れは膝に達している。膝上での切断になりそうだ。場所的には大腿部を三分の一残せるかってところだろう。
ここまで酷いのは初めてだし、ガス壊疽の致死率は極めて高い。親がやってくれと言うからには、藁にもすがる思いなのだろう。
「一応、フェイズ草とパラニアムは飲ませておいた方が良さそうね。レリエルちょっとお願いするわ」
マリーとレリエルがカップに蜂蜜酒を入れて準備を始めたので、私は暖炉に下がってシガレイに火を点けた。
まだ、ダノン達は帰らない。青かびは切断面に塗らねばならないからな。
通りに足音が響いたかと思ったら、ギルドの扉が勢いよく開かれた。
「持ってきたぞ。とりあえずはこれだけだ。足りるか?」
ダノンが私の前にカゴを突き出した。そこには黒パンに生えた青かびが見える。
結構な量があるな。私はダノンに大きく頷いた。
「レリエル、この青かびだけを皿に採取して頂戴。金属のヘラで表面を擦れば青かびが取れる筈よ。マリーは布を熱湯で湿らせたものを用意して。3つ折で両手の広さぐらいは必要だわ」
「何をするんだ? もっとも、聞いても分からんが……」
私の指示で作業を始めた2人を眺めていたダノンが私に聞いてきた。
「特効薬を作ってるの。パイドラ王国では知られていないけど、場合によっては効くのよ。でも全てに効くとは限らないわ。それより、その箱にある大きな金属のヘラを暖炉で焼いて頂戴。真っ赤になるまでお願いね」
「だが、青かびだぞ?」
「青かびだけが効くのよ。他のかびではダメなの」
2人が作業を終えたことを私に報告してきた。
皿にはスプーン2杯程度の青かびが小さな山を作っている。
その青かびを、【クリーネ】で2人の手の汚れを取って、マリーの用意した布に塗布させた。
「これで、準備が終ったわ。もう一度言っておくけど、助かる確率はかなり低いわよ。でも、私の最善を尽くすけどそれで良いのね?」
「それで良い。誰もがこれでは助からないと言っていた。結果がどうなろうとも俺はあんたに感謝する。それにあんたがダメなら他の連中でも不可能だろう」
男の言葉に頷くと、レリエルを呼び寄せる。
マリーを使って少し男の子の両足を広げさせた。
「始めるわよ。抜刀の許可を!」
「許可します!」
小太刀を腰から抜取ると、男の子の足に一閃する。
直に小太刀を他のテーブルに乗せて、暖炉に急ぐ。
良い具合に赤くなってるな。ヘラの柄を持って急いで男の子のところに戻ると、ダノンに男の子の腰を抑えるように指示する。
「エリエル、大腿の上部をしっかり持っててね」
男の子の親に右足を引張るように言い付けると、直に足首を掴んで引いた。
ポロリと足が取れる。
すかさず切断面に赤熱したヘラを押し付けた。ジュ-っと肉の焼ける音がする。
ヘラを床に放り出して自分の両手に【クリーネ】を掛ける。
「マリー、さっきの布を持ってきて!」
青かびに塗れた布を切断面に押し付けて、素早く乾いた布で覆う。
腿の付け根の止血帯をハサミで切り取ると少し残った腿に赤みが差した。
上手く切断した血管は焼けて固化したようだ。切断面に当てた布にあまり血は滲んでこない。
それを確かめたところできつめに包帯を巻いていく。
最後に残った腿に左手をかざして【デルトン】を掛けた。
「はい、術式終了。切断した足の始末はお願いするわ」
「手術に使った器具はお湯で洗って仕舞ってね。青かびが届いたら少しの間補完して頂戴。次に包帯を替えるときに、又使うことになるわ」
「すまねぇ。大分表情も穏やかになってきた」
「一応、私に出来る事はやったけど、最初に言ったように重症である事は確かよ。熱はしばらく続くと思うからフェイズ草を夜に一度飲ませてね。暴れるようならギルドに連絡すれば良いわ」
私達に頭を下げると男は男の子を抱えてギルドを出て行った。背中に男の子の足が袋に入れられて担がれている。
もうちょっと早ければ切断しないで済んだかも知れないな。
体に付いた血糊を【クリーネ】で落とすと、暖炉のベンチに腰を下ろす。
シガレイに火を点けてゆっくりと吸っていると、エリエル達がお茶のカップを持ってやってきた。
「ご苦労様でした。2、3質問したいのですが?」
「良いわよ。たぶん青かびの事ね?」
エリエル達が頷いたところで、微生物の話を始める。
エリエル達が知ることが出来る最小の生物はノミやシラミだった。
そのノミがグライザム位の大きさに見えるくらいの小さな生き物の話を始める。
あまりに小さくて目には見えないが、物が腐るときにはそんな生物の仕業である事を教えた。
「でもね、私達の体にはそんな生物を排除できる仕掛けがあるのよ。でないと、泥の中でちょっとした切り傷があったり、足を尖った枝で切ったときには皆さっきみたいな病状になるわ」
そして、今回の病状は大きな問題があることを教えた。
そんな小さな生物が体の中に入って急激に増える。それだけならその部分が腫れるだけだけど、中には毒を出すものがいるのだ。
「本当はその根源である微生物を除去する外に手はないんだけど、ここで青かびが登場するの。青かびも毒を出すんだけど、その毒は人間よりも微生物を殺すのに役立つわ。注意してほしいのは、それが可能なのは青かびだけ、そして外傷に限ることね」
「新たな薬草となるのでしょうか? それにそんな使い方は薬剤ギルドも知りません。後々問題になることはありませんか?」
薬剤ギルドが横槍を入れてくる事は無いだろう。そんな事をすれば貴重な情報をなくすことになる。どちらかと言えば教えを請いに来る可能性があるな。それはレリエルに任せれば良い。




