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G-050 早速患者がやってきた


 レリエルに手術の方法を教えることは、当初考えていたよりもかなり奥が深いことが分かってきた。

 臓器の役割、脳と神経の関係、主要な骨位置等々……。

 あまり知らないことは、知らないと明確に伝える。

 そんな事を教えていた時に、レリエルがバッグから取出したノートには人体の臓器等が詳細に記載されていた。骨についても同様だ。

 思わず、レリエルの顔を見詰める。


 「解剖をしたの?」

 「はい。100年程前から、数年に一度行われているようです。私も1度立ち会ったことがあります」


 パイドラ王国の極刑は斬首だ。斬首された罪人は遺体を荒地に晒して獣の餌になる。

 その時に、獣が食べやすいように体を切り刻むから、その場での解剖は容認されているのだろう。

 だが、それは死んだ状態での解剖だから、臓器の形や位置は分かるものの、その働きを知ることはできない。

 太い血管が心臓に続いていても、心拍によって全身に血液が送られることまで理解することは不可能だ。

 しかし、予備的知識を持っているという事は、外科的な手術には都合がいい。

 

 「でも、巫女志願の貴方が、よくもハンターを数年間もしていたわね」

 「ガドラー狩を失敗したのです。10人のパーティで助かったのは6人でした。そして4人が重症を受けました。【サフロ】では表面の傷は癒せますが……」

 

 見守り続けるほかに手がなかったという事だな。

 意識を失うまでの時間、地獄の苦しみに悶えている人間を見ていたなら、確かにその後の人生観が変わってもおかしくはない。

 巫女を志したのは、ハンター仲間の追悼の意味もあるのだろう。

 そして、私の噂を聞いた。

 たぶん、自分から名乗り出てもいるのだろう。大神官が全ての巫女候補の名を知っているとは考えにくい。

 

 ただ唯一の問題は、こういった医療技術は神を否定することにも繋がる。

 人間活動は脳神経系統によった制御によるものだと言ったら、魂というか心は体のどこにあるという事になる。

 その辺りはもやっとしておくのが良いのだろうな。

 レリエルに人の心はどこにあると言ったら、胸を押さええて『ここにあります』と答えたくらいだから……。


 そんな1対1の講義モドキをして時を過ごすと、昼過ぎには日替わりでグラム達とロディ達が私のところにやってくる。

 グラムには長剣を教え、ロディには杖を教えているんだけれど、だいぶ上達してきたのが分かる。

 そろそろグラム達に長剣を使わせてみるか……。

 

 「貴方達は赤の7つだけど、パラム達は赤の9つよ。一度貴方達のパーティで、野犬20匹の依頼をこなしてみなさい。それが出来れば、10匹以内のガトルは倒せるわ」

 「他のパーティはいないんですよね。俺達に狩れるでしょうか?」


 「だいじょうぶ、自信を持ちなさい。そして、課題をひとつあげるわ。長剣を3人とも使いなさい。斬って、反す。これが連続になるわよ。そして怪我をしないようなら次の目標が見えてくるわ」

 

 私の言葉にグラム達が自分達の長剣を眺めている。

 3人揃って頷いてるところを見ると、練習させた甲斐があったな。

 背中の鞘に長剣を納めると、練習場からギルドに戻って急いで掲示板の依頼書を探している。

 2日後が楽しみだな。


 「あのような長剣の使い形で狩りが出来るのでしょうか?」

 

 私の微笑む姿を見て、そんな言葉をレリエルが呟く。

 

 「狩りは成功すると思うわ。まぁ少しぐらい噛まれても魔道師がいるからだいじょうぶよ。それに、私の長剣の使い方を教えたわ。王都の剣術道場ではあんな使い方は教えないでしょうけどね」

 

 長剣は片手剣に比べ重量があって刀身も長い。振り回せば打撃力は相当なものだ。

 だけど私は彼等に斬ることを教えた。斬り抜けば次の動作に繋がる。

 彼等の数打ちの長剣でも野犬相手なら何とかなるだろう。

 次の武器を彼等が購入するときが楽しみだな。たぶん使い易く注文をつけるだろう。その注文はどの様になるのか、私のように反った片刃となるのか。それとも頑丈で重い物なのか……薄くて鋭利ってのもありそうだな。

 

 そんな事を考えながらテーブルでレリエルとお茶を飲む。

 

 「そういえば、明日はロディ君達ですね。あんな杖の使い方は初めてです。まるで舞を見ているようですわ」

 「あれは、長剣を持った相手を想定して戦う杖の使い方なの。杖なら簡単に長剣で切られてしまうってことにはならないわ。直線的な長剣の攻撃に対して円を描きながらの攻撃になるから対処しやすいのよ。両端を鉄で覆っているから破壊力は申しぶんないわ。十分ガトルの群れを相手にできるわよ」


 「杖で長剣に挑むなど……」

 「無理ではないわ。かえって長剣の持ち手が危ないくらいよ」

 

 打撃重視で切り込んでくる長剣など簡単にかわせる。その後の反撃は杖の方が格段に速い。

 レリエルの杖の構えは長剣と同じだ。長さも短かいみたいだから、そんな感じになるのかも知れないな。

 

 「レリエルの杖の使い方は長剣と同じだけど、私の使い方は片手剣を両手に1本ずつ持った感じに近いわ。防御の後の攻撃を素早く行えるわ。逆も同じね」

 「片手剣2本と同じですか。確かに似ていますが、所詮は棒ですよ」


 その為に、杖の両端は錬度の高い鉄で覆っているのだ。

 幾ら言っても納得出来ない者は仕方がない。レリエルは魔道師だからな。杖を使うといっても歩く為の補助的な杖を使うのだろう。

                ・

                ・

                ・


 そんなある日の昼下がり、何時ものようにレリエルの質問に答えていると、一人の男がギルドに飛び込んできた。

 

 「大変だ!……同僚が石に挟まれちまった」

 「今どこにいるの!」


 走ってきたんだろう。息もたえだえの男に鋭い声で訊ねた。

 

 「仲間が梯子に括り付けて運んでくる。俺は先にアンタに知らせに来たんだ」

 「分かったわ。ありがとう。そっちのベンチで休んでなさい。マリー! 聞いたわね。準備をするわよ」


 カウンターに向かって怒鳴ると、マリーが頷いて奥の事務所に走っていく。

 セリーはこんなことは苦手みたいだな。

 青ざめた顔でこちらを見ている。


 「私は何をすれば……」

 「やってみる? 隣でアドバイスしてあげるわ。獣の解体と基本は同じ。でも、相手が生きている人間であることが違いなんだけど、それ程大きくは違わないと思うわよ」


 レリエルはしばらく考えていたが、私を見て首を振った。

 

 「今回は見学に専念します。でも、手伝いが必要な時には言ってください」

 

 やはり、自信がないか……。

 マリーがたまたまギルドにいたハンターに手伝って貰いながらテーブルを合わせて椅子を片付けている。

 私は、暖炉の傍でシガレイを楽しむ。

 ちょっとした心を落ちつかせる儀式だな。


 テーブルを寄せたベッドの脇には小さなテーブルが用意されてそこにトレイに器具が並べられている。ちょっと本格的になってきたぞ。

 セリーが小さなカップを持ってきた。そのカップにマリーが慎重にスプーンでパラニアムの液を入れて掻き混ぜている。

 やはり、麻薬があると便利だな。

 1回や2回で習慣性が付くことはないから、患者に無用な苦痛を与えずに済む。

 気を失ってれば良いのだが、ナイフで傷を抉る事もあるんだから一応念の為に男達に押さえて貰ってはいるのだけど……。


そして、ギルドの扉が強く開け放たれ、梯子に括られた男が運ばれてくる。

直ぐにそのままテーブルに載せると、運んで来た男に状況を聞いてみた。


 「石切り場のが石が崩れて、逃げそこなったコイツの足が挟まれちまった。石をどけてやったら左足を押さえて倒れちまった」


 直ぐに男の左足を見る。

 綿のズボンの上からも膨らんでるのが分るぞ。

 直ぐにハサミでズボンを切り開くと青黒く腫れ上がった脛が顔を出した。

 男は青ざめた表情で私を見ている。

 あまりの痛みで神経が麻痺しているのだろうか?


 とりあえず、マリーにパラニアムの入った蜂蜜酒を飲ませるように言って、足の触診を始める。

 すね近くに触れた途端、ビクっと足が震える。

 まだ、薬が効いてないようだな。

 ちょっと離れて、レイリルを呼んだ。


 「足が腫れてるでしょう。これは骨が折れてるときに起きるのよ。パラニアムを飲ませれば痛みを感じなくなるわ。そしたら、折れてる場所を確認するわ」


 私の言葉にレリエルが頷いている。

 再度、脛を触ったが今度は痛みが無いようだ。

 膝から少しずつ触診を行なって骨が折れている場所を見つけた。


 「ここからゆっくりと足先に指で撫でて御覧なさい。……分る?」

 「はい。ここでズレています」


 「個の部分が折れてるのよ。折れて皮膚から骨が飛び出る時もあるわ。この場合は単純な骨折みたいだから、比較的楽な部類になるわ。さて、始めるわよ」


 内出血の原因を除去する必要があるな。腿の付根と膝の少し上の2箇所で止血を行い。トレイに載せられた器具と自分に【クリーネ】を掛ける。

 ナイフを持つと足の両側を縦に切り裂いた。

 ボタボタと血糊が落ちる。

 かなり溜まっていたようだな。骨を確認すると単純に折れただけのようだ。アルコールで周囲を洗って粗い布を使って骨の周辺を綺麗にする。小さな骨の破片を丁寧にピンセットで取り除くと、足の上下の骨を引張りながら繋いだ。

 周囲に血が滲んできているのは骨折した衝撃で切れた血管によるものだろう。太い血管が切れたわけでは無さそうだ。

 

 「こんな形の板を作って頂戴。急いでね!」

 

 L字型の添え木を作らせる。直ぐに男達が椅子を抱えるとギルドの練習場に向かった。

 どうやら椅子の足を使って作るつもりらしい。

 

 その間に針と糸を用意してもらって左右のナイフで作った傷口を粗く縫い付ける。

 布で傷口を覆うときつめに包帯を巻きつけた。


 「これでいいか?」


 渡された添え木は、言ったとおりの形をしている。足の裏を押さえるようにして添え木を左足に添えて布で全体を包むように巻きつけた。


 「はい、これで終わりよ。身内の人は来てるの?」

 「私がレブルの母親でございます」


 そう言って老年に入った少し太目のおばさんが私の前に出て来た。


 「ちゃんと歩けるようになるわ。でも、一月はこのままでいることになるわ。骨が折れた時に周囲の血管を切ったみたいだから、自然に元に戻るのを待つ外に手が無いの。それまでは傷口から血が滲むから教会に3日おきに行って包帯を替えてもらいなさい。血が滲まなくなったら、傷口を塞いだ糸を切って【サフロ】を掛けるわ。傷さえ残らなくなるわよ」

 

 おばあさんは私の血だらけの両手を握って「ありがとうございます」と繰り返すばかりだ。

 そんなおばあさんを優しくマリーが連れ出してくれた。何時の間にか眠ってしまった男は、仲間がそのまま自宅に担いで行った。


 自分の体に【クリーネ】を掛けると血糊がすっかり消えてしまった。

 暖炉に近付くとシガレイを取り出して一服を始める。

 

 床とテーブルの血糊はレリエルが魔法で消していく。

 それでも、マリーは床の掃除を始めたぞ。

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