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G-044 ケイネルさんの願うこと


 雪解けと同時に開始された薬草採取は、フキノトウに良く似たグリルの採取からゼンマイワラビに似たレブルという薬草に移ってきている。

 レブルは採取量を天秤で量って薬剤ギルドが買い込んでいる。

 そういえば、この薬草は単体で使用したことがないけど、どんな効能なんだろうな?

 採取している人はそんなことは気にしてないんだろうけどね。

 

 日当たりの良い乾いた場所に生えるらしいから、この町を少し出ればそんな場所に事欠かない。

 連日畑と荒地に人が出ているが、ネリーちゃん達は町の裏手にある丘の手前を狙っている。

 そこは、子供達だけという暗黙の狩場らしく、おばさん連中も近付かない。一応グラム達がその近くで薬草採取をしている。まぁグラム達なら半分子供だし、それ位は大目に見てくれているのだろう。

 ダノンは門番のおじいさんと一緒に、焚火に当たりながらそれを見守っているようだ。

 

 「後10日もすれば元の町に戻りますよ。ハンターも少しは残るでしょうけどね」

 「私の任期も後2月程よ。そろそろ身の振り方を考えないといけないわ」

 

 ご隠居と取り交わした依頼書の期日は春の終わりになる。

 サフロン草をネリーちゃんが仲間と採取し始める頃になるな。

 私の話を聞いた、マリーがお茶のカップをテーブルに置いた。


 「この町を去るんですか?」

 「それを迷ってるの。私のパーティのメンバーは既に亡くなっているわ。新たにパーティを組むにしても、レベル差がありすぎるし……」


 「なら、今迄みたいにここにいてください。町の人達も安心できます」


 いくあてが無いのなら、それでも良いか……。

 パイドラ王国内は一通り回ってみたし、他国も似たような状況だろう。

 それに、子供達がどんな風に成長していくのか見守るのもおもしろそうだ。


 「そうね。少し考えてみるわ」

 

 私の返事を肯定と受取ったのだろうか? マリーが元気良く頷くとお茶のカップを片付けてカウンターに戻って行った。

 

 暖炉でシガレイに火をつけようとした時に、ギルドの扉が開いた。

 入って来たのは、2人連れの男達だ。革の上下ではなく、厚手の綿織物を着ているからハンターとは異なるようだ。

 シガレイを楽しみながらマリーと話している男達を見ていると、マリーが私を指差した。2人の男達が私を見て、近づいて来たぞ。


 「こんにちは。よろしいですかな?」

 「ええ、どうぞ」


 思い出した。確か、ライネル君と一緒だった人物だな……。名前は確かケイネルだった筈だ。


 「貴族の護衛を勤めるケイネルさんが、どのような要件なのでしょうか?」

 「昨年は世話になったの。おかげでレイベル公爵は貴族会議でもその発言力を増しておる。それにライネル殿は無事婚約を行い、来春には挙式となる運びじゃ。

 公爵が『顔を交えてお礼を言いたい』と言っておられる。出来ればワシと一緒に王都に出向く訳にはいかぬか?」

 

 「それはご遠慮申し上げます。それに、グライザムを倒した報酬は頂いておりますから」

 「金貨2枚で良いというのか……。欲がないのう」

 

 そう言いながら、パイプに暖炉で火を点ける。

 たぶんそんな話をしに来たのではないのだろう。予想の範囲ということだろうな。

 

 「ところで、最近護民官殿の姉上とライネル殿の新任の警備隊長が王都でよく見受けられるのじゃが……」

 「それは、私にも責任がありそうですね。薬草採取の鑑札でいらした時に、表通りよりも裏通りを歩くように薦めました。ですが……」

 

 「それは、言わずともじゃな。なるほど、そう言う訳じゃったか。

 だが、殿はそうは取らずに動き出したぞ。妹御の嫁いだ先の次女を護民官の嫁にしようと動き出しておる」


 そう言って、いたずらっぽい目で私を見る。

 護民官を取り込むことを考えているのだろうか?

 確かに、有力貴族と縁戚になれば、仕事はし易くなるだろう。だが、公爵の采配に従うことにならないか?

 護民官は民衆の代弁者であると同時に保護者でもある。

 あまり、貴族社会に深入りすると民を疎かにしそうな感じもするぞ。


 「あまり賛成ではないようじゃの。まぁ、それも分かるつもりじゃ。だが、護民官の仕事にはある程度貴族に対して発言力を持たねばなるまい。

 公爵家は現在の貴族社会で重要な位置におる。その発言は国王さえも聞く耳を持っておる。そして、一番大事なことだが、公爵は公平な御方だ。次期当主となるライネル殿もそれは同じじゃ。将来はどうなるか分からぬが、数十年は上手く行くと思っておるがのう」

 

 ライネル君の次は分からぬという事か。まぁ、まだ生を受けて以内以上、確かに分からない話だ。だが少なくとも数十年は護民官としての仕事が上手く進むのであれば、良い話なんだろう。

 もっとも、護民官が嫌だと言えばそれまでなんだが……。


 「話は元に戻るが、あ奴もまんざらでは無さそうだ。そして、それなりの成果を出しておる」

 「少しは風通しが良くなったと……」


 「まぁ、そんなとこじゃな。そして課題も見付けたようじゃ。ミチル殿の薦めは王都にとっては良ことじゃと思うぞ。ワシと公爵殿も楽しみが出来たしのう」


 あまり係らずに、生暖かく見守っていた方が良いと思うぞ。

 馬に蹴られる例えもあるからな。

 とは言っても、傍目で見ている分にはおもしろいに違いないだろうな。

 

 「最後に聞きたいのじゃが、御隠居殿との約束は1年であったな。ミチル殿はその後はどうするおつもりじゃ?」

 「今更仲間を募るのも気が引けます。しばらくはこの町に留まり、気が向いたらパイドラを旅するつもりです」


 「どうじゃろう。王都に住まぬか? 公爵は館に部屋を用意すると言っておる。助言者として月に金貨3枚を支給するそうじゃ」

 「破格なお誘いですが、ハンターは野にいてその真価を発揮します。請われれば助言は致しますが、住む場所はこの地で十分です」


 銀を持つハンターを助言者として雇い入れる例は聞いた事がある。

 ある意味、ステータスなんだろうな。そして、場合によっては課題を任せるに十分な存在でもある。

 だけど、自由が無くなるからな……。現役を引退するハンターの役割には都合が良いけど、私はまだまだ現役だ。


 「雇えぬか……。仕方なかろう。じゃが、ここにミチル殿がいると分かれば、王都の貴族が押し寄せてこよう。それは何とかして進ぜようぞ」

 「ありがとうございます。少しは羽を伸ばせますわ」


 ケイネルさんは満足そうに私を見て微笑んでいる。

 ある程度予想していた通りという事か。

 公爵には、無理だと言ってくれたのだろう。とはいえ、一度は訪ねる義理はあったようだ。それで公爵が諦めるならばそれでいい。

 そして、ケイネルさんにしても、私が一緒であれば肩身が狭かろう。

 そんな安心感もあの微笑みの中にはあるんだろうな。


 「ところで、御隠居の噂は聞きませんか?」

 「中々おもしろい噂が来ておるぞ。さては、御隠居と同行を望むか?」


 おかしそうに私を見る。

 まぁ、それも面白そうだとは思うが、結構精力的に動いている筈だ。あちこちの町や村で私のような者を見つけているんだろうか?


 「町長が1人に、村役人が2人程処分されたようじゃ。ギルドへの介入はこの町以外に聞かぬがな……」

 「隠居する意味があったんでしょうか?」


 「それは、聞かぬが花と言う奴じゃ。まぁ、国王の教育を兼ねてという事じゃろう」


 早めに譲って、指導しながら自由気ままに生活してるってことか?

 それって、ある意味楽隠居だよな。

 気兼ねなく自国を2人の供を連れて廻っているんだろう。どっかのご隠居様と一緒なのかも知れないな。


 「助さん、角さんね」

 「知っておるのか? 御隠居の連れは、スケイネルとカークレイの2人の筈だ」


 ホントかよ!

 正に、あの満遊記の通りってことになるぞ。

 何となく、この世界に親近感が湧いてきたな。


 だけど、あれはお話の中だけで実際にはあまり出歩かなかったらしい。国の歴史を纏めたって先生が言っていたな。


 「私の国の昔話を思い出したんです。何処の国にも似たような人はいるんですね」

 「ワシの弟子じゃ。ガリウスがいれば良かったのじゃがのう」


 スケさん、ガリさんじゃしっくり来ないし……。ガリウスさんがたまたま王都にいなかったのは幸いだったな。

 

 「でも、さすがですわ。パイドラ王国一番の剣士だと思います」

 「ガリウスが聞けば喜ぶじゃろう。だが、ガリウスはミチル殿には敵わぬと言っておったぞ。確かに、ワシが見てもミチル殿はガリウスには劣るようじゃ。しかし、もしも相対することがあれば残るのはミチルどのじゃろうな」

 

 私は、暖炉でシガレイに火を点ける。

 いったい、何を私に見たのだろうか?


 「ガリウスには迷いがある。そしてミチル殿にはそれが無い。あるのは絶対の自信じゃ。相対するだけで飲まれてしまう」

 

 そう言うとおもしろそうに、ワハハハ……と笑い出した。


 「その自信の源はワシには分らん。だが、それだけでガリウスを越えることは確かじゃな」

 「その自信は邪道によるものかも知れませんよ」

 

 ケイネルさんは更に笑みを深めた。

 パイプの灰を暖炉に捨てると、新たなタバコを詰めこんで暖炉で火を点ける。


 「邪道等と言うものは、勝負の世界には存在せぬ。全て正道じゃよ。それは負けた者の負け惜しみじゃ」

 

 勝負の世界にはそれが無いという事か。だが、剣を持つ相手に銃を向けるのは、私には邪道に見える。

 それとも、そのような相手に勝負を挑むこと自体が間違っているという事なんだろうか?

 戦う前に決着が付いているような勝負を挑む方が無謀ならば、勝負に邪道は無いとも言える。ある意味戒めなのかもしれない。


 「勝てる戦いをせよという事ですか……。確かに難しい戒めですね。ある意味ガリウスさんはその境地にいたという事ですね」

 「その通り。ワシの後継者となるじゃろう。だが、ワシは王都でおもしろい噂を聞いたぞ。ある若い娘が毎夜桁から吊った糸を斬る練習をしておるらしい。

 ワシの弟子の1人がその光景を見て、そんな無駄なことをせずとも相手を倒すことが出来るだろうと言ったそうじゃ。

 その娘の答えに感じ入った。

 『斬り抜けば次に繋げられます。斬り抜けなければ剣を引き抜くことが必要です』と答えたそうじゃ。

 数人の弟子も一緒に話を聞いておったが、理解できたのはワシとガリウスだけじゃった。

 まこと真言であると思ったぞ。二の太刀いらず等と言う輩もおるが、基本は次の攻撃に素早く移行することが大切じゃ。

 1対1の戦い等、試合だけの話じゃ。通常は多数対多数だからのう。

 それに、そんな若い娘が気が付くとはとガリウスとしばらくぶりで美味い酒を飲むことが出来たものじゃ。

 そして、その話には続きがあったのじゃ。

 桁から吊った糸に銅貨を結ぶ。これを斬る訓練じゃそうだが、ワシもガリウスも何とかそれは斬ることが出来た。

 だが娘は、銅貨を付けない糸を、とあるハンターが2つに斬りおとしたのを見たことがあると言ったそうじゃ。……見せてくれぬか? その妙技を……」


 それがこの町に来た理由なんだな。

 私に思い当たったという事になるのか。

 これは、見せずには帰りそうもないな。


 「良いでしょう。でも、一度だけですよ」


 私の答えに笑みを浮かべて大きく頷いた。


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一手御教授願えませぬか、ですな。
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