G-042 薬草採取解禁
今日は何時になく朝食が早い。
やはり、薬草採取解禁のせいなのだろう。
早々と早春の通りを歩いてギルドに向かう。何時の間にか通りや路地の雪はすっかり融けていた。
通りはちょっとした混雑だ。
王都の通りのように足早に私を追い越して行く人々は一様にカゴを持っていた。
町の南北2つの門の開門と同時に走って行くんだろうな。
小さな子供達が心配になってきたぞ。
ギルドの中は予想に反して閑散としていた。
クレイやマーシャそれにグラム達が暖炉に傍に椅子を持ち寄ってお茶を飲んでいる。
そんな中に、私も椅子を持って加わると、ダノンが暖炉に置いていたポットからお茶をカップに注いで渡してくれた。
「ありがとう。通りは沢山の人達よ!」
「あぁ、門は更に凄いことになってるぞ。まぁ、町の住人やちびっこどもは、さすがにいなかったがな」
毎年恒例だから、少し遅れて出掛けるみたいだな。それでも、元気な連中は門に詰め掛けているに違いない。
「ところで、クレイ達には迷惑かもしれないけど宜しく頼むわ」
「大丈夫ですよ。任せてください。それに、これもれっきとした依頼ですから」
そう言って依頼書を見せてくれた。
荒地の下で見つけ次第野犬を狩ること……それで、報酬が1日30Lで10日間。出るか出ないか分からないからそんなもんだろうけど、良くもこんな依頼書を作ったものだ。
「ギルドマスターに交渉したら、こんな依頼書が出来た。まぁ、誰かを見張りに立てなきゃならんから、その見合い分ってところだろうな」
「1日、銀貨1枚ってところだろうけど、そんなにこのギルドに予算があるの?」
「俺は10L程度を考えてたんだが30Lとしたのはギルドマスターだ。それなりに薬剤ギルドから上納があるんだろうな」
ダノンがおもしろそうな顔をしてパイプを燻らせている。
私もシガレイに火を点けた。
扉が乱暴に開かれて、どかどかと足音を立てながらやってきたのはグラムの仲間だな。
「門が開かれました。一斉に外に向かってます」
「そうか、それじゃあ俺達も出発だな」
ダノンの言葉に全員が腰を上げる。どうやら、静かになってから出掛けようとしていたみたいだ。
「頼んだわよ」
「あぁ、依頼分の仕事はするさ」
そう言って私に手を振るとぞろぞろとギルドから出て行く。
たぶん、町の住人達が出掛ける前に配置に着こうとしてるんだろう。採取は二の次ぎって感じなんだろうな。
あらためて暖炉脇にあったポットからお茶をカップに注ぐと、シガレイに火を点けた。
私はもう少し後でも良いだろう。
それに、掲示板を見ているハンター達も気になる。見ている場所は黒の掲示板だ。
そこにある依頼はガドラーだけだったような気がする。
「あのう……、この町のハンターとお見受けします。ちょっと相談に乗っていただけないでしょうか?」
「良いわよ。どうぞ座って!」
私は訪ねてきた青年達に、先程までダノン達が座っていたベンチを指差した。
男女4人組みのパーティだな。クレイ達より少し歳は行ってるし、レベルも高そうだな。
「実は、この依頼を受けようと思っているのですが、何せ始めての獣ですから倒し方を教えて頂ければと……」
テーブルに広げられた依頼書はガドラー1頭の狩りだ。
1頭ならば、レベル的には黒3つはいらないだろうな。だが、このパーティを援護できるパーティは今の所いないぞ。
「ところで、貴方達のレベルは?」
「全員が青9つです。直ぐに黒になる筈です」
「この町に知り合いのパーティはいるの?」
「残念ながらおりません。パイドラ王国を廻りながら狩りをしてますので……」
典型的な武者修行だな。
黒になって故郷に帰るのだろう。辺境の町や村なら直ぐに筆頭になれるしね。
「知り合いがいないなら、この依頼は諦めなさい。仮に黒1つでも全滅するわ」
「ガドラーとはそれ程の獣なんですか?」
私は簡単にガドラーについて説明する。
ガトルを率いること。そして魔物であり、その動きは【アクセル】状態のガトルと考えれば良い……。
「でも、この依頼書には黒2つとありますよ」
「最低が黒2つと見るべきね。数十匹のガトルが一斉に襲ってくるわ。そしてガドラーもね」
私の言葉に、青年達は互いに目で会話しているようだ。
諦めてくれれば良いのだが……。
「先程、知り合いがいるかと聞かれましたよね。もし知り合いがいれば、この狩りは可能なのでしょうか?」
「知り合いのレベルにもよるわ。昨年ガドラー2頭を狩った時は、黒1つのパーティを中心に10人以上で出掛けたわよ。青と白のパーティが一緒だったわ」
人数の多さに驚いてるな。
ある意味、ガドラーを狩るという事は他のパーティと共同で行なう狩りの始まりと見て良いだろう。似たようなパーティと一緒に如何にリーダーシップを発揮できるかが仮の成功を左右する。
「分りました。たぶん紹介していただけるパーティもいないのでしょう。いれば既に教えていただけたと思いますから」
「まだ、高レベルのハンター達がやってこないのよ。確かにいれば直ぐに教えて上げたでしょうね」
「失礼しました」と言いながら青年達は席を立つ。
あらためて掲示板を眺めている。
そして、1枚の依頼書を持ってカウンターに向かった。マリーが確認印を押している所を見ると無難な依頼を選んだようだ。
だいぶ温くなったお茶を飲み干すと、席を立ってカウンターのマリー達に行き先を告げる。
そろそろ、町の人達も薬草採取に向かった頃だろう。
通りに出て南へと歩いて行くと、なるほどダノンの言葉通りに馬車が3台止まっている。馬車の後ろには大きなカマドと鍋があるが昼からはあの鍋が活躍するんだな。
「どうでした?」
「まるで戦のようだったよ。もっともワシは見た事が無いがな。たぶんそんな感じじゃったぞ。まぁ、明日にはそれ程でもないと思うがの」
門番のお爺さんがそう言って門の彼方の畑を指差す。
そこには大勢の人達が薬草を採取していた。
片手を上げてお爺さんに挨拶を済ませると、畑の中を王都に向かう道を南へと歩き始めた。
道を南に下がるにつれて、薬草採取の人影が少なくなる。
確か、こっちはマーシャ達の担当だったな。
畑と荒地の区別はまだ雪が残っていてはっきりしないが、森や林は区別できる。
その一角で薬草を採取している男女がマーシャ達のようだ。
常に1人が立ち上がって周囲を見守っている。
彼女達があの位置なら、私は少し東に向かえば良いか。ちょうど小川が流れている辺りだな。
20分程歩いて小川の辺に出た。
薄氷が流れていく小川には、もう色んな草の芽が伸びている。後半月もすれば次の薬草採取が始まるだろう。
バッグから毛皮の敷物を座布団代わりに持ち出してそこに座る。
シガレイに火を点けて咥えると、森の周囲を注意深く眺めた。
背中はマントで温かいし、周囲は雪が残っているけど、毛皮は寒さも水も通さない。
小川の縁に広がる茂みが風を遮ってくれるから、ぽかぽかと春の日差しで温かく感じる。
何か、眠くなってくるな。
暇潰しに、私も薬草採取をした方が良かったかも知れないな。
帰ったら私も鑑札を手に入れておこう。
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昼を過ぎると、私の後ろの方で薬草を採取していた人達の姿がだいぶ減ってきた。
これから、秋まで薬草採取が続くのだから初日に無理をすることは無い。
まだ、残って採取している人達もいるがその姿はだいぶ疎らだな。そしてハンターが殆どだ。
彼等の場合は稼ぎが暮らしを左右するからな。常に10日程の宿代は確保しなければならない。冬場で殆どそんな余裕が無くなっている筈だ。
彼等がひたすら薬草採取を続けているのを見ると、かつての自分の姿が思い出される。赤5つまでは大変だったからな。
そして、日が傾くにつれてその姿もなくなってきた。
マーシャ達も採取を終えて帰り支度を始めたようだ。初日は何も無く終ったということになるのかな?
マーシャ達が歩き出したのを見て、私も帰ることにする。
距離的には1km程私が町に近いから先にギルドで待つことにした。
門を入ると、薬剤ギルドの人達が購入したグリルを鍋に入れて煮ている。
町の人は自宅で煮て乾燥させたものを売るから、あれはハンター達から買い込んだものだな。
買取値段が8掛けになるけど、ハンターが自分で後措置をすることはないからな。
その分沢山取れば良いって感じだと思う。
ネリーちゃん達はどうだったのかな?
ギルドに向かう道すがら、出会う町人の表情が明るいところをみると、中々の収穫だったようだな。
ギルドに入ると、私の座る場所には誰も据わっていない。隣のベンチや近くのイスにはハンターが座っているのだが……。
ちょっと気にはなったが、何時ものベンチに座るとシガレイを暖炉で火を点ける。
一服を始めると、周囲のハンターが私をジッと見ていた。
「姉さんが座った場所は何でもこのギルドの筆頭が座る場所らしいぜ。悪いことは言わねぇ、今の内に他の椅子を探してきな」
「あら、空いてるんだから構わないと思うけど?」
「アンタが構わなくとも俺が構うんだ。黒の9つ、俺が筆頭だな」
「何処から来たの?今朝まではそんな顔には見覚えが無かったけど?」
「黒9つといえば王都に決まってら。暁のグライザムといえば聞いた事があるはずだ!」
「申し訳ないけど、聞いた事が無いわ。それよりもプレアデスって聞いた事がある?」
「パンドラのハンターで、プレアデスを知らなきゃモグリだな。聞いた事はあるが会った事は無ぇ。何でも筆頭は銀の中位と聞いた事があるぞ。俺達のグライザムも後10年もすればそんな名前に並ぶ筈だ」
それなりに向上心はあるみたいだな。それでも井の中の蛙には違いない。
私は、首に下げていたギルドカードを彼の前に投出した。
そのカードを見て周囲のハンターが目を見張る。
「銀だと!」
男が驚いて、カードを手に取るとその刻印を確認する。
「銀の7つ。プレアデスのミチルと言えば……黒姫様か?」
「何時もここで仕事をしてたの。構わないかしら?」
「構わねぇも何も、アンタの好きにすればいいさ。あんたの指示なら俺達は従うからな。それにしても、ようやく会う事が出来た」
男はそう言うと、嬉しそうに私にカードを返してくれた。
ハンターとして一度は会ってみたいと思っていたそうだ。ハンターになったのも、昔私が倒した獣を見て、親の反対を押し切ってなったというから驚いた。
「おや、だいぶ盛り上がってるな。北の方は問題なかったが、パメラが野犬を見たと言っている。明日は少し出てくるかもしれんな」
「南は大丈夫よ。姿すら見えなかったわ」
ダノンとマーシャが帰ってきたようだ。
ダノンがチラリと目でこいつ等は?って聞いてるぞ。
「ちょっとした昔話の最中だったの。ちょうどいいわ。皆に驕ってあげて」
そう言ってダノンに数枚の銀貨を渡した。
「皆、姫さんの驕りだ。今日は収穫があったからな。飲もうぜ!」
ダノンの声で、皆が席を立つ。
「すまんな」そう言って先程の男もダノンの後に続いていく。
後はダノンに任せよう。私も酒は飲むが精々蜂蜜酒をカップに1杯だ。
飲み明かすならダノンの方が離し上手だし楽しいだろう。




