G-040 お裾分け?
町に帰り着いたのは、リスティンを狩ってから2日目の午後だった。
野犬の襲撃はあれから1回あっただけだったが、私達一行を狙っている気配は常にあった。
もう一組連れてくれば良かったと反省している。ここ1年はあまり狩りをしていなかったから、勘が鈍っているのかもしれないな。
ソリを曳いて肉屋に向かい、3匹を引渡して1頭の腿肉の片足を私が頂く。もう1つの片足はグラム達が分け合って、残りは全て売却だ。
「さて、私はこれで失礼するわ。代金は貴方達で分配しなさい。ギルドにガトルと野犬の牙を渡してそれも分ければ良いわ。それと、レベルの確認もしておきなさい。上がってると思うわよ。じゃあね、ご苦労様!」
片足分の腿肉を背負ってグラム達に礼を言った。
私の言葉を聞いて、呆気に取られているグラム達に片手を振って店を出る。
ようやく新鮮な肉を手に入れたぞ。これでお腹一杯レアなステーキを食べられると思うと顔がにやけてくるし、涎が出てくるぞ。
私とすれ違う町人はさぞかし不気味に思ったに違いない。
「ただいま!」
そう言って下宿の扉を開けると、ミレリーさんが暖炉傍の椅子から立ち上がって私を迎えてくれた。
「3日と聞いていましたから、心配しましたよ。それに連れて行ったのがグラム達だと聞いたので尚更です。でも、ちゃんと無事だったんですね。お帰りなさい」
「ちょっと、欲張ってしまったようです。それでも、リスティンを3頭狩れましたから狩りは成功ですわ。これはお土産ということで」
そう言って担いできた肉の塊をミレリーさんに渡した。
「正直言うと、私がお腹一杯肉を食べたかったからなんです。肉屋で買うより自分で狩った方が安心ですし、レベルも上がりますからね」
「でも、ミチルさんはエルフなんですよね?」
「そうですけど、少し変り種のようです。エルフの前衛なんて私ぐらいでしょうし、野菜よりは肉ですからね」
「ほほほほ……その言葉、昔主人が良く言ってました。『俺は前衛だ。野菜より肉を食わせろ!』ってね。たぶんそれだけ体を動かすという事なんでしょう。今夜はたっぷりと昔の主人並みに作りましょう」
それはちょっと楽しみだ。
部屋に行って装備を外して来ると、暖炉の傍で体を温める。
そんな私に、ミレリーさんがお茶のカップを渡してくれた。
「この季節にリスティンとなると結構山奥に行った筈ですが、グラム達で問題は無かったのですか?」
「けっこう頑張ってくれました。リスティンを彼等が再び狩るのは数年先でしょう。でも、一度狩ればどんな狩りなのかは覚えている筈ですし、その狩りの危険性も学んだ筈です」
「ガトルの群れを狩る事が出来なければリスティンは無理だと主人が言っていました。私達が狩った回数は片手で足りますわ」
「一応、青の高レベルの狩りですからね。それでも他のパーティと協力すれば白の高レベルであれば何とかなります。ガトルの襲撃を跳ね返せるだけの人材がいれば良いのですから」
「それが、ミチルさんだったという事ですね。確かにそれなら可能でしょう」
納得してるようだけど、実際はそうでもない。
私がマグナムリボルバーを持っていたこと、そしてリスティンの臓物と頭をその場に残してさっさと移動したことがガトルの追跡を受けなかった要因だと思う。
焦って解体せずに移動したら、きっと背後から襲われていただろう。
私達は肉を取る。貴方達はこれで……。それが、同じリスティンを狩るハンターであるガトルに対する礼儀であろう。
暖炉でシガレイに火を点ける。
そう考えれば、肉食獣は害獣と思われがちだが私達同じ草食獣を狩るハンター仲間でもある訳だ。
私達に害をなさない限り、彼等を狩るのは控えるべきだな。
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その日の夕食に出て来たのは、分厚いリスティンのステーキだった。
それもレアな肉を食べるのは何年ぶりだろう。
お皿からはみ出しそうなステーキは塩と香草だけの味付けだが、これが一番良い。
ネリーちゃんも美味しそうに食べていたけど、量はミレリーさんとネリーちゃんの分を合わせても私の量にはならないようだ。
「お姉さん、そんなに食べられるの?」
「えぇ、大丈夫よ。これが食べたくて狩りに行ってきたんだもの」
そんな私達の会話をミレリーさんが微笑んで見ていた。
「でも、少し多すぎませんか?毎日食べる訳にも行きませんし……」
「そうですね。ご近所にお配りしては?」
そう毎日食べるものでもない。それに、いくら魔法の袋が保存が利くといっても生肉はそうもいくまい。
「宜しいんですか?」
「ええ、私はこれで十分です。食べたければまた狩りに行ってきます」
「シチュー用の肉をとっておいて、他はご近所にお裾分けしますわ」
私は、頷く事で合意した。
シチューならラッピナだが、焼肉はリスティンが一番だな。
王侯貴族の食卓には必需品らしいが、私達庶民にはあまり口に出来ないものだ。
たまにハンターが自分達用に肉屋に卸すのが街中に回ってくるぐらいだからな。
「……だいぶ、雪が減ってきました。後一月ぐらいで、薬草採取が始まりそうですね」
「今年は雪が多かったから、少し遅れると思ってたんですが、例年通りという事ですか」
「いよいよ、グリルが始まるのね」
私達の話を聞いていたネリーちゃんが話に加わってきた。
確かにグリルなら雪解けと一緒だからな。その辺の情報はしっかりとダノンが家訓している筈だ。
「明日、ギルドで詳しく聞いてきてあげるわ。それと採取ナイフも大事だけど、ブーツの防水もしっかりしておくのよ」
ネリーちゃんはしっかりと頷いているからその辺に抜かりはないようだな。
たぶん、子供達で集まって必要な装備の補修を行なっているのだろう。
防水用の樹脂はそれなりの値段がするけど、仲間で買うなら1人が出す金額はそれ程でもないからね。
たっぷりと食事を堪能した後は、暖炉際でお茶を楽しむ。
ミレリーさんと狩りの顛末を話していると、何時しかお茶が蜂蜜酒に変わっていた。
「精々雪レイムぐらいを考えてましたが、銀レベルのハンターが同行すれば赤でもリスティンが狩れるという事ですね」
「ちゃんと言いつけを守ってくれるからですわ。全くの素人集団ではとても無理です」
「グラム達の両親もさぞや鼻が高いでしょう。赤でリスティンを狩った者など聞いた事がありませんからね。それに、土産の生肉も近所にお裾わけしたと思いますよ。グラムの母親は優しい娘でしたからね」
「1頭分を皆で分けた方が良かったかも……」
それを聞いてミレリーさんが小さく笑う。
「ふふふ……。それはしない方が良いでしょう。あくまでハンターは自分本位を心掛けるべきです。先ずは自分、そしてパーティ、次がハンター仲間であって周囲の人達は最後です。全てを同じように接することなど無理ですよ。狩りの成功をお裾分けするといった感じで十分ですわ」
ある意味、私の我が儘で行なった狩りだったけど、そのお裾分けで少しは周りの食卓に上るんだろうな。
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次の日、4日ぶりにギルドに出掛けた。
カウンターに手を振ると、マリー達が私を見て小さく手を振ってくれた。
また何時もの毎日が始まるんだな。
とりあえず、掲示板に歩いて状況を確認する。
10枚程貼られた依頼書は白レベル以上のものだな。
雪レイムやラビーの罠猟は依頼書ではなくてハンターが直接雑貨屋や肉屋に持って行って換金してる。
常に引き取ってくれるから問題は無いようだが、大量に獲れたらどうするんだろう?
そんなことを考えながら定位置である暖炉脇のベンチに腰を下ろして、シガレイを楽しむ。
依頼書の数も少ないが、ハンターもあまり来ないな。
やはり、南の町や村でこの地方の雪が融けるのを待っているのだろう。
「姫さん、どうやら上手くやったようだな」
そう言って私にお茶のカップを渡してくれたのはダノンだった。早速、私の向かい側のベンチに腰を下ろして、暖炉でパイプに火を点けた。
「まぁ、何とかね。おかげで久しぶりにレアなステーキを食べる事が出来たわ」
「クレイ達が悔しがってたぞ。今度機会があれば連れて行ってくれ」
「クレイなら問題なく狩れるわ。来年ならマーシャ達と出掛けても問題はないでしょう。でも、グラム達にはもうしばらくは無理だと思うわ」
「それでか?……まぁ、ガトルを狩る実力が無ければ無理なんだが」
たぶん、クレイ達がそう思うのは無理は無い。あの2つのパーティを連れて行けば、5頭は運べたろう。だけど、私のちょっとした我が儘だからね。
「それで、杭打ちは進んでるの?」
「クレイ達が引き受けてくれた。マーシャ達も一緒だから心配はねえぞ」
「結構、雪解けが早そうよ。グリルは未だかしら?」
「それもクレイ達が確認してくれるそうだ。杭を打つだけで1日1人50Lは破格だからな」
必要なことは先回りしてやってくれてたようだ。
やはり、ダノンは良いギルドの職員になれるだろう。
「ところで、去年は何時頃からハンターがやってきたの?」
「そうだな……、雪解けが済んでからだったぞ。グラム採取は間に合わなかったが、その後も薬草の依頼は続くからな。俺達も狩りの合間に薬草を採っていたがそれなりに懐が潤ったことを覚えてる」
「後は、鑑札よね……」
「それも、目途がついた。小さな板に焼き鏝を当てた物だが……、ちょっと待ってろ。試作品があった筈だ」
そう言ってカウンターに戻っていく。
今では殆ど気にならない足運びだ。十分ハンターで通用しそうだぞ。
戻って来たダノンが小さな紐の付いた板をテーブルに乗せる。
手にとって見ると、5cm四方の板に『春の採取』と書かれた焼き鏝の焦げ跡が着いていた。その上にはパイドラ王国の年号が同じように付いている。
これを配布するという事になるんだな。
「一応手数料を貰おうと考えてる。とは言え、制作費を差し引いて町に収めるから、文句を言う奴はいないだろう。ハンターにも使わせるつもりだ。これで、ある程度危険は防げると思うぞ」
「でも、幾らで鑑札を発行するの?」
「鑑札は1人1L。これなら文句はねえ筈だ」
でも、どんな反応を示すかは楽しみだな。
ある程度、薬草採取を行なうハンター以外の人達に危険な場所を知らせる事が目的ではあるのだが、それを売るとなると色々と他のサービスも考えねばなるまい。そして年間を通した薬草採取にも直ぐその考えが結びつくのは時間の問題のような気がする。
ハンターギルドと薬剤ギルド間で上手く調整する必要があるだろうし、他の町や村への波及も考えねばなるまい。
一度、護民官に相談した方が良いのではなかろうか?
単純な発想だったが、イザ形にしてみると色々と問題がありそうだな。