G-038 もう一組の狩人
焚火の傍で何時の間にか寝入っていたらしい。
ふと、目を開くとグラム達がシガレイを3人で回しながら楽しんでる。
こんな事から愛好者が増えて行くんだろうな。パイプと異なりシガレイには健康を害することはないらしいから目を瞑っておこう。パイプなら注意しておかねばなるまい。
「お早う。どうやら寝てたらしいわ。変わった事はなかった?」
「何もありませんでした。未明に野犬のような遠吠えを聞いただけです」
この山麓で野犬という事はないだろう。たぶん、ガトルだろうな。
あいつらは群れるから厄介だ。狩りを邪魔しないでくれると良いのだが……。
シガレイを取出して火を点けると、グラムがポットを焚火から下ろして私にお茶を入れてくれた。
やはり、目覚めはお茶とシガレイだな。
焚火に近付き体を温めながらお茶を楽しむ。
「ケイミー達が起きだしたら、食事までに少し時間が出来るわ。この杖より少し太い枝を取って来てくれないかしら。数は10本ぐらい欲しいわ」
「長さはどれ位?」
「そうね。15D(4.5m)かな」
ガトルが近くにいるとなれば、狩りを終えたらなるべく早く立ち去ったほうが良さそうだ。
ソリをあらかじめ作っておけばそれだけ時間が短縮できる。
バッグの袋から斧を取出してグラムに渡しておく。
「それで、切れば良いわ。天幕は私達が畳んでおくから」
グラムが頷いたときに、後ろで天幕を捲る音がした。ようやく起きたようだな。
ケイミー達が焚火でお茶を飲み始めたところで今日の予定を話し始めた。
「いよいよ狩りが始まるわ。朝食を作りながらケイミー達は天幕を畳んで頂戴。私は周囲のロープを取去るわ。グラム達は枝を取って来てね。
朝食は早めに終えて帰り支度を始めて頂戴。それはケイミー達の仕事よ。グラム達にはその間にソリを作って貰うわ」
「色々とありますね」
「本当はゆっくりやっても良いんだけど、雪の中の野宿はあまりやらないほうが良いの。それに、明け方遠吠えを聞いたと言ってたでしょう。
この辺りに野犬はいないわ。たぶん、ガトルだと思うの。ガトルの群れが出たら厄介だからね。狩りが済んだら直に逃げるわよ」
そう言って、彼等全員と私に【アクセル】を掛ける。
狩りが始まったら間に合わないし、逃げるにしても楽だ。今、掛けておけば効果は夕方まで続く筈。
ケイミー達が携帯食料を使って朝食を作り始めたのを見て、グラム達は焚火の傍から腰を上げる。斧を持って早速出掛けたようだ。
ケイミー達も焚火に鍋を掛けると天幕をたたみ始める。私も腰を上げて周囲に張り廻らしたロープを丸め始めた。
2つの籠にロープと天幕を入れると、鍋が湯気を立てている。
まだグラム達は帰らないから、ポットに残ったお茶を分けて新たにお茶を沸かし始めた。
グラム達が10本の長い枝を運んで来たところで朝食をとる。
スープにビスケットのようなパンを浸して食べるのだが、これも腹一杯の焼肉を食べる為だ。それを思えば笑みがこぼれる。
朝食を終えたところで、グラム達に荷運び用のソリの作り方を教える。
始めに2本の枝の先を革紐で結び枝の根本を広げて1m程上の所に横木を渡す。更に2本の横木を50cm程離して結ぶ。
最後に、横木の上に2本の枝をソリに沿って結べば、獲物を上に載せて引きずって行ける。
「こんな感じね。後、2つ作って頂戴」
私の言葉にグラム達が頷いて作業を開始した。
ケイミー達の帰り支度は終了したようだ。焚火にはポットが置いてあるが、これは中身を捨てて籠に入れられるからこのままで良い。それに、寒さが半端じゃないからな。
私とケイミー達が見守る中、グラム達が2つのソリを作り終える。
それを少し離れた場所に置いて、罠を仕掛けた隘路の上で待機する事にした。
槍を4人の前に5本置いて、投げる人間をグラム達が再確認している。
「3頭だけを狩るの。4頭だと運べないわ。無用な狩りをしないのがハンターなの」
「転倒しても、槍を打つのは3頭……。了解!」
「私は、槍を受けたリスティンの頭に【メル】を放てばいいのよね?」
「それで良いわ。パメラは弓を上手く使うのよ」
「分かってるにゃ。頭の付け根にゃ」
後は、待つだけだ。
待伏せの場所から、焚火に戻ってその時を静かに待つ……。
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2時間程経ったろうか……。地鳴りのような小さな振動が伝わってきた。
これで雪崩も起きるんだが、幸いにもこの辺りは緩斜面だ。そして、雪崩が起きそうな場所にはリスティンの群れは近寄らない。
「来たわよ。手筈通りに殺れるわね!」
私の言葉に5人が力強く頷いた。
素早く、待伏せの場所に移動して私は小太刀を抜いて準備する。グラム達は槍を手に持った。
段々と地鳴りが大きくなって、上手に雪煙を上げてこちらに向かって来るリスティンの群れが見える。
中規模の群れのようだ。総数は50頭前後だろう。
そして、勢い良く目の前を通り過ぎるリスティンを眺めながら最後尾を見定めた。
しならせた立木を固定している革紐を小太刀で薙ぐ。
勢い良く立木が天を向くと隘路に浅く埋めたロープがピンと張って、後ろを走っていた数頭の足を引っ掛ける。
急に前足をとられたリスティンが、勢いで前のめりに転倒していく。
「「ダァ!!」」
気合を込めて3本の槍が打ち込まれ、少し遅れて更に1本が打ち込まれた。
長剣を掴んだ2人と私の槍を掴んだグラム達が斜面を滑り下りてリスティンに近づいて行った。
リスティンをグラム達に任せると私も斜面を滑り隘路に急いで立つ。そして、小太刀を鞘に戻してリスティンがやってきた方向を睨んだ。
あれだけ走って来た以上、何かに追われていたと考えるべきだ。
リスティンを追い掛けて駆りをするもの。それはガトルに他ならない。
「止めを差したら、首を落として臓物を抜きなさい。朝方作ったソリに1頭ずつしっかりと結ぶのよ。早くしないとガトルが来るわ」
「了解!」
後ろを振り向きもせずに、グラム達に指示をだすと、元気な声が背中から聞こえてきた。
上手くリスティンを狩れたようだな。
だが早くしないと、もう一組の狩人がやってくるぞ。
足元は硬く凍っているから滑りやすそうだ。
そして、杖は槍に改造してあるからグラム達のところにある。ここは小太刀で挑むしかなさそうだ。
黒い姿が見えた途端に左手がリボルバーを抜取った。
続けざまに6発を両手持ちで放ったから、グラム達はさぞや驚いただろうな。
ホルスターに戻して、今度は小太刀を引抜く。
走り込んできたガトルを小さく体を回しながら斬り付ける。
続くガトルも同じように始末すると、群れは山麓に戻って行った。
ゆっくりと小太刀を戻して、グラム達の様子を確認する。
私を呆けたようになって棒立ちしているぞ。
「ガトルは諦めが悪いの。さっさとここを立ち去るわよ。グラム達はガトルの牙を回収して、毛皮は諦めなさい。ケイミーは焚火のところに戻って忘れ物を回収しなさい」
リボルバーを取出して、シリンダーに弾丸を装填しておく。数匹ならこれで十分だ。
あまり近づけるとグラム達が心配だからな。
「上の4匹の牙も取って来ました」
「全部、持ったにゃ!忘れ物は何にもないにゃ」
「それじゃあ、急いでここを離れるわ。グラム、パメラと一緒に先頭のソリを曳きなさい。ケイミーは真ん中。そして貴方は私と最後尾よ。私達の獲物を狙ってくる獣もいるから、十分周囲に気を配るのよ!」
ソリの上に槍を載せると、グラムに出発を促がす。
「お先に!」
グラム達がソリを曳いて行く。距離を10m程あけてケイミーが続いた。
そして間をあければ今度は私達のソリだ。
「さぁ、力を出して。行くわよ!」
私の声に少年が頷くと、力強くソリを曳き出した。
緩やかな斜面に沿って山裾にソリを曳くのだから、それ程力を入れずともソリは動く。
ともすれば、前のソリとの間隔が詰まってしまう。
ソリを引き出して数分後には、ソリにブレーキを掛けるのが私達の仕事になってきた。
数百m離れたところで後ろを振り返ると、黒い物がリスティンの臓物に群がっている。
3頭分に頭付きだ。しばらく持ってくれないと困るんだけどね。
こちらに追い掛けてくる連中はいないようだ。ひとまずは安心出来る。
1km程運んだところで小休止を取る。
100kgは軽く越えている獲物だ。ソリに載せてはいるが、結構疲れる。
ソリの跡がくっきりと斜面に着いている。
果たして、追い掛けてくるだろうか?
「気になるんですか?」
私が、シガレイを咥えたままジッと上を眺めていると、グラムが私に近付いて聞いてきた。
「気になるわ。でも、あれだけ臓物を投出しておいたからしばらくは持つわ。なるべく先を急ぎましょう。湖の近くに出れば野犬の領域だから、ガトルもそこからは追い掛けてこないわ」
私の言葉に、グラムがパーティの皆に声を掛けて、ソリを引きだした。
段々と斜面が平面になってきたから、今度は曳くのに骨が折れる。それでも、全員が【アクセル】状態だから、少しは楽に違いない。
昼を過ぎた頃に湖が見え出した。
そこから1時間程進んだ所で、小さな焚火を作ってお茶を飲む。
今度は少し長めの休憩を取る。
そして、私とパメラが周辺を監視する。
「何もいないにゃ」
「これから出て来るわよ。何と言っても美味しそうな肉の塊を引き摺っているんだから」
野犬ならば、このパーティでも容易に迎撃が出来る。
早く、その場所まで獲物を運ばねばなるまい。
休憩を終えて、今度は西に向かってソリを曳く。
少し進めば林の中に入る。
今夜は林の中で野宿することになるだろう。
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林に入って2km程進んだ所で、野宿場所を探す。
私が選んだ場所は、立木がある程度密集した場所だった。
それ程、太くはないが、周囲をロープで容易に囲うことが出来る。
藪を切り取って獲物を隠し、その上に切取った枝を被せておく。齧られでもしたら台無しだからな。
残りの薪を革袋から出して焚火を作ると、グラム達が集めてきた枝を近くに置いておく。少しは乾燥するだろう。
勢い良く燃え上がったところで、夕食の準備をケイミー達が始めた。
「そこの立木の間を使って天幕を作りなさい。暗くなってからでは作るのが大変よ」
私の言葉でグラム達が動き出す。
そして、私はソリの跡が続く先を見詰める。
どうやら、ガトル達の追跡は無いようだな。となると、今夜は野犬がやってくる筈だ。