G-032 ちびっ子達の待つものは
冬も本番になると、ネリーちゃん達にはギルドの依頼が殆どない。
それでも、朝食を終えると厚手のマントを纏ってギルドに出掛けていく。
「そろそろなんですか?」
「ええ、冬場の貴重なネリー達向けの依頼ですからね。張り出されればロディ達が教えてくれると思いますが、待ちきれないんでしょう」
そう言って、暖炉の傍でシガレイを吸っていた私にお茶を運んでくれた。
ミレリーさんも暖炉傍の椅子に腰を下ろすとお茶のカップを手にする。
ネリーちゃん達の狙っているのは、雪虫の採取だ。
冬の晴れた日に、何故か小さな赤い体の虫が羽化する。
そして、その虫を乾燥させたものは赤い染料として珍重されるのだ。
王都での取引値は、乾燥させた虫の重さがそのまま金の重量に等しいと言われるぐらいに貴重な品なのだ。
この町では流石にそこまでの値は付かないが、それでもそこそこの値は付く。
「去年の冬にはそれでも、20L近くになったと言っていました。今年も頑張るんでしょうね」
「数日頑張っても50Lに届きませんから、町の子供達の季節行事ではありますね」
小さな虫だし、乾燥させる事から重さはたかが知れている。
ギルドで正確に重さを量るらしいのだが、精々銅貨の十分の一程度の重さになるぐらいだ。
とにかく沢山捕まえる。それが、この雪虫採取の鉄則になる。
雪虫は羽化すると直に交尾相手を探すことから、雪の上を赤い雲のように漂って移動している。その群れを早く見つけて群れを散らさないように採取網を振ることがコツなんだけどね。
「それで、去年の事故はどれ位あったんですか?」
「ギルドが3人ほどハンターを出したようですわ。幸いにも野犬には襲われなかったようですが、2人程小川の氷を破って落ちたようです」
これは、ちょっと考えないといけないかもしれない。
問題は2つ。安全に雪虫が採取できるようにハンターを配置することと、万が一の自体に備えて救助要員を確保しておくことだな。
去年の様子はマリーに聞けば、詳しく教えてくれるだろう。
ミレリーさんに出掛けることを告げて、私は下宿を出た。
路地に小さな足跡があるのはネリーちゃんかな?
硬く踏み固められた雪の上にうっすらと雪が積もっている。そこにちいさな足跡が通りの方へと続いていた。
ブーツに革紐を数回巻いておけば滑らないということを、この町の連中は知っているようだ。足跡には紐の跡が横向きに付いている。
そして、ギルドの扉を開けると大勢のちびっ子達が集まっていた。
掲示板の所に集まってわいわい騒いでる。
何時もの暖炉脇は煩そうだから、窓際のテーブルに座るとマリーがお茶を持ってやってきた。
「始まるの?」
「荒地で小さな群れが確認されました。明後日から10日間の予定で雪虫を解禁することになります」
実際にはそれ以降も雪虫採取は出来るのだろうが、ギルドとしても安全確保の要員を出す関係上採取期間を限定したようだな。
まぁ、それも子供達のためには仕方がないだろう。
「それで、どんな形にハンターを配置するの?」
「マスターがミチルさんに相談しろって……」
丸投げしたな。
まぁ、責任はマスターにとって貰おう。責任と言っても、安全確保に必要なハンターへの報酬だけどね。
「しょうがない、マスターね。……良いわ。私の好きにやらせてもらいましょう。ダノンは顔を出した?」
「まだですね。罠を見てから来るんじゃないでしょうか?」
少なくとも3つのパーティを集めておけば安心だろう。
子供達から数百m離れて左右に2つのパーティ、そして即応できるパーティが1つあればいい。
そのパーティを確保するのが問題だな。
高レベルの連中は遠くまで出掛けて罠猟をしているから対象外として、低料金で請負ってくれそうなパーティとなると……。
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「……と言う訳で、子供達の一大イベントが明後日から10日間行なわれるのよ。そこで貴方達にお願いっということになるの」
夕方のギルドの中にいるのは暖炉の周りにあるベンチに腰を下ろした私達だけだ。
マリーとセリーもカウンターを離れて、此処でお茶を飲んでいる。
「まぁ、俺達の方は問題ねぇな。小川の近くに罠を仕掛けりゃ、似たようなもんだ」
ダノンはパイプを美味そうに吸いながら応えてくれた。その言葉にロディ達が頷いている。
「僕達も良いですよ。要するに野犬狩りですよね。問題ありません」
「私の方も大丈夫よ。でも、報酬は出るのかしら?」
マーシャ達の懐事情は苦しそうだな。まぁ、今回の報酬で少しは懐が暖かくなるだろう。何と言っても、ギルドマスターが丸投げだからな。
「だいじょうぶ。ちゃんと支払うわよ。1人1日、50L出すわ。そして、朝、昼、晩の3回の食事付きよ。あまり贅沢なものは用意できないけど、それでどうかしら?」
「「「やります!!」」」
全員が一斉に私の方に身を乗り出してきた。
確かに、破格だよな。でも、子供達の安全には換えられない。
「俺の方は、無しなんだろうが、食事ぐらいは用意してくれよ。……それで、3つのパーティをどう配置するんだ?」
「ダノンの場合は現在進行形で依頼をこなしてるからね。でも、食事は皆で取った方が良いから、了承するわ。それで、配置なんだけど……」
クレイとマーシャのパーティが町と子供達の反対側で待機する。
少なくとも300m以上離れて周囲を監視すること。野犬が出たら呼子を吹いて子供達に知らせる。
ダノン達は小川近くに焚火を作って待機。万が一子供が川に落ちたら救助すること。
「去年も落ちた奴がいたらしいな」
「小川の岸を中心に監視すれば良いんですね。そして、落ちたら直ぐに助けると」
「基本はそれで良いわ。でも、もう1つあるの。クレイとマーシャ達を突破した野犬の始末も入るわ。子供達を安全な場所に誘導しながら迎撃して頂戴」
「ロディ達の言う事は子供達もちゃんと聞くからな。そして、2、3匹の野犬ならロディ達も倒すことが出来るだろう。
「万が一、ガトルが出たらどうしますか?」
「短く呼子を2回吹きなさい。私が迎撃します」
ガトルが数匹ならばクレイやマーシャなら十分だと思う。
それでも、確かに万が一という事があるからな。私も、近場で待機する必要がありそうだ。
「あまり厚着にならないように寒さ対策はしてね。でも凍えてしまってはダメだから、近くに焚火は作った方が良いかもね」
「了解です。では明後日の朝にギルドで良いですね」
「う~ん、南の門にしましょう。たぶん当日の朝は此処は子供達で満員よ」
全員が頷いたことを確認して、私達は解散する。
雪明りの通りを歩いて下宿に帰ってみると、大きな布で作った網をネリーちゃんが準備している。
この網は子供を持つ家なら何処にでもある。
網の後ろは紐で結んであり、網に入った雪虫をポンポンと叩きながら紐を解いて専用の木箱に入れるのだ。
木箱は5つ用意してるぞ。
捕獲した雪虫は箱に入れたまま、暖炉の傍に置いておけば乾燥するから、順次交換していくんだろう。最終的には布の袋に入れて更に乾燥させる必要があるんだけどね。
「準備は十分みたいね」
「うん。だいじょうぶだよ。一応、採取ナイフも持って行くんだ!」
ちょっと嬉しそうな顔で私に応えてくれたけど、それを使うことには絶対ならないぞ。
「今年もハンターが付いてくれるんでしょうか?」
「3つのパーティを準備しました。もっとも、ロディのパーティも参加しますけど、彼等には小川の見張りをさせるつもりです」
食事の用意をしていたミレリーさんの問いに答える。
それを聞いて、少しホッとした顔つきになった。
「という事は、残りの2つのパーティが見張ってくれるんですね」
「えぇ、流石にガトル相手では手こずるかも知れませんが、野犬の群れなら問題ないと思います。万が一押さえきれなくとも、ロディ達がいますから」
私の話を聞いて、少し微笑んでいる。
やはり過剰配置になるのかな?
だけど、折角子供達が待ち望んでいる雪虫獲りだ。思う存分やらせてあげたいと思うな。
「でも、不思議ですね。雪の季節にこの世界で一番赤い染料が手に入るなんて」
「そうですね。でも、私達が取った雪虫で染めた衣服を着る機会はありませんわ。精々、娘達がハンカチを染めるぐらいでしょう。あの染料は高価すぎますからね」
でも、王都の貴族達の垂涎の染料だからこそ、収入の少ないこの季節で纏った報酬が得られることも確かなのだ。
本来は子供達の報酬なのだろうが、子供達も親の収入を知っているのだろう。半分の半分……、四分の一程度を手元に置いて、後は親に手渡すんだろうな。
ネリーちゃんも、きっとそんなことを考えながら網の手入れをしてるんだと思う。
うまくいけば来春には赤の2つだ。
一生懸命にお小遣いを貯めて、ハンターの用具を揃えるんだろうな。
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そして、遂に雪虫採取が始まった当日。
私は町の南の門の傍で門番さんの作った焚火にあたりながら、皆が揃うのを待つことにした。
私達の食事は、ダノンが毎日籠に入れて背負ってくることになっている。簡単な黒パンサンドを宿に頼んだようだ。
最初に、やってきたのはクレイ達だ。焚火の周りに来たところで、マーシャ達が現れた。そして最後に籠を背負ったダノンとロディがやってきた。
「遅かったわよ」
「悪いなぁ、ロープと薪を用意してたんだ。この季節、焚火を作るのは大変なんでな」
ダノンの言葉にクレイとマーシャ達のパーティは互いに顔を見合わせる。
まだまだ、こんなことには頭が回らないようだ。
「食事が未だだろう。朝食と昼食を配るぞ。配置に付いたら焚火を作ってお茶を沸かして食べれば良いだろう。じっとしていても真冬は食事をした方が良いんだ。それだけ体が温まる」
ダノンがそんな話をしながらクロパンサンドを配り始めた。
「やはり、参加して正解でした。そんなハンターの心構えや経験を教えて貰えるんですからね」
クレイは真面目だな。
それが原因で駆け落ちしたんだろうけどね。
何時までも、謙虚なハンターでいて欲しいものだ。
「さて、そろそろ出掛けるか。直ぐにちびっ子達が大勢やってくるぞ!」
遠くから、子供達の声が聞こえてきた。
私達は焚火から離れて、急いで雪の中を歩いて行く。
クレイとマーシャは畑を南に歩いていく。そしてロディ達と私達は畑の東を流れる小川の辺を目指す。
段々と子供達のはしゃぐ声が大きくなってきた。
そして、私の目の前を1匹の赤い羽虫が飛び去る。
いよいよ雪虫採取が始まるのだ。




