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G-026 グライザム


 ガリウス達が町に来てから2日後。私達は町から北東の山麓に向かって歩いている。

 そういえば、この町に戻ってきてから半年にもなるが、本格的な狩りをするのは今回が初めてだな。


 町を出て、2時間。ガリウスとアネットは元気だけど、レイチェルとライナス君はちょっと疲れが見える。

 ガリウスと目配せをして、適当な木立ちの傍で小休止を取ることにした。

 ガリウスが素早く集めてきた薪で焚火を作りお茶のポットを載せる。


 「昔は軍の行軍にも根を上げなかったのに……」

 「それだけ、動かなくなったからだ。今では移動の殆どが馬車だろう。毎日でなくともいいから、汗を流せ」


 レイチェルにそんなことをガリウスが言っているが、それは私にも当てはまる。

 適当に、型の練習や小太刀を振るっているが、短距離ならまだしも長距離の移動はきつく感じるようになってるぞ。

 

 「ミチルさん。まだ遠いのですか?」

 「半分も来てないわ。あの尾根を越えて次の尾根の谷間が最初の目撃地点になるの」


 槍先で、これから向かう場所をライナス君に教えてやると、げんなりした顔をしているな。

 そんな彼の姿を微笑ながらアネットが見ている。


 「これからは領地の視察も歩いてやるにゃ。それだけでも体が丈夫になるにゃ」

 

 たぶん思いやりの言葉だとは思うが、その言葉を聞いて余計にライナス君の顔色が悪くなったぞ。

 そんな中、ようやく湧いたお茶をレイチェルが私達にお茶を入れてくれた。

 林の中で、シガレイを吸いながらお茶を飲むのは久しぶりだな。

 そして、お茶の葉も上等な物だ。流石は有力貴族だけの事はある。


 「それにしても豊かな山だな。ハンター達の腕の見せ所ではあるぞ」

 「だから、グライザムが問題なんです。不用意に入域禁止区域に入らないとも限りません。一応、目印はあるんですけどね」

 

 「そうにゃ! 餌を取らなきゃならないにゃ」

 「先ずは、グライザムの姿を確認してからです。不用意に獲物を置いておくと深夜にやってきますよ」

 

 「そうだな。先ずはグライザム。そして安全な野宿箇所を探さねばなるまい」


 ガリアスが立上がると、皆も腰を上げる。

 レイチェルが私達全員に【アクセル】を掛けてくれた。これで少しは楽になるぞ。


 焚火を消して、私達は北東に向かって進む。尾根に近くなっているから斜面がきつい。

 それでも【アクセル】の効果は偉大だな。ライナス君の足取りは軽そうだ。


 慎重に尾根を越えて周囲を見回す。

 尾根の下の方に白い杭が見える。あれが入域禁止の目印だな。


 ゆっくりと谷に降りていく。

 グライザムの目撃された谷はこの向こうだ。奴の行動範囲を考えると、何時出くわさないとも限らない。

 

 「槍のカバーを外しなさい!」

 

 私の身近い言葉に、槍を持った4人がカバーを外して、刀身の厚い短剣のような穂先を出した。

 足音に注意してゆっくりと谷底から尾根に向かって登っていく。

 先頭は、ネコ族のアネットに替わっている。ネコ族の勘の良さは私以上だ。先行偵察には適しているからな。


 尾根の上で、木立ちの影に隠れながら周辺を眺めていたアネットの片腕が後ろに伸ばされ、手を上下に振る。

 何やら見掛けたようだな。皆をそこに待機させて、アネットの傍にゆっくりと近付いて行った。


 「なに?」

 「あそこに、いるにゃ!」


 アネットが低い姿勢のままで、谷底の山手を指差した。

 そこには、大きな黒い塊が獲物を食べている姿が見えた。


 「間違いなく、グライザムね。見張っててくれない?」

 「分かったにゃ。でも、こっちに来たら直に下に下りてくにゃ」


 アネットの肩を軽く叩いて緊張を解いてあげる。

 そして、ゆっくりとガリウスのところに降りて行った。


 「結構な大物よ。でも、今やるのはまずいわ」

 「ということは、近すぎるってことか。どうするんだ?」


 「グライザムが移動するのを待つほかないわ。けっこう木立ちが多いから罠は張りやすそうよ」

 「この下で狩るということだな。となれば、近場で野宿する場所を探さねばなるまい」


 「任せるわ。私はアネットと様子を見てる。」

 「大丈夫だ。先程の尾根を下った場所に丁度いい場所を見つけてある。少し周囲に手を加えれば小さな焚火は出来そうだ」


 急いで斜面を登るが音は立てない。何時の間にか出来るようになっていたな。

 自分の歩く音で獲物を逃がさないように、ハンターの上級者は殆ど物音を立てずに狩場を動く。

 アネットのようなネコ族にはどうやっても負けてしまうけど、そこそこぐらいにはなってる筈だ。


 「どうまだいるの?」

 「獲物を食べ終えたにゃ。……しきりに周囲を見てるにゃ。でもこっちには気が付いていないみたいにゃ」


 満腹では餌を求めないか……。かといって、出直すわけにはいくまい。

 やがて、私達が見まもる中、ゆっくりとグライザムは尾根を越えていった。

 

 グライザムが尾根の向こう側に消えたことを確認して、尾根を降りてガリウスさんを探す。

 確か少し下がったようだったな。

 

 「此処だ!」


 声は低いが良く通る声だ。

 当たりを付けて近付くと、ばさりと布が開いて3人が姿を表した。

 まるで迷彩布のようだな。いろんな渋い色を混ぜ合わせているから、地形に溶け込んで見える。


 「どうだ。この中なら周囲からそれ程目立つ事無く野宿出来るぞ」

 「狙いは良いけど、人間じゃ無いのよ。簡単に見つかるわ。……場所はそれ程悪くないわ。この焚火の外に此処とあそこに薪を集めて頂戴。その間に、私の方も準備するから」


 怪訝そうな顔でガリウス達が薪を集めている。私は、私達の野宿場所から30m程離れた場所に細い革紐を張り巡らせる。

 その革紐に鈴を取り付ければ、簡単な警報装置の出来上がりだ。


 「ミチルさんは、慎重なんですね」

 「えぇ、グライザムに仲間をやられてるから……。これでも、ホンの少し余裕を持てるだけよ。100Dはグライザムには一瞬だわ」


 ライナス君にそう言っておく。恐れ過ぎるのも問題だが、楽観するのはもっと問題だ。


 「その一瞬を作り出すのが難しいのだ。成る程な。そういう使い方をするのか」

 「この布張りも中々よ。相手に気取られないのは良いけれど、鼻の良い獣には通用しないわ」


 「それ位は俺だって分ってる。まぁ、風除けだな。丁度バッグの袋に入っていたからな。それに、直接焚火を見られずにすむだろう」


 だから、中々と表現したんだ。

 山の中で焚火をすれば獣は近付かない。その獣達の動きを敏感にグライザムは感知するのだ。

 焚火の匂いがしても、その炎を直接見る事が無ければ、獣は少し気にはなるだろうが逃げる事は無い。尾根を2つ離れた場所にいるグライザムには理解できないだろう。


 レイチェルが入れてくれたお茶を飲みながら、バッグの上に載せたマントを取り出してその上に腰を下ろす。

 

 「明日は罠を作るわ。アネットさんは監視をお願い。レイチェルさんは焚火とお茶をお願いするわ。アネットさんを良く見ていて頂戴。私とガリウスさんそれにライナス君で罠を作るわ」

 「確かに、アネットが大声を出す訳にもいかんからな。レイチェル、頼むぞ」


 「ちょっと、楽になるわね。良いわ。夕食のシチューをじっくり煮込んでおくわ」

 

 ガリウスに、そう答えたレイチェルに皆の顔がほころんでるな。

 料理上手という事か。それはちょっと楽しみだぞ。


 まぁ、これだけ周囲に鈴を付けておけば少しは安心できる。

 簡単なスープと黒パンに焼いたハム。

 そんな夕食を食べて、順番に焚火の番をする。

 

 私はレイチェルとの組み合わせだ。

 夜半まで、周囲を見張りガリウス達と交替する。

 マントに包まって、焚火の傍で眠るのは何年ぶりのことだろう。

 それでも、昔と同じように浅い眠りに着くことができた。小さな物音で脳が直ぐに覚醒する。これができないハンターは、寝ぼけ眼で獣の夜襲に対処することになるのだ。

               ・

               ・

               ・


 自分の足の太さほどもある木立を曲げて革紐で他の立木の根にしっかりと結ぶ。そして別の紐を輪にしてしならせた立木の先端に縛り付けていく。

 10本近く作ったところで、汗を拭き取りながらお茶を飲む。


 「まだ作るんですか?」

 「そうね……。これ位で良いかもね。問題はどうやって此処に誘き寄せるかだけど……」

 「それなら、あれが良いだろう。アネットなら簡単だ」


 ガリウスの指差す先には、デリスとこの辺りで呼ばれる野生の豚がいた。

 大きさは中型の犬ぐらいだから、これを狩るハンターも多い。


 「確かに。じゃあ、アネットと替わってくるわ。できれば3匹は欲しいわ」

 「大丈夫だろう。まぁ1匹は確実だと思う」


 アネットが見張る尾根に登り、アネットと交替する。

 「あれにゃ!」と小さく呟いて指差す先には2匹のグライザムがいた。昨日見た大きな奴とそれより少し小さい奴がいるぞ。

 

 2匹同時は面倒だな。

 1匹は私が倒すほかに無さそうだ。


 片手で隠すようにしながらシガレイを吸って見張りを続ける。

 この尾根を下ると、ちょっとした森が続き、その向うは荒地の筈だ。

 その尾根の裾に、2匹のグライザムが黒い姿を横にして動かない。

 たまに首をもたげるから、寝ている訳では無さそうだ。


 「戻ったにゃ。2匹狩れたにゃガリウスが罠のところに切り刻んで晒しているにゃ」

 「分ったわ。後をお願い」


 斜面を急いで降りて、ガリウスがデリスを解体しているところへ行く。


 「大きなところを残しといて。それで誘き寄せるわ」

 「小さすぎないか?」


 まぁ、それもそうなんだけどね……。


 「まだ、昼過ぎよね。今から狩ろうと思うけど、大丈夫?」

 「僕は何時でも大丈夫です!」


 「まぁ、早い方が良いだろうな。問題は誘き寄せる方法だ」

 「私が囮になります。……というか、グライザムが2匹いるのよ。1匹は私が引き受けるわ。ガリウスさんでも良いんだけど、2匹とも殺っちゃいそうだからね」


 「近くということか……。確かに、そうなりそうだな。任せたぞ!」


 レイチェルが急いで私達に【アクセル】を掛ける。

 

 「レイチェルさん。足と鼻面だけに攻撃してね。【メル】で良いわ。それと、アネットさんに【アクセル】を忘れないで!」


 斜面に向かいながら、私の槍をガリウスに放る。彼は片手で受取って近くの木に突き刺した。

 

 下は、ガリウスの任せれば良い。

 尾根を登るとアネットに下がるように言った。

 さて、……シガレイをポーチから引き抜いて、指先で火を点ける。そして腰からM29を引き抜いた。


 

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