G-024 入域禁止措置
秋も深くなってくると、ギルドに登録しているハンターの数が数十人に達してきた。
約10のパーティが活動していることになる。その上、町の住民達の薬草採取があるから、このところダノンがマリー達の手伝いをしている。
このまま来年の春からはカウンターで仕事をしても良いんじゃないかな。
私の助手としての仕事も無くなるし、再び野を駆けるのは無理がある。
後、半年はリハビリがてらに、私の手伝いをしてもらうつもりに変りは無いけどね
グラム達に紹介してあげた女の子達は、年代が近い事もあり結構上手くやっているようだ。
そして、槍と弓を持った男女にはクレイを紹介してあげた。
クレイ達は何時の間にか赤の3つにレベルが上がっていたから赤6つの男女達と一緒に仕事をしても問題は無いだろう。
腕、そのものは十分に持っているからな。
そして、やってきた男女もなんとなく駆け落ちしてきたみたいだ。ハンターになるきっかけが似ているのもあり、前衛2人に中衛と後衛が揃ったから、ガトル相手にも引けを取らないだろう。
そんな2つのパーティが町の周辺で活動してくれるから、町の連中は安心して薬草採取が出来るようだ。
食肉用のイネガルの群れを4つのパーティが狩っているし、その群れを狙うガトル達を2つの黒レベルのハンター達が狩りをしながら措置していいる。
まあまあ問題なく推移しているように思えるな。
町の肉屋が冬用の肉を仕入れに北の門の前にある広場に数台の荷車を止めているから、ギルドには彼等の確認サインが書かれた依頼書だけが戻ってくる。
1頭し止めれば150Lにはなる筈だから、それを狩るハンターが多い事は確かだな。
秋の日暮は早い。
昼を過ぎると、薬草を採取してきた町の住民達が、籠に入れた薬草を届けにギルドに入ってくる。
カウンターには3人いるから、結構テキパキと対応しているようだ。
ミレリーさんとネリーちゃんも小さな籠で薬草を摘んできたみたいだな。
私に手を振りながらギルドを出て行ったぞ。
窓際のテーブルから暖炉傍のベンチへ移動して、ハンター達の姿を見ているとダノンがパイプを取出しながら近付いてきた。
「姫さん、出て来たぜ」
「誰が見たの?」
ダノンは暖炉でパイプに火を点けると、向かいのベンチに腰を下ろした。
最初の一服をゆっくりと吸い込んで煙をはき出している。ダノンにしてみれば、忙しい仕事の後の休憩になるようだ。
「北東の山麓に行った連中が遭遇したらしい。黒2つは3人いるパーティだから、直ぐに逃げ出したらしいが、あの辺りを立ち入り禁止にすることをマスターは考えているらしいな」
「そうすると、もう1回目撃例が出れば間違いなく立ち入り禁止措置がとられそうね」
例の貴族の青年の望みを叶えてやりたいが、少し手続きが面倒になってくるな。
ギルドはハンター組織を束ねるものであることから、ハンター保護を行なうことが義務付けられている。
ハンターの数は多いが、レベル的な人員構成をみると見事なピラミッド型を成している。
経験のあるレベルの高いハンターほど数が少ないのだ。
そのため、ギルドマスターにはハンターを失う危険性の高い獣や魔物が出現した場合に、出現した区域にハンターが入れないように入域禁止措置が出せる。
意図的な違反はハンター資格の取り上げまであるから、ハンターはこれに従う外無いのだ。
「討伐依頼を出して貰うほかに手は無さそうね」
「国王を動かすのか?」
興味深そうにダノンが首を伸ばしてくる。
「直接私が言えば聞いてくれるでしょうけど、それだと貴族に名誉が降りてこないでしょう。ちょっと面倒でも、遠回りをすることになりそうだわ」
マリーを呼んで、手紙を書くための準備をしてもらう。
2人が私の手元を覗き込んでるけど、まぁ、マリー達は手紙なんて書かないだろうから、珍しいのかもしれないな。
シガレイを咥えながら文面を考えて、どうにか2通の書状を書き終えた。
蜜蝋で書状を閉じた紐を封印して、ギルドカードを押し付ける。
書状の表には宛先が書いてあるから、間違うことは無いだろう。
「これを護民官の屋敷に届けて貰って、こちらを護民官からレイベル公爵に届けて貰えば良いんだけど……」
「王都からお酒を届けてくれる商人に頼みましょう。王都内にも広く商いをしていると聞いたことがあります」
私の言葉にマリーが応えてくれた。
「なら、お願い出来る? この書状2通を護民官のお姉さんに届けて貰えれば良いわ」
そう言って、2通の書状と銀貨を1枚マリーに差し出した。
「商人ではタダとはいかないわ。値段でその書状が大事なものであると判断してくれる筈よ」
マリーは書状と銀貨を受取るとギルドを後にした。
宿屋にでも行ったのか? 今日はその酒屋が来てるんだろうか?
「だが、そこまでしてやることは無いんじゃないか? 別に金を貰っている訳じゃないんだろ」
「単なる気まぐれには違いないけどね。それに悪いことでもないわ。将来、あの若者が公爵を継ぐことになれば、一生涯、この町の名を覚えていることになるのよ。この町で何かあれば、直ぐにでも動いてくれると思うの」
「恩義を感じるって訳だな。そうかも知れねえが、貴族って奴は平民にはそれ程興味が無えんじゃないかい」
「それはそれね。でも、この王国の風潮として、国民にどれだけのことをしたかが貴族の矜持ともなっているのよ。その矜持をもたらしてくれた町は生涯名を覚えているわ」
護民官と上級貴族それに国王が1つになれば、国民の暮らしは良くなるだろう。
流石に恩義を感じて税を安くとはならないだろうが、常に彼等の頭に町の名があるのであれば、色々と便宜を計ってくれるのは間違い無いだろう。
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そんなある日、1人のハンターがギルドに入って来た。
間違いない、私に以前立ち合いを望んだあの男だ。
ホールを目聡眺めると、私を見つけて暖炉の傍にやってきた。
私の向かいにあるベンチに腰を下ろすと私を見つめる。
「しばらくだな。先遣としてやって来た」
「問題は解決出来たかしら?」
男は、カウンターに向かって片手を上げる動作でお茶を注文する。
「正式に国王陛下よりレイベル公爵に書状をもって告げられた。ギルドの入域禁止令の上を行く。そして、レイベル公爵は数人の貴族の前で子息に討伐を命じた。王都では一時期ちょっとした騒ぎになったぞ。自称高レベルのハンターの売り込みが多くてな。
俺とケイネル師範で追い返すのに苦労したが、あれでは精々ガトル狩りが良いところだ。……それで、状況は?」
マリーが持ってきてくれたお茶を、男が手で勧めてくれる。
一口お茶を飲んで話を始めた。
「北東の山麓で2回目撃例があったわ。付近を入域禁止措置としてからは目撃例が無いといったところよ。その場所まで1日、付近の探索に1日、討伐と帰りに1日ずつってところかしら」
「都合、4日。食料は6日分あれば良いな。俺がレイベル公爵の子息の筆頭護衛となったことでケイネル師範は来ないことになった。ライネス時期公爵、魔道師のレイチェル、弓と片手剣のアネット、それに俺の4人だ。やれるか?」
「私と貴方なら群れで倒せると思いますけど、問題はどうやってライネス君に止めを刺させるかですよね……」
「全くだ。俺もそれで悩んでる」
おもしろそうに顔をほころばせて男が言った。
「ところで、お名前は?」
「言ってなかったか? ガリウス……、ガリウス・レブナントだ」
苗字を持っているということは、少なくとも貴族の端くれだな。そして、他の貴族の護衛職を得たとなれば、下級貴族の次男か3男と言ったところだろう。有力貴族に職を得たなら、生まれた貴族にも少なからず恩恵はある。そして次の公爵の筆頭護衛であれば彼を生み出した下級貴族もそれなりの官職を得る事も出来るだろう。
「短槍の練習はやってますよね」
「ケイネル師範が付いて指導している。まぁまぁの腕にはなってきたな。あれならガドラー辺りなら十分通用する」
「なら、帰りに槍を持って行ってくれない。3本用意したんだけど、ちょっと変わってるから、振り回して感触を覚えて欲しいわ」
「分った。早速練習をさせよう。準備が出来次第、全員で移動してくるが、宿の手配を頼みたい」
「今はハンターで宿が一杯だと思うわ。ちょっと待ってね」
急いで、マリーのところへ出掛けて宿を確認して貰う。
場合によっては、空いてる民家の部屋を貸してもらうことにもなりかねない。
「やはり、宿が難しいか?」
「ハンターが多く集まってるの。泊まるとしても2、3日よね。場合によっては民泊となるわ。流石に野宿はさせられないし……」
ちょっとした、民家なら客室を持っている。それを使わせてもらえるかも知れない。
2人でタバコを楽しみながらマリーの帰りを待つ。
そして、ようやく戻って来たマリーの話では、宿は満室とのことだった。
2つあるんだが両方とも10室程の宿だからな。
「一応、宿に登録している民泊も聞いてきました。町長の家とミレリーさんの家が空いています」
「それで良い。早速、手続きを頼む」
そう言って銀貨をマリーに預けた。
でも、ミレリーさんの所は女性だけだぞ。
「ミレリーさんのところは私が下宿してます。男手がありませんから、その辺は考慮してくださいね」
「大丈夫だ。レイチャルとアネットを回せば良い。それでは、早速帰って準備をするぞ。たぶん数日でこちらに来れるだろう」
席を立ったガリウスに、槍を渡すようにマリーに頼んだ。
カウンターの下の方から4本の槍を持ち出したので、自分の槍を先ずは手に取る。
「これなんだけど、上手く使えるように練習して頂戴」
ガリウスが1本を手に取ると、抜刀許可をマリーに要求する。
許可を得て穂先のカバーを外して、唸っている。
「これでやるのか……。持つだけで震えが来るな」
「柄の断面が先端の刃と同じだから使いやすいでしょ」
「確かに……。ケイネル師範がやる気を出さないか心配になってきたぞ」
そう言いながら、ケースを穂先に戻して3本の槍を束ねる。
私に頭を下げると、足早にギルドを出て行った。
「グライザムをホントにやるんですか?」
「ええ、やるわよ。ギルドマスターの入域禁止令を無視できるものをちゃんと貰えたらしいわ」
「あの書状ですか?」
「そうなんだけど、ちゃんとルールを守ったみたいね。民衆の困りごとを護民官が、有力貴族に働きかけて国王の耳に入れる。国王はそれを憂いて貴族を集めた席で討伐を命じる。その命に名乗りを上げたのがレイベル公爵となった分け。レイベル公爵家が受けたものだから次期公爵のライネス君が率いたパーティでグライザムを狩ることになんら問題は無いわ。正式な国王の命令だもの」
「面倒ですね……」
確かに面倒だな。
私には到底無理だ。それがちゃんと出来るのが貴族なんだろうけどね。