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G-020 灼疹の対応

 灼疹は風疹に似たところがある。

 一度灼疹に罹ると、次の流行には罹らないか、罹っても極めて軽度の症状で済んでしまうのだ。

 これを経験則で知った前の護民官は、病人の隔離とその世話を以前発病したシスター達に委ねたのだと思う。

 

 「やるべきことは2つ。1つは病人の隔離とその世話をする人達の確保。灼疹を一度罹った者は重症にはならないわ。罹らないか、罹っても風邪ぐらいの症状で済んでしまうの。そんな人達を神殿から確保しなさい。そして、身分を問わずに一箇所に隔離すれば流行は止まる筈。

 次に、薬草の採取だけど……、前にも言ったように、軍を動員しなさい。前回の薬草採取を覚えている兵士達がその場所を覚えている筈。

 この町で得られた薬草は直にでも持ち帰ることが出来るでしょうが、少なくとも夕方までここで待つことになるわ。

 それに、パイドラ王国の東北にも村があったわよね。そこにも、ギルドの連絡網を使って薬草を採取させなさい。値段を少し上げれば白クラスのハンターも加わってくれるでしょう」


 若い女性が、私の言葉をメモにして隣の男性に渡した。


 「アルタネス、この対策を直に国王に上申しなさい。一刻を争うわ。馬車を使いなさい。そして代わりの馬車を送って頂戴」

 「姉さんは残るのですか?」


 「あなたが差し向けてくれた馬車で薬草を持って帰ります」

 

 姉弟らしいな。男性は席を立って、私に軽く頭を下げるとギルドを出て行った。

 改めて女性が私を見る。


 「自己紹介が未だでしたわね。ミゼル・フォン・ラーカイル。王都の護民官の姉にあたります」

 「ご丁寧に。ミチルと言います。見てのとおり、ハンターですわ」


 「ですが、ただのハンターとも思えません。実は、亡くなった父が良く口にしていた言葉があります。『万策尽きた時は黒姫を頼れ……』ひょっとして、ミチル様は黒姫という御方を知っておられるのではないですか?」

 

 2、3アドバイスしたことがあったな。あれを覚えていたのか?

 だが、それは私が生きている事が前提だし、他国に移ったらどうするつもりだったのだろう。

 

 「ミゼルさんの目の前の人物です」

 

 私の言葉にミゼルさんが目を丸くして私を見詰める。


 「昔から、運が良いと人に言われていましたが、……これも、普段からの信仰が成せるものなのでしょう。私達は父の残した言葉通りに貴方様の意見を聞くことが出来ました」

 「ですが、人に頼るよりも自分達の資質を高めてください。何時も私がいるとは限りませんし、私にも出来ない事はあるのですからね」


 「身に沁みて……。サロン等に出入せずに父の手伝いをしていれば少しはこのような事態が生じても何とかできたろうと思うと……」


 少しは、反省しているようだな。

 膨大な記録があるのだ。それを整理すれば色々と見えてくるだろう。


 「もし、これから弟さんを支えるのでしたら、2つアドバイスをあげましょう。

 1つは、前にも言いましたが、過去の記録を整理しなさい。灼疹の発生頻度、その時の対処法が見えてきますよ。他の問題も同じです。あらかじめこのような問題が起きればこのように対処するという形で整理してみれば今後に役立つでしょう。

 もう1つは、貴方達の役目に係る部署と日頃から付き合いを持ちなさい。

 王都の治安部隊である警邏隊、軍隊、そしてギルド……。何らかの策を講じる場合には必ずその部署と協力せねばなりません。

 あらかじめ相手方と調整した上で国王に上申すれば、物事は早く進みます」

 「貴族以外の人脈ですか……。弟と一度話し合ってみます」

 

 俗に言うしがらみってやつだ。

 貴族社会ではおざなりには出来ないが、人脈形成は護民官の仕事には欠かせぬだろう。どこまで貴族のしがらみを抜け出す事が出来るかだが、あまり抜けだすのも良くないからな。

 この辺は、有力貴族が後見人になっていれば問題ないのだが……。


 「マリー、紙とペンを貸して!」


 カウンターに戻って私の注文の品を持ってきてくれた。

 早速、書状をしたためる。勿論あて先は、レイベル公爵だ。


 箇条書きのような感じで要点だけを纏めればいい。

 子息のグライザム狩りに参加する条件として、護民官ラーカイル家の後ろ盾を頼むと結んだ。

 署名は、ミチル・トウミ……私の本名だ。


 綺麗にまるめると、細紐でしっかり縛りつけると、マリーが取出した蜜蝋を溶かす。

 その上に私のギルドカードをぐるりと押し付ければ、出来上がりだ。ギルドカードは大きさと材質、それに形状が異なるから、印章としても使えるのだ。


 「これをレイベル公爵に届けなさい。きっと力になってくれるわ」

 「貴族の身分が違い過ぎます。私等では会ってもくれませんわ」


 「ちょっとした関わりがあるの。子供がかわいいなら断らないわ」

 

 私の言葉を疑いながらも、丁寧にハンカチに包むと小さなバッグに詰め込んだ。

 

 「後は、待つだけになるわ。パラニアムは後でも良いでしょう。蜜蜘蛛とマンドリルを持って今日は帰りなさい」

 「弟の方が気になります。軍は動いてくれるでしょうか?」


 「国王の裁可で動くでしょうね。明日には王都を発って山に入る筈……。3日もすればかなりの薬草が集まるわ」

 

 私の言葉にようやく安心したようだ。すっかり温くなったお茶を口にする。

 慌てて、マリーがお茶を交換に動き出した。

 そんな光景を見ながらシガレイに火を点けた。

                ・

                ・

                ・


 「そうですか。そうすると、来年の春まではこの町に滞在してるのですね」

 「一応、契約ですから。ハンターには契約は絶対です。その後は、またふらふらと王国を彷徨うつもりです」


 どこに行っても暮らしは出来る。

 次は海の近くが良いかもしれないな。

 色々と知り合いが出来て結構楽しい町だけどね。


 世間話をしながら時間を潰していると、3時過ぎになってハンター達が狩りから帰ってくる。

 何時ものように最初に訪れるのは、食肉用の獣を狩ってきたハンター達だな。

 

 その次に現れたのは、チビッ子達を率いたロディだった。

 得物をカウンターに渡して、私をチラリと見たロディに手を振る。

 怪訝な表情を浮かべながらもロディは私のところにやってきた。


 「どれ位獲れた?」

 「70は超えてるよ。皆でやったからね」


 「今日は、南の広場よね。明日は北の広場で獲ってくれない?」

 「構わないけど、明日も依頼があるのかな?」


 「大丈夫! 保証するわ。そして、今日よりも少し報酬が上がるかも知れないわ」

 

 途端に、ロディの顔に喜色が表れた。

 マリーに確認して置くように言いつけてロディーを仲間のところに返す。


 「生きたままの蜜蜘蛛が70なら薬剤ギルドは助かるでしょう。明日も50を越えるでしょうね」

 「蜜蜘蛛は子供達が採取してるんですか? あれは、刺されると激痛が走ると薬剤ギルドの職員から聞きましたが……」

 「そこは、あまり心配しないで大丈夫よ。採り方を教えてあるから」


 ロディ達はホールの片隅で報酬を分配しているようだ。7人みたいだから、余った金額は駄菓子でも買い込んで山分けするんだろうな。

 一番小さな子供にさえ自分と同じ金額をロディは与えているのだ。ハンターは平等。同じ狩りを皆ですれば当然山分けなんだがそれが出来ないハンターも少なからずいるみたいだ。


 日が暮れる頃に帰ってくるハンターは、野犬やガトルを狩るハンター達だ。

 一喜一憂しながら報酬をマリーから受けている。

 皆のあこがれるハンターが彼等なのだが、極めて収入が不安定でもある。


 そして、グラム達が帰ってきた。

 ちょっと体を反らせぎみに歩いているのは、背中で動いている布包みのせいだけではないのだろう。

 マリーが布包みを受取り、セリーが運んできた木箱に移し変えているようだ。

 そんなグラムを手招きして守備を聞いてみた。


 「どうだったの?」

 「上手くいったよ。13匹捕まえたぞ」


 匹ではなくて個だと思うし、グラムの頬が赤くなってるのは、たぶん蹴られたんだろう。

 不思議な薬草だからな。思わず顔に近づけてジッと見てみたくなるのは頷ける。


 「まだ、採れるかしら?」

 「結構広く生えてたよ。次も同じ位は確実だ」


 「なら、また明日お願いするわ。報酬も少しは上がるはずよ。マリーに確認して」

 「分かった!」


 グラムがカウンターに走って行き、マリーと話を始めた。

 まぁ、これで明日も同じ分量は何とかなるな。


 「まだ、馬車が来ないみたいね。でも、これで貴方がやってきた面目は立つでしょう?」

 「マンドリル1個と蜜蜘蛛があれば他の薬草とあわせて、50人以上の治療ができます。13個ならば千人近い患者を救うことが可能です。そして、明日も期待できるのですね?」


 「一応、そこまでになるでしょうね。明後日もやってくれるでしょうけど、数は期待できないわ」

 「そこで、軍隊なんですね。弟でダメなら、先程の書状を使わせて貰います」

 

 外で馬車の止まる音がした。

 ギルドの扉を開けて身奇麗な少年が顔をのぞかせる。

 

 「迎えが来たようですわ。早速王都に向かいます。弟の無礼をお許しくださいな」

 

 席を立つと優雅に私に礼をして足早にギルドを出て行く。

 荷物はマリーとセリーが運んであげたようだ。


 ガラガラと車輪の音を立てて馬車が去って行く。

 これで、少しは王都の危機が軽減したかもしれないな。

 最終的には、軍隊の持ち帰る薬草が決定的になるだろう。


 マリーが私のテーブルにやってきた。

 

 「王都は大変みたいですけど、この町は大丈夫なんでしょうか?」

 「明日、グラム達が持ち帰ったマンドリルを教会に1個渡しなさい。神官は薬の作り方を習っているわ。1個あれば蜜蜘蛛が無くとも数十人分の薬は出来るし、グラム達も根こそぎにマンドリルを採取することはないでしょうしね。

 後で、教会の神官に訪ねると良いわ。前回の流行の時に灼疹に罹っているなら、その人は比較的安全よ。世話をするのも問題ないわ」


 ギルドの仕事ではないけれど、マリーなら教会に行きそうだな。

 確かに、この町の前回の状況だけでも確認しておいたほうが良さそうだ。

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 「そういえば20年程前に、確かに灼疹が流行ったね。私や夫もしばらくは動けなかった」

 「もし、この町で流行ったら介護をお願いします」


 「わかってます。宿の連中も確か罹っていたはず……。あれから大分経ってるから年頃の連中より下があぶないことになるんだね。もしも、私が介護に出る時は、ネリーをお願いします」


 王都と違って狭い町中だから一気に広がったんだろうな。となれば、もしこの町に灼疹がやって来ても、王都のように混乱することはないだろうな。


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