G-002 偽物登場
夕方近くになって宿に戻った。
ギルドからあまり遠くない木造の宿は、1階が食堂兼酒場になっている。まだ、酒場は混んでいないようだ。
「おや、帰ったのかい。近場の仕事なら危険が無いから、私等も安心だよ」
「どうやら、長期の仕事の当てが出来ました。1年以上厄介になりたいんですが、宿代は一月単位で良いですか?」
「定職に着いたなら、どこかに間借りすればと思うよ。まぁ、私に任せておきな。良い場所を見つけてあげるよ。そうだねぇ、10日ほど待っとくれ。そしたら案内してあげるからさ」
私は、バッグの小袋を取り出して銀貨を3枚取り出した。1日が30Lで夕食と朝食が付く。酒場の片隅で世間話を聞きながらチビチビと蜂蜜酒を飲むのもおつなものだ。
「確かに。決まればお釣を返すからね。適当な席で待ってれば夕食を持って行くよ」
そう言いながら部屋の鍵を渡してくれた。
その鍵を左のポーチに落とし込むと、カウンターの端に席を取る。
まだ、バーテンは来ていないようだ。といっても、先程のおかみさんの旦那さんなのだが、2人とも元はハンターだったらしい。今ではメタボな夫婦に見えるけど、酔っ払いを軽く叩き出してたからな。意外と黒の中位にまで上りつめたのかもしれないぞ。
そんな、感じだから酔って騒ぐ客はいるが、他人に迷惑を掛けるようなことにはならない。私が安心して飲める酒場でもあるのだ。
「ほいよ。今日はデリスのハーブ焼きとメリスのスープだぞ」
「どちらも好物です。この町は良い所ですね」
「エルフは肉を余り食べないと聞いてたんだが、そうでもないんで安心したよ。食事が終る頃には酒場も開くだろう」
「ハンターは体が資本ですからね。私は何でも頂きます」
私の言葉に、宿のおやじさんも笑っていた。昨夜はわざわざ野菜だけの料理を別に作ってくれたからな。たぶんハンター仲間にでも聞いたんだろう。確かに普通のエルフ達は肉を好まないことは確かだ。でも、食べないという事はなかったぞ。
優雅にナイフとフォークを使って食事を始める。タバコの箱位のパンが添えられてるから、それを千切って口に運ぶ。
食事を終える少し前に、酒場が開かれたので蜂蜜酒を注文すると、金属製のマグカップが私の前に運ばれて来た。
場末の酒場で飲んだワインは最低の味だった。あれ以来、ワインを飲まずに蜂蜜酒を飲んでいる。だけど、エルフはワインという関係式があるようで、初めての場所では奇異な目で見られるのだが、この酒場ではそんなことも無いようだ。近所の娘さんが手伝いに来たのだろう。私の食器を片付けてくれた。
シガレイを取り出すと、直ぐに灰皿が置かれる。バーテンが手元から小さな燃えさしを取り出してくれたので、それで火を点ける。
チビチビと酒を飲みながらのシガレイは俺の楽しみの一つだ。酒場で始まったハンター達の自慢話が良い肴になるな。
不意に酒場が静かになる。
始まったか。今夜はどんな奴だ?
「姉ちゃん、1人のようだな。俺達のリーダーがかわいそうだと言ってるんだ。一緒に飲まねぇか?」
「私は、1人が好きなの。それにもうすぐ此処を出るわ」
見るからに、俺はハンターって感じの男だな。
チラリと見た姿は筋肉質で長剣使いか……。だが、革の上下は敗れているし結構汚れが酷い。どうにか大型獣を倒して浮かれているってところだろう。
「俺達は銀のアギトのメンバーだぞ。リーダーは黒の7つ。ハンターたる者、高位のランクには可能な限り従うのが俺達の掟じゃないのか?」
「それは狩りの場合だけ。何を勘違いしているの?」
「ずべこべ言わずに来りゃ良いんだよ!」
そう言っていきなり私の手を掴もうとした。
軽く私は手を上げるとカウンターにドンと男の手が広がる。その手首を人差し指で軽く押さえ込んだ。
途端に男の顔が苦悶の表情に変化する。
俗に言う、人体のツボだ。手の神経が甲側で集まる一点を押さえているから、相当な激痛が走っている筈だ。
「痛てて……。お願いだ。指を退けてくれ!!」
男の懇願に、そっと指を離す。
「このアマ!」
そう言うと丸太のような腕で私に殴り掛かってきた。これは、正当防衛って奴が必要だな。
その場でダンスをするように体を回す、とすれ違いざまに脇腹に指を突き刺した。3cm程突き入れた指先は的確に脾臓をえぐった。
男はその場で口から泡を吹いて床にバタリと倒れる。それを見た連中は驚いたような表情で私を見た。やがて、ガタガタと椅子が引かれ立ち上がった男達が私を取り囲む。
「お前ぇ、いったい何をした?」
「お仕置きよ。女性を殴ろうなんてハンターでは、リーダーも大変でしょうね」
嫌味ったらしく、テーブルから動かない男に向かって声を掛ける。
「大人しく、このテーブルで勺をすればそれまでだったろうに……。仮にも黒7つに逆らえば、この町はおろか近隣の村でも仕事がなくなるぞ」
「別に、構わないわ。年間の契約ができたから」
私の言葉に頭にきたのか、男は椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がった。
「言わせておけば、この俺に逆らうのか!」
バタンっと扉が開く。
入ってきたのは、男女の3人組み。筋肉質の女と痩せた女。それに貧相な顔をした男だった。30台位だろうか? あまり腕の良いハンターには見えないな。
「なんだい、この騒ぎは? まぁ、わたいが来たからには静まるだろうさ。さぁ、話してみな。まさか、黒姫が収めてやろうってんだから、文句は無いだろうねぇ」
面白くなってきたぞ。これだから辺境の村や町は面白いんだ。
「へぇ~、黒姫って人を見るのは初めてだわ。貴方がそうなの?」
シガレイに火を点けると、椅子をクルリと回して微笑んでみる。
「駆け出しハンターなら覚えておくんだね。王国でただ1人銀7つを持ったハンターさ」
「黒姫様。この娘が私のパーティの男を手に掛けたのです。私は黒の7つ。それなりに敬意を払ってもらっても良いと思うのですが……」
アギトのリーダーは、黒姫様に泣き付いたぞ。
レベル差がありすぎるからそうなるのも分るが、この黒姫様のランクはどれ位なんだ?
「銀のギルドカードは見せて欲しいところね。さぞかし、凄いカードなんでしょうけど」
私の言葉に、黒姫と名乗った女が胸元からカードを取り出した。確かに銀のカードに見える。問題は見えるだけだ。
「確かに銀のカードに見えるわ。穴も7つ開いてるわね。だけど、そのカードがギルド発行のカードである肝心のマークを指で隠す理由を教えて頂きたいわ」
「なんだと! この姿でこのカードがあれば黒姫様に間違いは無いだろうに!」
貧相な男が私に近付いて腕を伸ばして説明を始めた。
「姿が黒いなら私も黒姫よ。それに、彼女についてはギルドから情報を貰ったことがあるわ。1つはエルフであること。貴方はどう見ても人間よね。そしてもう1つは単独行動しているということよ」
私の言葉に、だんだんと黒姫様が激高してきたようだ。顔が朱に染まり、肩で息をしている。
「私を偽者だと!」
そういうなり、長剣を抜いて俺に切り掛かってくる。
ヒョイっと椅子から体を横にずらして立ち上がったところに、ブン!っと音がして長剣が振り込まれると椅子が両断される。
黒5つというところだろうな。
しょうがないから、相手になってやろうか。
酒場を破壊する訳にはいかないから、男達の間をすり抜けて表に飛び出した。通りの真中で待っていると、ぞろぞろと関係者が出てくる。
私としては、早めに最初の男を治療院に連れて行ってあげた方が良いと思う。時間が経てば治り難くなるからな。
「逃げずにいたとは感心だ。だが、身軽さで黒にはなれないぞ!」
リーダーがそう言うと男達が私を取り囲む。それでも3m程離れているのは、最初の男が簡単に無力化されたことを覚えているのだろう。
「わたいの顔に泥を塗ったんだ。此処はわたいが直々にお仕置きしてあげるよ」
男達の後ろから黒姫様がやって来た。剣先で男達を除けると、私の前に立つ。
もうちょっとマシな姿体で、顔が良ければ少しはこっちも折れてやっても良かったのだが、どう見たって熊だぞ。
変な噂が立ったら、こっちだって困るからな。
マントを外してクルクルと丸めると通りの片隅に放り投げた。
「ほう、やる気だね」
「えぇ、私もそれなりに使えるわ」
黒姫様の持つ長剣は、刃渡りだけで1mは越えているな。さっきの一撃でおおよその技量は把握している。長剣の技量は青ってところだ。踏み込みと剣の振りがまるで合っていない。それでも、力はあるから相手を叩き斬る位は出来そうだ。
銀レベルの長剣使いはまるで舞うように扱うが、この黒姫様は直線状につかうだけのようだ。
ハアァァ!
気合と剣の動きがまるであっていない。円を描くように片足を軸に回るだけで一撃を避ける。
1歩踏み出しながら左手でバッグの上に横に差してある小太刀を抜くと、振り上げようとする長剣に叩き付けた。
ガシン!っという金属音が通りに大きく響いた。
「そんなんじゃ、黒姫様を名乗れないんじゃないの?」
ゆっくり振り返えると、放心状態で半ばから切断された長剣を握っている女に声を掛ける。
「おのれ!」
一々声を出して教えてくれるから助かるな。
バスケットボール程の火炎弾が俺に向かって飛んで来たのを、同じく火炎弾を左手で作り上げて飛んできた火炎弾にぶつける。ボン! と言う音と共に火の子が飛び散り、私に向かっていた火炎弾は消滅した。だが……、私の作った火炎弾はそのまま直進して痩せた女に直撃する。火達磨になった女が、通りを転げまりながら何とか火を消したようだが、かなりの火傷をしたんじゃないかな。
「まだやるの?」
「なんだと! ……殺っちまえ!!」
一斉に掛かれば何とかなると思ってたんだろうか? 確かに私の容姿はひ弱に見える。それでも、人間の黒レベルのハンター以上の力を持っているし、素早さはエルフの特性だ。1人ずつ確実に剣を握った腕の筋を切断していく。
呻き声を上げながら蹲る男達を尻目に、投げ捨てたマントをポンポンと叩いて手に持つと酒場に戻っていった。
「これで修理して」
「すまんな!」
私が投げた銀貨を受けて、おやじさんが言った。
「全く、相手のレベルを見る事が出来ないんだからねぇ。近頃のハンターにも困ったもんさ。警邏の連中には私から話をしておくよ。早く部屋に戻って疲れを取るこった」
おかみさんが、カップに入れたお茶を渡してくれながらそう呟いた。
それを一口飲んでおかみさんに返す。
「そうします。でも、そんな連中が少しでも減ればいいんですけどね」
そう言い残して、宿である2階へと階段を上る。
後ろから、『まったくだねぇ』っと言う声が聞こえてきた。