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G-019 灼疹と護民官

 グラム達を見送ってしばらくすると、ロディがちびっ子を引き連れてやってきた。

 2人のバッグが大きく膨らんでるから、ガラス瓶が入っているのだろう。

 早速、掲示板の依頼書から1枚を引き剥がして、マリーに渡している。


 マリーに色々と注意をされてるようだが、慣れたころが確かにあぶないんだよな。

 バッグから薬草を入れたポーチを取出して、毒消しの小さなボトルを2本引抜いた。


 ギルドを出ようとして私に顔を向けた時、片手を上げておいでおいでをすると、急いで私のところにやってきた。


 「何ですか?」

 「これをあげるわ。小さな子が多いから念の為よ。即効性だから飲むだけで効き目があるわ」


 そう言って渡した毒消しのボトルを大事そうにポケットに仕舞い込む。

 使わずに済むならそれで良い。

 

 「俺の持ってる毒消しと色が違ってますが……」

 「言ったでしょ。即効性だって。ロディが持ってるのは遅効性、効き目は同じでも直に効くから小さな子には丁度良いでしょ」


 ロディも何個か薬草を持っているようだ。

 でも、一般に出回っているのは遅効性の青い液体だ。私が渡したボトルの中身は紫色だからロディが疑問に持つのも頷ける。

 しかし、魔物相手に遅効性では問題がある。ぎりぎりで戦う場合にはちょっとした動きの鈍さが命取りになりかねない。

 黒の高レベルぐらいになると、即効性の毒消しを持つ者が多いのだが、結構値段が高いんだよな。通常のボトルが6Lなのに対して、50Lもするのだ。

 値段は教えなかったけど、使わなければ数年はその効果を保つからしばらくは安心出来るだろう。


 ロディは私に頭を下げて礼を言うと、ちびっ子達を引き連れてギルドを出て行った。

 

 そんな私のところにマリーがお茶を運んでくる。


 「あれって、即効性の毒消しですよね。2本で銀貨1枚ですよ!」

 「まだ3本持ってるわ。それに使う機会がある者に渡しておいた方が良いでしょう?」


 「それは、そうですけど……」

 「マリーは、蜜蜘蛛の毒を受けた事がないでしょ。かなりの激痛よ。ちびっ子達にはちょっとキツイわ。大人でも、通常の毒消しではしばらく動けなくなるぐらいなの」


 ダノンが青レベルに匹敵すると言っていたロディのリーダーとしての能力だが、一緒にいるのが小さな子供ばかりだからな。

 ちょっと呆れたような顔をして、マリーがカウンター戻って行ったぞ。

              ・

              ・

              ・


 「在のハンターですよね。お休みのところ申し訳ありませんが、相談に乗って頂けますか?」

 「休んでる訳じゃないんだけど……。相談には乗るわよ」


 丁寧な挨拶で私のところにやってきたのは、20歳位の男女4人組みだ。

 私の言葉に、テーブルの椅子を引いて着席する。

 中々の男前だし、女性の方もそれなりだ。まぁ、私には劣るけどこれは仕方がない。

 物腰からするとレベルは白の高位ってところだろうな。


 「掲示板にパラニアムの依頼がありました。王都の南の町でハンターの仕事をしていたのですが、このような獣は聞いたことがありません。

 依頼のレベルからすれば僕達で何とか出来そうなんですが……」

 「確かに、南にはいないでしょうね」


 そう言って、片手を上げて指を弾く。

 直に、お茶と例のノートを持ってマリーがやって来る。

 

 「図鑑を持ってきてくれない?」

 

 私の言葉に、カウンターに向かったマリーの代わりに、私がお茶を配ってあげる。

 直に、図鑑を抱えたマリーが私の隣に座ると、私は図鑑を広げた。

 この図鑑は本当に分かりにくいな。


 「これがパラニアムよ。動体の大きさは野犬程だけど、6本の足は長さが体長を超えるわ。そして私達よりも関節が1つ多いの。

 生息地はこの町からだと1日は掛かるわ。町を北に抜けて、森を通りその上の荒地を更に上って行くと大きな崖に出るわ。その崖に生息してるの。

 狩りで気をつけるのは、長い足先に付いた爪と口よ。爪には毒があるし、近付けば毒を吹きかけるわ。

 離れた場所から弓で射るか、【メル】を放てば崖から落ちてくるから、そこを槍で突きなさい。少なくとも7D(2.1m)は生きてる内は近寄っちゃダメよ」


 「……という事は、崖の斜面に住んでいる。ということですか?」

 「獲物が近付くと、崖から飛下りて獲物に足で絡み付くの。そして獲物の体液を吸い取るのよ。蜘蛛に似てるけどれっきとした獣だわ」


 「貴方は、エルフですよね。やはり【メル】を使ったんですか?」

 「ちょっと、違うわ 。」


 そう言って、バッグの中から魔法の袋を取りだして、中を物色する。

 ちょっと重量のある袋を取出すと、テーブルの上に中のものをジャラリと置いた。


 「それは?」

 「狩りの道具ね。他に使ってる人はいないけど……。この中間にある鉄の輪を掴んで振り回して投げるの。すると、両端にある錘でこの鎖が広がるわ。くるくると棒のようになって飛んで行って、相手に当たると絡み着くのよ。落ちて来たところを槍でブスリって感じかな」


 「僕達でも、使えますか?」

 「ちょっと練習が必要だけど、革紐の両端に石を結び付ければ原理は同じよ。試してみたら?」


 「ぜひやってみます。後、注意する点はありますか?」

 「そうね……。この依頼はパラニアムを倒すだけじゃなくて、毒袋の採取にあるの。毒袋は顎の下にあるから慎重に切り取らなくてはダメよ。極めて袋が薄いから傷を付けると中身が流れ出しちゃうわ」


 「分かりました。早速出かけてみます。」


 男女の4人組は席を立つと私達に深々と頭を下げる。そして、依頼書をカウンターのセリーのところに持って行った。

 依頼の確認印を貰ったところで、もう一度私達に礼をするとギルドを出て行く。私達は片手を上げて、彼等を見送った。


 シガレイに火を点けると、マリーの顔を見る。


 「パラニアムの毒袋の用途はただ1つ。鎮痛だけよ。しかも習慣性があるんじゃなかったかしら?」

 「その通りです。これも緊急の依頼なんです。マンドリルの効果があるのは発疹が出ている間に限られます。それを過ぎたら……」

 

 せめて、断末魔の苦しみを和らげてあげたい……。という事か。

 でも、鎮痛効果は他の薬草でも得られる筈だ。パラニアムのような危険な薬草を使うのは問題じゃないのかな?


 「何か、とんでもないことが王都で起こってるようね……」

 「マスターも気にして何度か書状を送ってるんですが、……返事がないんです」


 ガラガラという馬車の音がギルドの前で止まると、身なりの良い男女が扉を開けて入って来た。

 マリーが急いで席を立つとカウンターに行って応対を始めた。セリーはマスターを呼びに行ったようだ。


 マリーが私の席に2人を案内してくる。ちょっと違和感があるな。

 私のテーブルに2人が座ると、マリーが耳打ちしてきた。


 「王都の護民官とその副官です。マスターは全権を委ねると言っていました。私が後程結果をマスターに伝えます」

 

 相談事だとすれば、私に課せられた仕事の範疇となる。だけど、同席ぐらいはするのが普通じゃないのか?

 

 「困ったマスターね。分かったわ」

 

 サリーが人数分のお茶を持って私達の前に置いてくれた。

 一口お茶を飲むと、早速要件を聞いてみる。


 「実は……」

 「王都で灼疹が流行してるってことでしょう?」


 護民官達が互いの顔を見合わせる。

 

 「かん口令を敷いている筈ですが、どこからそれを?」

 「蜜蜘蛛、それにマンドリルは灼疹の特効薬、さらにはパラニアムとは穏やかではないですね。必要個数を記載しておらず、1つでも買取るとなれば王都の状況が想像できます」


 「おっしゃる通りですわ。城の薬剤庫は一昨日に空になりました。薬剤ギルドの蓄えも、広まる一方の病に明後日には尽きてしまいます。私どもがこの町に来たのは、なるべく沢山、そして早く薬草を入手したいが為なのです」


 言ってることは、正論に聞こえるが幾つか問題がある。

 1つは、王都の対策だ。まさか発病後に対応するという形になっていまいな。

 そして、この町で王都用の薬草を調達するとなると資源が枯渇するぞ。

 

 シガレイに火を点けてゆっくりと煙を吐き出す。


 「2つ、お聞かせくださいな。1つは、王都の防疫対策。そしてもう1つは次の流行の時はどうなさるおつもりですか?」

 

 再び両者は顔を見合わせる。


 「今回の流行の発端となった地区は外出禁止令が出されいる。そして、次の流行には間があろうから再びこの町から薬草を手に入れられると思うのだが……」

 

 やはり、護民官は貴族の単なる肩書きのようだ。

 病というものを理解していないばかりか、資源の保全を考えないようだな。

 1つの貴族が延々と役目を引き継いでいるのだから、ちゃんと仕事をしていれば膨大な資料があるはずだ。それには過去の対策が記されている筈なんだが、この2人は場当たり的な対応をしているようにも思えるぞ。


 「それにしては貴族方は王都から疎開しませんね。率先して病に対処しているということなのですね?」

 「国王が貴族に禁足令を出しました。破れば貴族の資格を剥奪されるでしょう。私どもは、国王に直訴してこの町に薬草の督促に来たのです」


 「蜜蜘蛛は沢山数が揃うでしょう。マンドリルは今夕には入手出来ますが数本というところでしょうね。パラニアムがギルドに届くのは早くて明後日です。数個採れればというところでしょうか」



 ガタンっと音をたてて男が立ち上がった。

 そして私に指差して大声を上げる。


 「それでは間に合わん! 今すぐにでもハンターを組織して薬草を手に入れねばダメだ。ここのマスターを直に呼び出せ! 場合によってはギルドマスターの資格を取上げるぞ!」


 「何時から、ギルドに護民官は介入できるようになったのかしら? マスターは国王の信認よ。そして、貴方はパイドラ王国の滅亡を望んでいるということになるけど、良いのかしら?」


 のんびりとシガレイを咥えた私を真っ赤な顔で睨んでいる。長剣に手を掛けようかどうか迷ってるみたいだけど、私を斬れるのだろうか?


 「アルタネス……お止めなさい。確かに、この人の言うとおりよ。私達には権限は無いわ。」


 男が席に着くのを確認して、改めて私に話し掛けてきた。


 「でも、1つ気になります。何故私達が国を滅ぼす事になるんですか?」

 「それは、薬草の資源が枯渇するからです。ギルドのハンターに大金を積めば直にでも数は揃うでしょう。でもその時手に入れた数が多ければ多い程、次の流行時に採れる薬草は少なくなります。極端な話、全く採れないことも考えられます。……さて、誰が責任を取りますか?」


 「ですが、マンドリルは今大量に必要なのです」

 

 まぁ、それも分る。

 しかし、短絡過ぎるな。


 「確か、護民官は世襲制の筈。そして灼疹の流行は今年初めてではありませんよね。20年程前にも大流行して、王都から大勢の貴族が逃げ出したことがあったわ。その時の対処方法は、今考えても納得できることが多かったけど、貴方達はその記録を読んだことがあるの?」

 「お恥ずかしい話ですが、読んではおりません。そして、当時を仕切った父も世を去りました」


 パイドラ王国成立よりの古い家系の筈だ。その蔵書は沢山あるのだろうが、少なくとも護民官名乗るなら過去の実績と評価ぐらいはしておいたほうが良いだろうな。


 「今から読んでも間に合いそうもないわね。なら私が当時の話をしてあげるわ。

 当時の護民官がしたことは、病人の隔離と薬草の採取よ。

 王都を6つの区画に分けて病人を1つの区画に隔離したわ。その周囲を無人化して、献身的な介護者が隔離した病人の世話をしたの。

 薬草採取は、将軍に頼み込んで軍隊を動員して行なったわ。既存の薬草には手を掛けずに新たに薬草を採取できる場所を探したのよ。

 何処を探して、何処で薬草を採取できたかは軍の記録か当時の参加者が知っているでしょうね」


 「そこまでしたんですか……」

 「それ位、国民を考えていたの。護民官の役職はそんな官職よ。ただの肩書きではないの」


 まだ若いから、今からでも護民官の意味を勉強できるだろう。

 とはいえ、王都の病の流行は何とかしなくちゃならないだろうな。

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