GⅡー76 黒鳥のスープ
町に着いた時には夜になっていた。
やはり雪の中を草原を歩くような感じで歩くのは、どうしても無理が出てしまう。途中途中で休憩を普段より多く挟むから、こんな時間になってしまった。
とはいえ、まだ宵の口。町の住民もどうにか夕食を終えたところだろう。
ギルドに寄って、黒鳥の狩りの成果を渡したら、宿に持って行くように言われてしまった。
宿のおかみさんであるテレサさんの依頼だし、私達もお腹がすいているから丁度良い感じだ。
途中で、狩りから帰ったことを、ミレリーさんに知らせるようキティに頼むと、リトネと一緒に出掛けて行った。宿で直ぐに食事になるとは限らないからね。
先に頼んでおけば一緒に食べられるだろう。
テレサさんの宿は、食堂から酒場に変わろうとしている時だった。
私達に気が付くと、テレサさんが、まだ飲んでいる客を強引にカウンターに移動して開けてくれたんだけど、客商売でそんなことをしてだいじょうぶなんだろうか?
グラム達が呆気に取られて口をポカンと開けている。
「1杯の酒を飲んでるだけなんだから、カウンターで構わないさ。後で摘みを届ければ十分さね」
豪快な笑い声で説明してくれたんだけど、それでもねぇ……。
「そうそう、狩ってきましたよ。都合6羽ですけど、2羽を私達に調理してくれませんか? グラム達も食べたことがないそうですから」
「6羽だって! 出来れば全部私が買い取りたいね。もちろんあんた達にはタダで食べさせてあげるよ。リトネとキティはお使いだね。ちゃんと人数分作ってあげるよ」
そう言ってテレサさんはカウンターの中に入って、棚をごそごそとやっている。グラムがカウンターに行って袋から取り出した黒鳥を見た、ハンターの何人かが驚いたようにロディと獲物を見ているのもおもしろい。
「銀貨8枚を受け取りました」
「なら1枚ずつ分けられるわね」
冬の猟は過酷であまり収入がえられないからね。これで少しは余裕が持てるだろう。
「これでも飲んでおいておくれ。スープは時間が掛かるんだ。大鍋で作ったからね。グラムには済まないけど、ミレリー達を呼んでおくれ。ついでにギルドに寄って仲間がいれば呼んできておくれな」
私達の前にワインが出された。キティ達が来たならジュースも出てくるんだろう。
グラムが、すぐに席を立って宿を飛び出して行ったけど、冬の夜道は凍っているのだ。途中で転びそうな勢いだったけど大丈夫だろうか?
「まったく、さすがはミチルさんだね。カインドが感心してたよ。今軽く湯に通して羽をむしってるところさ。今夜は寝るだけだろうから、ゆっくりしていってほしいね」
「お手間を掛けさせて申し訳ありません。やはり雪で遅くなってしまいました」
「とんでもない話だよ。私のわがままを聞いてくれたんだからね。だけど……」
テレサさんが話を途中で切ったのは、宿の扉が開いてミレリーさん達が入ってきたからだ。その後ろにはプレセラたちの姿が見える。何を狩って来たんだろう? この季節だと、ガトルになるのだろうけどね。
テーブルが足りないと、近くの客を他のテーブルに移してテーブルを合わせる始末だ。追い出された客も、おとなしくテレサさんに従っているのは、嫌とでも言おうものならつまみ出されると思っているのだろうか?
「後は、グレイ達にロビー達だね。今度誘って味見をさせれば良いさね」
プレセラたちも、普段と違って上機嫌のテレサさんを見て戸惑っているようだ。
「何を狩ったの?」
「森の手前に野犬が出たと聞きましたので」
罠猟の連中の便宜を図ったということだろう。プレセラの立ち位置が良く分かる狩りだ。それに、野犬ならテレサさんが同行する必要もない。
自分達の技量が分かって来たということかな?
この辺りが微妙なところなんだけどね。さらに上を狙うか、在の狩りに満足するか。プレセラとしては上を狙いたいだろうし、それは現国王の望みでもあるようだ。
じっくりと狩りの腕を磨いていくことになるのだろう。
「ところで、ダノンのところは?」
「生まれたよ。今日で2日目だね。真っ先に知らせてくれたのが嬉しいよ」
どっちなの? とラクスに聞いてみると、男の子だと教えてくれた。
そうなると名前をどうするかだ。やはり男らしくなければいけないだろう。ダノンのことだから将来はハンターに確定だろう。
勇ましい名前も良いけれど、ガルフを狩れる罠猟師も捨てがたいところだ。
アムロだと見えない物まで見てしまいそうだし、嫁さんが来ない可能性もあるな。
コナンだと背が伸びない気もするけど、頭は良くなりそうだ……。
「それが、不思議なこともあるもんだね。赤ん坊に妖精のキスの跡があったのさ」
初めて聞く話だ。たぶん地域的な迷信の類なんだろうけど、テレサさんにその話をしてもらうことにした。
キティやリトネも興味深々な様子で顔を向けてるし、ラクスやラズーも聞き漏らすまいと注目している。
「まあ、この町の迷信なんだろうけどねぇ。生まれてくる子供の顔に小さな痣がある時には、それを妖精のキスの跡というんだよ。妖精なんてものは、教会の教義にはないから迷信に違いないけど、町の古老の多くは信じているし、中には見た者もいるという話さ。そうそう、ハンターの中にもそんな人がいたねぇ。獲物の居場所を教えてくれると話してくれたことがあるよ」
いたずら好きで、好意を持つ相手にはとことん手助けしてくれるらしい。それは一生涯続くということだから、ダノン夫妻も喜んでいるに違いない。
でも、一生涯いたずらをされ続けたら問題もありそうだな。良い友人関係を築けたらいいんだけどね。
「本当にいるのかしら?」
「いるよ。私見たことがあるもの!」
ラケスの小さな独り言に、いきなり大声を出したのはラズーだった。
「今でも、教えてくれる時があるんだよ。おかげで危ない目に合ってないでしょう?」
今度は、私達が驚く番だった。
思わずテレサさんやミレリーさんと顔を見合わせてしまった。
「そういえば、狩りの獲物を見付けるのがラズーはいつも早かったねぇ。なるほどねぇ。妖精は人を選ぶのかもしれないねぇ」
「ちょっと残念ですね。でも、ミチルさんは妖精を見たことが無いんですか?」
「はあ、残念ですとしか言いようがありません。おとぎ話の妖精は色々と知ってるんですが」
魔物だっているんだから、妖精がいてもおかしくはないけど、こんな体になってしまったからだろうか。それとも性格が少し歪んでいるのだろうか……。
「そういうことなら、ダノンの男の子の名は『ショウ』に決まりです。今の話にぴったりの私の故郷のお話に出てくる人物の名です。ちょっと筆記用具を貸していただけませんか」
テレサさんが用意してくれた紙とペンを使って、大きく『翔』と書いた。漢字はこの世界に無い文字だから読める者はいないはずだ。
その下に、この世界の文字で『ショウ』と描く。
「魔道文字のようだけど、見たことも無い文字だねぇ」
「今は帰ることもできない私の故郷の文字です。これでショウと読むんですが、この文字には羽ばたくという意味もあるんです。広い世界に羽ばたくような男性に育ってくれたらという願いが込められた文字ですよ」
「文字の1つ1つに意味があるのですか。文字を連ねて初めて意味を持つと思っていたのですが?」
「この世界の文字は表音文字と言って、言葉を書き留めるには都合が良いの。私の故郷の文字は表意文字と言って1つ1つの文字に意味を持たせることもできるのよ。どちらが良いとは言えないけどね。文字を覚えるのが面倒この上ないの」
それでも、テレサさんはショウという名前を気に行ったようだ。アニメの主人公の名前だとは教えないでおこう。
「明日にでも、ダノンに渡してあげるよ。スープのおすそ分けもしたいからね」
テーブルに広げた紙を丸めるとpケットに入れて、筆記用具を片付けながら旦那さんと話をしている。
まだできないのかと督促しているようだ。
でも、スープならじっくりと煮込んだ方が美味しいと思うんだけどねぇ。
狩りの様子を皆にロディが聞かせていると、ようやく黒鳥のスープが運ばれてきた。
湯気に混じった匂いは美味しそうな味を連想させる。
私達は食事も一緒だから、焼き肉までが運ばれてきた。
カインドさんまで、台所の奥からスープ皿を運んで、テレサさんの隣に座っている。
「「「頂きます!」」」
全員が唱和するとスプーンでスープを口に入れた。
思わず目を見開き、近くの友人達と顔を見合わせて微笑んでしまう。
絶品だ!
ジルギスのスープも美味しいが、これは格が違う。
裕福な商人の食事と王侯の食事の違いはあるだろう。同じように美味しいかもしれないけど、何というか、上品さがある味なんだよな。
「どうだね。私がもう一度食べたいという意味が分かったかね」
テレサさんの問いかけにも、頷くだけだった。
ひょっとして、この焼肉も? と食べてみたんだけど、これはイネガルの塩漬け肉のようだ。
今夜の食事で2羽は使ってしまったろうけど、残り4羽はあるんだよな。次にこのスープが飲めるのはいつの事だろう。
空になったスープ皿を皆がジッと眺めているのも分かる気持ちだ。
「グラムは、黒鳥の狩りができるの?」
思い詰まったような表情でミレリーさんが尋ねている。
「何とかなると思っています。罠猟自体は意外に簡単でした。でも……」
グラムなりに自覚したようだ。
掛ったらすぐに獲物を獲り込む。それはガトルとの競争になる。
夜のガトル狩りができないと、この猟は無理なのが問題なんだよね。




