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G-014 重傷者の治療

 昔は、【サフロナ】と言う上級の回復魔法があったらしい。

 それこそ、心臓さえ動いていれば全快するというとんでもない魔法だ。

 だが、そんな魔法は魔道師達の夢なんじゃ無いだろうか?

 数十年のハンター生活でそんな魔法は見た事もない。

 ただ、昔はあったと言われているだけだ。

 そして、何故それが無くなったかについては誰も知らないようだ。

 ある意味、幻影ではないかと私は思っている。


 「命は保証してあげる。でも、片足は治らないわよ。それに右腕はかなり酷いわ。後遺症が残るかも……。左手は何とかなるでしょう。腹は……、内臓には達して無いようね。頭は大丈夫ね。上手く岩に当らなかったから背骨も大丈夫でしょう」


 丸太や薪を集めて帰ってきた連中に、男の周囲の岩をどけてもらう。

 でないと治療をするのも困難だ。


 焚火で鍋に湯を沸かすと冷めるまでしばらく待つ。

 ポットでお茶を沸かしてちょっと休憩だ。

 さて、何処から始めるかな?


 足から行くか。

 男の長剣を焚火で熱する。真っ赤に焼けるまで待つことになるな。

 木箱を取り出させて箱を開き、必要な物を取り出した。

 使うのは、革紐と包帯だ。木箱の片側にはぎっしりと包帯や三角巾が詰まってる。

 

 「誰か助手をお願い」

 「私がやります!」


 まだ少女じゃないか。大丈夫かな?


 「名前は?」

 「レスリーです」


 「その三角の布を半分に折って。そして、別の布を掌より少し大きく折ったら、火傷の薬をたっぷり塗って頂戴」


 案内してくれた男に、重傷者の千切れた足を上に固定してもらう。

 マントを腿の後ろに当てて、どうにか上に向けてくれた。


 急いで足の付根を革紐で強く縛る。千切れた足の少し上で縛ってはいたが、キチンと止血して処置しないとな。

 足は膝下20cm位のところで千切れている。なんとか膝の関節は残してやりたい。

 

 レスリーを見ると、横にもう1人女性が付いている。レスリーが火傷の薬を塗りたくった布を持ち、もう1人が三角巾と包帯を持っている。

 焚火に突っ込んだ長剣も真っ赤に焼けている。

 

 「ちょっと荒療治で足を処置するわ。口に布を巻いた棒を咥えさせて。……そして、皆、少し下がって!」


 腰の片手剣、実際には小太刀と呼ぶのが相応しく思う。

 鞘ごと抜き取うと、上に向いた足に向かって横に一旋して素早く鞘に戻した。カシン!と鍔鳴りだけがヤケに大きく聞こえた。


 スウっと膝から15cm程のところに横に血が滲んできた。

 焼けた長剣を焚火から抜取り、【クリーネ】で長剣の汚れを取る。

 そして、長剣の先で千切れた断面を突き刺して退かすと、鮮やかな切断面が現れた。


 「肩と腰に乗って! 暴れるかも知れないからしっかり押さえるのよ!」


 男2人が乗った事を確認すると、赤く熱せられた長剣を切断面に押し付けた。

 

 ジュ!っと湯気が出る。と同時に重傷者がうめき声をあげて体を振るわせた。

 更に長剣の断面をずらして切断面に押し付ける。

 そして、長剣を投げ捨てると、レスリーから奪うようにして、塗り薬を焼けた肉に押し付けて傷口を塞ぐ。更に布を載せて三角巾で包み込み包帯でぐるぐる巻きにして傷口を薬に密着させた。


 「片足術式終了。次ぎは右手に移ります」

 

 右腕は噛まれたようだな。肉が引き裂かれて骨が砕けている。生憎と代用になるものは……あった。さっきの足の骨だ。

 急いで周囲を探すと千切れた足が落ちている。

 ナイフで足の骨の周りの筋肉をそぎ落として、砕けた骨の長さに合わせて小さな鋸で切断する。

 先程の荒療治でどうやら気を失っているから、作業はやりやすいな。

 体に付いている方の骨の両端をクサビ形に鋸で整形して、足の骨の方は谷形にする。

 傷口から骨を綺麗にピンセットで拾い出すと、最後にアルコールで消毒する。【クリーネ】で清浄にした骨を中間に入れて、後はくっ付くのを祈るだけだ。

 裂けた傷口は糸で縫い合わせる。

 全体に布を被せた上に包帯を軽く巻く。

 最後に30cm位に切った棒を2本使って腕が動かないようにしっかりと固定した。


 「右腕術式終了。次ぎは左腕よ」


 左腕は変な方向に曲っているだけだ。これは単純骨折だから引張って腕を真直ぐにすると先程と同じように棒で固定する。


 「左腕術式終了。次ぎはお腹に移ります」

 

 腹は、爪で切り裂かれたようだ。

 腹筋で何とか止まっている。深い傷を数箇所縫って置けば良いだろう。

 アルコールで消毒して20cm程の傷を3箇所縫いつけた。周りの傷は【サフロ】で処置しておく。


 「以上術式終了!……少し休んで町に移動するわよ」


 血で濡れた両手を重傷者のパーティのメンバーが水筒で流してくれた。

 衣服に付いた血の汚れは【クリーネ】で除去する。

 使った道具類は、お湯で洗って丁寧に拭き取り木箱に戻しておく。



 「すまねえ。あんたがいてくれて助かったよ。こいつとは昔からの付き合いだ。足は不自由になるかも知れねえが、それでも生きてくれるだけありがたい。もし、誰も処置出来なければ、俺達の誰かが引導を渡すことになっていた」

 「良かったわね。町に運んで教会の診療所を利用しなさい。包帯を替えたり身の回りの世話をしてくれる筈よ。一月は預けることになるわ」


 「それ位なら、何とでもなる。大丈夫だ」


 教会だってタダではない。それなりに支払う必要があるが、宿代よりは安い筈だ。

 その間は、3人で簡単な狩りをすれば良いだろう。


 お茶のカップが渡され、それを飲みながらシガレイで一服する。

 後は、町までの搬送になる訳だ。


 重傷者のパーティの男2人の革の上着を脱いでもらい、その上着の前をしっかりと止めて棒を中に通すと簡単な担架の出来上がりだ。

 腕をしっかりと押さえながらゆっくり担架に乗せて、幅広の革紐で男を担架に固定する。

 足と両腕もしっかりと固定して前後左右の4人で運べば大丈夫だろう。

 女性3人には周囲を監視してもらう。

 ガトルに追われてこうなった以上、近くにまだ群れが残っている可能性もあるのだ。


 頻繁に休憩を取ってどうにか町に運び込んだ。

 

 「後は、教会に運びなさい。私の役目はこれで終わり」

 

 そう言って、手伝ってくれたパーティと共にギルドに入った。

 カウンターでマリーに簡単に顛末を報告する。


 「分りました。でも……」

 「だいじょうぶ。私の報酬はそれも含まれると思うわ。そして手伝ってくれたパーティには私から報酬を払います」


 「別に俺達は……」

 「そうも、いかないわ。貰って頂戴。これで、良いわね」


 銀貨を4枚リーダーに渡す。

 一月金貨1枚だから、銀貨100枚に相当する。

 命を救う手助けが銀貨4枚なら安いものだ。

 それに、この仕事で儲けようとも思っていない。一生暮すには十分な金は既に持っている。


 カウンターを離れると、何時ものように掲示板を眺めてからテーブルに着いた。

 セリーがお茶を持ってきてくれた。


 「ギルドでは、さっきまでその話が続いてたんですよ。ミチルさんがいてくれて助かりました」

 「これも、仕事と思っているわ。出来るだけの事はするつもりだけど、今回は上手くいった方ね。彼の運もあると思うわ」


 そんな私のところに手伝ってくれたパーティがやってきた。

 セリーに自分達のお茶を頼むと、テーブルに着く。


 「木箱はちゃんと返しておきました。貴重な体験が出来て、なおかつ報酬をいただけるとは思いませんでした。ありがとうございます」

 「それは、良いわ。私が頼んだことでもあるしね」


 そう言って、シガレイに火を点ける。


 「でも、俺には少し疑問があります。足を斬るのは良いでしょう。切断面がきれいな方が治りが早いと聞いた事があります。

 しかし、腕の骨を繋ぐとか、腹の傷を広げて確認した上で縫うなんて……。

 そんなことは余程人体の構造を知らないと出来ません。何故知ってるんですか?」

 「昔、習った事があるの。どこにどんな骨があって、何処を血管が走っているか、お腹の中の内臓はどうなっているのか……。まさか、今になって役に立つとは思わなかったけどね。」


 サリーが持ってきたお茶を4人が美味しそうに飲んでいる。


 「そうですか。ひょっとして拷問師に係わる人じゃないかと心配してました」

 「ただのハンターよ。でも、あまり真似はしないでね」


 ある意味、危険でもある。

 人は中々死なないけど、意外と脆い面もある。とはいえ、試行錯誤で治療されたらたまったものじゃない。さらに、手術には感染症の危険もあるのだ。

 だが、自信があるなら、そしてそれ以外に助ける方法がないなら、やってみるべきだろうな。


 「勿論です。でも、それ以外に方法が無い時には何とか助けたいです」

 「それで良いわ。体には自然に直す力がある。手術はそれを助ける道具だと思えばいい」


 そんな所に、先程の男を担いでいた男達が帰ってきた。

 

 「此処にいたんだな。さっきは助かった。これは少ないが俺達の気持ちだ」

 

 そう言って、小さな革袋を取り出す。

 彼等の全財産なんだろうな。


 「それは、受取れないわ。このギルドでそんな仕事も請け負ったと思って頂戴。そして、それで彼に体力の付く物を食べさせて」

 「それじゃぁ、俺達の気持ちが……」


 確かに嬉しかったんだろう。でも、彼が再び仲間と狩ができるとは思えない。

 ある意味、彼等の別れがこの後にあるのだ。

 彼の次の暮らしが立ち行くように残りの金は使うべきだ。


 私に深々と頭を下げて男達がギルドを後にした。

 そして、私の前に座っていたパーティも片手を上げて退席する。

 そろそろ、夕暮れだ。

 ネリーちゃん達の薬草採取はとっくに終わっている筈だ。


 あらためてシガレイを取り出した時、1人の女性が私の前に現れた。

 

 「ちょっと、お邪魔するわ」

 「えぇ、良いわよ。ところで御用は?」


 私はシガレイに火を付けると、私を見て微笑んでいる女性の顔を眺めた。

 容姿的には、私よりも年上に見える。銀色の髪は緑がかっている。緑の瞳に細い容姿は典型的なエルフ族だな。


 「貴方、何者なの?」

 

 いきなりだな。ま、私の容姿は確かにエルフと瓜二つなのだが……。


 「私にも、分らないわ。遠い記憶はボンヤリとしてるの。それに思い出すのは苦痛だわ」

 「私達の遠い親戚なんでしょうけど、この辺りではあまり見掛けないことは確かね」


 「特に困らないから、問題ないわ。身分はギルドが保証してくるしね」

 「同族なら、手伝って貰おうと思ったんだけどね」


 そんなことか。ある意味勧誘だな。

 とはいえ、他の者でも良いような狩りなら、私が参加するまでもないだろう。

 私の仕事は相談に乗ることと、必要な狩りに参加することだ。


 「今は長期の契約で此処にいます。フリーではないので」

 「残念だったわ。魔道師が2人なら色々できるかなって考えてたのよ」


 そう言って、彼女が去っていく。

 どうやら黒レベルの魔道師のようだ。

 エルフは殆ど魔道師だからな。私が前衛だと知ったらどんな顔をするんだろう?

 ちょっと見てみたかった気もするぞ。

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