GⅡー74 バネを利用する罠
凍った雪は歩きやすいとは言えないようだ。雪靴の下にスノーシューに似たカンジキを履いても、たまに膝近くまで潜ってしまう。前を歩くグラム達が杖を使って足元を探ってはいるんだけどね。
普段の半分ほどの速度で一面の銀世界を歩いていく。夏なら薬草がたくさん取れる荒地なんだけど、今は何も見えない。
「あと少しで休憩を取りますからね」
グラムの声にキティとリトネがホッとした表情を作っている。やはり歩くのに苦労しているみたいだ。
数本の灌木が立ってる場所に来たところで、グラムが足を止めると焚き火を作り始めた。
狩場まではどう考えても2日は掛かりそうだ。それならのんびり向かうに越したことはない。グラム達もそんな考えを持てるだけに裕度が出来たのだろう。
カップに半分ぐらいのお茶だけど、十分に体を温められる。意外と冬の狩場は乾燥しているのだ。水分補給を忘れがちだけどね。
何回か休憩を取りながら、どうにか森の中に入ることができた。
今夜はここで野営をする。グラム達が慣れた手つきで数本の立木を背にしてテントを張ってくれた。北風を遮ってくれるからそれだけで温かく感じる。
キティ達がパメラを手伝ってスープ作りを始めている。私は焚き火の傍でシガレイに火を点けた。
「この辺りにはガトルはいませんからゆっくり休めますよ」
「貴方達ががんばってくれてるからね。でも、油断はしないでほしいわ。冬は北の山脈からいろんな獣が下りてきてるから」
3人の男達が私の言葉に頷いている。さんざん、ダノンが脅かしたのかも知れないけど、それだけ身に染みているなら問題はないのだろう。
ほんのちょっとした気の緩みで、パーティが全滅することだってあり得る。だいぶ経験も積んだけれど、どれだけ積めば良いという目安はないのだ。
とはいえ、壮年に近づいたハンター程慎重になっていく。経験を積めば積むほどに危険性を自覚できるということに違いない。
そういう意味では、グラム達は危ういハンターと言うことになるのだが、この町でハンターをするならば、マリーとダノンと言うフィルターがあるから、彼らに危険だと思われる狩りの依頼を持ってきても許可しないんじゃないかな?
ある意味、過保護なんだけどね。町に居着いたハンターならではの事だろう。
お弁当とスープの夕食を終えると、焚き火の周りに皆が集まってお茶やパイプを楽しみだした。
狩りのとちゅうの野営は、こうして焚き火を囲む夜の話が面白いんだよね。
「グラム達が覚えた罠猟はどれぐらいあるの?」
「そうですね。ダノンさんから教えて貰ったラッピナ用の罠と、ミチルさんに教えて貰ったロープを使った罠ぐらいですね。まだまだ罠の種類ってあるんですか?」
罠の種類に興味を持ったようだ。この周辺では今の2種類で十分だろう。他の罠には問題点もいくつかあるのだ。
「それこそ数え切れないほど罠の種類は多いのよ。獣の大きさによっても異なるし、鳥や魚を捕まえる罠だってあるのよ。今回教える罠猟もそんな中の一つではあるわね。小型の鳥を捕まえる罠なんだけど、少し大きくても何とかなるわ」
うんうんと頷いてるけど理解できたんだろうか? 私の話に相槌を打っただけなのかもしれないな。
「貴方達の狩は、罠猟と武器を使った狩が半々ぐらいでしょう。町に住んでる以上、現在の罠猟に磨きを掛ければ十分だわ。でもね、世の中には獲物を捕らえる罠で人を殺してしまう場合もあるのよ。そんな罠もある事だけは覚えておきなさい。それと、そんな罠をこの周辺で使わせないことも大切だわ」
どんな罠だと聞かれたから、武器を使った罠だと答えておく。詳細を教えたら興味本位で作らないとも限らない。
たぶん、ダノンは見たことぐらいはあるだろう。その恐ろしさまで知っているとは思えないが、そんな罠猟をするハンターに注意を与えておけば良い。
「でも、そんな危険な罠を使って何を狩るのかにゃ?」
「グライザム並みに凶暴な獣よ。知恵があるから近寄ることも出来ない。そこで、そんな罠が出来たんだと思うわ。それと、その罠を使うハンター達は私達と違って自分達の縄張りを持っているの。縄張り内でなら自分達が仕掛けた罠の場所が分かるでしょう。他のハンターが犠牲になったとしても縄張り荒らしは別な意味で重罪だから、問題が無いんでしょうね」
「俺達も、罠を仕掛ける場所はだいたい決めているんですが、それも縄張りと呼べるような気もしますけど……」
「でも、初心者達にはその場所を教えてあげるでしょう。本当の縄張りは他者を寄せ付けないの。だから危険な罠でも平気で使うんでしょうけどね」
確かにグラム達の縄張りみたいなものがあるけど、ネリーちゃん達の獲物が少ないと聞けば、その場所を譲ってあげてるから縄張りと言うのもおかしな話だ。自分達が見つけた獣の通り道は、見つけたものに優先権があるということになるのだろう。
他の町や村から流れて来るハンター達にも、教えているぐらいだからね。
その夜は2人ずつ焚き火の番をすることにしたようだ。私の番は明け方にリトネと一緒ということになる。
ゆっくりと寝ることにしよう。明日は森の上まで歩かねばならない。
翌日の夕暮れ近くに、どうにか森の北に外れに着くことができた。
やはり雪の中は歩きづらいことこの上ない。季節が季節ならこれほど苦労はしないだろう。
グラム達が焚き木を取りに出掛けるところを呼び止めて、指位の太さの枝を大量に集めてくるように言いつけた。
首を捻っていたけど使い道は分からないんじゃないかな。
テントを張ってパメラ達が食事の支度を始めたところで、グラム達に罠猟の道具を拵えて貰う。
「先ずは、これぐらいの長さの棒を作って、両端に紐を巻くの。紐の長さは両手を広げたぐらいで丁度良いわ。それを10個程作って頂戴。次にこの棒だけど、長さは1Dと二分の一(45cm)ほどが使いやすいわ。片方の先を鋭くしておくのよ」
何を作ろうとするのか分からないけども、言われたことはきちんとする連中だ。首を捻りながらも仕掛けを作っていく。
「次は細身の棒の両端を鋭くしたのを30本程作ってね。もう一つ大事なものがあるんだけど、これは現地で手に入れるしか方法がないわ」
小型の鳥なら問題はないのだが、黒鳥の大きさは鶏ほどもある。バネとなる枝は自然に生えている物を使うのが一番だ。
出来たものを、魔法の袋から取り出したカゴに入れておく。
これで明日は罠を仕掛けられるぞ。
夕食を食べながらパメラ達も理解に苦しむようにカゴを見ている。リトネ達も同じのようだ。やはりこんな仕掛けを使うのはこの辺りでは私が最初になるんだろうか?
翌日は皆で鳥の足跡を探す。
山から下りて来た黒鳥は一定の距離を自分の縄張りにして餌を探すから、その通路を探すことから始めなければならない。
それほど大きな縄張りを持っていないし、10羽ほどで群れを作るから直ぐに見つかるはずなんだが……。
「ミチルさん! ありましたよ」
グラムの指さす場所には雪の上に特徴的な足跡があった。前に三本爪は獣ではない。
「さて、あれが良いわ。早速罠を仕掛けるわよ。グラム、良く見ておくのよ」
指二本分ほどの雑木を使ったバネ仕掛けなんだが、先ずは雑木を曲げて罠の場所を確認することから始める。
場所が確定したら紐を結んだ枝と何もない枝を取り出し、細い枝を二本カゴから選び出した。
「この棒をこんな風に置いて両端を細い枝で固定するの。しっかりと突き刺すのよ。立ち木をバネにしてるからかなり強く引かれるからね」
地面に横に固定された棒に紐をくぐらせる。この紐を雑木を曲げてしっかりと結べば出来上がりだ。
紐の付いた棒を指三本分ほど浮かして下の棒との間にトリガーとなる枝を挟み込む。棒でトリガーをちょこんと押すと、バチン! と大きな音を立てて雑木に結び付けた枝が下の枝にぶつかった。
キティが吃驚して目を丸くしているし、他の連中も少なからず驚いているようだ。
「その間に黒鳥が首を入れるということになるんですね?」
「そういうこと。でもこのトリガーが作動しやすいように、細い枝を横に張るのよ……。これで仕掛けは出来上がりになるわ」
「でも、これに黒鳥がわざわざ首を入れるでしょうか?」
魔導士のケイミーの素朴な疑問はみんなの疑問に違いない。
「そこで、これが役に立つの。この季節に穀物は貴重な餌と言えるでしょうね。迷わず食べに来るわよ。でも、こっちの方から食べたんでは罠に掛からないでしょう。だから……」
袋から穀物の種をつまんでパラパラと巻いておく。それが終わったところで、周囲をたくさんの枝で囲い込んだ。
「この枝はこのためだったんですか。先を尖らせた意味がようやく解りましたよ」
カゴを使った罠の変形だけど、大概のものが現場で長達出来るのがこの罠猟の良いところだ。
作業が終わったところで、キティが曲げた雑木に鈴を取り付けた。キティの耳なら容易に聞こえるだろう。パメラもいることだから夜の猟でも、獲物をガトル達に先取りされることはないんじゃないかな。
次の罠は私の指示の下にグラム達が仕掛ける。昼過ぎまで掛けて、グラム達とリトネ達が交互に罠を仕掛けて行った。
遅い昼食を頂いたところで、半数を早めに休ませる。今夜は一晩中、罠を監視しなければならない。




