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GⅡー71 オブリーの決意


 凍傷のハンターの具合を確かめるために、リスティン狩を5日程延期することにした。

 皆のガッカリした姿を見るのは気の毒に思えるけど、凍傷は見た目だけでは分からないところがあるからね。少なくとも最初の包帯を変えるまでは、この場にいた方が良いことは確かだ。


「姫さん……。もう一つのパーティなんだが」

「全滅ってこと?」

「そうだ。 とりあえず、埋めてきたらしい。王都からやって来たハンターが今朝カードを届けてくれた」


 ギルドカードと一緒に回収できるものは持ってきてくれたのだろう。ハンターの多くが狩で命を落とす。そんなハンター達のカードは回収されて、形見の品と共に家族に送られるのだ。

 カードをギルドに届けてくれたハンター達には、たとえ赤1つのカードであっても1枚に付き銀貨1枚がギルドより礼として渡される。

 

「もう少し早めに、キティ達の店開きをホールでやった方が良かったかしら?」

「終わったことを気に病むことはねぇさ。来年は俺が子供達と何日かやっておく」


 暖炉の火でシガレイに火を点ける。

 昨日雪が止んで今日は朝から青空だ。今朝の冷え込みはかなりの物だったから、積もった雪も凍ったことだろう。

 罠猟の連中が喜々として出掛けたようだ。キティとリトネもネリーちゃんのパーティと一緒になって出掛けたけど、キティ達は弓で猟をするんだろうな。


 3日目に教会を訪ねると、オブリーが礼拝堂の扉を開けてくれた。

 教会のシスターだったのを忘れていたからちょっと驚いたけど、小さく頭を下げると無言で私を隣接の簡易宿泊施設に案内してくれた。


「部屋数が6つに、簡単な治療室まで備わっています。責任者の老神官は私に後を任せたいと言っているのですが……」

「今のままよりは良いかも知れないわ。だいぶ、傷の手当ても覚えたでしょう?」

「でも、まだまだ未熟ですから……」


 謙虚さは大事なことだ。だけど時には冒険も必要なんじゃないかな?

 私が教えられるのは、初歩的な外科手術であって全ての手術ができるわけではない。

 限界は明確に存在する。医者として進むのであればその限界を少しでも踏み出す勇気が必要だろう。

 それによって助かる者もいるに違いない。座して神に祈るよりは、自分にできる範囲でそんな困難に打ち勝ってほしいものだけど。


「ここです」

 通路の左右に並んだ扉の1つを叩くと、扉を開けて私達は部屋に入った。

 部屋の中には2つのベッドと椅子が1つ。窓際に小さな机がある。

 私を見るのは初めてのようだ。ジッと私を見ている。


「オブリーさんか。今日はまた別嬪を連れてきたな」

「あなた達の指を切断した本人よ。その後はどうかしら?」


 驚いたように私を見つめ返しているけど、飛び掛かってくるわけではなさそうだ。


「話は聞かせてもらった。まだ痛むが、腫れはないようだ」

「あのまま放っておけば手そのものを失いかねなかったから、指2関節は諦めて頂戴。長剣は使えないから罠猟ということになりそうね」


「出来るだろうか? まぁ、武器は考がえんといけねぇだろうが?」

「前向きに生きるなら工夫することね。それぐらいはできると思うわ」


 そんな話をしている間に、オブリーが包帯を解いて傷口を見せてくれた。

 出血の跡もない。これなら一気に【サフロ】で傷口を閉じることができる。

 両手の指と足の指に【サフロ】を掛けて再び包帯で結んだ。


「2日もすれば傷口が綺麗に閉じるわ。明日もう一度包帯を巻けば、治療は終わり」

「ありがてぇ。となれば、南で狩をするさ。北の狩は普段のようにはいかなかったな」


「少し高くついたわね。でも、もう1つのパーティは全滅したわよ。命には代えられないわ」

「あいつらか……。途中までは一緒だったんだ。俺達と別れて先に行ったんだが……」


 ほんのちょっとした不注意が命を落とすことに繋がる。ハンターとはそういう職業なのだ。それは狩に出掛ける前から考える必要があるのだが、この2人はそのことをきちんと学んだのだろうか?

 そうでなければ、それほど長くハンターを続けられないに違いない。


 2人の部屋から出ると、オブリーの私室に向かう。

 教会が少し大きくなったから、オブリーも私室を持つことができたのだろう。

 小さな火鉢のようなストーブでお茶を作ってご馳走してくれた。


「先ほどの話だけど、私は賛成よ。別に神官が教会の責任者で無くても良いと思うの。それに、オブリーが責任者になれば、シスター見習いをここに置けるでしょう? 手術を教えることができるわ」

「でも、私にできることは限られています」

「私も手伝ってあげるわ。でも、町にいる時間に限られるけど……」


 それならと、私の手を握ってくれた。

 オブリーなら良いシスターとして町の人達を導いてくれるだろう。一度は神を呪ったこともあるに違いない。だけど今はそれをバネに前に進もうとしているからね。


「私はミチルさんのパーティから抜けないといけないのでしょうか?」

「このままで良いわ。たまに手伝ってもらうことになりそうだしね。他のパーティに参加することも無いでしょうから、ずっとプレアデスの一員で良いわよ」


 私の言葉に目を輝かせているけど、早々怪我人も出ないだろう。リスティン狩は手伝って貰うつもりだ。

 明後日に3日の狩に出掛けられることを確認したところで、ギルドに向かう。


 ギルドのホールの暖炉の前にはカインドさんとダノンがのんびりとパイプを楽しんでいた。

 私が来たのを見て、カインドさんがベンチを離れるとダノンの隣に腰を下ろす。


「申し訳ありません」

「いいってことよ。やはりミチルさんにはその席でないと、しっくりこないからな」


 それは、だいぶ前の話だと思うけど、2人にはそう思えるのだろう。

 

「明後日に狩をしましょう。凍傷のハンターも峠は越えた感じね。南に行くと言ってたわ」

「あの指ではなぁ……。手袋さえしてたら防げたものだが」

「冬山の狩を甘く見てたんだろうな。たぶん雪を見たのも初めてかもしれん」


 すべては終わったことだ。命を無くさなかっただけでも彼らは運が良いのかも知れないけど、これからのハンター暮らしがかなり難しくなることだろう。

 卑屈にならずに、ダノンのように前向きに生きてくれればと願うばかりだ。


「準備は問題ないぞ。グラムとロディが中心に動いてくれた。大鍋までテレサさんが持ってきてくれたから、後は当日の弁当だけだな」

「それで、どれ位参加できるの?」


「クレイにグラム、ロディにトビー。それにプレセラと姫さんのパーティだ。俺達もいっしょだから、さらに3人が追加になる」


 35人ってこと!

 これは狩というより冬山の遠足状態に近い。レベルもかなり差があるけど、目標は10頭を越えることになりそうだ。


「目標は10頭で十分だろう。1頭の半分を俺の宿で焼けば良いし、残りの半分は参加者で分ければ喜ばれるぞ」

「それだけいるともう一つの狩も楽になりそうね」

「あぁ、敷物を持ってない奴には分けてやれそうだ。残った毛皮と牙とイネガルを合わせれば銀貨1枚以上は渡せるだろうな」


 すでにガトルの襲撃は想定内ってことのようだ。

 ネリーちゃん達が持ってるんだったら全員持っているかも知れないけど、その時には古い毛皮を使っている連中の毛皮を交換すれば良いだろう。


「それじゃ、明後日の朝に!」

 嬉しそうに頷く2人を残して、ミレリーさんの家に帰ることにした。

 通りの雪は両側に退けてあるから歩きやすいのは確かだけど、油断すると滑ってしまう。ブーツの底の鋲を何本か交換しているのだけれど、油断はできないな。

 キティ達は革紐をぐるぐると巻いているのだが、さすがに白の中レベルになれば巻いていない者が多いことは確かだ。

 恰好が悪いということなんだろうけど、たまにしりもちをついているハンターがいるらしい。

 狩に出掛ける時には、防寒用の雪靴をブーツのまま履いて、スノーシューを取り付ける。

 罠猟の連中はこの装備が標準だ。野営するときにはスノーシューを脱いで、ガトルの襲撃に備える。

 途中、雑貨屋に寄ると頼んでいた杖を受け取って家に帰り着いた。


「あら、今日は早いですね」

 玄関を開けてリビングに入ると、直ぐにミレリーさんが暖炉近くに私を迎えてくれる。

 私が玄関の扉の脇においた少し変わった杖を見ているけど、それが何かは分からないみたいだ。

 私が使うのではなく、グラム達に渡そうと思ってるんだけどね。


「明後日に出発しますよ。準備はだいじょうぶですよね?」

「明後日ですか! もちろんです」


 嬉しそうに答えてくれたのは、暖炉の前でキティ達と一緒に雪靴の中に古くなった毛皮を張り付けていたネリーちゃんだ。

 ミレリーさんは、にこりと笑って私にお茶のカップを渡してくれた。


「あの2人の容態が安定したということですね。気の毒な話ですけど……」

「冬に手袋も用意しないというのは、常識以前の問題です。南に向かうと言っていましたから、オブリーも参加しますよ」


 参加人員が35人と聞いて驚いているけど、年に一度のお祭りのようなものだ。冬の狩がどんなものかを知る機会だし、報酬も期待できる。

 今頃は、ダノンとカインドさんが狩場を何処にするかで意見を交わしているに違いない。


「全て、準備は出来ていますよ。前回は8頭でしたね」

 今度は、もう少し多く狩りたいということなんだろうな。

 ミレリーさんに顔を向けると、2人とも自然に笑みが浮かんだ。


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