GⅡー67 紐の使い方
翌日、ギルドに行ってみると、ホールにはロディ達のパーティが私達を待っていた。
「おはようございます。俺達に狩を教えてくれるとダノンさんから教えて貰いましたので、待ってたんです」
「今日は芋虫を捕るんだけど、それだけじゃおもしろくないから、途中で何かを狩りましょう。希望はある?」
何もなければイネガルで良いだろう。だけど、ロディ達だって狩りたい対象があるかもしれない。狩れそうな気はするが、もう少し腕を上げてから……、そんな獲物であれば都合が良い。
ロディ達は頭を寄せ合って相談しているが、中々結論が出ないようだ。
「申し訳ありません。今のところグラムさん達に教えて頂けますから、特にこれと言った獲物はありません」
「グラム達もちゃんと後輩の面倒を見てるようね。なら、イネガル辺りにしましょう。この季節ならそれほど難しくないのよ」
難しくないという言葉にロディ達が首を捻っている。青の高レベルになってるからそれほど無茶ではないんだけどね。
マリーに手を振って、私達はギルドを後にする。最初はグリコス、その次にイネガルで良いだろう。
グレハの木があるのは北の森の山手だから、少し遠回りでも森を迂回して進むことする。
キティとリトネを先頭にして歩けば、遅れる者もいないはずだ。
森も紅葉が終わり、少し寂しげな感じがする。既に、山の方は雪が降っているのだろう。だいぶ冷たい風が吹くようになってきた。
キティ達が、自分達の疲れを基本に休みを取っているから、休憩の頻度は少し高くなっているけど、先が長いから丁度いいかもしれない。
北の森が右手に見えたところで、昼食を取る。このペースだと、北の森のはずれで今夜は野営をすることになりそうだ。
森のはずれは北風が強かった。
木々の密集した場所を見つけてテントを張ると、テントを囲むようにツタをめぐらす。キティ達が鈴を付けてくれたから、ガトル達が近寄っても気が付くだろう。
もっとも、キティや私がいる限り気が付かないということはないんだろうけど、念のためということは、ハンターに取って大切なことだとロディに話してあげる。
焚き火を囲んで夕食を取ると、私とリトネは早めに休む。最初の見張りはロディ達で十分だろうし、途中でオブリーとキティに代われば良いだろう。私達は明ける前に代われば良い。
翌日の天気はあまり良いものではなかった。
今にも雪になりそうだから早めに狩を終わらさねえばなるまい。
「降り出しそうですね」
「昼まで持ってくれれば良いんだけどね。朝食を終えたら荒地を登るわよ。昼前にはグレハの木があるはず」
簡単な朝食を終えると、直ぐに林を抜けて山に向かって歩き出す。
荒地は少しずつ勾配がきつくなるが、誰も弱音を吐く者はいない。良いハンターに育っているようだ。
10M(1.5km)ほど荒地を過ぎると、針葉樹の林が現れた。本来なら背丈の高い木になるのだが、養分の少ない土地なんだろう。幹は太くならずに冬の強い北風で枝が南だけに張り出している。
「あれがそうですか?」
ロディがこの林に似つかない広葉樹を見つけて叫んだ。
「あれがグレハよ。実はあまり美味しくは無いけど食べられるわ。だけど食べる時に注意してね。グレハの実にはグリコスがいるの」
グレハは数本が密生して生えている。まだ実が残っていれば……、と樹上を見る。既に葉は落ちている枝に数個のリンゴ位の実がなっていた。
「問題はどうやって取るかです。グレハの木の枝は折れやすいと聞いたことがあります」
ロディ達の様子を見てみると、近くから針葉樹を1本切り取っている。それで実を叩き落とすんだろうか? 面白そうだから少し見ていよう。
女性達の声援に応えようとロディ達が懸命に切り取った木を使って叩き落そうとしてるが、少し実が高すぎるようだ。体は温まったようだけどこれではいつまでたっても落ちないだろうな。
「ダメですね。グレハの木を倒しちゃダメですか?」
疲れたのかそんな事をロディが言い出した。
「もちろんダメよ。ちょっと待ってね。意外と簡単なのよ」
腰のバッグから紐を取り出す。
キティから矢を1本貰って、ヤジリの根元に結び付けた。
「キティ、あの枝の上を狙って矢を放ってくれない? 向こうに矢が届いたら、紐の両側をゆっくり引くと実が落ちてくるわよ」
「分かったにゃ!」
皆が見守る中、キティが矢を放つと、シュルシュルと紐が枝を飛び越えた。
リトネと一緒に紐の両側を引くと、グレハの実に調度引っかかって、ポトリと実が落ちる。
ヤジリの根元に結んだ紐を解いて回収すると、次の実を同じようにして落とす。
3個目はロディ達に代わって貰って、落とし方を経験させた。
「どう? 木を倒さなくとも実が取れるでしょう?」
「こんな使い方もあるんですね。覚えときます!」
20m程の細い革紐はいろいろと使い道がある。私のやり方も、昔の仲間に教えて貰ったものだ。私も木を斬り倒そうとしたんだっけ。ずいぶんと周囲から笑われたのを思い出してしまった。
「次はグリコスを取り出すわよ。板切れを出して!」
ロディが取り出したのはカマボコの板よりも少し大きなものだった。まぁ、これぐらいで十分だろう。
近くの木の枝を折って簡単なトングを作る。リトネがロープを網のようにして覆ったガラスビンを取り出した。
カマボコの板の上にグレハの実を乗せると、採取ナイフを手に持つ。確か10匹だったはず。5個で足りるかな?
「グレハの実はゆっくり切るのよ。グリコスにナイフの刃が当たるとグリコスは穴に逃げ込むから、その時間を作ってあげるの」
半分になったグレハの実には数個の穴が開いている。これなら3匹はいそうだ。
穴を避けるようにして再びグレハの実を割る。すると切断面からグリコスがもぞもぞと這い出してきた。
即製のトングで摘み上げ、ガラスビンの中にポトンと落とす。また出てきたグリコスを入れて……、やはり3匹だったな。
「分かったかしら? キティが初めにやってみて、次はリトネで3個目からはロディ達がやってみなさい」
少し離れて周囲を見張ってくれてるオブリーの隣に座ると、キティ達の様子を見ながらシガレイに火を点けた。
「矢に紐を結んで使ったのには驚きましたが、結果を見るとなるほどと感心しました」
「意外と使い道があるのよね。長いのと短いのを用意しとくと便利よ」
ちょっと手つきは危ないけど、あれなら噛まれることも無いだろう。
私が一服を楽しんでる間に、12匹のグリコスを手に入れたようだ。これで依頼は完了だが、次は冬のイネガル狩りをロディ達に教えなければならないんだよね。
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昼食を食べながら、次の目的地について話をする。
「次はイネガルを狙うわ。冬はイネガルは穴に潜ってしまうの。冬眠とまでは行かないんだけど、木の洞の中でジッとしてるわ。あまり雪の中には出ないのよ。
秋にたっぷりと餌を食べて、体に脂肪を付け寒さを凌ぐとともに春先まであまり食事をしないで良い体にするの。だから、イネガルの一番美味しい時期は、冬の初めとも言われてるわ」
焚き火の傍に焚き木で簡単な絵を描く。
皆がその絵をジッと見つめるのを待って次の話を始めた。
「キティ達には一度教えてあげたから、同じ狩をロディ達にも教えてあげるわ。
木の洞を見つけたら、少し離れた場所からそっと中を覗きなさい。何か見えたら、イネガルもしくはグレイルと覚えときなさい。
毛色は、イネガルは茶色でグレイルは黒だから、色で判断することになるわ。グレイルの方が少し厄介だけど、どちらも槍で倒せるわよ」
木の洞から追い出すために、焚き火を作って煙で燻りだすことを教える。
濡れた木や、まだ青い葉を付けた枝を乗せれば煙がたくさん出る。この辺りまではダノンが教えてるかな?
「ここまではだいじょうぶね? ここからが一番気を付けるところだからね」
カラリーナを手で折って焚き火に投げ入れて急いで風上に移動する。
「風上でやるのよ。大きな木の洞の周りは風の向きが複雑だから一番気を遣うところなの」
「ダノンさんは『カラリーナは使うな!』と言ってましたけど?」
「積極的に使うのは、確かに問題だけど使い方を覚える意味でも、季節に1、2回は使ってみるべきね。肝心な時に使うタイミングが分からなくなってしまうわ」
積極的に使うのは問題だろう。私が以前失敗した時は、かなり多用していた気がする。慣れてしまってカラリーナの危険性に鈍感になっていたんだろう。
そういう意味では、使っても季節に1、2回とすべきだろうな。多くても3回を超えぬようにしたいところだ。
それに、煙で燻りだすやり方だけなら問題は無い。カラリーナを使った時だけ問題になるのだ。結果が直ぐに出るから使うようなものだし、時間的な裕度があれば別に使わなくとも狩はできるのだ。
「飛び出してきたところをこの槍で狩れば良いんですね?」
「それで狩れるわ。キティ達にも出来たんだから、そんなに深刻な顔をしなくてもだいじょうぶよ」
男3人がジッと睨むように絵を見てるんだけど、女の子の方はおしゃべりしながら役割分担を決めているようだ。
やはりロディの将来は宿屋の御夫婦と似た感じになってしまうんだろう。
昼食を終えたところで下の森に降りることにした。
イネガルは雑食性だけど、少しでも餌となる木の実や木の根が多い広葉樹の森の方が暮らしやすいはずだ。それに木の洞は広葉樹に特有のものだからね。
昨夜野営をした場所より東に向かった森の端に着いたところで、今夜の野営地を探す。
ロディが数本の木が密生した場所を見つけたから、北風を避けるような位置にテントを作って、近くに焚き火を作る。
すでに辺りがどうにかお茶が湧いたところで辺りが暗くなってきた。たっぷりと焚き木を集めたから、焚き火を大きくして夕食のスープを作り始める。




