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G-013 片手剣の使い方

 ミラリィさんが風呂に入るためにリビングを出て行った。

 私とミレリーさんはのんびりとシガレイを楽しみながら、チビチビと蜂蜜酒を飲む。


 「【アクセル】を前提とした剣は初めて見ましたわ」

 「夫が長剣使いと言う事もあったのでしょうね。でも、娘に渡した時は気が付きませんでした。あの剣を使わなくなってからだいぶ経ちましたからね」

 

 それだけ、子育てが大変だったんだろうな。

 それでも、この家があったから2人を育てる事が出来たんだろう。

 近場で子供達と薬草を摘めば、食べることは出来たんだろうな。これが、家も無い状態ならば子供を誰かに託すか、王都の教会にでも預ける外に手が無かったろう。

 

 「でも、私は嬉しかった時があります。パイドラ一番のハンターが使う武器は片手剣だと聞いた時です。……もし、宜しければ、ミチルさんの剣を見せてもらいたいのですが」

 「ちょっと待って! 私だって特注品なら見たいわ」


 確かに私の剣は変っている。誰もが驚くものだが、この剣はこの国で作られたものではない。数十年の歳月にも係わらず、砥ぎに出した事も無いのだ。

 そして、今でも刀身に一点の曇りすら無かった。


 「これですか?……前に話したかも知れませんが、私には昔の記憶がありません。この剣と僅かな物が私の全財産でした。ギルドに登録してここまで来ましたが、この剣だけはずっと使い続けてきたものです」


 そう言って、ミレリーさんの前に鞘ごと片手でスイっと押し出した。

 その剣をジッとミレリーさんとミラリィさんが見ている。

 

 余りにも異質に見える筈だ。

 指2本分位の剣の横幅は通常の片手剣よりも狭い。そして全体に反っているのだ。

 通常、鞘は革を重ねて作るが、この剣は木で作られている。その上を漆黒の樹脂で塗り固めているのだ。何箇所かに金属の巻いて補強しているのだが、そんな作りの鞘は今まで一度も見た事は無かった。

 組紐のような細い糸で巻かれた柄は手に馴染む。そして鍔は小さく、銀貨より少し大きい位だ。


 ミレリーさんがゆっくりと剣を抜く。

 そして、リビングの天井に浮かんだ光球にかざしてみた。


 「綺麗……」

 「まるで、芸術品のようですわ。全く刃こぼれも無く、曇りすらありません。この波の様な紋様は刃自体から生まれてるんですね。いったいどんなドワーフの名工が鍛えたのか……」


 パチンっと鞘に戻して私の方にそっと差し出してくれた。

 

 「反った剣は初めて見ました」

 「でも、それが必要なことはミレリーさんは知っていますね」


 「一応、自分なりに考えて形にしてみたつもりです。まさか、このような剣があるとは思いませんでした。知っていれば、ミラリィの片手剣もそのような形になった筈です」

 「どういう事?」


 「その剣が、他の片手剣と違っている訳があるのよ。それは斬ることを前提に考えられてるの」

 「皆は、突く事に徹してると言っているわ」

 

 ミラリィに私は首を振った。


 「突くのも良いけれど、その剣は他の剣よりも斬れるのよ。その理由がその形を生むことになったの」

 

 ミレリーさんの使っていた片手剣は極端に言うと葉の形をしている。刀身の半分程のところが横に少し広がっているのだ。それは緩いカーブした形を描いている。

 

 「斬るという事は、真直ぐな剣では少し無理があるの。力があれば無理やり斬れるんだけど、力が無ければ技を使うことになるわ。それは、刃の全体をつかって斬ることになるんだけど、体の動きにあわせると剣の刃がこのように緩やかな曲線を描くことになるわ。私の剣と考え方が同じね」


 「これがですか?」

 「そうよ。そして、それを使う時のコツを1つだけ教えてあげるわ。獲物に剣を打ち付けるのではなく、手前に振り抜きなさい。そうすれば、自然に刃全体で斬ることが出来るわ」


 「そうですね。確かに私はそうやって使ってました」

 

 ミレリーさんが右手で動作を確かめている。

 

 「なんとなく、分ったような……」

 「ミレリーさんのしていた練習を教えてあげたらどうですか?」


 私の悪戯っぽい目を見たミレリーさんは、同じような目をして私を見た。


 「そうですね。……ミラリィ、この毛糸をあの梁に通して頂戴!」


 ミラリィが毛糸球の1つをザルから取ると、梁に向かって投げ上げた。

 落ちてきた毛糸玉を切り取って毛糸に銅貨を通して輪を作る。


 「この毛糸を斬る練習をするのよ。先ずはやって御覧なさい」


 私達は椅子から立ち上がると、壁際に離れて様子を見守る。

 エイ!って横薙ぎにした剣に、クルクルっと銅貨の錘が付けられた毛糸が巻きついた。


 「斬れる分けないと思うけど……」

 「そうでもないのよ。見てて!」


 ミレリーさんは剣を受取ると、軽く毛糸に向かって一旋する。

 コトリ……と、銅貨が床に落ちる。


 「ミチルさんも当然出来ますよね?」

 「一応ですよ。我流ですから……」


 右手に鞘を持って、左手を軽く柄に添える。

 シュン……カシン!


 空気を斬る音が消えない内に鍔鳴りの音が部屋に木霊した。

 呆気に取られた2人が椅子に腰を下ろそうとした僅かな空気の動きで、毛糸が2本ひらひらと床に落ちる。


 「絶対に自分のものにします!」


 ミラリィは硬い決意を私達に表明する。


 「それにしても……。私には無理ですね。たとえ全盛時代の私でもそこまで剣速を上げることは出来ませんでした。それに、ミチルさんは【アクセル】を使っていませんでしたよね」

 「私の国には【アクセル】が無かったようです。それで、練習を重ねて今のような業を編み出したようですわ」

 

 居合い抜きなんて、誰にも教えてもらった事はない筈だ。

 それでも、この世界では簡単に出来てしまった。

 この体に作り変えられた時にでも、そのような技を体に覚えこませたのだろうか?

               ・

               ・

               ・


 翌日の朝食の席にはミラリィさんの姿が無かった。ネリーちゃんも仕事に出掛けたようだ。


 「早速、朝早くから練習してましたよ。でも直ぐに上手くなるとは思えません。剣とは叩き付ける物、そんな考えが一般的ですからね」

 「包丁だって、切るときは引くんですからちょっと考えれば分ると思いますけどね」


 私の言葉に、ミレリーさんが思わず笑い声を上げた。

 釣られて私も笑い出す


 「確かにそうですわ。同じ刃物ですから当たり前ですね」

 

 そんな事を言いながら2人でお茶を飲む。

 果たして、ミレリィさんは達人になれるのか?

 それは本人の努力次第。お母さんはそれが出来た。ならばその娘であるミラリィさんなら十分になれる素質はあるだろう。

 数年後が楽しみだ。


 そして、私は何時ものようにギルドへと出掛ける。

 今日はどんな相談が来るのだろうか?

 そんな事を考えながら通りを歩くのもこの頃の楽しみだ。


 そんな時、通りの向うから走ってくる男達に気がついた。

 私を見つけてホッとしたような顔をすると急いで駆け寄ってくる。


 「大変だ! 直ぐに来てくれ」 

 「1人やられた。体を動かせねえ……」

 

 とりあえず、ギルドに向かって走る。ギルドならば詳しい状況が分るだろう。

 

 ギルドの扉を開くと、カウンターに駆け寄ってマリーに訪ねる。


 「どうしたの?」

 「青6つのパーティなんですが、ガトル追われて崖を飛び下りたらしく、1人が足を折ったようです。そこをガトルに襲われて、何とか撃退したもののかなり噛まれたようです」

 

 「分ったわ。例の物は届いてるんでしょ」

 「これです!」


 ドンっとカウンターに学生カバン程の木箱が載せられた。半分から2つに分かれるようだ。それを開くと、ナイフやハサミ等が入っている。アルコールも純度の高いものがビンに入っている。

 包帯や布も入っている。これなら使えそうだな。

  

 「2人付き合って!レベルが青ならば十分よ」

 「私のパーティが付き合いましょう」

 

 「俺が案内する。早くしねえと……」

 

 名乗り出てくれたパーティは青1つの男女のパーティだ。

 その中の魔道師が全員に【アクセル】を掛けてくれる。


 リーダーがカウンターの木箱を、腰のバッグから魔法の袋を取り出して仕舞い込んだ。


「行くわよ!」


 私の声に、案内役の男が走り出す。

 私達は彼を追いかけるようにして、ギルドを走り出した。


 問題は傷の深さと出血量だ。

 そして、【サフロ】を使うと表面の傷は治るのだが、深い傷では後々問題になる。衛生観念の乏しい世界だから、傷口の奥から炎症を起こして足や腕を切断しなければならなくなるなんて事はしょっちゅう起きる。

 【サフロ】の前に【クリーネ】位は掛けてやっても良いのだが、【クリーネ】は掛けた本人が汚れと認識したものにだけ働く性質がある。良いようで使い方が難しい魔法なのだ。

 それ以外の方法では、前にやったようにアルコールで消毒するのが良いんだが、ワインでは返って傷を悪化させる。蒸留酒が良いのだが、そんな物を持っていると飲んでしまう人が多いからな。

 

 町を北に抜けて山裾を東に走る。

 30分程で、一休みだ。10分程の休憩を取って今度は走らずに早歩きで移動する。

 

 更に2回ほど休みを取って着いたところは、ちょっとした崖の麓だった。1m程の岩がごろごろしている。


 「こっちだ!」


 男に付いて、慎重に足元を確認しながら歩いて行くと、2人の男女が私達に手を振っている。そして彼等の足元の岩の間に、まるでぼろきれが落ちているような感じで、男が横たわっていた。


 「腕の太さで身長の2倍程の棒を3本持ってきて! それと薪を集めて」


 私の声に5人が周囲に散っていった。

 残った2人が心配そうに私と男を見詰めている。


 とりあえず、状況確認だ。

 男に被せられたマントを引き剥がすと……。これは、一思いに引導を渡してあげた方が良くはないか?


 「助かりますよね?」

 「村を出てからずっと一緒だったんです」


 同郷の幼馴染か。意外と最初のパーティはそんな感じで仕事を始める者が多い。そして、少しずつ淘汰されていくのだ。

 これも、その典型ではある。

 片腕は骨が出ているし、もう片方の腕も曲っている。足は片方が千切れているし、腹にも深い傷があるぞ。

 それでも、布で縛ってあるから、【サフロ】は使っていないな。完治は無理だが、命は助けることができる。だが、身障者として生きていかねばならない。この世界でかれに出来る事はそれ程無いのが現状だ。

 それでも、薬草採取位は出来るだろう。伝手があれば店番も出来るだろう。

 

 何とかやってみるか……。

 

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