GⅡー63 テレサさんのお勧め
グラムの傷の処理がほとんど終わるころにオブリーがギルドにやって来た。オブリーにとっては貴重な体験を逃したことになるのだが、後でどんな処置をしたかを詳しく話してあげれば良いだろう。
それにしても、パラニアねぇ……。レベル的には問題は無いのだが、運が悪いとしか言う事が無い。
少し離れて狩ることを覚えた方が良いのかも知れない。長剣の腕に頼るようでも困るのだ。
槍を教えた方が良いのだろうか? それも、どちらかというと投槍だろう。相手に手傷を負わせれば長剣で狩る位はたやすいだろう。前衛だから槍を投げても次の武器は持っている。細身であれば杖代わりにも使えるはずだ。
「申し訳ないにゃ……」
「だいじょうぶ。女性じゃないんだから名誉の負傷を自慢しても構わないはずよ。ところで、1つ教えて頂戴。グラム達はいつも長剣を使ってるの?」
「長剣を構えて前衛にゃ。安心して弓を使えるにゃ」
「なら、前衛3人に槍を持たせてもだいじょうぶね。パメラがつかっていた槍を3人が持ってたなら、この傷は無かったでしょうね。パメラが教えてやっても良いんじゃないかしら?」
私の言葉をキョトンとした目で聞いていたパメラだったが、次第に目が大きく開かれた。頭の中でグラム達の槍をシミュレーションしてたのかな?
「分かったにゃ。となれば投槍にゃ。3人で投げれば1本ぐらいは当たるにゃ!」
場合によったらパメラも使うんじゃないかな? 何といっても元は槍を使っていたパメラだ。グラム達と比べれば格段に命中するに違いない。
リスティン狩りやイネガル狩りには有効に使えるから、覚えておいても損は無い。たぶんクレイ達のパーティと組んで狩りをしてるから必要に迫られなかったのかも知れない。槍があればパラニア狩りには槍を使うだろう。
「この町の近くにはおもしろい獣が住んでいるんですね」
「そうねぇ……。確かに北の外れではあるわね。この町と南の森の近くの村で3年ぐらい狩りをすれば、周辺王国を含めて8割以上の獣や魔物を見ることができると思うわ」
オブリーに私の過去を簡単に振りかえって答えると、神官になるのが早まったかな? という表情をしている。
オブリーなら新たなパーティに入るという選択肢があったはずだ。引く手あまたの長剣を使う黒の前衛。しかも複数のソウハンを相手にして生き残った強運の持ち主だ。
オブリーを庇って仲間が無くなったらしいけど、それはオブリーだけが心に残して置けば良い。
「北の町はまだ見ぬ獣がいると言う事でしょうね。この間のユニコーンも初めてでした」
「あれは滅多に出ないわよ。冬になれば大型の獣が下りてくるんだけど、そんな狩りで怪我をするハンターが多い事も確かなの」
「教会がもうすぐ完成します。外回りは既に終わってますが、中の仕上げがまだのようです。手術用の部屋と療養のための小部屋をいくつか用意することができました。教会は私をこの町に置いてくれるかも知れません」
その方が私としてもありがたいんだけど、オブリーは神官でもあるのだ。ここである程度の技術が身に着いたなら王国内を広く巡ることになるだろう。でも、最後にはこの町に戻ってきてほしい。
10日も過ぎると、グラム達は再び狩りを始めたようだが、前衛の3人が杖代わりに投槍を持っている。先端の保護ケースを外したところは見ていないけど、たぶん短剣を付けているのだろう。狩りならその方が色々と使えて便利だろう。
私達も、少しずつ森の奥に入って行けるようになってきた。キティの弓の腕はかなり上がったようだが、まだ筋肉が付かないからパメラのような弓はもうしばらく先になりそうだ。
「来春にはネリー達もカインドさんのお世話を離れられそうですわ」
「ガトル10匹が1つの目安でしょうね。それ以上を狙わない事です。新たな仲間がその辺りの危険を回避してくれますわ」
夕食後のテーブルで、蜂蜜酒をミレリーさんと飲みながらそんな話をするのも楽しいものだ。
こんどの冬で中型の草食獣を狩り、ガトルや野犬の脅威を跳ね返して町に戻って来るのがネリーちゃん達の卒業試験になりそうだ。
とはいえ、ようやく夏になったばかりだ。あと半年先の話になるな。
赤3つまでは町の周囲で薬草を採取し、それが終われば簡単な罠猟をダノンが教える。白になろうとしたところでカインドさん達が指導をすれば、白の高レベルには行けそうだ。その後は独自に獲物を駆ることになるんだろうけど、初めての狩りならミレリーさん達が教えてくれるだろうし、彼等に荷が重そうなら一緒に出掛けてくれるはずだ。
青になれば十分に一人前として通用するだろう。少なくともこの町で依頼を受ける上で技量的に問題があるのが数種の獣や魔物だけだ。それが出没した時には、クレイ達の出番という事になる。
そうなれば、私の役目は指導者達のコンサルティングで十分だろう。自ら狩りの方法を教えることも少なくなりそうだ。何となく昔が懐かしくなってきたな。
森の中で小型の獣をキティ達が狩っている。私とオブリーはそんな2人の周辺を監視するぐらいなのだが、意外とこの場所は怪我人が良く通ることが分って来た。
「はい。これで終了です。骨には達していませんが、2日は狩りを休んだ方が良いですよ」
「済まねぇ……。まさか、獲物に返り討ちに合うとは思わなかった。イネガルを甘く見たかも知れねぇな。これはわずかだが……」
イネガルの突進をかわせなかったハンターが数枚の銀貨を取り出したけど、オブリーは1枚を受け取って、教会に寄付すると言っていた。その辺りはレリエルと同じだな。銀貨1枚で教会が治療すると皆が思ってしまいそうだ。
何度も頭を下げながら町に戻っていくハンター達が、2頭のイネガルを引いて行った。今日の酒代が無くなってしまったが、身体が元手のハンターだから仕方がない出費に違いない。
あのままだと傷口が可能して片足を失いかねないほどの傷だったが、オブリーの治療も結構様になって来たようだ。
「今のハンターも、王都から来たハンターでした。これから秋になると、怪我人が増える事になりませんか?」
「自分の腕を過大に評価するようでは問題があるわね。青の7つと言ってたけど、実力はようやく青1つじゃないかしら」
「経験を踏めばレベルは上がりますが、単一の獲物ばかり狩っては……」
「それが問題だから、カインドさん達が交替でギルドに詰めてるんだけど、他のハンターに聞くことを良しとしないハンターが多いのよね」
聞くは一時の恥というけど、私は恥ではなく勇気だと思う。
見ず知らずのハンターに狩りの仕方を教えて貰うのは、ちょっとした勇気が必要だ。それができるハンターなら、怪我はしないんだろうけどね。
リトネとキティの連携も中々上手く行くようになってきている。この頃はわざと矢を射かけて、キティの潜む藪に獲物を誘導するような事を2人は考えたみたいだ。今度の冬には少し大物を狩らせてみよう。早めに赤を卒業させて、罠猟を教えなければなるまい。
ラビーや雪レイムの罠猟はダノンが教えているはずだから、何が良いだろう? ギルドでマリーに相談してみるか。どう考えても、最初からイネガルはできないだろうし……。
小さな鹿に似た獲物を4頭町の肉屋に卸して、リトネが依頼書に完了のサインを貰っているようだ。銀貨1枚は超えているから、3人で分けるように言って、私は一足先にギルドに向かった。
ギルドの奥にあるテーブルにいたのはテレサさんだった。今日はテレサさんが担当だったみたいだな。
「ご苦労さまです」
「今日は何も無くて退屈だったよ。おかげで冬の狩りに使うセーターがだいぶ捗ったけど、カインドは大柄だからねぇ」
旦那を思って毛糸を編んでいたみたいだ。いつも虐めてるように見えるんだけど、根はやさしいご婦人であることをダノンやガリウスは知っているんだろうか?
「ちょっと私から相談があるんですけど……」
「反対じゃないのかい? でも、聞いてみないと分からないからねぇ」
私の質問は、冬に喜ばれる獲物は何かと言う事なんだけど、話を始めるとマリーまでもが私達のお茶のカップを持ってやってきた。本当に今日のギルドは暇だったみたいだ。
「やはり美味しく頂けるものじゃないのかねぇ。リスティンやイネガルは、それなりに町に出回るけど、滅多に出ないとなると、あれだね」
「あれじゃ分かりませんよ。私も知ってる獣かしら?」
あるってことだな。でも、何なんだろう?
シガレイに火を点けると、テレサさんの言葉を待つ。マリーがイライラしてるけど、テレサさんは首をひねって考えてるぞ。
「マリー、図鑑を用意したら。テレサさんは思い浮かぶんだけど、何て名だったか忘れてるみたいよ」
「そう言えば、図鑑があったんだね。持ってきておくれ。マリーだって知りたいだろう?」
マリーがカウンターに駆けだして、分厚い図鑑を持ってきた。
ところで、図鑑の整理は出来てるんだろうか? 暇だったら、こんな時にこそ図鑑の整理をしといた方が良いと思うのは私だけなんだろうな。
「これこれ、これよ! 黒鳥って名前だったんだね」
鳥だったのか。マリーと一緒に図鑑を覗きこんだんだけど……。
「どこが黒鳥なのよ。いい加減な図鑑だわ、全身真っ白の羽じゃない!」
「ここに書いてあるわよ。……なんですって! 皮膚と肉が真っ黒って事から来てる名前らしいわよ」
烏骨鶏の親戚なんだろうか? 確かに皮膚と羽が同じ色じゃないのは分かるけど、真っ黒ってことは無いんじゃないかな。
「スープを作ると、ジルギスを越えることは間違いないね。だけど私でさえ数回味わったぐらいだよ。この町で黒鳥のスープをしている者が果たして何人いるんだろうかねぇ」
図鑑を読んでみると、大きさは鶏位だな。普段は山脈の奥深くに棲んでいるようだが冬には山裾に下りてくるらしい。
雑穀や木の目を好物にしているならキティ達の獲物に丁度良さそうだ。
ん? 待てよ。これなら弓で簡単に狩れるんじゃないか? それなら冬場に黒鳥を専門に狩る連中だってやって来そうだが、今までそんな話は聞いたことも無い。
「分ったかい? 黒鳥を弓で狩れない理由は、黒鳥の活動が夜間限定でしかも罠を簡単に見破るからなのさ」
雪深い深夜の森で、雪原の中で白い羽をもつ鳥を狩るなど確かにいないだろう。それより簡単な狩りがいくらでもあるからね。
「こんな依頼は聞いたことがありません。ギルドの掲示板に乗ったことは、私がカウンターに立ってから一度もありませんでしたよ」
「でも、標準価格では引き取ってくれるんでしょう?」
「ミチルさんが受けてくれるなら、私がギルドに依頼するよ。2羽で銀貨3枚でどうだい?」
思わず立ち上がって、テレサさんに腕を伸ばす。おもむろにテレサさんが立ち上がると右手を伸ばして私の手を握る。テーブルの上で固く握手が交わされたから、今年の冬の大きな楽しみが出来たぞ。
椅子に座ったままのマリーは私達をあきれた表情で眺めていた。




