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GⅡー61 焼いたミカン?

「ミチル殿は、メキドを知ってるか?」

 暖炉近くのベンチに腰を下ろしたガリクスが話題を変えるように呟いた。


「何度か退治したわよ」

 たぶんこの問いが、ガリクスの来訪した原因なんだろう。しばらく聞いていない獲物の名前だ。周囲の連中が興味深かそうに私を見ている。


「メキドは大きなムカデの事なの。シバレイネよりも大きいわ。顎はドワーフ最後の作で鍛えた短剣よりも切れ味が良いわよ」


 私の話を聞きながらガリクスが頷いていると言うことは、どこからかもたらされた情報と同じと言うことになるのだろう。


「俺のパーティで狩れるか?」

「ガリクスのパーティはレイナス君のいるパーティよね」


 素早く脳裏に4人の姿を映し出す。

 前衛の3人は人間族が2人にトラ族の男、ネコ族の中衛が1人とエルフ族の魔道士1人の5人パーティだ。

彼らで狩りをするとなると……、素早く脳内でシミュレーションを行ってみる。


「昼なら問題ないけど、夜なら1人は確実に亡くなりそうね」

「それほどの相手なんですか?」


 ミレリーさんが興味を持って聞いてきた。

 私達の周りに何人かのハンターが集まって来たのも、おもしろそうな話だと思って聞いてるに違いない。


「接近を知る手だてが無いのが問題なの。昼間ならネコ族の娘が教えてくれるでしょうけど、彼女だって眠ることは必要だわ。音もあまり立てずに近寄って来るメキドは防ぎようが無いでしょうね」

「要するに、見張りの数を増やせば良いのか?」


 ガリクスの問いに小さく頷く。

 確かにその一言に違いない。だけど、見張りに特化した種族であることが望ましい。


「誰でも良いわけでは無いわよ。ネコ族なら青5つ以上で夜は2人必要ね。イヌ族なら青1つで1人でも十分だわ」

「起きている人間がそれだけ必要と言うわけだな。その違いは……、臭いか!」

「正解。ミカンが焦げた匂いがするわ。ネコ族も鼻が良いけれど、イヌ族を越えることは出来ないわね」


 ミカンの名前はこの世界でも同じだった。意外と同じ単語が多いことに最初は驚いたものだが、それで助かっていることも多い。


「ミカンを焼いたことがあるのか?」

「あら、そのままだと酸っぱいけれど、焚き火で焼けば甘味が増すのよ。知らなかったの?」


 私の話に周囲でも頷いているから知らない人達が結構いたみたいだ。

 たぶんこの秋に試してみるんだろうな。そのままだと蒸留酒の味付けに使うのが主な使用目的なんだけどね。


「その匂いをどれだけの人間が知っているかだ」

「試してみれば良いでしょう? 似た匂いではあるわ。それと、狩り方なんだけど……」


 動きはそれなりだ。1D(30cm)程の脚が体の左右に並んでいる。動き自体はシバレイネよりは早いと思っていれば十分に違いない。


「倒す時に問題になるのは、表皮の硬さね。革の鎧の比では無いわ。至近距離でないと矢は突き通らないわよ。とは言え、矢と火炎弾で牽制しながら投げ槍を撃ち込む事になるでしょうね。巻き疲れたら命取りだわ」

「基本は離れて狩る、と言うことだな。了解した」

「人数が足りなければプレセラを使っては? 赤6つだけど、牽制要員としてなら十分よ。王都のギルドならイヌ族のハンターも見付かるでしょう」


 離れて矢を放つならレベルが低くても問題はない。見張り要員はある程度のレベル持ちでなくてはならないけどね。


「プレセラの連中も使えると言う事だな。イヌ族のハンターには知り合いがいる。何とかなりそうだな」


 私に礼を言うと、ガリクスはギルドを去った。レイナス君の武勇伝が、また1つ増えるって事になるだろうし、それにはプレセラの評価を上げることにも繋がるだろう。一歩一歩国王の目としての経験を積み重ねれば良い。


「たまに森でムカデを見かけますけど、シバレイネ程になるとは想像もできませんわ」

「この辺りにはいませんよ。かなり南の方の小さな山系に生息してるんです。アゴを短剣に加工する人もいるんですよ」

 

 人口密度が高い王国では無いから、町や村の周辺には広大な荒れ地と森や山が広がっている。馬車1台がようやくすれ違える街道が町や村を結んでいるのだ。

 一生を生まれた場所から移動することなく暮らす人々がほとんどだろう。私達ハンターと行商人達がそんな町や村を行き来して必要な品と噂を広めるのだ。

 ギルド間での通信手段もあるらしいのだが、私は見たこともないしその恩恵にあずかったことも無い。通常は通信文を商人達が届けているようだ。


「プレセラの子供達をだいぶ買っているんですね?」

「リーダーのラクスは慎重ですし、ベクトはクレイ並みに長剣を使えます。将来はガリクスの上を行くでしょう。今の内に色々と経験をさせませんと」

「国王の思惑が絡むと?」

「たぶん……」


 とは言ったものの、思惑通りの筈だ。ご隠居の活躍を知って将来は……、と考えているのが私にでも分る。貴族連中も先の見える者達はプレセラ達の動きに注意してるんじゃないかな。

 待てよ……、プレセラ達を見せ金に使うということも考えられる。もう一つ、影のパーティを育てている可能性もありそうだ。


「今のところは平穏そのものですね。王都からやって来たハンター達も高望はしていないですし、在のハンター達は堅実に依頼をこなしています」

「それでも、スピアビーやメズーニの例もありますから、聞き耳を持っていなければなりません。ユニコーンは特殊な魔物ですから例外ですが、スピアビーならばクレイ達でも何とかなる範囲です」


 私が出張るのも問題だろう。せっかく黒レベルに成長したクレイ達がいるのだ。銀に成れるかは本人達の努力次第だが、黒の上位には十分到達できるはずだ。

 クレイ達のパーティだけで対処が難しければ、グラム達のパーティを加えれば良い。彼ら2つのパーティが協力し合えれば、グライザムも倒せるだろう。


「私がもっとたくさんの依頼をこなしていれば良かったのですが……」

「依頼書のレベルに注意して頂ければ十分ですわ。何故、そのレベルが必要なのかをマリー達は知りませんから」


 経験を積めば依頼書のレベル表示の裏を見ることができるだろう。それができるのは黒レベル辺りになるのが問題でもある。白クラスなら、自分のレベルの2つ上までの依頼ならば躊躇なく選んでしまうことがあるからね。


 昼を過ぎたところで、ミレリーさんと宿に昼食を取りに向かう。

 この時間帯に宿の食堂で食事をするのは、商人達や1杯のワインで長話をするような老人に限られているのだが……。

 

「あまり見かけないハンターね?」

「この町にやって来たところでしょう。旅装束が解かれてませんもの」


 少し離れたテーブルに5人の男女が昼食を取っている。青年の時代を終えようとしている世代だな。クレイ達より歳は上に見える。


 今日はカインドさんがいるみたいだな。奥から顔を出して私達に軽く手を振っている。

 子供が後を継いだらしいけど、手伝って上げているみたいだ。

 食べ慣れた味が変わるのは、良いのか悪いのか分らないけど、私はカインドさんの味がこのまま続いてほしいと思う。


 野菜スープに付けられたパンには焼き肉が挟んであった。これで5Lなんだから安いと思う。

 食事の後、私達にお茶を運んできてくれた若い娘さんが、息子さんのお嫁さんなんだろうな。優しそうな目をした中々の美人だと思う。

 

「姉さん達の狩りは決まったのかい?」

 新顔のハンターの1人が私達に声を掛けてきた。情報収集と言うところだろう。ギルドの受付嬢に聞くよりは、この町のハンターに聞いた方がより詳しく教えて貰えると思ったに違いない。


「決まってはいないけど、お誘いなら断るわ。私達のパーティはすでに狩りに行ってるの」

「姉さん達ならそうなるんだろうな。できればこの町の狩りの様子を教えてくれないか?」


 ミレリーさんと顔を合わせると互いに小さく頷いた。やはり様子を知りたいって事なんだろうけど、そこにはあわよくば私達を使いたいと言うのが見えている。

 リーダーらしき男が手招きすると、少し若いイヌ族の男が私達の椅子を近くのテーブルから用意してくれた。


 軽く挨拶を済ませると、ミレリーさんが5人に主な狩りの依頼書について教え始めた。ギルドでコンサルタントをしているから慣れたものだな。ミレリーさんの説明を5人が真剣な表情で聞いているのも印象的だ。

 

「キラービーで死人まで出たのか……。もう少し早く来れば良かったな」

「近隣王国を回ってるの?」

「一か所だと、狩りの獲物が偏ってしまうからな。あちこち回れば、それなりにおもしろい獲物に合える」


 武者修行の途中と言うことなんだろうな。かつての私も仲間達に連れられてかなり遠くの王国まで足を伸ばしたこともある。

 土地が変われば依頼書に乗る狩りの対象も変わる。中にはおもしろい習性を持つ者や変わった姿をしている者もいるのだ。


「あいにくと、良い獲物は無いわ。グライザムには季節が速過ぎるし……」


 私の言葉に、5人の目が輝く。となると、レベルは銀2つと言うところなんだろうな。


「王都でこの町の狩り場にはグライザムがあると聞いたのだが、季節が問題と言うことか」

「秋の終りの頃よ。まだ初夏ですからね」

 

 ふんふんと私の言葉に頷いている。数日この町に滞在して他の町に向かうに違いない。秋になったら、またやって来るのだろう。

 

「案内人が欲しいな」

「昨年、グライザムをし止めたパーティを紹介してあげるわ」

 

 クレイ達ならその任に堪えるだろう。場合によってはクレイ達が狩っても問題ない。案内人は、それを倒すだけの実力がいるのだ。


「姉さん達じゃないのかい?」

「自分のパーティの若手を育ててる最中なの。まだ赤の6つと言うところだから。それでもグライザムを狩りたいなら、ミチルが了承したとギルドに伝えておけば十分よ」


 私の言葉に頷くと、仲間達を連れて食堂を出て行った。早速、ギルドに向かうようだ。

 私達も、シガレイを楽しんだところで席を立つ。いつまでもサボっているわけにもいかないだろう。


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