G-012 帰ってきた
昼を過ぎた頃に、食肉用の獣を狩ってきたハンター達がぽつりぽつりと帰って来る。
そんなパーティの後に帰ってくるのは、ちびっ子達のハンターだ。
町から離れずに薬草を採ってくるのだが、何かあれば門番さんを呼べる距離で採取をしているらしい。
もうちょっと遠出をすれば、報奨金が多い薬草も手に入るんだけどね。
無理をしないところが、安心できる。ロディ達はガキ大将の務めをキチンとはたしているようだ。
そんな感じだから、赤のレベルを1つ上げるのに1年掛かる勘定だ。
14歳位で赤の3つが1つの目標になるようだ。
そして、その後に帰ってくるのは野犬やガトルを狙っているハンター達だ。日帰りを主体にしているようでその狩りは、運不運に左右される。
顔がほころんでるところを見ると狩りは成功だったようだな。
そして、今度ホールに入って来た連中は……、ドリム達だ。
1、2、3……全員無事ね。怪我は?
1人が足を引き摺っている。そしてもう1人は片腕を布で吊っているぞ。
私に気付くと、全員が私の周りに集まってきた。椅子が足りなくなって周りから集めて座っている。
「まあ、狩りは成功って事だな。ドリムが戻ってきてから詳しく報告してくれるだろう」
「でも、その前に足と腕は大丈夫なの?」
「足は狩りではなくて、帰ってくる途中で挫いたにゃ」
「腕はガトルに噛まれました。ちょっと深かったので……。一応【サフロ】を使ってますから大丈夫です。もう痛みはないんですが、念の為に今日一日は外すなと」
教訓になるような傷って訳だ。骨に達していないなら確かに今日1日無理をしなければ明日には使えるだろう。
「無事でよかったわね。マーシャ達のパーティは後でレベルを確認しておきなさい。たぶん上がっている筈だわ」
私の言葉にマーシャ達が喜んでる。
そこに、ドリムが帰ってきた。報酬を全員に分配している。ちゃんと参加者全員に平等に渡しているな。
割り切れないところはパーティに渡している。
「ガトルの毛皮が20枚以上ある。これも売れるからレントスさん一緒に来てくれないかな?」
「ああ、いいとも。だが、この毛皮は水を弾くから冬の狩りには使えるんだ。たぶん皆持っていないんじゃないか?」
「何に使うんですか?」
「雪の上に座ったり、寝たりしても暖かい。冬に狩りをする時までには手に入れようと思っていたんだが……」
「それなら、全員分の毛皮のなめしを頼みましょう。2倍以上ありますから、お釣が来ますよ。皆もそれで良いね?」
全員が頷くのを見て2人が雑貨屋へと出掛けて行った。
2人が帰ってくるのをお茶を飲みながら待つことになった。
驚いたことに、代金はドリムのパーティのツンデレの娘が出してくれたぞ。
「お世話になった以上、これ位は当然です!」
そんな事を言ってるけれど、少しは性格が変ったのかな?
「しかし、ガトルの群れを見たときには肝を潰したぞ。数十匹以上は予想していたんだが、あれはもっと多かったぞ」
「群れが2ついたんです。合わせると100匹近くはいたんじゃないでしょうか」
「でも、士気は下がらなかったみたいね?」
たぶん迎撃場所に恵まれたという事だろうな。
それとも、準備が上手く行ったという事なのかも知れない。
「森を来たに抜けた山麓の谷間には大岩がゴロゴロしてる場所がある。そんな岩の大きい奴を選んだんだ。岩の上に皆が乗れて尚且つ焚火が出来る位だからな」
「ディンを弓で2匹狩ったにゃ。私達で少し食べたけど、殆どは岩の前にバラして撒いたにゃ」
場所さえ恵まれれば、ガトルはそれ程危険な相手ではない。
問題はガドラーだな。
「もう、顛末を話してたんですか。待っててくれても良かったんでは?」
「何時帰るか分らないでしょ。それに、あれ程の狩りよ。早くその狩りを教えてくれた人に話してあげるのが礼儀と言うものでしょう」
と言うよりも、自慢したいんじゃないかと思うけど、此処はにこにこしながら聞いてやるのがたぶん私の礼儀なんだろうな。
2人が席に着いたところで、ガドラー狩りの話が始まった。
「確かに言われたとおり、ガトルとは異質の強さです。弓は刺さっても確かに効果はありませんでした。岩に飛びついてきたところを、用意した槍で両側から刺しました」
「ドリムが正面で長剣と松明で奴の気を引いてくれたんだ」
連携とリーダーの役割、各自の役割分担も問題無さそうだな。
「おおよその想像は出来るんだけど、採取用のナイフを何本折ったの?」
「分りますか。3本折りました。短剣も1本折ってます。雑貨屋で購入してきましたから、代わりのものを配布します」
毛皮の売値はそれで無くなってしまったろう。少し残ったものは、これから酒場で酒を買えば良い。
「今回の狩りは成功ね! でも、成功の裏にはドリムと言う良いリーダーがいて、レントスという経験に飛んだハンターがいたこと。更にガトル狩りを覚えたマーシャ達がたまたま揃っていたから出来たようなものよ。次の狩りもあるかも知れない。早く酒場に行かないと場所が取れないわ」
「そうですね。これも縁と言うものなのでしょう。それでは行きますか!」
ドリムの声に皆が席を立って私に頭を下げながら出て行った。
私は片手を振りながらそれを見送る。
ドリム達が何時までこの町にいてくれるかは分らないけど、頼りになるハンターになりそうだな。
そんな私のところにマリーがやって来た。
「魔石の中位が2個にガトルの牙が87個です。良くも無事だったと感心してしまいます」
「レントスがいなければ、マーシャ達のパーティに犠牲者が出ていたわ。そして、ドリムのパーティにあの気の強い魔道師がいなければもっと怪我人が出ていたかもね。
上手くガドラー狩りの場所を選んだことと、【メルダム】最初に使ったのが良かったのかも知れないわ」
「でも【メルダム】は使うなと……」
「状況次第よ。それが分るなら使っても問題なし。【メルダム】は防衛用だと言っておいたから、確かにそんな使い方をしたんだと思うわ」
「結構、危ない狩りだったんですね」
「危険が無い狩りなんて存在しないわよ。狩りは如何に危険を回避出来るかできまるようなものよ。その回避がこれ位のレベルならできるという事でランク分けがされていると私は思っているもの。ギルド側では長年の狩りの情報から区分けしているんでしょうけどね」
「その辺をもう少し、教えてくださいな」
「良いわよ。例えば、今回のガドラー狩りの依頼は黒3つ以上の表示よね。
そのまま、黒3つのハンターが1人で狩りを引き受ける事はありえないわ。
ということで、最低限黒3つのハンターがいるパーティが引き受けるでしょう。
でも、そのパーティも単独での狩りはしないはずよ。他のパーティに声を掛けて合同で狩りをするはずだわ」
「危険を分散するという事ですか?」
「全て黒3つなら11人も必要ないわ。それでも各自の得意分野で参加するなら青や白のパーティを加えても狩ることが出来るの。実際、ドリムはよくやったと思うわ。助言はしたけれどね」
「狩るのではなく、危険性に対処できるレベルですか……」
「それが依頼書の本当の意味のレベルなの」
シガレイに火を点けて咥える。
そんな事を考えながら狩りをするハンター等いないと思う。
これなら俺にも狩れそうだ!……そんな思い出掲示板から依頼書を引き剥がすのが殆どだろう。かつての私もそうだった。
その結果、その相手の恐ろしさが依頼書のレベル表示と違うのではと、何度思ったことか……。
だが、そのレベル表示で何事も無く狩る事ができるハンター達も多いのだ。
その違いに気付くハンターならば更に高位のレベルに上る事が出来よう。気付かないなら、何れ命を落とすような事が起こるかもしれない。
窓の外がだいぶ暗くなってきた。
今日はこれ位で帰ることにしよう。
席を立って、マリー達に片手を振って帰ることを告げる。
通りを歩いていると、宿の1階から賑やかな声が聞こえてくる。ドリム達が他のハンター達に顛末を披露しているのだろう。
私達もあんな時代があったのを思い出すと顔がほころぶ。
そして、下宿の扉を「ただいま」と言いながら開いて、リビングへと顔を出した。
「ただいま戻りました。あら?お客様ですか」
「ご苦労様。お客ではなくて、私の長女なの。ミラリイと言うんだけど、やはりハンターなのよ。ミリイ、ご挨拶なさい」
「ミラリイと言います。ラクレルというパーティにいます。青7つですが、パーティには黒2つの人もいるんですよ」
「ミチルと言います。レベルが銀ですよ。故あってパーティは私1人になってますけど……」
席を立って私に挨拶してくれた娘さんは、私を同年代だと見ていたようだ。そして銀レベルのハンターなんてたぶん見るのが初めてなんだろう。目をパチクリさせて驚いている。
「ミラリイ、何時までも立ってないで座りなさい」
私が席に着いているのに気が付いて慌てて席に着くと、私をジッと見ている。
確かに容姿はそれ程変らないからな。
「ミチルさんはエルフでしたか……。それにしても、銀とは凄いですね。王都で何人ものエルフのハンターと話をしましたが精々黒の5つまで、銀のハンターがいるとは初めて知りました」
「私もエルフと同族であると言う記憶はありません。町で暮らしていた筈なんですがその記憶が欠落してますから、そして、エルフに黒髪はいないでしょう。疑問ではありますがギルドの水晶球は私をエルフと分類してますわ」
「たぶん過去に何かあったんでしょうね。でも、今は何も問題は無い筈です。身分はギルドが保証してくれますからね」
確かに、ギルドカードは偽造が出来ない。たまに偽物が使われる事もあるが、そのカードをギルドに見せればたちどころに偽物と判定ができる。この前の黒姫様が持っていたものは上手くギルドの紋章を隠していたが、仮に紋章が刻まれていれば罪は重罪になるはずだ。あの程度では精々3年程の重労働で済むだろう。
家族が揃ったことで、今夜の食事は豪華だな。何時ものスープがシチューに変わっている。
そして、蜂蜜酒も何時ものカップよりも大きなものだ。
ネリーちゃんも今夜はジュースだから微笑んでるぞ。
食事をしながら、ネリーちゃんの狩りの話が披露される。
と言っても蜜蜘蛛狩りなんだけどね。
「へぇ~、そんな獲り方があるのね」
「ロディ兄ちゃんに教えて貰ったの。ロディお兄ちゃんはお姉ちゃんに教えて貰ったと言ってたよ」
そんなネリーチちゃんに私は微笑み掛けた。
「それが本当なら、あの痛い思いをしないですむのね。あれは痛かったわ」
どうやら、刺されたことがあるようだ。
「安全に取る方法は教えましたけど、ある意味、1度は刺された方が良いのかも知れません。毒の恐ろしさと、毒消しの使い方を学ぶ良い機会ですわ。毒を軽視しないことはハンターにとって重要です」
「確かに、あれ以来、常に毒消しは持ってるわ。そういう捉え方もあるのね」
ミラリイがネリーちゃんを見てる。
ちゃんと持ってるよ!ってベルトのポーチを見せてるぞ。
部屋を使わせてもらってることを話したけど、それ程気にもしていないようだった。
「男の人なら嫌だけど、高位のハンターが使ってくれるなら光栄です。その代わり、1つ相談に乗ってくれませんか?」
「良いわよ。そんな仕事がギルドの私の仕事だから」
その相談というのは剣の使い方だった。
ミラリイはミレリーさんの使っていた片手剣を装備しているが、少し不満があるらしい。
「見せてくれない?」
テーブルの上に鞘ごと置かれた剣を抜いてジッと見詰める。
造りは良い品だ。そして特注品だな。バランスが剣先に移動している。
「ミラリイさんは【アクセル】が使えますか?」
私の質問に首を振ることで応えてくれた。
これは、【アクセル】を使うことで初めて真価を発揮する。
ミラリイの感じる不満はこのバランスにあるのだろう。だが、【アクセル】を使って身体機能が上昇した状態では丁度良いバランスに変る筈だ。
そして、舞うように相手を翻弄する。これがかつてのミレリーさんの戦い方だったようだ。かなり過激だな。
チラリとミレリーさんを見ると微笑んでいる。
「やはり、分ってしまうものなんですね。それを使いこなすには【アクセル】が前提となります。ミラリイも一度やってみたらと勧めたんですが……」
「【アクセル】を使うなら長剣が良いです。片手剣で【アクセル】はあまり意味が無いように思えて……」
確かにそれも言える事ではある。
【アクセル】で身体機能が上昇すれば、長剣を使いたがるのは必然だ。刀身が長くなるだけ破壊力は大きくなるし、身体機能の向上で容易に相手に近付く事も可能だ。
だが、片手で扱える剣ではそれ程の威力は望めない。
でも、それによって闘いを有利にする事はできる。いっそう敵を翻弄するのが容易になるのだ。
そんな敵の隙をついて長剣が繰り出されれば、危険な獣を討取ることが楽になるだろう。ミレリーさんの主人は長剣を使っていたに違いない。
2人が組めば、ガドラーすら容易い獲物だったかも知れないぞ。
「ちょっと、片手剣の使い方の認識が違っているのかも知れません。片手剣で相手を討取るのは至難の技です。でも、片手剣と長剣の組み合わせなら、危険な獣も比較的楽に倒せるでしょう。片手剣は敵の翻弄に使うべき武器です」
「そうよね。アレクは長剣を使ったわ。私が翻弄している隙を付いて長剣を叩き込んでいたの」
「今のパーティには長剣使いが2人います。となれば、【アクセル】を覚えて、このままこの剣を使うのが良いという事ですか」
「私はそう思うわ。そして、長剣でも隙を付く暇が無い獣だっているのよ。得意な武器を2種類持っていると良いわよ。でも、長剣が2本あるなら、それ以外の武器を練習した方が良いかもね」
万能の武器など存在しない。
それが分ってくれれば、良いんだけどね。




