GⅡー55 教会を修理して貰おう
カウンターにリトネがドラゴンの牙を3頭分並べたところへ、私がユニコーンの角をポイっとっ腰のバッグから取り出して乗せると、マリーが大きく目を見開いて私の顔を眺めた。
「倒したんですか?」
「ちゃんと倒したわよ。早いとこ絶滅させたい魔物だわ。でも、ず~っと東の山間部に生息してるのよね」
「ドラゴンの牙は標準価格でお支払いできますが……」
「王都でセリに出すんでしょう? だったら、国王に献上しましょう。確か、パイドラ国王は持っていなかったはずよ」
ドラゴンの牙だけで銀貨6枚になる。4人で分けても150Lになるからオブリーも納得してくれるだろう。
それに、ユニコーンの角で作った杯は毒に反応して色が変わるのだ。
それほど大きな杯は作れないけど、誰かに毒見をさせるのも忍びない気がするからね。酒位は案して飲ませてあげたい。それ位のわがままはプレアデスの連中なら分かってくれるだろう。
テーブルで銀貨を分けたところで、角は国王にプレゼントすると伝えると案の定、3人とも頷いてくれた。
色々と王族には世話になっているから、少しは恩返しをしておきたい。御后様と王女様の配慮はこれでチャラにできるんじゃないかな。
席を立った私を、ダノンが暖炉傍から手招きしている。今日の当番は……、ミレリーさんだったらしい。どんな相談があったかを聞くのも楽しみだ。
「帰って来たと言う事は、倒したと言う事だよな」
「少し、急ぎ過ぎたわ。依頼書はあったんだけど、肝心の報酬が抜けてたのよ。標準買い取り値ではちょっとね」
そんな私をおもしろがっているようだ。ミレリーさんが口元に手をやって笑っている。
「それは災難でしたね。でも、ユニコーンの角ならば金貨を積むことになりませんか?」
「御后様達に武器を作った支払いをして貰ったから、その返礼に国王に献上することにしたわ。ミレリーさんのところで暮らしてるし、オブリーだって教会暮らしだからね」
今度はダノンが驚いている。
ジッと私を見ていたが、首を振りながら暖炉でパイプに火を点けた。
「俺達には無理だな……。稼いだ金は自分達に使ってしまうぞ。また、ガリクスの旦那がやって来るに違いねぇ。ところで姫さん。ユニコーンってのは簡単に狩れるものなのか? それにドラゴンもいたはずだ」
「それを聞くんだったら、私達も聞かせてほしいですね。グラム達にミチルさんがユニコーンを狩りに出掛けたと聞いて待ってたんですから」
振りかえると、クレイ達がテーブルから椅子を運んでいる。どうやら、ホールの全員が聞きたいみたいだな。マリーまでが、お茶を運んで来たぞ。
「しょうがないわね。皆が聞きたいのはユニコーンの狩り方でしょう?」
「それもありますが、ドラゴンの方も教えてください。ユニコーンは滅多にこの辺りには現れないそうですが、ドラゴンは……」
数年に1度ぐらいの頻度で現れるからね。
と言う事で、皆に私達の狩りを説明したのだが……。
「姫さん。ユニコーンに色仕掛けをやったのか?」
「酒場のスケベな親父と一緒よ。ちょっと油断させて首を掻き切っただけだから」
「そこまでジッとしてられるというのも凄いですね。ミチルさんの瞬間的な動きはユニコーンを越えると言う事ですか。……参考までに、もしも私達が狩るとなればどんな方法になるんでしょう?」
「基本は乙女だけのパーティを作ることになるわ。少なくとも5人以上。クラスは黒5つ以上になるわね……」
囮の近くに穴を掘って弓を持って待つ。匂いのきつい草や葉を穴の上に乗せれば、ユニコーンの嗅覚をごまかせるのだ。
「囮と穴の距離は50D(15m)以上。囮の周囲に3つは必要よ。囮の合図で一斉に矢を放てば2本は命中するわ」
「囮が問題ですね。かなり度胸がある者でないと……」
中々いないと思う。もし私がいなかったら、軍隊を頼った方が良いだろう。少しは犠牲者が出そうだが、狩れないことは無い。
「ドラゴンは私とオブリーで1頭ずつ倒して行ったの。その間、他のドラゴンはリトネとキティに任せたのよ」
「キティはまだ赤の4つだぞ。いくら姫さんでも、少し無茶過ぎないか?」
「そうでもないわ。2人に【アクセラ】を掛けてひたすら逃げ回れと教えといたから。ドラゴンは横腹だけが矢や槍を通すから、2人で逃げながら攻撃してたみたいね」
私の話を聞いてダノンが唸っているぞ。問題でもあるんだろうか?
「まぁ、それだけ逃げ足が速かったと言う事か。エルフとネコ族だからな。確かに俺達よりは素早く動けるだろう」
「前に皆でスラバ狩りをしたわよね。もし貴方達で狩るのであれば黒レベルの者をドラゴンに倍する人数集めなさい。1人が鼻先で牽制、もう一人が横腹を槍で刺せば良いわ」
今度は、揃って頷いてるぞ。スラバ狩りは前に2人だったが、ドラゴンは前と横で構えれば良い。ユニコーンがいなければクレイ達を連れて行っても良かったんだけどね。
「それにしても、私達がいくら腕を上げても狩れない獲物というのがあるんですねぇ……」
遠い目をしながらクレイが呟いている。
そんな獣はたくさんいるんだが、この辺りで気を付けなければならないのは、グライザムぐらいなものだろう。
次にドラゴンが現れたら、クレイ達を連れて行って狩らせてみよう。
翌日は、ギルドで一休み。
オブリーとリトネは教会のお手伝いをするらしい。私も! とキティもリトネに付いて行った。今頃は3人で教会のお掃除でもしているに違いない。
「特に大きな問題は無かったと言う事ね。ダラシット狩りをテレサさんが諦めさせたのは良い事だと思うわ。でもテレサさんが一緒なら狩れたんでしょうね」
「それで、昨日出掛けて行ったんです。今日には帰って来ると思うんですけど」
マリーとお茶を飲みながら、私がいない間の出来事を話してくれた。
結構、上手くやっているような気がする。ダラシット狩りも、テレサさんがいるなら心配は無用だと思う。
夕暮れ時になって、テレサさんに率いられた数人のハンターがギルドに入ってきた。私を見付けて、堂々とした体躯を揺らしながら暖炉傍のベンチに腰を下ろす。
パイプに火を点けると、直ぐにダラシット狩りの報告をしてくれる。
どうやら、ハンター達の魔導士が【メルダム】を使えなかったらしい。
「まぁ、一応は教えといたよ。あの魔導士も直ぐに【メルダム】を覚えるに違いないよ。だけど、ハンターとして使う場面は限られてるからねぇ。私は【メルト】があれば十分に黒に行けると思うんだけどねぇ」
「ご苦労さまです。私もこの前この町にいる時ですよ。【メルダム】を覚えたのは……。それ以来、使ってませんから、やはり無用なんでしょうけど」
ダラシット狩りには必要なのが問題だ。だけど、ダラシット狩りが早々いつもあるわけではない。あったとしても、他の依頼もあるんだから無理して依頼を受ける必要も無かったのだ。
「結構面白いもんだね。これで1日20Lの報酬では申し訳ない気分さね」
「誰でも良いというわけにもいきません。よろしくお願いします」
テレサさんが一番心配ではあったのだが、面倒見が良くて助かった。
やはりキティ達が決してテレサさんの悪口を言わないのは、怖い存在としてではなく、ハンターとして良い手本になってるからなんだろう。そう言えば、プレセラのラズーはテレサさんが目標と言っていた。中々良い目をと感性を持っていたと言う事になるのかな。
近場でキティの弓で小型の獣を狩る日々が続いていた時。狩りから戻った私達を持っていたのはガリウスと見知らぬ老人だった。身綺麗な容姿をしているところを見ると、貴族なんだろうか?
「全く、このど田舎の町にいながら王都で騒動を起こすんだからな」
「私目は、侍従の1人メルトスという者でございます。このたびの献上品に付きまして、
是非とも国王陛下は褒美を受け取っていただきたいとの事です」
思わずため息を漏らす。
前回の王妃様と王女様のお礼のお返しなんだけどね。
「それって、私の望むものと言う事で良いのでしょうか?」
「もちろんでございます。ユニコーンの角は金貨を積めば手に入るという物ではありません。届けられた荷を開いた時には、王宮の広間が静寂に包まれましたぞ」
さて、何を貰おうかな?
武器もあるし、食料だって十分だ。暮らすにはまるで問題が無いんだよね。
「かなり値段が張りそうな気がするんですけど……」
「金貨100枚であろうとも、望むものを、とおっしゃっておりました」
「なら、この町の教会を修理して貰えないかしら。かなり痛んでいるらしく、鐘も鳴らないの」
「教会ですか?」
呆気に取られたメルトス氏を、眺めていたガリウスが思わず笑いだす。
「ハハハ……。まったく、ミチル殿らしい望みだな。とはいえ、辺境の町であったとしてもあの教会はみすぼらしいことも確かだな。教団が本来は手直しするのがすじなんだろうが、国王陛下の一声で修理しても問題はあるまい」
「……分かりました。黒姫様のたっての願いであれば国王陛下にしても面目が立つことになるでしょう。大神官殿がお喜びすると思います」
ちょっと待て、そうなると今度は教団からの褒美が来ることになりそうな気がしてきた。それはあらかじめ断っておいた方が良さそうだ。
「大神官殿には、王都の貧民対策に色々と骨を折って頂いておりますから、私ができることはこれぐらいであると……」
「教団の礼は貧民対策に回せと言う事だな。まぁ、はっきり言わずとも今の言葉で十分だと思うぞ」
ガリウスが分ったのならば、この侍従にも十分真意が伝わっただろう。
これで、少しは居住性も良くなるに違いない。ハンターが重傷を負ったら世話になる場所なんだから、本来ならばギルドと教団で調整して貰いたいところなんだけどね。




