GⅡー54 ある意味色仕掛け
森を抜けて1泊し、尾根を2つ越えたところでもう1泊。
この辺りは、ガリクス達とグライザムを狩った場所に近いけれど、今の時節ならグライザムの心配はない。
精々ガトルの群れがいるぐらいだろうが、ユニコーンとドラゴンが尾根1つ離れた場所にいるのでは彼等も狩りに困るだろう。すそのを下りて行ったのかもしれないな。
ある意味、安心して野営できる状況でもあるようだ。
「明日はいよいよ狩りになりますが、注意する点はありますか?」
「そうねぇ……。にこにこしながらお茶を飲んでいれば十分だわ。絶対に武器を手にしないでね。でないと本性を現すわよ」
まったく嫌な獣なんだよね。乙女達がいると、目じりを下げて鼻の下を延ばしてのこのとやってくる。
たぶん乙女達の発する何らかのフェロモンに寄っているんだろうけど、どう見てもスケベな親父が迫って来る感じに思えて仕方がない。
誰かが隠れて、接近してきたユニコーンを弓で射ることが一般的なのだが、私達のパーティで弓が使えるのはキティだけだからな。
1矢で致命傷を与えるのは難しいだろう。軽傷ならば怒り狂って囮の乙女達を血祭にしかねないのもこの狩りの難しいところだ。
その上、乙女達に混じって武器でも携えていようものなら、これまた敏感に殺気を感じ取って本来の凶暴な獣に変わってしまう。
「焚き火の周りで座っていれば良いと?」
「その通り。私が倒すわ。もう少し、キティの弓が強力なら別の方法になるんだけどね。それにオブリーは殺気を殺すのが苦手でしょう?」
リトネに答えたところで、オブリーに顔を向ける。
「前衛での課題でした。長剣を抜けば自然に殺気が溢れるようです」
「ある意味自然なんだけどね。と言う事で、私が相手をする事になってしまうの」
にこりと笑顔で剣が抜ければこの狩りは容易いんだけどね。オブリーにはまだ無理か。長剣を持って相手を見れば自然に殺気がにじみ出る。私もたぶんそうだろう。長剣とはそのような使い方をするのが一般的だからね。
だが、居合抜きならば必ずしもそうはならない。【アクセル】と【ターボ】を同時に掛けた状態でのこのこやって来るのなら一瞬のスキを突いて致命傷を与えられるだろう。
問題は一緒にいるというドラゴンだけど……。先にユニコーンを誘き寄せるしかあるまい。
「ユニコーン達がやって来たら、リトネは少しユニコーンに近付いてくれない? 武器は持っちゃダメよ。こちらに向かってきたら、元の場所に座れば良いわ。後は私がやるからね。皆にも言っとくけど、武器は手の届く場所に置かないでね。変態だけど殺気にはものすごく敏感な魔物なんだから」
私の言葉にこくこくと頷いている。
そして、翌日。私達は3つ目の尾根をゆっくりと上って行く。
すでに生息圏内に入ったのだろう。小さな獣の姿さえ見えない。この辺りは上級者の良い狩場なんだけどね。
尾根を越えたところで最初の休憩を取る。小さな焚き火を作ってお茶を飲んだ。シガレイを楽しみたいところだが、体臭が変わるから止しておこう。
「あそこに何かいるにゃ!」
キティの伸ばした腕の先を見ると、白いのがちらちらと林の中に見え隠れしている。
やはりネコ族の周囲の警戒能力は天性のものなんだろう。
「小さいですね……」
「見掛けで騙されてはダメよ。あれで、スノウガトルの上を行く素早さなんだから」
ある意味、乙女なら害はない魔物の一つなんだろう。すり寄って来るだけなんだけど、あの表情がねぇ……。思わずぶん殴りたくなる。
「乙女なら、攻撃しない限り安全だわ。だけど、いやらしく迫って来るから思わず叩きたくなっちゃうのよ。今回は我慢してね。角で服を剥がそうとしてもにこにこしてるのよ」
さて、どうしようかな? いるのは分ったけど、おびき出すのが少し面倒だぞ。
「リトネ。申し訳ないけど、少し下に下ってくれない。ユニコーンが気付いてゆっくり移動してきたら、この場所まで歩いて来るのよ。走ってはダメだからね」
リトネが頷いたけど、顔色が良くないな。でも囮なんだからにこにこしてくれないとね。ひきつり気味の笑顔でリトネが尾根を下るのを見てから、焚き火を少し大きくする。
一番下に私が座り尾根側にはキティが座った。
キティの大きな目を見れば周囲の様子がわかるから丁度良い。
急いで自分に【アクセル】と【ターボ】を掛ける。皆には掛けないでおこう。【アクセル】だけではどうしよも無いほど動きが速いから意味が無い。
左手の近くに少し地面を掘って短剣を埋めておく。両刃だから刃の方向を確認しないで済む。短剣のケースは掘ってときに見付けた根に紐で縛りつけた。
土と枯葉で短剣を隠しておけば土の匂いが金属の匂いを隠してくれるはずだ。
終わったところでリトネの様子を見ると、ゆっくりと後ずさりながらこっちに動いている。
ユニコーンがとことこと歩いて来たのが分ったのだろう。あの目じりの下がった目でなければ抱いてよしよしと撫でてあげるんだけどね。
宮廷の絵師はユニコーンの表情何て分らないから、乙女の膝に頭を摺り寄せるユニコーンの絵画なんて描くに違いない。
早めにこの世から淘汰したい魔物としか、私には理解できない。
「やって来ました。ユニコーンだけのようです」
「後から追ってくるはずだけど、時間差があるから丁度良いわ。良い、絶対に笑顔でいるのよ。酒場のスケベな親父みたいなやつだけど、獰猛な魔物なんだからね。それに殺気を出さなければ襲うことは無いわ。殺そうとだけは思わない事。酒場のお姉さんになったつもりでしばらく耐えなさい!」
引きつった表情で頷いているから、お茶を飲むように指示を出す。少しは落ち着くことができるだろう。
ゆっくりと後ろを振り返ると、ユニコーンは直ぐ傍まで来ている。30mも無いんじゃないか? 左手を付いて少し体を斜めにしておく。この方が全体を眺めやすいし、ちらちらと目を動かしながら様子を見ているオブリーの目にもユニコーンが映っているからね。
がさがさと音を立てて私達の輪にユニコーンが近付いて来た。
オブリーの胸元を鼻先で突いているようだが、オブリーの表情はこわばったままだで殺気を漏らすことは無い。どちらかというと戸惑ってる感じに見えるな。それに引き換えキティとリトネの表情は恐怖で笑顔が引きつっているぞ。何も持たなければ、襲ってくることは絶対に無いんだけどね。
休んでいる体制を少しずらした。ほとんど横に寝転がった状態だから、来ていたマントがはらりと解ける。
音何てしなかったはずなのに、ユニコーンの頭が私に向くと一歩私の方に近付いて来た。
オブリーのほっとした表情が少しおもしろかったけど、ここはスマイル、スマイル……。
角先が私の身体を越えて、にゅーっと顔を私の胸に近付けてくる。目じりが下がって鼻を延ばした口元からよだれが垂れ始めたぞ。
それでも笑顔を作ってユニコーンに微笑み掛ける。
さらに鼻先が伸びて私の胸を押した時、寝返りを打つように腕を伸ばし……、ユニコーンの首をしたから突き差して横に切裂いた。
片足で蹴るようにユニコーンを後ろに蹴飛ばしながら立ち上がると、短剣を持って角をよけながら飛び込み首筋にもう一撃を負わせて、ユニコーンの額から角を折り取った。
「はい、終了。次はドラゴンよ。私とオブリーで相手をするから、その間キティ達は他のドラゴンを牽制してね。大丈夫、逃げ回れば死にはしないわ」
キティの指差す先には、のそりのそりと近付いて来るドラゴンが3頭確認できた。
「左からやるわ。私が囮になるから横腹を狙ってね! キティ達は先頭を何とかして」
3人まとめて【アクセラ】を掛けると、キティ達は右手に向かって走って行った。
適当に攻撃してれば牽制することができるだろう。
「それじゃあ、頼むわよ!」
3本の槍を持ったオブリーが頷いたところで、腰のホルスターからM29を取り出す。顔面に撃ちこめば少しは隙ができるだろう。
尾根の斜面を掛けるようにして、左手のドラゴンの視野に私を入れると、直ぐにこちらに向かってくる。ドラゴンの酸の飛距離は3m程だから体長より短いと思っていれば良い。ゆっくりと狙いを定めて近付くのを待つ。
すでに槍を構えてオブリーが木の陰に潜んでいるのが見えた。場所を少しオブリーに近付けて、ドラゴンを待つ。
ドオォン! と山あいにマグナム弾の炸裂音がこだまする。
すでに、1本の槍がドラゴンの横腹に突き立っている。後ろに下がりながら2発目を発射した。
2本の槍を受けて動きが鈍ったところにオブリーが後ろからドラゴンに近付き頭に長剣を突き立てる。
先ずは、1頭目だな。
キティ達を探すと、元気に斜面を逃げ回っている。少し距離が離れたところで火炎弾や矢を放っているが、あれでは致命傷にはならないだろうな。
両手を振って、こちらに来るように指示を出す。
やって来た2頭の片方を引き受けて、同じようにドラゴンを始末した。
最後は私に襲ってくるところを左右から槍と矢で攻撃してオブリーが止めを刺す。
「やっと終わったわ。皮膚が厚いから倒すのが面倒なのよね」
「ユニコーンとドラゴンは初めてですが、これの換金部位はどこになるのですか?」
「ユニコーンは額の角よ。すでに貰ってるから、ドラゴンだけね。ドラゴンの牙になるんだけど……。2本あるから両方折り取ってくれない」
リトネ達が枝を口に差し込んでこじ開けたところを、オブリーが長剣を使ってえぐり取っている。
少し面倒だから、その間にポットでお茶を沸かし、シガレイを楽しむ。
だけど、この辺りでユニコーンは珍しいな。東の方から紛れ込んだのかも知れないけど、これで狩場の安全は確保できた。
オブリー達が作業を終えたところで、お茶を頂き帰路に付く。
町まで2日かかりそうだけど、ミレリーさん達は上手くやってるだろうか?
テレサさんの怒りが爆発していないことを祈るばかりだ。




