GⅡー51 ハンターは見つけたけれど
新緑が目立ってきた森の近くで小休止を取る。
春先にはあれほどいた薬草採取のハンター達は皆どこに行ったのだろう? ここまで来る間に目に着いたハンター達は2組だけだった。
自分達の技量に合った依頼をしているなら問題ないのだが……。
「薬草採取をする者が少なくなったね」
「ええ、子供達以外では2組だけでしたもの。小型の獣を追い掛けてるんでしょう。ラビ―狩りが出来れば野犬狩りに繋がります」
私の話にミレリーさんが頷いている。少しずつ難易度を上げていくのだ。
腕に自信があるのなら、最初から雑食性の獣を狙えるが、返り討ちにされる者も毎年出てくるから困ってしまう。
相手が野犬なら死ぬことは無いだろうが、ガトルとなればそうもいかない。レイリルが急いで王都に帰ったのも頷ける。王都のギルドでは低クラスの依頼書は奪い合いになるから、そんな怪我を負う者も村のギルドよりは多いのだろう。
軽くお茶を飲んだところで、森を進む。森を抜ければ右手に湖が見えてくるはずだ。湖を時計回りに進めば目的地に着くのだが、途中で一泊しなければならない。
林を抜ける手前で今夜は休むことにしよう。林から先は荒地が続いているから、あまり野宿に適した場所が無くなってしまう。さらに進めば岩場があるのだが、さすがにそこまでは夕刻までに到達できないだろう。
焚き木を集めて焚き火を作る。
見た目は女性だけのパーティに見えるけど、このメンバーならグライザムでさえ返り討ちにできるだろう。
テレサさんとミレリーさんが、鍋でスープを作る良い匂いが辺りに立ち込めると、キティ達に笑顔が浮かぶ。
何といっても料理の名人だからね。いつも頂いているけどミレリーさんのスープに飽きることはない。
ちょっと焚き火を離れて、シガレイを咥えながら周囲の様子を伺う。
段々と暗くなる林の外れだけど、周囲には賑やかに亡く虫の音が聞えるだけだ。第六感も危険が無い事を私に知らせてくれる。
「心配なんですか?」
「いつでも心配よ。安心できるのは町の中だけだわ」
オブリーの問いに振りかえらずに答える。村の囲いを出た瞬間から、周囲に気を配れと教えてくれたのは、最初のパーティののリーダーだった男性だった。
グライザム狩りで命を無くしたけど、それだってメンバーを庇ったからだったと今でも思っている。パーティの安全に常に気を配り、狩りはメンバーにやらせるという考え方は彼の考え方を私が踏襲しているからなのだろう。
いつの間にか何組かのパーティを育てたけど、彼等のリーダーは私の思いをどこまで理解しただろう。
「食事だよ!」
テレサさんが声を上げる。大きな声だけど、それでも林の周辺に変化はない。
焚き火に戻り、ご婦人方2人の作った夕食を堪能することにした。
「スピアビー10匹を相手にできると思ったのかねぇ」
「王都からのハンターでしょうね。スピアビーの怖さを知らない黒4つなんて、無謀を責めるよりも呆れてしまいます」
「上手く逃げ出していれば良いのですが……」
ミレリーさんがため息をついている。
リトネとキティは、何も言わずにミレリーさんを見ているだけだ。
正直、生きているとは思っていない。ギルドカードを回収できれば少なくとも肉親に渡してあげられるだろう。
ちょっとした油断がハンターの数を減らしていく典型だな。ダノンでさえスピアビーの怖さを知っていたぐらいだ。今頃は、スピアビーの会ったらどうするかを教えているだろう。3匹程度なら地面に伏せて静かにその場を立ち去れば、余程の事でも無い限り襲ってこない。攻撃を加えない限り、スピアビーはそれ程怖い相手ではないのだ。
だが、数匹を超えると途端に厄介な相手になる。極めて攻撃的な性格に変化するのだ。数を増すごとに攻撃性が高くなると言っても過言ではない。
10匹ともなれば……。私一人でも対処できないだろう。こちらもスピアビー単体でなら十分に対処できる前衛3人とバックアップの3人が連携すれば何とかというところだろう。
「全く、誰も教えなかったのかしら?」
「スピアビーならそれ程レベルの高い依頼とは言えないからね。マリーも失念してたんだろうさ。数匹なら全く問題ないと私だって思うからね」
食後のひと時を、ワイン片手にパイプを持ったテレサさんが私の疑問に答えてくれた。たぶん、それが真相なんだろうけど、それにしても困ったものだ。
「スピアビーと戦うのはは初めてなのですが、それほどの相手なのでしょうか?」
「南から来たんではそうなるでしょうね。短槍を持った軍歴10年の軽装歩兵というところかしら。それが連携すると言えば厄介だと分かるでしょう?」
「言えて妙だねぇ。確かにそんな感じなのさ。しかも相手は飛び回って頭上から槍を振う。それも【アクセル】付きだと思えば良いよ」
「ですが、突いて来るだけですから、上手く見切れば攻撃は容易ですよ」
2人の御夫人は経験がありそうだな。だけど、複数の相手を見切るなんて中々出来ない事だと思うんだけどね。
「リトネとキティは絶対に立ってはダメよ。木の影か、丈の高い草むらから隠れて攻撃してね」
「なるべく小さくなってるにゃ!」
最初の一撃は期待できるし、【メル】で攪乱してくれるだろう。如何に相手の連携を崩せるかが勝負の分かれ目になりそうだ。
交替で焚き火の番をしながら夜を過ごす。初夏とはいえ夜はまだ冷える。キティ達が風邪をひかなければ良いんだけど……。
翌日。まだ夜明け前に食事を終えて、東に向かって歩き出した。
このまま進めば、昼前にはスピアビーを見ることができるだろう。
なるべく疲労を貯めないように小休止を取ったところで、全員に【アクセル】を掛けておく。
これで、どうにかスピアビーの動きと対等というところだろう。あとは日頃の鍛錬の成果と言う事になりそうだけど、私はしばらく動いていないような気がするな。
「あれは!」
「急いで。ハンター達よ!」
オブリーの指差した先には黒い塊が2つうごいている。
何とか助けられれば良いのだけど……。そんな思いを持って私達は駈け出して行った。
数分後に私達が目にしたのは、重傷を負った男と若い女性だった。
女性も軽傷を負ってはいるが、動けぬほどではない。必死に男の脇腹を押さえているのは、スピアビーに刺された傷に違いない。
ミレリーさん達が急いで焚き火を作り、私は女性を男から引きはがしたところで全身を確認する。
肩口も革の服に穴が空いて血で汚れている。服が膨らんでいるから当て布をしてるんだろうが、もっと強く押し付けないとダメだろうな。
「リトネ。カバンを出して! ミレリーさん達は周囲に注意を払ってください」
「任せてください。キティちゃんも頼んだわよ!」
私の傍にカバンを下したリトネも後ろに下がって周囲を見ているようだ。
オブリーが傍にやって来たところで、そろそろ始めようか。
「私は【クリーネ】を使うけど、オブリーの場合は両手をお湯で洗って、火酒を両手にまぶして揉みなさい」
【クリーネ】が使った本人の意識の範囲で汚れを取るというのが、微妙なんだよな。私なら、除菌まで行えるが、細菌という概念がない人間にはそれが出来ない。良く洗ってアルコール消毒をする外に手がないだろう。
金属のトレイに手術道具を取り出して【クリーネ】で除菌する。それが終わったところで、男の服をナイフで切取って傷口を確認する。
肩口の当て布が外れてポロリと落ちた。傷は2か所で人差し指が入る位の穴が空いている。
問題は腹の刺し傷になるな……。
肩口と腹の出血を見ると、肩口の方はすでに止まっているようだ。上手く血管を避けたみたいだな。それでもかなり深く刺されているが、背中には出ていない。あれだけ出血したなら体内に雑菌も入って行ないだろう。
「最初に肩口を処置するわ。出血が収まってるようだからこのまま当て布をして包帯を巻くだけで十分。とはいえ傷が深いから【サフロ】は禁物よ。傷薬を当て布に塗って頂戴!」
包帯を取り出して、オブリーが手渡した当て布を傷口に置くと、包帯でしっかりと抑える。首から肩にかけて胸を半分包帯で巻くから、途中で包帯をひっくり返しながら巻く。こうすれば動いてもずれることが少ないのだ。
さて、次は腹になるが……。やはり開腹しなければ臓器の損傷が分らないな。
「オブリー、パラニアの小瓶からスプーン1杯分を取り分けて、水で薄めて飲ませてあげてくれない。お腹を切り開くわ。どうも、中身を傷つけられたみたい」
無理やりにパラニアを飲ませたところで、軽く傷口を突いてみる。反応が無いな。どうやら効いたみたいだ。
薄いナイフで傷口付近を縦に切り開き、鉗子で傷口を広げる。ガーゼのような薄い布に【クリーネ】を掛け、腹の中に溜まった血を吸い取る。奥から見えて来た臓器は、やはり傷付いている。ちょっとグロイけど、我慢して臓器を調べながら傷付いた箇所を【サフロ】で治療する。幸いにも大きく損傷しているところは無さそうだ。
急いで腹を閉じて荒く糸で縫い合わせた。
包帯をしっかりと巻き付ければ術式終了となる。
「はい、終わったわ。オブリー、こんな感じでやるんだけど、出来そうかな?」
「何とかなりそうです。町に帰ったら質問できるよう、今の手術を振りかえることにします」
確かに、それも重要だろう。そう何度もあるとは思えないからね。
怪我人を運ぶ方法は担架しか無さそうだ。
オブリーに2本の棒を切り出すように伝えると、泣きはらした顔で私を見ていた女性のところに行った。
「何とか助かるわよ。ところで、スピアビーはどこに向かったの。それと貴方達の残りの人達は?」
「……私達は4人でした。2人はスピアビーに刺されて、死体を刻まれて……、東に向かいました。昨日の夕暮れ時でした」
やはり2人を失ったか……。となると、そろそろ戻って来るんじゃないかな?
「何匹殺ったの?」
「最初は、向こうの立木の傍で迎撃したんですが、2匹がやっとでした。10匹以上に思えました」
依頼情報に間違いは無いらしい。
「初めて相手にする時には周囲のハンターに良く聞くものよ。怪我は大したことは無さそうね。ここで彼を守ってほしいわ」
「またやって来るんですか?」
「彼とあなたが残ってるでしょう? 昼までにはやって来るわ」
さて、やって来るのは分かってるから探す手間は省けるな。そうなると、どこで迎撃するかと言う事になる。
そんな私にミレリーさんが手招きしている。
先ずはお茶を飲もうと言う事なんだろう。彼女を立たせて、焚き火の傍に向かった。




