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GⅡー046 卒業試験


 放心したような表情でクレイが私を見ている。

 彼が握った長剣から血が滴り雪原を赤く染めている。空に浮かんだ光球は5個。それらの放つ光の下にはたくさんのガトルがうずくまっていた。


 どうやら終わったのだろうか?

 小太刀を鞘に戻して、バッグからシガレイを取り出すと、指先に小さな炎を作って火を点けた。


「5人でガドラー4頭を倒せたら一人前ね。グラムも良くやったわ」

「あれほどとは……。ミチルさんが剣をあまり使わないのが良く分かりました。どのように剣を振ったのかさえ見えませんでした。それでいて周囲の全てが見えているようにも……」


 小さな声で呟いているクレイの肩を叩く。

 私と同じ位置まで上がろうとする気概は認めるけど、人間族では無理だろうな。全てをそつなくこなす者は得意なものを見付けることが出来ない。

 クレイは自分の長剣を究めようとしているようだけど、精々がガリウス止まりだろう。そこから先を目指せるのはベクトだろう。剣は斬るものとして教えているからね。


「さて、牙を取って皮を剥ぐんだ。これだけでどれだけの報酬になるか分からねえが、たっぷりと分け前にあずかれるぞ!」

 ダノンがロディ達を使ってガトルの皮を剥ぎ始めた。ガドラーは魔石を残して消えるけど、その外の獲物は私達の狩りの証しとなって明日の糧に繋がるのだ。


 プレセラ達は牙を集めている様だ。皮剥ぎはダノンとロディ達それに、私達に同行してくれたハンター数人が行っている。


 焚き火に両手をかざして暖を取っていると、ミレリーさんがホットワインのカップを渡してくれた。

 両手で受け取ると、ふうふうと息を吹きかけながら少しずつ頂く。


「全くどこに行ったかと思ってたんだが、あそこで待ってたのかい。あの動きは長剣では無理だね。片手剣の最高峰とは聞いてたが、ああやって使うんだねえ」

「見えたんですか?」


 思わず聞いてしまった。私の居合の剣筋を見極めるなんて、そう何人もいるわけではない。


「いいや、あんたがスノウガトルの脇すれすれを走り抜けた時にキラリと光りが走ったからね。たぶんあれで最初のやつを殺ったんだとね」

「見えたの? 私のところからは最初の一撃は分らなかったわ。2頭めは振り下ろす動きは見えたんだけど……」


 ミレリーさんは羨ましそうにテレサさんを見ている。たまたま焚き火の光を小太刀が反射したみたいだな。それだと立ち位置によって、見える見えないが出てくるからね。


「でもこれで一段落という事になります。明日から安心して罠猟が出来ますよ」

「確かにこれだけ狩れば十分さね。……あんた、けが人は無かったろうね!」


 よいしょと言いながら焚き火の傍に腰を下ろそうとしたカインドさんを睨みつけてるぞ。


「前足で叩かれたような奴はいたが、噛まれた奴はいねえ。プレセラも頑張ってたぞ。ちびっ子も矢を全て放っている。最後は【メル】を使ってたな」

「カインドさんのおかげです。やはりレベル的には早いですから」


「出来れば白になってからが良かったけど、これだけのハンターがいるなら赤でも役に立つんだねぇ……」

 テレサさんがそんな事を言いながら、焚き火のポットから熱いお茶をカップに注いで旦那さんに渡している。

 どSな嫁さんを良くも貰ったものだと思っていたけど、ちょっとした優しさを気にいったんだろうな。ミレリーさんも、そんな夫婦を微笑みながら見ている。


「全く底が知れねえな。後ろにもガトルが回ってきたが、他のハンターがいたからな。プレセラ達も頑張っていたぞ。あれならガトルに単独で立ち向かえるにちげえねえ」

 アチチと言いながら、ミレリーさんからお茶のカップを受け取ったダノンが話してくれた。

 確か2人程参加してくれてたな。その2人がいなければダノンだって危ないところだったかも知れない。ガトルの数が予想より多かったことは確かだ。


「今夜はここで野宿になるよ。獲物の始末が終わったら、夜食にするから頑張っておくれ」

 テレサさんの言葉に、お茶を飲み終えた2人が立ち上がる。

 まだまだ皮剥ぎは終わらないらしい。冬場では貴重な収入源になるから皆頑張っているみたいだな。


 全てが終わったところで、夜食のスープを頂く。

 カップ1杯のあたたかなスープを飲めば、一段と冷えた林の中で少しは体を暖かくして眠ることが出来るだろう。

 私も、マントに包まってテントの中で仮眠を取る。


 目が覚めるとテントの外が騒がしい。

 慌てて這い出すと、皆が出発の準備をしていた。寝坊してしまったようだ。

 雪で顔を洗って、焚き火の傍に行くとキティちゃんがハムを挟んだパンとスープを渡してくれた。


「だいぶ寝てたね。もうすぐ帰る準備ができるよ。昼前に出発できれば森を抜けた辺りで今夜は泊まれるさね」

「昔から寝起きが悪いんです。申し訳ありません」

「良いって事さね。ミチルさんの獲物もちゃんとソリに積んであるよ。全くあの毛皮は見事だね」


 スノウガトルの毛皮2枚がどれだけの価値があるのか。正直私でも分からないところがある。1つは持ってるし、皆で分けるわけにも行くまい。王都でセリに出すか、それとも……。

 贈答品と言う事でも良さそうだな。御后と王女なら問題ないだろう。ちょっとした治療で金貨と武器を貰えたんだから、これを送っておけば色々と便宜を図って貰えそうだ。


「セリに出しても恨まれそうです。贈答品として王都に送ろうと思いますが……」

「確かにありそうな話だね。私は賛成だよ。ガドラーとガトルで十分さ。皆に銀貨が何枚か渡せるだろうしね」


 売れば金貨が渡せるかも知れないけど、私が倒したから判断は私に任せると言う事らしい。ミレリーさんもシガレイを楽しみながら頷いている。


 ガトルの毛皮を山積にした長い枝で作ったソリをグラム達が引いて行く。

 森を抜けたところで一泊し、翌日の昼過ぎにどうにか町に戻ることが出来た。


 毛皮と牙、それに魔石をマリ―に渡して報酬を皆で分けたのだが、1人当たり340Lはこの季節なら高収入になるな。

 喜んで宿で酒を飲むつもりのようだから、私の報酬をダノンに預けておいた。足りないって事にはならないだろう。


「姫さん。良いのか?」

「たっぷりご隠居さんから頂いてるから、これもその範中だと思うわ。スノウガトルの毛皮の始末をしてから私も行くから料理は残しといてね」


 私の言葉にウインクして出て行ったけど、それは止めた方が良いと思うな。小さな子が見たら泣き出すこと確実だ。


「それで、これを王女と御后に贈ってほしいんだけど……」

 シーツに包んだ荷物をマリーが開いた瞬間、マリーが目を見開いた。


「いたんですか……。それも2頭。良くご無事でしたね」

「とりあえずこの辺りの脅威は去ったと思うわ。変にセリなんかに掛けたら何が起きるか分からないし……」


 私の言葉に頷きながら荷物の運送を請け負ってくれた。

 きちんと梱包をし直すんだろう。

 後はマリーに任せて、私は宿に急ぐ。早くいかないと何も残っていないなんて事になりそうだからな。育ち盛りがいっぱいだから、いくらでもご馳走を食べられるはずだし。


・・・ ◇ ・・・


 10日も過ぎると、いつもの暮らしに戻る。

 私がプレセラに付いて、キティ達はネリーちゃん達と一緒だ。

 スノウガトル騒ぎで、プレセラ達が少し変わったのが私にも分かる。自分達の技量に自信が付いたようだ。たまに野犬が現れても慌てる事が無い。ラクスが他の4人の配置を適切に指示して、素早く陣形を整えることが出来るようになった。

 あれほど酷かったアンの弓の腕もまあまあになって来たし、皆の前に1歩踏み出して長剣を握るベクトは、誰の目にも将来のガリクスを思い浮かべられるようだ。

 だが、この状態が一番危険な時でもある。

 全員が自分の能力に自信を持った時に過信が生まれるのだ。ロディ程では無いにしても、用心深さが欲しいところなんだよね。

 今年で2年目になる。彼等だけでガトル10頭程度の狩りをさせてみようか? もちろん後見人は必要だが、テレサさんが良いだろう。ラズーはいつもテレサさんを見ていたしね。あれだけの魔導士はエルフ族にもそうはいないだろう。

 中々良いとことろに目を付けたと、ミレリーさんが笑っていた。あの旦那虐めは真似しないだろうけど、ちょっと心配になってしまう。


 そんな事を考えたところに丁度良い依頼が見つかった。ガトル8頭なら丁度良いだろう。直ぐにテレサさんにお願いすると、ふくよかなお腹を叩いて請け負ってくれたから安心できるな。


「ある意味、卒業試験みたいなものよ。テレサさんは貴方達に命の危険が無い限り介入することは無いわ。ラクス、狩りは大胆さも必要だけど、臆病な事も大切なの。リーダーは常に全員を見ることになるんだからね」

「前の騒動の時には全員で倒したガトルの数は十数頭です。私達だけでもだいじょうぶだと思いますけど……」


 ラケスの言葉を聞いてテレサさんと私が笑い出した。少し、ムッとした表情を浮かべて私達を見ている。


「たぶん怪我をすると思うわよ。あの時とこれからの貴方達の狩りを良く考えて狩りをしなさい。森で1泊するから食料も準備してね。じゃあ、行ってきなさい」


 私の言葉に頭を傾げているけど、今夜位には分かるんじゃないかな? でないと何人かが怪我をすることになりそうだ。 もっともテレサさんがいるから危ないと判断したところで素早く介入してくれるに違いない。


 その夜、暖炉の傍で蜂蜜酒を飲みながら、ミレリーさんにプレセラの狩りの話をする。

 初めてのガトル狩りにミレリーさんも興味を持ったようだが、同行者がテレサさんだと聞いて安心した表情を見せてくれた。


「ミチルさんの選択が一番正しいと思います。私やカインドでは黙ってプレセラの狩りを見ていられないでしょうし、介入に時間が掛かります。その点、テレサはあの性格ですし、魔導士ですからね」

「怪我は致し方ないでしょう。この間のスノウガトル騒動で少し慢心しています。狩りは、どちらが獲物になってもおかしくはないと言う事を1度知る必要がありますからね」


 私の言葉にミレリーさんが頷いている。

 ちょっとした怪我なら、是非とも負って貰いたいところだ。手術が必要な怪我だと困るけどね。


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