G-011 貴族も楽じゃなっそうだ
下宿に帰ると、直ぐに夕食になった。
贅沢な食事じゃないんだけど、温かな家庭の味は好きだ。最初はワインが出て来たんだけど私がワインをあまり飲まないことを宿屋のおかみさんに教えて貰ったんだろう。
近頃は蜂蜜酒が小さなカップに1杯だけ出てくる。
ミレリーさんも、同じように小さなカップで私に付き合ってくれるようだ。そして、ネリーちゃんの前にはお茶のカップが置いてある。
「今日は珍しいスープですよ」
嬉しそうに、私の前にスープ皿を置いて、ネリーちゃんと自分の席の前にも皿を置いた。
そこには、緑色に染まった野菜のスープが湯気を立てていた。
これは、ジルギヌのスープだ。
何故か出汁が薄い緑に染まる。肉は白いし、甲羅は赤くなるんだけどね。
「今日、ネリーが持ってきたんです。話を聞くとミチルさんに教えて頂いたそうですが、その方法は口止めされたと話してくれました」
そう言って、面白そうに私を見て微笑んだ。
「でも、子供達の依頼を完遂させて、なお1人1人にお土産を持たせるような
ジルギヌの獲り方は誰も思い付かないでしょうね……。それでは、頂きましょう」
久し振りに頂くジルギヌのスープはコクがあって、それでいて野菜に馴染んでいる。焼いたジルギヌは結構食べたけど、スープはあまり無かったな。
2匹ずつだから、焼かずにスープにしたんだろう。
今日の出来事を話してくれるネリーちゃんだが、ジルギヌの捉え方を話したくて仕方がないようだったな。
それでも、途中でハッ!っと気付いて話を終えるのがちょっと面白かったぞ。
そんな、微笑ましくてちょっとした贅沢な私達の夕食が終る。
「明日は、蜜蜘蛛の捕まえ方を教えて貰えるの。お母さん、空いてるビンが無い?」
「そうね。たぶんあったと思うけど……」
ミレリーさんは、蜜蜘蛛とビンがどう関係するかが分らないようだ。
そして、カップから残りの蜂蜜酒を飲むと、私を見つめた。
「そういう事ですか?」
「安全な捉え方をロディ君に教えましたから、たぶん……」
子供達同士で、小さな獲物の捕らえ方を伝授するのは良い事だと思う。
危険が伴う狩りは、まだまだ先のことだ。
蜜蜘蛛は毒を持つが、激痛が数時間続くだけで命の危険は全く無い。ある意味、毒の危険性を身を持って覚える良い経験になるかも知れない。
「ちょっと、待っていなさい」
ミレリーさんは、ネリーちゃんにそう言うと、席を立って自室に向かった。
そして、戻って来たときに小さなポーチをネリーちゃんの前に置く。
「お母さんが昔使っていた物よ。まだ、傷薬と毒消しが2本ずつ残っているわ。効果は半分以下になってるけど、万が一蜜蜘蛛に噛まれたら使いなさい。飲むだけだから簡単でしょ」
「ありがとう!」
ネリーちゃんのベルトはたぶんお母さんの使っていたベルトなんだろうな。
ハンター御用達の幅の広いベルトに薬草用のポーチと採取用のナイフが揃うと、一人前のハンターらしく見えるぞ。
ネリーちゃんが笑顔で自室に向かったところで、互いにシガレイを取り出す。
「ところで、本当に危なくないんですか? 蜜蜘蛛は薬草の味を良くする為に需要は高く、それなりに高値で取引されています。昔は町の人達もちょっとした日銭を得るためにやったものですが、あの激痛ですからね。報酬に合わないと今では誰も行なわなくなりました」
「ロディ君に教えたとおりに行なえば、全く刺される心配はありませんわ。絶対に触るな。逃げたら直ぐに踏み潰せ!……これが基本です」
私の言葉に少し安心したようだ。でも、それでどうやって蜜蜘蛛を捕らえるかは分らないと思うな。
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次の日も、何時ものように朝早くギルドに出掛ける。
カウンターのマリーに片手を上げて挨拶するのはお約束だ。この頃は、セリーも一緒に挨拶を返してくれるようになってきた。
そして、掲示板の依頼書をじっくりと眺める。
変な採取依頼もないし、危険な獣の狩の依頼もない。これなら、このギルドに所属するハンター達なら楽勝だろう。
うんうんと頷きながら何時もの窓際のテーブルに着くと、セリーがお茶を持ってきてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして。昨夜はあちこちでジルギヌのスープが作られたみたいですよ。私も頂きましたが、マリーは残念がってました」
「たぶん次は大丈夫だと思うわ。その辺はロディ君が気が付く筈だからね。中々良い子ね」
「弟に言って置きます。家ではミチルさんをベタ褒めですから……」
ロディはセリーの弟だったのか。
という事は、将来はこの町のハンターになるんだろうな。まぁ、武者修行の旅はやった方が良いだろうが、何時かは戻ってくる。それが故郷だからな。
私がこの町に戻ってきたのも、そんな深層心理の作用なのだろうか?
確かに、あの当時の人々は誰も残っていないが、町の感じは昔のままだ。私を暖かく包んでくれる。
何時の間にか咥えていたシガレイに火を点けて、お茶を頂く。掲示板の付近が騒がしくなってきた。
日帰りで狩りをするハンター達が今日の獲物を探しているようだな。
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「あのう……。町のハンターですよね。ちょっと教えて頂きたいんですが?」
私に声を掛けてきたのは、世代差のあるパーティだった。
どう考えても引退間近の男は背中に長剣を背負っている。30代の女性は短い杖を持っているから魔道師だな。弓を持った20代の女性はネコ族だし、私の前に立っているのは長剣を背負った十代後半の少年だ。
まさか、家族でパーティを組んでるんじゃないだろうな?
そんなパーティもたまにはいるんだけど、このパーティはそんな風にも見えないんだよな……。
「なんでしょう? 私は今日の狩りをしませんから、急ぐ用はありません。どうぞお座り下さい」
それぞれがテーブルに着いたところで、少年が聞いてきた。
「実は、『ガドラーがこの町に出た』と聞いてやってきたんですが、掲示板にはそれらしい依頼書がありません。もう狩られたという事でしょうか?」
やはり高位の連中か。ギルド間の連絡網で危険な獣や魔物の情報は共有される。それをいち早く知り得たとなると、……この少年は貴族のお坊ちゃんと言うことになる。
王都の貴族の間では、国民の為に如何に身を持って働いたかを示す風潮がある。
村人が困っていた魔物を退治したという肩書きは、一生その貴族に着いていくから、青年時代になるべくこなしておくことになる訳だ。
夫を選ぶ1つの選考基準になるとも言われている。
このパイドラ王国がそんな気風なのは昔からだが、あのご隠居一行も王族の嗜みで昔からの行事なのかも知れないな。
「男爵? それとも……」
「レイベル公爵に将来なられるお方ですぞ。ぼっちゃんに丁度良い獲物じゃ、と来てみればそんな依頼は何処にもない」
「ガドラー2匹の狩りの結果は、本日もしくは明日には結果が判りますわ。11人のハンターを送り込みました。黒1つが4人。残りは青と白です」
「それは無謀じゃないかしら。人数的には納得するけど白は少し早すぎるわ」
「そうでもありません。怪我はするでしょうが、死亡する者はいないでしょう。荷は重いですが、黒1つの将来性を期待して狩りに行かせました」
「リーダーとして使えるかを試したということじゃな。それも重要なことじゃ」
初老の男が片腕を上げて指を鳴らす、やって来たマリーさんにお茶を頼むと10L銅貨を渡す。
「折角来たのじゃ。若の腕を上げる良い機会。数日滞在して獣を追うのもおもしろかろう。何ぞ良い獲物を知らんか?」
「黒5つと言うところでしょうか? そちらのレイベルさんは青3つ前後ですね」
「よく分かるものだ。そのとおり……、という事は娘御は銀?」
「僕の事はライネスと呼んでください。銀レベルのハンターを見るのは初めてです。よろしく御指導ください」
さて、どうしたものか?
従者の腕ならば、かなりの獲物が狩れるはずだ。
とはいえ、現状での害獣を狩る依頼は少ないし、黒5つに見合うものは全く無い。
この連中が期待しているのは、将来の主人の肩書きだ。
出来れば早いとこ大型の獣を狩って、とっとと王都に帰ってもらいたいな。
そして、季節も悪い。
秋深くなれば、山から大型の獣が降りてくるのだが、今は初夏になろうとしているところだからな。
「大型の獣は後数ヶ月は待つ事になるでしょうね。上手くいけばグライザムが降りてくるかもしれませんし、イネガルの群れや灰色ガトルの姿もその頃です。
掲示板を見た通り、精々ガトルが良いところですわ」
運ばれてきたお茶を受取って、彼等に軽く頭を下げて頂いた。
初老の男は、私の言葉を頷きながら聞いている。
「言われるとおり。だが、我等としても1つの証を得たいのじゃ。来年には若と許婚となられる姫の婚約が正式に取り交わされる。その席上での肩書きと言えばお分かりじゃろう……」
単なる肩書きではある。でも、それが無い場合は居並ぶ列席者の失笑をかうと言うことだろうな。
それは私達にはどうでも良いように思えるが、貴族社会は面子が大事でもある。
助けてあげたいが、今はどうしようもないな。
「来年であれば、今年の秋に再度いらっしゃったらどうでしょうか? 少なくとも、今よりは大型の獣がおります。そして上手くいけば、グライザムも……」
「グライザムじゃと!」
初老の男が腰を浮かしながら叫んだ。
自分の行為に恥じて周囲を見ながら腰を下ろしている。
「すまぬ。久しぶりに驚いたわい……。出てくるかのう?」
「可能性はあるでしょうね。かつてこの町に住んでいたころには毎年のように依頼書が張り出されていました」
今度は私が片腕を上げて指を鳴らす。
「昨年の秋から冬にかけての依頼書と狩りの実績は分る?」
「記録に残っています。必要でしたら開示しますけど……」
マリーにギルドの記録簿を持ってきてもらい、早速昨年の秋を調べてみる。
依頼件名とその依頼を受けたパーティ、そして結果がずらりと並んでいた。
「なにこれ! 依頼があるのに誰も受けていないじゃない!!」
「期限を過ぎて王都にも回してるんですが……。王都からこの依頼を受けて来るハンターはいませんでした」
それは分らなくもない。
ハンターとて我が身が大事。グライザムを相手にして無事なパーティは早々いない。返り討ちに合って亡くなるハンターも多いのだ。別名、ハンター殺しとまで言われてるからな。
「一昨年も、グライザムの依頼はあったの?」
「毎年のようにあるんですが、一昨年も受けてくれるハンターはいませんでした。そんな理由でグライザムの目撃箇所は立ち入り禁止措置を取るのが精一杯です」
「なるほど、それを狩れればレイベル公爵としての面目を保つには十分お釣が来る。だが、ワシとてグライザムは狩った事が無い。ハンター殺しの異名は伊達ではないと聞き及ぶ。娘後……良い手立てがあるという事か?」
「これも、何かの縁。私が協力しますわ。グライザムは何度か狩ったことがありますから」
何度なんてものじゃない。グライザムの群れすら狩った事がある。
グライザム単体ならば私1人でも狩れるのだが。ここは止めをライネス君に差させてやれば良い筈だ。
「それでは、これで連絡をお願いしたい。そして、これは前金じゃ」
初老の男が私の前に金貨を1枚置いた。
前金でこれだとすると、見事狩りが成功したらいったい幾らくれるんだろうか?
「これは多すぎます。そして、老人に1年間の期限で困ったハンターの力になる約束をしていますから、これも契約の範囲という事になりますわ。
そして、お願いが1つ。ライネスさんに短槍の使い方を教えておいてください」
「短槍ですか……。分りなした。そして最後意に、せめてお名前をお聞かせください」
「ミチルと言います」
「分りました。それでは我等はしばらくこの町に滞在して王都に戻ります。連絡を待っておりますぞ」
そう言って4人は私に深く頭を下げるとギルドを出て行った。
「どういう事なんですか?」
「若い青年がいたでしょう。来年良家の娘さんと婚約するのよ。そこで良いところを見せたいみたいね。たぶんそんなに危険な事は二度としないと思うから、手伝うのも仕事だわ。マリーもグライザムが狩れれば文句はないでしょう」
短槍は貴族になっても使えるんじゃないかな。部屋や回廊で戦う時があるかも知れない。部屋の壁の飾りにもなるしね。