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GⅡー045 ガトルの襲撃


 パーティ単位で見張りをしながら一夜を過ごす。

 森を抜けてはいるのだが、パメラは北側に広がる黒い森を先ほどまでジッと見つめていた。

 何も言わないのが気にかかる。

 すでに青8つにまでレベルを上げたパメラだから、勘の鋭さは私を凌ぐだろう。

 あの森の奥が怪しいと言う事になるのかな?


「ジッとネコ族の娘達は森を見てたねえ」

「私は背中を向けられませんよ。よくもミチルさんが森に背を向けられると感心していました」

「私だって気にはなってますよ。でも、差し迫った危険ならパメラはちゃんと教えてくれるはずです。あれは今まで感じたことが無い感覚に戸惑っているんです」


「参考までに聞きたいけど、どんな感覚なんだい?」

 テレサさんが飲んでるのはワインじゃないか! 焚き火で温めてホットで飲んでいるぞ。


「そうですね……。後ろでガリクスが長剣を振り上げてるような感じです。でも、距離があるから、問題は無いですよ」

「殺気ってわけかい? 確かにそうだねえ、そんな感じがするよ」

「言われてみれば、殺気ですね。動物の持つ殺気とは異なっているような気もしますが……」


 ほんとにこの2人の実力は未知数だな。黒5つ位でも獣の殺気とは異なるなんて人間では感ずることが出来ないんじゃないか?

 待てよ。ひょっとしてかなり強いと言う事なんだろうか?

 ネコ族はともかく、人間にまで感ずる殺気となると……。かなりのガドラーが混じっていそうだ。

 改めて、寝ている連中の武装を確認してみる。

 ガドラーを殺れそうなのは、以外に多いんじゃないかな?

 クレイ達にグラム達、この2人も問題なさそうだし、カインドさんも散々狩ったことはあるに違いない。


 ガドラー数匹と何かの殺気が混じってこの殺気が送られているように思える。

 何かが分るのは私だけだ。間違いなくスノーガトル。それも2匹だろうな。


「やはり……、ということですか?」

「この殺気は覚えがあります。プレセラとキティをよろしくお願いします」

「大丈夫さね。ガトルは散々狩ったものさ。それにガドラーはカインドも狩ったことがあるからね」

 

 2人ともハンターから身を引いていたけど、そのまま続けたらきっと銀に上がっていただろう。ミレリーさん達がいれば左右は何とかなりそうだ。後ろはダノンとネリーちゃん達が頑張ってくれるだろう。


「だけど、近付いて来ないのが不思議なんだよね」

 テレサさんの言葉に、目を閉じて背後の殺気を探る。確かに、動いて行ないようだ。それも不自然な話だ。ガトルならば獲物の周囲を遠巻きにしながらゆっくりと取り囲んでいく。


 シガレーを取り出し焚き火で火を点けた。ふーっと焚き火に向かって煙を吐く。

 余程統率が取れた群れと言う事になるんだろうか? 

 年月を経たガドラーが率いるガトルは兵士以上に規律が執れていると、昔の仲間が言っていたな……。


「ちょっと、念のためって事で……」

 焚き火から立ち上がると背負いカゴの中から小ぶりなスコップを取り出して、焚き火から20m程離れた場所の雪面に穴を掘る。

 固く締まった雪の表面はがちがちと掘るたびに音を立てるが、その下はサラサラの雪だ。直径1m深さ50cm程の穴を掘って、冷えた体を焚き火で温める。


 私が傍に置いたスコップをミレリーさんが手に取って焚き火から10m程の場所の雪面にグサリと差し込んだ。

 確かに目印が必要だな。あのスコップより前に出なければクレイ達が巻き添えになることは無い。


「忘れてました。ありがとうございます」

「良いですよ。私も一度見てみたいと思ってましたからね。ようやく願いが叶います」

「大型獣を相手に片手剣なんだからね。爪の垢でも飲ませてあげたいよ。全く」

「ホホホ……、カインドだって、ガドラーなら問題ないでしょう? ミチルさんと比べるものではないでしょうに」

「それが分ってるから、腹が立つのさ。男だったら長剣だと思うんだけどね」


 かなり偏った見方だけど、カインドさんには長剣を使って貰いたかったんだろうな。好きな相手の後ろでずっと動きを見ていたのだろう。でも、カインドさんだって前衛でフルーレを使っていたんだから素早い動きであったはずだ。

 大成したハンターのフルーレの動きは、私も一度は見たかったと思う。


・・・ ◇ ・・・


 いつしか私達もおしゃべりを止めて、静かな時間が過ぎていく。

 嫌な殺気が私達を包み込んでいるのだが、およその方角が分るだけで距離については皆目だ。


 ん! 動いた……。

「餌でおびき寄せる必要は無さそうです。動き始めました」

「私には感じられないけど、ミチルさんが言うと、そうなんだろうね。ミレリー、皆を起こさなくちゃならいよ。手伝っておくれ」


 2人の御夫人がクレイ達を最初に起こして、次々と毛皮に包まって寝ている連中を起こし始めた。

 クレイが私に近付いて来たところで、座る様に手で合図をする。


「クレイ、昨日の円陣を覚えているわね。その通りにハンターを配置すれば良いわ。ガドラーだけで数頭はいるようだから、グラム達と上手く協力してね」

「了解です。やはり1人で?」

「まだクレイには無理だと思うわ。向かったとしても、手傷を負わせておかないと、全滅しても不思議じゃないのよ」


 お互い相手の名前を口に出すことは無い。

 赤の連中だっているのだ。戦う前から恐怖を植え付けたら、実力の半分も出せなくなりそうだ。


「分かりました。特等席で見せて貰います!」

クレイの言葉に頷くと、薄手の手袋に換えて、その上に指先の無い皮手袋を着ける。手首のところで紐を結べばしっかりと小太刀を握れるし、柄が滑ることも無い。


 腰のバッグからミレリーさんに貰った白いシーツを取り出し、ジッと焚き火の火を見つめていたクレイの肩を叩くと、焚き火から白一色の荒地に向かう。

 ヒュー……と強い風が吹き、辺りが雪煙に包まれた時、私は大きくシーツを広げて、あらかじめ作っておいた穴の中に座り込んだ。

 下にはガトルの毛皮を敷いているから、体が濡れることは無いし、穴の中には風も吹きこまないから雪洞に入ったような感じでいられる。

 ここでジッと待つことにしよう。


 ダノンとカインドさんが、ハンター達を予定位置に急いで配置する声が聞こえてくる。

 すでにクレイ達やグラム達は、焚き火の前に立って周囲を見ているのだろう。あの5人とミレリーさん達がいれば子供達は安心してガトル狩りができるだろう。

 プレセラ達も1人1匹は何とかし止めて貰いたいな。キティ達もダノンが補佐してくれれば数匹は倒せるんじゃないか?


 パメラの甲高い声が聞こえた。その後で外が少し明るくなったから焚き火の周囲に積んであった焚き木の山に火を放ったのだろう。凍ったシーツの端を少し開けて雪玉を挟んでおく。これで前が見えるようになった。

 頭上を飛んで行った火炎弾はテレサさんが放ったものだろう。隙間から荒地の奥を覗くと黒くうごめくガトルの群れが見える。

 ガトルだけなら恐れることは無い。あれだけのガトルがいるなら、やはり数頭のガドラーは覚悟しなければならないが、ガドラーは群れの奥だ。まだ見ることは出来ない。


 私は雪洞に潜り込み、気配を消す。

 そっと小太刀の柄に左手を添える。【アクセル】と【ターボ】を自らの身体に掛ければ、私の瞬発力はスノーガトルの動きに並ぶはずだ。


私の前方に【メルト】の火球が着弾して周囲に火の粉を爆ぜた。

キャンキャンとガトルが吠える。

それでも私の潜む雪洞を無視して、ガトルの群れがクレイ達を襲ったようだ。私の周囲にもたくさんのガトルがいるのだが、全く無視している。

気配の遮断はこれほどのものだ。ネコ族の人達も得意としているけど、エルフも森の種族と言われるだけ周囲に溶け込む術を生まれながら持っているようだ。


クレイ達の声に混じって小さな女の子の甲高い声も聞こえてくる。プレセラ達も頑張っているに違いない。


「来たぞ!」

クレイの声に、火炎弾に照らされた荒地の奥を見た。

やって来たのはガドラーだ。たまに見るガドラーよりも一回り大きく見える。そんなガドラー4頭が横に並ぶようにして静かに近付いて来る。


 やがてガドラー達が互いの距離を広げていく。

 老いたガドラーの手口だな。獲物を包囲して同時に襲い掛かるつもりだろう。

 だけど、クレイやグラム達は十分にガドラーを1人で狩れる。彼らの実力を見るにも丁度良さそうだ。直ぐ後ろにはミレリーさん達がいるから、クレイ達の動きを助けてくれるだろう。


ウオォォ! と声が上がる。誰の声だか分からないけど、1頭のガドラーを殺ったようだ。

段々と周囲に血の匂いが漂い始めた。

かなりのガトルが倒されているのだろう。

火炎弾の炸裂音がいつしか止んでいる。まだ魔力が尽きたとは思えないけど、最後の2、3発を残して、バトンや杖で戦っているのかもしれない。


ゾクリ! 私の身体に鳥肌が立った。

ゆっくりと隙間からガドラーがやって来た方向を見ると、暗い闇の中で白く動く者が見えた。

やはり、スノーガトルはこちらに移動していたようだ。

かなりの大物だ。昔私が狩った獲物を遥かに超えている。

クレイ達の声が小さくなってきた。スノーガトルの姿を見たのだろうか? まだまだたくさんのガトルがいるのだ。動きを止めたら飛び掛かって来るぞ。


 ジッと近付いて来る姿を見ながら左手で小太刀の柄を逆手で握った。周囲は雪原だけど、小太刀を持つ手は汗ばんでいる。

 私は気配を消しきれているだろうか?

 ゆっくりと近付いて来るスノーガトルは、まだ私に気付いていないようにも見える。これだけの血の匂いが、私の匂いまでも消してくれると良いのだけれど……。


 スノーガトルが更に近付いて来る。すでに距離は5mを切っている。

 相手の距離が3m程になった時、右手を延ばして、頭上のシーツを払いのけながら飛び出した。

 

 バサリ! と凍ったシーツが雪を周りに散らす。

 雪原を走り、一瞬驚いて動きを止めたスノーガトルの横を、走り抜けながら小太刀を振り切る。

 急に立ち止るとその場に仰向けに寝転ぶようにして腕を下から頭上に振り切ると、私を飛び越えようとしたスノーガトルの腹を斬り割くことが出来た。

 飛び越えたスノーガトルが臓物を噴き出してその場に倒れる。

 

 ゆっくりと立ち上がって、体の雪を払いのける。

 どうにかクレイ達の狩りも終わったようだな。焚き火に向かって歩き始めた。


「危ないにゃ!」

 1頭目のスノーガトルに近付いた時、キティの叫びに続いてスノーガトルの頭に矢が突き立つ。

 矢が当たった衝撃で、スノーガトルの頭が雪原に転がった。


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