GⅡー44 森の中の殺気
私が起きた時には、すでに2人は着替えを済ませて部屋を出て行ったようだ。
それ程急ぐことは無いんじゃないかな? 今日は1日雪原を歩くことになる。
着替えを済ませて、ベッドを整える。
キティ達のベッドを見ると、教えた通りきちんと布団が畳まれていた。
再びこの部屋に戻って来れるとは限らない。ハンターは常に死と隣り合わせだ。普段から身辺整理をしておかないと、亡くなった後で恥をかく事にもなりかねない。
雪原を歩くことになるから、それほど厚着にはせずにマントを羽織る。少し靴底が広くて鋲の打ってあるブーツを履いて装備ベルトの後ろに小太刀を差した。
手袋は薄手の毛糸の品だ。その上にちょっと大きめのミトンをする。狩りの時には面の手袋の上に指の部分を切った皮手袋になるが、あれだと長い間にてがかじかんでしまう。
リビングに下りていくと、皆がテーブルに朝食を並べ始めている。私だけ遅かったのかな? 急いで裏庭に行くと井戸から水を汲んで顔を洗う。
空は晴れている。しばらくは吹雪く事も無さそうだ。
「さあ、朝食ですよ。こちらがお弁当になります。プレセラの分も作ってありますからね」
「ありがとうございます。でも、皆さん早いですね?」
「昨夜はあまり眠れませんでしたよ。主人がさぞ悔しがっているんじゃないかとね」
そんな冗談が言えるなら、だいじょうぶだ。
少し脅かし過ぎたかも知れないけど、それなりに覚悟がいる相手だ。
5人がテーブルを囲んで朝食を取る。肉が多めのスープに子供達は嬉しそうだ。
黒パンに挟んだハムは厚切りだから、私も笑みが浮かぶ。
食事が終わったところで、ネリーちゃん達3人が食器を片付け始めると、私とミレリーさんはテーブルでお茶を頂く。
「来るでしょうか?」
心配そうな顔をして私に尋ねて来たのを、頷く事で返事をする。
「その時は……」
「何とかします!」
たぶんネリーをお願いと言葉を続けたかったんだろうが、そんな事は言わせることはできない。それ位の覚悟がいる相手ではあるのだが、それは私の獲物だ。まだクレイには早すぎる。
「ミチルさんがいてくれて、これほどありがたいと思う事はありません」
「私がいなくともクレイとダノンがいるでしょう? 彼等ならまた別の手立てを考えると思います」
そんな私の言葉にミレリーさんが首を傾げている。
直ぐに合点が行ったらしく、私に微笑みを返す。
冬の間中、狩を禁止すれば済む事だ。その間のハンター収入は無くなるけど、東の森では無く西に広がる森に向かえば罠猟で細々と暮らす位はできるだろう。
スノウガトルはその名の通り、冬に活動する。春が来れば高い山に戻っていくのだ。
「確かにそれも一つの方法でしょう。ですが、次の季節も同じ脅威が訪れることになります」
「次の季節にはガリウスが王都の兵を連れてきますわ。だから、脅威はこの冬だけだと思います」
「ふふふ、ミチルさんが王都の兵を頼みにするとはね」
「私だって一介のハンターですよ。国民の脅威は王国軍が払うのが基本でしょう?」
2人とも笑い出したのを見て、準備が整ってリビングに戻った3人が驚いている。
それでは出掛けましょうと、暖炉の火を周りに散らして手前を綺麗にしておく。
皆が手袋を取り出したところで、私達は家を出ることになった。通りに出て振り返ると、ミレリーさんがしっかりと戸締りをして、私達のところに小走りに駆けて来る。
「冬の狩りは夏よりもワクワクしますね」
「私もです。何といっても真っ白な世界ですからね。冬の町も風情がありますけど、自然には適いません」
少女のように瞳を輝かせてミレリーさんが呟く。その気持ちは大切だと思う。私も長寿の種族にありがちな、季節をめでる気持ちが薄れるのをなるべく抑えようと努力はしているのだが……。
ギルドのホールには、だいぶ人が集まっている。
私達の到着を確認しているのはダノンだな。昨夜作った配置表で出欠を確認しているようだ。
プレセラの連中も、緊張した面持ちで少し離れたテーブルに座っている。
「姫さん。武器屋が朝早くこれを届けてくれたんだが、狩りにこんなのが必要なのか?」
ダノンがぼろ布に包まった釘を私に渡してくれた。
「ええ、さすがに腕が上がってるわね。これなら十分に使えるわ」
5寸釘よりも長いクギを、カチンと打ちあわせて練度を確認する。雪の中だから走ることは出来ない。これは私の取って置きと言う事になる。
腰のバッグに入れると、皆の装備と表情を確認した。特に問題は無い様だ。多分すでにダノンが行っていたのだろう。
「それじゃあ、出発するわよ!」
「先頭はグラム達だ。ちびっ子もいるんだからな」
ダノンの指示にグラム達が頷いている、普段よりも歩みを遅くしろと言うのが分ったらしい。
ぞろぞろとギルドから外に出ると、ロディ達が通りを逆に走っていく。背中のカゴに荷物があまりないところを見ると、お弁当を取りに出掛けたのかな?
そんなロディ達は私達が北門を出て雪に覆われた荒地を下っている時に追いついて来た。クレイ達の直ぐ後ろに割り込んで、私達の行軍に加わる。
最後尾は私とミレリーさんそれにテレサさんの3人だ。
直ぐ前にはプレセラの連中がいるし、その前にはキティ達を加えたネリーちゃん達がいる。
「去年のリスティン狩りを思い出すねえ。あの時よりも人数が多くなっているのが楽しくなるね」
「だけど、今度はガドラー付きだぞ。昔ほど動けんから少し心配になってきたな」
「何言ってんだい。あんたに期待はしてないよ。昔のあんた以上にグラム達が動けるから、ひたすらガトルを狩るんだよ」
一方的に決めつけられてるカインドさんが気の毒に思えるが、ダノンに背中を叩かれて笑い声を上げている。隣のミレリーさんも手で口元を押さえてるから、いつもの夫婦の会話らしい。こんな感じにロディ達もなるんだろうか? ちょっと心配になってきた。
森の入り口で一旦歩みを止めて昼食を取る。30分程の間隔で休みを取ってはいるのだが、森の中はガトルがいつ飛び出してくるか分からない。
周囲が良く見えるここで、疲れを取る事にした。
確かに奇妙な感じだ。これまでの行軍で雪の上に残る小動物の足跡さえ見つからない。
森も静まりかえって不気味に思える。
キティとパメラがしきりに森を気にしている。やはりかなり気になるようだな。
お弁当を終えてシガレイを咥えて、そんな2人をジッと見つめていると、ダノンが話し掛けてきた。
「姫さん、パメラが森を見つめたままだ……」
「もう2人のネコ族もそうよ。やはり、かなりの殺気と言う事なんでしょうね」
「ちびっ子を帰した方が良いんじゃないか?」
「いえ、このままでいいわ。少なくともパメラは武器を握っていない。まだ近くではないのよ。昨日の配置を覚えてるでしょう? イザとなればその陣形を取れば大怪我を追う事は無いわ」
軽傷は仕方がないだろう。軽い傷なら狩りで一度は負っておくべきだ。
傷薬、包帯、それに【サフロ】の魔法のありがたさが分るし、回復魔法の使い手がいかにパーティに重要かが身に染みて分るだろう。
隊列を整えて森に入る。今日は森を抜けたところで野宿をする予定だ。かなりネコ族の女性が気疲れしているようだから早めに休ませねばいけないだろうな。
たまに梢から雪が落ちてくる。
森だから仕方がないのだが、そのたびにラズーやアンがビクっと首をすくめる。小さい子ながらも森の異常さに感付いているらしい。
日が落ちる前にどうにか森を抜けると、ダノンがしきりに周囲を見渡し始めた。今夜の野宿箇所を探しているらしい。
先頭を歩くグラム達が少し左手を杖で示してダノンに確認を取っている。ダノンが頷いたところをみると、今夜の宿は数本の立木が壁を作っている場所になるようだ。
周囲に男達が散って焚き木を集め始めた。
直ぐに両手いっぱいに抱えた焚き木を持って帰って来たから、周囲の雪が融ける位に盛大な焚き火が焚けそうだな。
焚き火に掛けた大鍋で慣れた手つきで宿のご夫婦がシチューを作っている。良い匂いに鼻をくんくんいわせながら、グラム達が裏手を補強している。杭を作って何本か打ち込み、ロープを張り巡らすと焚き火の周囲に集まって体を温め始めた。
小さな子をなるべく奥に、私達は焚き火の反対側に腰を下ろした。後ろには何もないが、手元には自分の得物を置いているから、振り返って立ち上がる時には戦闘態勢にひることが出来るはずだ。
ちょっとしたことだが、まだロディ達はそれが分って行ないようだ。クレイ達やグラム達は教えていないとダノンが言っていたが、私達と同じようにいつでも行動に移れる状態で焚き火にあたっている。
「嫌な森だったねえ……」
私にシチューと夕食のハムサンドを渡しながらテレサさんが呟いた。
「殺気が周囲から来てましたが、姿を見せませんでした。かなり歳を経たガドラーが率いているんじゃないかと」
「ああ、昔もそんな事があったな」
私の言葉に、ダノンと酒をちびちび飲んでいたカインドさんが続けた。
確かガトル狩りを専門にしていたとミレリーさんが言ってたから、そんな状況にあったことも何度かあるんだろう。それでも生還して、同じパーティのメンバーを嫁さんにしたんだから、腕は一流だったんだろうな。
「私は初めてです。やはり獣も歳を取るほど賢くなるんでしょうか?」
「何だってそうだと思うぞ。賢いのは人間だけだなんて思うハンターは長続きしないと言う話だ。姫さんはどうなんだ?」
「私の宗教感覚は皆と少し違うところがあるの。それが前提になるんだけど……」
歳を経た獣は人に化けると言う話をはじめた。
山で一人きりの人間にあったら、それは人間ではないという前提で行動する事。でないと突然本性を現して手ひどい痛手を受けるかも知れない。
でも、傷付いて困っているようなら親切にしてあげなさい。恩義を感じて後に助けてくれるかも知れないと教えてあげた。
食事を終えてのんびりしている時だから、皆が真剣に聞いている。
「姫さんの話だと信じてしまいそうだ。となると、俺一人で崖下に倒れていても姫さんは助けてくれたんだな」
「私がたまたま見つけたらね。でもダノンの時には一緒尾パーティの連中がそれこそ懸命に走って知らせてくれたわ」
プレセラ達には初めて聞く話だろうな。
その話をラクスがダノンに強請って話を聞いている。
焚き火を囲んで昔話をするのもこんな大勢で狩りをする時の楽しみに違いない。




