GⅡー42 数には数で
プレセラとネリーちゃん達が無事に帰って来たのを見て、ホッとした表情をしたのだろう。子供達がギルドを去ってからミレリーさんとテレサさんが顔を見合わせている。つかつかと私のところにやってきたのは、テレサさんだった。
「初めて見る表情だね。どうしたんだい?」
「2件立て続けに怪我人が運ばれました」
「何だって! ミレリー、こっちにおいでな」
こうなっては仕方あるまい。ダノンを交えて怪我の程度とその原因を話すことになった。
2人のご婦人がジッと私の言葉を聞いている。
途中何度か、2人で顔を見合わせるのは今日の出来事を確認し合っているのだろうか?
「確かに、少しおかしいとは思っていたよ。罠には1匹も掛かっていないし、雪レイムもどことなく怯えていたね」
「ラビーも同じです。確かに怯えていましたね」
狩場の雰囲気まで変わっているとなると、予想以上にガトルが集まっているって事にならないか?
マリーに手招きすると、待っていたかのように私達のところにやって来た。ダノンが他のテーブルから運んできた椅子に座ったところで、先ずは確認だな。
「マリー、ギルド本部からの通達あったら教えて頂戴」
「そうですね……。東の村で大掛かりな狩りを行うとかで、王都でハンターの徴募がありました。何でも、山脈の東からスノウガトルがやって来たとかで、大勢の貴族がハンターを引き連れて向かったそうです」
それか……。巻狩りをしたんだろうな。果たして上手く狩れたかどうかが気になるけど、今の時節でそんな事をしたらガトルが西に移動するのも無理はない。
「たかがガトルに巻狩りだと! 全く貴族共ときたら……」
「巻狩りでも難しいかも知れないわ。本当なら、かなりの犠牲者が出てるかもね。雪原を平地のように駆けるガドラーのような獣よ」
ダノンが思わず身震いをしている。
「知ってるって事は、ミチルさんは狩れたのかい?」
「ええ、銀6人で挑んで怪我人が3人。獲物のは4頭だったんだけど……。これがその時の記念品」
バッグから、帽子を取り出してマリーに見せてあげた。
「綺麗! これが話に聞くスノウガトルの帽子なんですね。東からやって来たハンターから聞いたことがあります」
「貴族様が欲しがるわけだね。だけど、ミチルさん達が怪我をするくらいだとなれば……。確かに命と引き換えになりそうだねえ」
ギルドの扉が開く音がした。全員が扉に視線を向ける。
「すでに集まってたか。それは、スノウガトルの帽子だな。まあ、ミチル殿なら容易いかも知れんな」
ガリウスは、途中で椅子を拾って私達のところにやって来た。
マリーが慌てて、カウンターに向かったのはお茶の準備って事だろう。
「それで、被害はどれ位なの?」
「死亡が6人に重傷が20人以上だ。残念ながらスノウガトルは東に去ったらしい。レリエルが東の村に派遣されたから、重傷者の何人かは助かるだろう」
ダノン達はその被害の大きさに驚いているようだ。
マリーが渡してくれたお茶を一口飲んで、シガレイに火を点ける。改めてガリウスを見る。
急いでいる様子はないな。私を東の村に向かわせる気はないようだ。だとすれば……。
「すでに、そのとばっちりが出ているわ。4人やられてるの。その相談をしてたんだけど、やはりガトルを西に追いやったのは巻狩りのせいね」
「そうだ。顛末を聞いて急いできたのだが、少し遅かったようだ」
そう言って面白そうに私を見ている。
まあ、やることは一つしか無さそうだけど、効率良くやらないと長く狩場が荒らされそうだ。
「スノウガトルが来てないなら、ロディ達のレベル上げに丁度良いわ。数には数で対抗しましょう」
「プレセラ達も連れていくのか? まだ赤の3つだぞ」
「野犬が狩れれば十分よ。後ろから攻撃出来るでしょうし、こちらの人数が多ければ向こうも直ぐに襲ってこないわよ」
「何時、やるんですか? この季節ですから準備は必要ですよ」
ミレリーさんの言葉に、ダノンがバッグからメモ帳を取り出して、私達の告げる準備品を書き込みはじめた。
明日は参加者を募ることになりそうだな。その間にダノン達が準備品を集め始めるのだろう。
「俺達は必要か?」
「ありがとう。でも、だいじょうぶよ。それだけハンターが減ったとなれば、あちこちの村でハンターが不足しそうだわ」
「王都在住の中堅ハンターが派遣されてる。全くとんでもない事態になったものだ。貴族の勢力図が変化しそうだ」
それだけの被害となれば、責任を取らざるをえまい。国王の注意を受けただけでも、貴族間での発言力が弱まるからな。
「そう言うと思ったぞ。俺達は、問題の村に向かう。すでにスノウガトルが去っているなら俺達だけで問題あるまい」
そう言い残して、ガリウスがギルドを出て行った。
彼らが村に向かうのは、ハンターとして出掛けるだけではあるまい。詳細な顛末を確認するためだろう。無事に王国に戻った連中はどうしても自分の保身を大事にする。現地で何が起こったかを知るには現地で聞くのが一番だからな。
とはいえ、それらは私達に係わる話ではない。ガリウスのパーティなら確かに丁度良さそうだ。
「さて、私達も引き上げようかね。明日は、ギルドで参加者の募集が始まりって事だね」
「俺が早めに来て、声を掛けてみるさ。参加できそうなら、リーダーを残して貰えば良いな。1日位は狩りも休めるだろう」
ダノンの言葉に頷いて、この場をお開きにする。
ミレリーさんと一緒に足早に家に戻ることになった。夕食がまだなのだ。さぞかしキティ達がお腹を空かして待っている事だろう。
そんな心配をしていたのだが、さすがは3人とも娘だけの事はある。ネリーちゃんの監督の元、しっかりと夕食が作られていた。
「キティも手伝ったにゃ!」
そんな言葉に笑顔が漏れる。野菜スープに炙った黒パンという食事ではあるが、この町では標準的な夕食だろう。刻んだ干し肉の量が、他の家よりも少し多いくらいだろうな。
「やはり、明日の狩りは中止でしょうか?」
リトネが心配そうに聞いてきた。
「そうね。一応中止にしといた方が良いでしょう。ネリーちゃんのところもリーダーをギルドに残してくれれば良いわ」
ネリーちゃんが、うんうんと頷いている。もごもごと口を動かしてる最中だったようだ。
「一応全員参加よ。キティ、矢のヤジリを良く研いでおきなさい。……そうね。矢を買い込んできてくれないかしら」
「分かったにゃ」
キティに銀貨を2枚渡しておく。買えるだけ買い込めば、プレセラ達にも分けてあげられるだろう。
「やはり、後方からの攻撃を優先するんですか?」
「冬ですからそうなります。テレサさんだって、群れに【メルト】をためらわずに放つと思いますよ」
私の言葉に、ミレリーさんが首を傾げて考えている。
そんな事態を想像できないって事なんだろうか? でも、そうしないとカインドさんが包帯男になってしまいそうだぞ。
子供達がお風呂に向かうと、私達は暖炉傍のソファーに腰を下ろし、蜂蜜酒を飲みながらシガレイを楽しむ。
「でも、狩場に異変を起こすほどガトルがいるのでしょうか? それが本当ならガドラーを数頭考えなければなりません」
「……ですね」
だが、それだけだろうか? 私はスノウガトルを考えている。ガリクスがやって来たのは、たぶんそれを知らせるために違いない。だが、確証がないから皆の前で言わなかったんじゃないかな?
王都に戻った貴族たちの証言は、スノウガトルが東に逃走したということだが、実際には群れを散らしてしまったのではなかろうか。
ガリクス達も東に向かったに違いないが、兵士達も同行しているに違いないな。
私達も、最悪状況を想定しておかないと、困った事になりそうだぞ。
「数は多いでしょうけど、群れを散らせば通常の狩りになるでしょう。ガドラーはクレイ達に任せても十分だと思います」
「そうですね。グラム達も十分に対処できると思いますよ」
若者達が立派なハンターに育っている。スノウガトルは私が何とかしよう。
次の日、早めの朝食を終えると急いでギルドに出掛けた。何人かのリーダーが暖炉を囲んで座っている。すでにダノンもやって来たようだ。意外と早起きなのかな?
「姫さんにしてはだいぶ早いな。一応声は掛けてるぞ。そうは言っても何組かは狩りに出掛けたが、東の森ではなく、西だから少しは安心出来る」
「強制は出来ないから、仕方ないわ。後揃いそうなのは?」
「クレイにロディってところかな。ネリーのところのリーダーも来てるぞ」
カウンターのダノンに後を頼んで暖炉に向かう。
バッグからマイカップを取り出して、暖炉のポットからお茶を注ぐと、いつもの席に座って、集まったリーダー達の顔を眺める。
赤と白、青もいるけど黒はまだいないようだ。黒はクレイとグラム達になりそうだな。
シガレイを取り出して暖炉の焚き木で火を点ける。何人かはパイプを使っているが、あまり吸わないようにしないと息切れを起こすぞ。その辺りの危険性は、まだ一般的では無さそうだ。
シガレイを楽しんでいると、クレイやグラム、それに宿屋のご夫婦とミレリーさんもギルドに入って来た。椅子が足りなくなり、ダノンとロディがカウンターの向こうから簡単なベンチを運んできた。
どうやら、関係者が全て揃ったようだ。改めてお茶のポットが回され、何が始まるのかと、私に注目するのが分かる。
温くなったお茶を一口飲んで、状況の説明を始めることにした。
「皆に集まって貰ったのは、狩場の掃除をするためよ。ちょっと前から狩場の様子が変わった事に気が付いたかしら? 少し獲物が臆病になってるし、罠猟も振るわなかったと思うわ。
どうやら、東の村で大規模に行われた巻狩りが原因らしいわ。そのせいでガトルの群れがこっちにやって来たらしいの。推定で200頭以上。ガドラーの目撃例はないけれど、一応数頭を考えておくべきね。それで、皆でこちらも大規模なガトル狩りをしたいんだけど、協力して貰えるかしら?」
リーダー達が一斉の考え始めたぞ。
さすがに冬場の狩りがどれほど危険かを分かっているらしい。知り合いのリーダー同士で相談を始めたのを、心配そうにテレサさんが見ているけど、そんな顔をして旦那を見てあげれば、また違ったテレサさんの噂が広がるだろうな。
改めて、シガレイに火を点ける。もう少し待つことになりそうだ。




