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GⅡー41 ちょっとした気掛かり


 後の先、言葉で言えば簡単だけど、実践するのは難しいところがある。

 その言葉を知らなくとも、厳冬期の狩りの経験を積めば自然に身に付くものなのだ。そんな連中に、後の先と話しをすると納得して聞いてくれる。俺達の動きは確かにそうだと気が付くからだ。

 だが、初めての連中に冬の狩りは後の先だと言っても中々理解してくれない。向こうが襲ってくるところを返り討ちにするだけなんだけどね。

 どうしても、こちらから手を出してしまうようだ。


「はい、術式終了! 骨は折れてないようだけど、【サフロ】は10日間使用しない事。毎日包帯を交換して傷薬を塗ってね。10日過ぎて傷が綺麗ならば私が糸を抜いてあげるわ」

 自分の体に【クリーネ】を掛ける。これで血の跡が無くなったはずだ。手術道具をマリーが片付け始め、腕を噛まれたハンターを仲間が宿に連れて行く。


「助かりました。少ないですが……」

 暖炉のベンチでシガレイに火を点けようとしていた私に、怪我をしたハンターの仲間が銀貨を何枚か差し出してきた。冬場の収入は少ないから、彼らのなけなしの蓄えに違いない。


「あら、だいじょうぶよ。あれぐらいでお礼はいらないわ。しばらく罠猟になるでしょうから、宿代に使いなさい」

「それでも……」

「手伝って貰うことがあるかも知れない。その時に声を掛けるから、協力してくれれば助かるわ」


 そんな事態があるとは思えないが、そう言えば彼らも納得してくれるだろう。

 ガトル10匹程度で腕を噛まれるようなハンターでは、あまり声を掛けたくないのが本音なんだけどね。

 私に深々と頭を下げて、ギルドを去って行った。20代の4人組の男達だったが、やはり雪の中でガトルを狩るのは初めてだったようだ。


「姫さん、やはり初心者だったのか?」

「白の後半ってところね。問題は彼らが雪の中での狩りの仕方を知らなかった事よ。南の山でガトルは散々狩ったらしいけど、あっちはねぇ……」

 ダノンが向かい側のベンチに腰を下ろすとパイプを取り出してタバコを詰めはじめる。

 そこに、マリーがお茶のカップを持ってやってきたけど、そのまま私の横に座ったぞ。カウンターは暇なのか?


「ありがとう。頂くわ」

 私の前に置かれたカップを受け取って一口飲んで喉の渇きをとる。

「冬場のハンターは、ベテランが揃うとダノンさんが教えてくれましたよね?」

「言ったかな? まあ、相場はそうなるぞ。近場で罠猟をやるぐらいなら南に向かう。南で実力を付けてこの村にやって来るんだ。グラムやロディ達のような町のハンターは別だがな」


 ダノンもそんなハンターの1人だったはずだ。生憎と狩りに失敗してこの町の住民になってしまったのだが、あんな美人を妻に出来たんだから、失敗では無かったのかもしれないな。人生何が起こるか分からないという事がダノンを見れば良く理解できるぞ。


「姫さんが留守の時に、2年続けて冬に大怪我をした連中がいてな。やはりこの町の冬の狩りは中堅でも油断できねえって事なんだろう」

「獲物を前に油断する方が間違いよ。狩りに出るなら、町の門を出たなら直ぐに周囲に目を配るべきだわ」


 ギルドの扉が開き、雪まみれのハンターが帰ってきた。入り口で雪を掃い、カウンターに向かったところを見ると、日帰りの狩りでは無さそうだ。

 チラリとこっちを見て男達3人がやってきたのだが、クレイ達のようだな。

 

「ハンターが怪我をしたと聞きましたが、ミチルさんがいると安心できますね」

 そんな事を言って、ダノンの隣に腰を下ろす。1人は近くのテーブルから椅子を運んできたようだ。


「何を狩ったんだ?」

「イネガルを2頭です。穴から出すのに骨がおれました。【メル】を放ってみたんですが、飛び出すどころか穴の奥に入ってしまうんです」


 そんな話を聞いて、私とダノンの口元が緩んでくる。

 ダノンは教えてなかったようだ。簡単なんだけどね。3人で色々試しながらようやく狩ることが出来たんだろうな。

 私にもそんな時代はあったから、昔を思い出して微笑んでしまったけど、ダノンの場合は自分の失敗に気が付いたって事かな?


「イネガルを穴から出す方法は簡単なのよ。問題はダノンがそれを教えてなかったって事よね!」

「待ってくれ! 俺だって、ちょっと忘れただけじゃないか。そんな目で見ねえでくれ。背筋が寒くなるぞ」

両手でぶんぶんと手を振って弁明している。たぶん忘れたというよりも、それを教える良い機会が無かったというのが真相だろう。


「だったら今すぐ教えてあげなさい。ダノンがクレイ達を育てたようなものなんだから、ダノンの知っている狩りの仕方を全て教えてあげるのが師たる者の役目でしょう!」

「まあ、簡単に言うとだな……」


 パイプを楽しみながらダノンが3人に、穴からの追い出し方法を教えている。

 一言で言えば煙りで追い出すってことなんだが、ダノンの話を聞く限りにおいて、私のやり方とは少し違っているのが分かる。

 使う木の種類、焚き火の作り方……。確かに教えるとなれば色々あるな。


「なるほど、教えて頂きありがとうございました。少し、工夫も必要でしょうね。そこまで教えて頂ければ次に実践できそうです」

 クレイの言葉に、ダノンも頷いている。お茶を飲んだところで私に顔を向けた。


「姫さん追加することがあるかな?」

「1つだけ、カラリーナは絶大よ。でも使い方を間違えると相手に狩られるからね!」

 私の言葉に、クレイ以外の男達が驚いたような顔をして私を見つめた。

「そんな物騒な事をしてたのか?」


 口をパクパクあけて言葉が出ないようだった、ダノンが最後に呟いた。

「あら、『使える物は何でも使う』が基本でしょう? あらかじめカラリーナを暖炉の傍で干して置くの。カラカラに乾いたカラリーナを2、3本焚き火に入れると効果絶大よ。直ぐに飛び出してくるわ。でも、一度返り討ちに合いそうになった時があるのよ。風が出てきて煙が私達に向かって来たわ。喉はひりひりするし、目は涙が止まらないから全滅を覚悟したことがあったわ」


 ポカンと口を開いているのはダノンだけではないようだ。

 それでも首を大きく振ってダノンが現実に戻って来る。


「姫さん、とんでもねえ狩りをしてたんだな。銀のレベルには俺は行けそうもねえ……」

 ダノンの言葉にクレイ以外の男達が頷いているところをみると、あの毒矢の1件で少し吸い込んでしまったんだろうか? 確かに化学兵器的な威力があるからな。


「クレイ。用意はしといても、使うのは最後にしろよ。それに全員の賛同を得てからだ。姫さんがいたから全滅しなかっただけだからな」

「盗賊討伐の時に使ったと聞いています。仲間達からもあれは強力だと言ってましたから、ダノンさんの言葉に従いますよ」


 そう言ってクレイ達が席を立った。狩りは成功したんだろうが、毛皮は使い物にならないだろう。【メル】を連発したなら毛皮は至る所が焦げてるはずだ。

 そろそろ近場の狩りから帰って来る連中がギルドにやって来るはずだ。マリーがお茶のカップをトレイに乗せてカウンターに帰っていく。


 突然、乱暴に扉が開かれると、雪まみれの男が入ってきた。

「仲間がガトルにやられた。もう過ぐ担がれてくる。黒姫様は!」

「ここにいるわ。マリー、もう一度準備をお願い。ダノン、テーブルを寄せて準備して。それで、何人やられて、どこを噛まれたの!」


 ホールの中ほどに立ちつくしていた男が私の方に歩いて来た。

「2人だ。1人が肩を、もう1人は両足だ」

 一度に2人か。どちらが重傷かはやってこないと分からないな。

 シガレイをゆっくり楽しんでいると、扉が開いて2人が担ぎ込まれてきた。グラム達が合流して連れてきたみたいだな。

 慣れた手つきで両足を噛まれた男をテーブルに乗せている。肩を噛まれたのは女性のようだ。青ざめた表情は少しヤバそうだぞ。

 

「準備出来ました。男の方は片足を骨折しているようです。女性は肩を砕かれています」

「下を脱がせてこの部分を強く縛っておいて、先ずは女性の方を先にするわ。ダノン、もう一つテーブルを寄せて頂戴。かなり面倒な事になってるわ」


 専門の外科医が必要になるな。魔導士のようだが、【サフロ】の危険性は知っているようだ。自分の傷に治療魔法を使っていない。

 全く、私はハンターであって外科医ではないんだぞ。

 ぶつぶつ言いながら、砕かれた右の肩口をハサミで切り裂き、肩を露出させて術式を始める。

 粉砕骨折ではないのが救いだな。血管も何とか無事だ。大量出血してたらすでにこの世にはいられまい。

 問題は、どうやって固定するかだな。腕を胸に持ってきて固定するか? 初めてだから、少し違っていても致し方無いだろう。傷口を縫って、包帯できつく固定する。


「1人終了! 次に行くわ」

足を折っているが、砕かれてはいないようだ。もう片方は骨に達していないが、筋肉組織をかなり傷つけている。噛み付いて無理やり相手を引きはがしたようだ。

 噛まれただけのところを包帯で押さえて片足を完了させる。もう片方は、手術で、折れた骨を合わせる必要がありそうだ。

 少し大きめに足を切り裂いて、骨の破片を取り除き足先を引っ張って貰う。丁度上下の骨があったところで急いで傷口を縫い合わせ包帯で巻くと、椅子の足を使って簡単な添え木を作った。骨の位置がずれないようにしっかりと固定して、こちらも術式が終了となる。


「2人目終了。手伝ってくれてありがとう。ダノン、これで奢ってあげて」

 体に【クリーネ】を掛けながら、バッグから数枚の銀貨をダノンに手渡した。

「それよりもだ、誰かこいつらの知り合いはいねえのか!」

 ダノンの大声に、2人の若いハンターが後ろからやってきた。


「2人は俺達のパーティです。お手数をおかけして申し訳ありません。生憎蓄えがありませんので、彼らの回復を待って狩りで稼いでお渡しします」

「そういうこと。……なら、2人を教会に連れて行きなさい。格安で泊まれるはずよ。狩りが再び出来るには2か月は掛かりそうだわ。その間は近場で罠猟でもしたらいいわ」


 やはり南からやってきたハンターのようだ。2か月を低報酬で暮らせるかは彼らの問題ではあるのだが、教会ならば少しの寄付金で食事と宿を提供してくれるだろう。

 プレセラ達のお蔭で、教会の食事も前よりはマシになってるし、寝具も交換できたと聞いてるからな。

 それよりもだ、ガトルが凶暴になったのだろうか? それとも、群れが大きいのだろうか?

 その辺りを調べねばならないな。


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