GⅡー40 プレセラの将来像
数日が過ぎると、警邏隊副隊長とマリーが親しげに話し合う場面を、あちこちで見掛けるようになった。
当然、この町の噂好きの小母さん達の小耳に入るから、すでに2人の結婚式がいつ行われるかという賭けが裏で行われているらしい。
それだけ娯楽に飢えているって事だろうけど、知らぬは当人ばかりって感じだな。胴元は誰なんだか知らないけど、中々面白い賭けになりそうだ。
マリーもリオンも奥手みたいだから私はしばらく掛かるんじゃないかと思ってるけど、ダノンは意外と早いんじゃないかと言っている。
自分が電撃結婚だから、マリーもそうだと思ってるんじゃないかな。そんなそわそわした感じが、ハンター達にも伝わっている。大きな事故でも起きなければ良いんだけどね。
そんな事にはあまり係わらない私達は、荒地に仕掛けた罠を一回りしながら、何匹かの雪レイムを手にしてギルドに戻ってきた。得物の引き渡しをラクスに頼んで、残りの連中を暖炉の周りに集めると、アンに数枚の銅貨を渡してお茶を頼んでもらう。
いよいよ、野犬狩りをやって貰うつもりだ。浮ついた気分で狩りなどしたら怪我では済まないぞ。
「さて、皆がどうにか赤2つになったわね。いよいよ本格的な狩りをして貰います。と言っても、とりあえずの目標は野犬10匹以内とするわ」
「でも、今は冬の最中ですよ。野犬に向かって剣を振うには足場が悪すぎます!」
ベクトの抗議を聞いた時、クレイの真剣な顔を思い出した。クレイも同じことを言ったんだよな。それが分かる技量にベクトは育ったんだろうか?
「そうね。でも、クレイ達は雪の中でもガトルを狩れるわよ。何故だか分かる?」
「前にロディさん達が野犬を狩るのを見たことがあります。狩りと言うよりも、私達を襲った野犬を倒してくれたんですが、あの時のロディさん達は、あまり動かずに野犬を撲殺してました」
ベクトが不思議そうな顔をしてラケスの話を聞いてるぞ。ラケスは見るべきところをちゃんと見ていたようだ。後衛の狩りの仕方は季節によって変わるという事は少ないが、前衛と中衛は変化する。それに早く気が付くなら将来が楽しみでもあるな。
「ラケスはちゃんと見ていたようね。その理由が2つある事まで気が付いたかしら?」
私の言葉にラケスが首を振る。他の連中はきょとんとしているぞ。
「待ってください。ひょっとして、ロディさん達は相手に襲わせていた……。ということですか?」
「正解! 襲わせたのよ。それを迎撃したの。向こうから来てくれるんだから、あまり動かなくて良いでしょう。それに、逃げるものを追い掛けてまで、狩る必要はないわ。私達はハンターであって、殺戮者ではないの。必要以上に狩るのは、ハンターとして失格と覚えておきなさい」
そんな話を前置きにして、足元の怪しい場所での狩りの仕方をプレセラ達に教える。
前衛は後の先を基本とすること。後衛は積極的に狩りに参加する事。普段は前衛の補助である後衛が、冬場は狩りの主役になるから、狩りの立ち位置が逆転することをキチンと話しておいた。
「剣の基本が2つあることを教えて貰ったぞ。とガリウス殿が言っておられたのはそういうことでしたか」
ベクトがうんうんと頷きながら呟いている。頭では分かっていてもそれを実践するのは大変なんだけどね。
「そう言うわけだから、私が教えた狩りの基本陣形を元に、ベクトは1歩前に出なさい。ラケスは一歩右に移動。後ろにレントスがいるからだいじょうぶでしょう。後ろの3人の位置は変わらないけど、レントスは杖を使うかもしれないわよ」
「だいじょうぶです。でも、冬場に一歩踏み出すのは勇気が要りますね」
ベクトの言葉に笑顔を向ける。
簡単ではないことが十分に分かっているようだ。文武に優れた中流貴族として将来は認められるんじゃないか。ライナス君が公爵になった時に頼りになる仲間として迎えられそうだな。
待てよ? ひょっとして将来を見込んでベクトを私に託したんだろうか?何か、ガリウス達の笑う姿が脳裏に浮かんできたぞ。
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「いよいよ狩りをさせるのですか。春先ではなく、厳冬期にはじめるのもミチルさんらしいですね」
「相手を迎え撃つ練習には最適です。春先だと、どうしても追い掛けたくなりますからね」
そんな話をミレリーさんとしていると、キティ達も興味深々に聞いている。キティ達も連れて行きたいが、彼等よりは遥かに腕の立つネリーちゃん達と行動していた方が狩りの勉強になる。
ある意味、ガトルを狩れるまでの訓練のようなもんだ。キティ達には色んな狩りを教えないといけないからな。
薬草採取からようやく罠猟に入ったところだ。罠猟には野犬が付きものだから、野犬10匹程度ならネリーちゃん達はものともしないだろう。
来春には森に入れるかも知れない。ロディ達と狩場の調整をすることになるだろうな。
「2年で赤5つなら将来はハンターを雇って狩りをするのも問題が無さそうですね」
「ええ、最低でもガトルを狩れないようなハンターでは足手まといなだけです。その点、ライナス君にはガリクスが付いているから安心なんですけどね」
あのパーティならグライザムすら狩れるからな。次期侯爵もさぞかし鼻が高いだろうし、安心して引退できる筈だ。
中流貴族なら精々ガドラーの毛皮でもあれば十分に妻を娶れるだろうし、相手先に輿入れすることも出来るだろう。その時に足手まといにならないだけの実力があれば十分だ。
次の日。ラケス達を引き連れて森に入り無事に野犬を5人に狩らせることが出来たのだが、これはベクトの働きが予想以上だったからだ。
しっかりと野犬を懐に入れる直前に切り倒している。アン達の弓も十分にベクトとラケスを援護出来ていた。
ひとまず安心して村に帰還する。
10匹程度の野犬を倒せるなら、もう少し林に近付いても問題はあるまい。ネリーちゃん達のパーティと罠の位置を調整しなければならないだろうが、これはギルドで話し合えば十分だ。何といっても狩場が広いんだからな。
ネリーちゃん達のパーティがギルドに戻ってきたら、良く相談するように伝えて、早めに下宿に戻ってきた。
「ミチルさんが同行してるなら間違いはありませんね」
そう言って、私にお茶を勧めてくれる。
「来年にはガトルを狩れるでしょう。やはり、長剣を持った人間が入ると違いますね。ベクトには基本を教えているだけですが、あれほど呑み込みが良い者は稀ですわ」
「体は小さいですが将来が楽しみです。ガリクスさんを超えるのではとテレサと話したことがありますよ」
ミレリーさん達の見る目も、ベクトを将来有望と見ているようだ。やはりケイネルさんの息が掛かってるんだろうな。ガリクスの後継者を早めに確保したいってところだろう。となると、ベクトの貴族社会での立ち位置をガリクスに確認しておいた方が良いだろうな。ケイネルさんの望みがどれだけ反映できるかは、出る杭は打たれるの貴族社会では難しい事かも知れないぞ。
「あら、誰かしら!」
玄関が軽くノックされた。まだネリーちゃん達は帰らないから、お客という事になるんだろうけど?
ミレリーさんが連れて来たのは、ケイネルさんだった。私も椅子から立ち上がり、老人に頭を下げる。
ミレリーさんがケイネルさんをテーブル越しの席に案内すると、暖炉に向かう。新たなお茶を入れてくれるのだろう。
「お久しぶりじゃ。ご隠居のお守りも大変じゃったろう?」
「それなりに楽しめましたわ。次のご隠居はさすがに御遠慮したいところです」
私の言葉が壺にはまったのか、ひとしきり笑い声を上げた。
「それで、御用件は? ラケス達の修業は順調です。今日は5人で野犬を13匹狩りました。来期にはガトルを狙えると思っています」
私の言葉に、笑い声を引っ込めて驚いた表情を作る。予想以上という事かな?
ケイネルさんはパイプを取り出すと、ミレリーさんと小さく頭を下げ合う。一応のエチケットを心得ているな。
「そこまで伸びてますか。いや、さすがと言うところですな。ワシの訓練している若者たちでは厳冬期に野犬を数匹狩れるものはあまりいないでしょう。参考までに、その極意を教えて頂きたいものです」
「後の先……。それで理解出来ますか?」
う~ん……。とケイネルさんが唸っている。理解はしたようだ。だがそれを実践する難しさを知っているという事だろうな。
「私は先の先と教えておる。確かにそれを厳冬期で行う事は出来ん。後の先とはそういう事なんじゃな」
「ご理解いただきありがとうございます。ところで、ケイネルさんは何故このような時期に?」
「そうじゃった。届いたのじゃよ。妹が昨夜ワシのところに持参いたした。妹が是非にとこれをワシに預けた。ミチル殿は普段装飾品を付けぬ事は知っておる。じゃが、これは受け取って貰いたい」
テーブルにハンカチで包んだ小さな包みを取り出した。あの時にギルドのテーブルにあったものだな。上手く隣国に逃れられたという事だろう。
「せっかくですが、この品は受け取れません。私はどうしたらよいかを教えただけです。それに、これは思い出の品です。会う事もままならない以上、私が頂くわけにはいきません」
「それでは、ワシ達の……」
呟きかけたケイネルさんに、再びハンカチで包んだ宝飾品を手渡した。
私にはそんなものは必要ない。それよりは……。
「ですが、1つ教えてください。ベクトはガリウスを越えますよ。それを知って私のところに送り込んだんですか?」
「やはり、隠し事は出来ぬか……。その通りじゃ。王都でワシの道場に置いていても成人を過ぎるころにはガリクスを追い抜くじゃろう。ワシも5年経たずして引退するつもりじゃ。その後はガリクスが次ぐじゃろう。ガリクスが次の世代を育てることになるのじゃが……」
そういう事か。プレセラを目としたいんだな。
「次のご隠居が楽しみに待っていそうですね」
「まあ、そういう事じゃ。彼らの生家なら何ら問題は無い。十分に民意を汲み取れるはずじゃ」
いったい、このご老人は王家とどれほど係わっているのだろう?
護民官の働きだけで満足することなく庶民の状況を見ようと努力する以上、この王国はまだまだ発展するんだろうな。




