表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/140

GⅡー37 ロディの怪我


 町は静かに雪に埋もれているけど、ハンター達は活発に活動している。

 大型の草食獣であるリスティンが山から下りてくるし、ウサギに似た真っ白な雪レイムを罠猟で捕えるのもこの季節ではのことだ。

 もっとも、罠にはラビーやラッピナも掛かるから、その肉がシチュー用として町には出回っている。

 私としては、レアなリスティンが好みだが、ラッピナのシチューだって負けないくらい美味しいと思う。

 

 頭の中で、ラッピナシチューが湯気を立ているんだけど、現実は雪の行軍の最中だ。

 プレセラの狩場は湖の周りに広がる森に至る斜面の荒地だから、雪はそれ程深くはないが風が強い。体の温度をどんどん奪っていく。

 年長のラクス達は平気に雪原を歩いているが、アンやラズーはともすれば遅れがちだ。それでも懸命について行こうとしてるから微笑ましくもあるのだが無理はさせられないな。

 罠を50個以上仕掛けているから、それを巡るだけで3時間は掛かってしまう。もう少しで、全ての罠を確認し終えるから、灌木の風下で少しは休憩できるだろう。


 「掛かってるわ!」

 ラクスが大声で叫ぶと、ラズーも嬉しそうに顔を向ける。今日の獲物は3匹だけど、帰りに何匹か弓でし止められるかも知れない。

 ベクトとレントスが近くの灌木に走って、焚き火を作り始めた。どうやら、さっきの罠が最後の罠だったのだろう。


 「ほら、もうちょっと頑張りなさい。焚き火で体を温められるわよ」

 私の言葉に2人が頷くと、杖を頼りに勢いよく燃え出した焚き火を目指して進んで行く。

 

 「これで、罠は見終わりました。早めに帰って休ませるつもりです」

 「そうね。風が強くなってきたから、明日は吹雪くかもしれないわ。吹雪いたら明日の罠猟は中断よ。それは、ラクスが判断しなさい。決して無理はしない事」

 

 ラクスもラズー達が心配なようだ。リーダーは常にパーティを見ていないといけない。ロディ程ではないにしろ、ラクスにはそれが出来るようだ。

 ベクト達がお茶を沸かそうとポットに水を入れようとしたら、水筒の水が氷ってしまったようだ。背負いカゴに入れといたようだな。

 私は腰に付けた水筒を差し出した。水筒に半分位入れた水は、常に揺れている事と、マントの下にあるから氷ることがない。

 

 「ポットではなく、鍋を使いなさい。水を入れて温めたら、雪を入れていくの。最初から雪を入れるより早くお湯が作れるわよ」

 直ぐに彼らは実践する。レントスが次々に雪の塊を入れて、私達の人数分のお茶を沸かし始めた。


 「冬は水筒に半分の水を入れるのよ。腰に付けておけばマントの下だから、外に出しておくよりも氷らないわ。それに水筒が揺れるからね。

 それよりも、水筒にお湯を入れておきなさい。その上を布で包めば火傷をすることも無いし、お腹に入れておくと暖かいわよ」

 綿の下着を2枚重ねて、その上にセーターと革の上下を着ているはずだ。厚手のマントに体を包んではいるのだが、この冬はかなり寒いからな。

 毛糸のズボン下を買ってあげようかと考えていると、村の方から誰かが急いでやって来る。何かあったんだろうか?


 近づくにつれ、相手が分かった。あれはグラムじゃないか。慌ててるという事は、事故があったという事だろうか?


 「ラクス、どうやら私は先に行くことになりそうだわ。貴方達は、グラム達と一緒に帰るのよ。もうすぐここに来るから、お茶を用意しときなさい」

 私は諦めるしかなさそうだ。それにしても何なんだろう?


 「やっと、見つけました。ロディがリスティンに腹を突かれました。ギルドに……」

 最後まで聞かずに私は雪原を走る。【アクセル】と【ブースト】を続けざまに掛けると、歩きづらい雪原の斜面を平地のように駆け抜けていく。

 

 中堅ハンターの油断だろうか? あれほど狩りに慎重なロディが怪我をするとは……。腹を突かれたとなると、かなり危険な状態に違いない。それでもギルドまで担いできたか、獲物と同じように曳いて来たのだろう。

 あまり動かすと出血がひどいのだが、その辺りはだいじょうぶなんだろうか?

 

 村にたどり着くまでは不安で物事を悪い方向ばかりに考えが向いてしまう。

 村の門を駆け足で通り過ぎる私に、門番が驚いているようだ。

 ギルドの手前で少し速度を緩めながら、もどかしく階段を駆け上がると扉を力いっぱいに開いた。


 「ロディは?」

 「姫さん、こっちだ。準備は出来てるぞ!」


 いつものように奥のテーブルを2つ並べてその上に青年が横になっている。

 心配そうにロディを眺める女性を片手で払いのけ、血で濡れた布をはぎ取った。

 革の上着がぐっしょり濡れているぞ。やはり出血がひどい様だ。


 「抜刀の許可を!」

 「許可します!」

 直ぐ近くから、マリーの大声が聞こえる。その声で私がかなり興奮していることに気が付いた。

 こんな時こそ落ち着かねばなるまい。


 「パラニアムは与えたの?」

 「ギルドに付いて直ぐに与えました。それまでは唸ってたんですけど、今は静かです」


 ならばさっそく初めても良さそうだ。

 成り行きを眺めているガタイの良さそうな男2人に肩と腰を抑えて貰う。

 

 「暴れても、絶対離しちゃダメよ!」

 私の声に大きく頷いたことを確認して、革の上着をハサミで縦に切り裂く。

 ゆっくりと出血の続いている右側の上着をめくると、次にセーターを切り裂く。その後は、綿の下着だ。めくった服が血の重さでテーブルに垂れ下がった。


 「貫通してるわ。ちょっと面倒ね」

 「マリー、針と糸を頂戴。抑えている2人はロディをゆっくりと右を上に体を回してくれない。そこの貴方! 移動したら、誰のでもいいから、マントを丸めて肩と腰に当てて頂戴。動かないように固定するのよ!」


 リスティンの角は長いから厄介なんだが、ちょっとした特徴がある。その先端は丸まっているのだ。刺さりどころが悪ければ、その場で死んでしまうが、助かる者も多いことは経験で分かっている。腹を貫通しても内臓を傷つける事が比較的少ないのだ。

 ロディの場合はまだ分からないけど、出血量が予想よりも少ないから不幸中の幸いとなるかも知れない。

 木箱の中から火酒を取り出して、私に背中が向けられるのを待って、傷口にたっぷりと注いだ。

 「【クリーネ】」と呟き、私の両手を綺麗にして、マリーから針を受け取った。

 素早く2針傷口を縫い付けて綺麗な布を当てると、男達に元に戻すように言い付けた。

 横になるのを小刀を持って待ち構える。

 

 「ちゃんと押さえるのよ!」

 そう言って、傷口を縦に切り裂いた。ヘラで傷口を開く。腹の中も出血でいっぱいだ。

 きれいな布でその血を吸い込ませながら内臓の損傷を確認する。

 腸は問題ないようだ。肝臓の一部がえぐり取られている。腹の中の出血はこれが原因だろう。

単純な損傷だから左手で押さえて【サフロ】を唱える。これで肝臓の傷は癒えるから意外と便利な魔法ではあるな。

 その奥に背中に抜ける傷口が見えるからこれで十分なはずだ。

 マリーから針を貰って荒く傷口を縫い付ける。

 その上を火酒で洗い、清潔な布を押しあてた。

 

 「今度は上半身を起こすわよ。急に動かすと出血するからゆっくりとね。マリー、清潔な布を2つと幅の広い布を用意して!」

 ロディの上半身が起きたところで、上半身の衣服を全てハサミで切り取った。

 背中と腹の傷口に当てた布を新しいものに交換すると、その上から横幅1D(30cm)程布できつく巻き付けた。

 

 「術式終了! 誰か上に羽織るものを持ってきて頂戴。毛布でも良いわ」

 ロディの仲間が薄い毛布を持ってきた。【クリーネ】で汚れを落としてロディの体に巻き付けてあげる。

 

 「これで、ロディを自宅に運べるわ。槍を2本と革の上着を2着用意しなさい」

 ぬっと、私の前に槍が差し出された。

 革の上着を2着、並べて前をきつくベルトで止める。そこに2本の槍を腕から入れて胴に通すと急造のタンカが出来る。

 もう1枚毛布を出して貰ってタンカの上に畳んだところにロディを乗せると、数人が彼の家に運んで行った。


 「協力してくれてありがとう。ロディを運んで行った連中が戻ったら、一緒に飲んで頂戴」

 ロディの肩を押さえてくれた男に数枚の銀貨を預けると、暖炉傍のベンチに歩きながら自分の体に【クリーネ】を掛ける。

 ベンチに腰を下ろすと、見知らぬハンターが暖炉のポットからお茶を注いだカップを渡してくれた。

 ありがたく頂いて、シガレイを取り出すと火を点ける。 

 いつもは、手術の前に一服してたんだけど、今日はそれどころじゃなかったな。ロディ達を身内だと思って急いでいたのかも知れない。

 そんな自分の心境を考えながら一服を終えると、温くなったお茶を頂く。


 まだ、ラクス達は帰らないようだ。彼女達が帰るまではここで待ってあげよう。

 ふと、先ほどのテーブルを見ると、すでに掃除が終わっている。かんたんにモップを掛けて、後は【クリーネ】だからな。いつの間にかマリーも魔法を覚えたようだ。


 「ミチルさん。どうもありがとうございました。今日は初めてきたハンター達とリスティン狩りに行ったんです」

 「一か月は動けないわよ。10日程して傷口が閉じれば糸を抜いて【サフロ】を使うわ。傷も残らないから安心してね」


 何度も何度も私にマリーが頭を下げる。

 そこまでしなくても、十分だと思うけどな。まあ、ロディ達の怖いお姉さんだけど、いつも彼らを気にしていることは確かだ。

 そんなことだから、中々良い人に巡り合わないんじゃないかな?

 いつも弟分達を気にしてるって事は? ひょっとして年下好み?

 これは帰ってミレリーさんと良く相談しなければなるまい。


 そんなところにダノン達が帰ってきた。

 カウンターでマリーから状況を聞くと、早速私のところにやって来る。

 向かいの席にドカリと腰を下ろすと、パイプを取り出す。


 「まったく姫様様だ。話を聞いてゾッとしたぞ」

 「運が良かったんでしょうね。内臓にあまり傷は無かったわ。私で処置できる位の傷だから心配しなくてだいじょうぶよ。でも一か月は、狩りはお休みね」

 「それ位なら大した話じゃねえ。やはり姫さんがいてくれて良かったよ思うよ」

 

 ダノンにとっても良き弟子だからな。今ではロディの方がレベルは上だろうけど、ロディ達だっていつも目上に感じているはずだ。

 見掛けに寄らず面倒見が良いし優しいところがある。そんなダノンだから良いお嫁さんがやってきたんだろう。

 意外と、マリーに似た性格なのかも知れない。となると、マリーにだって良い旦那さんが見つかるかも知れないな。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ